エコは地域も個人もちょっと得な気分にしてくれる。


土曜日の今日はスタッフも私も久々の休養日。
ゆっくり事務所の駐車場にあるプランターを並べたり、
グリーンウォールの網を張ったりの午後です。
環境を考えるより実践している同級生に刺激されて、土いじりです。
へちま、フランイングソーサー(朝顔)、マンデビラ(アリスデライト)の
三種類のツル性植物を植えました。
洞爺湖サミットは地球環境を考えるサミットです。
かなり強力な政策を開催国日本は打ち出すことになるようです。
楽しみでもあります。特に森林を抱える地方としては
排出権取引に対象になることによって森林整備が進むことが期待できます。
建設関係の雇用吸収力が弱くなっている今、森林整備がその雇用を吸収できるまでに
拡大することを目指すべきです。
群馬県がこの春に打ち出した森林環境税構想も、マスコミには最近取り上げられていませんが、
新たな課税を導入するよりも排出権取引の流れが十分に機能する制度設計へ注力するべきです。
地方の独自政策で中央政府を動かすことは何も、石原都知事だけの特権ではないはずです。
大沢県政が日本政府を動かすモデル政策を導入することは森林政策をはじめ可能なはずです。
*中小企業の排出削減が、大企業によって購入されるという石原モデルには
群馬県内の企業も救われる可能性がありますね。他県の政策で救われるのは悔しいです。
さて
私は知事選挙において「都民から上流県群馬は環境整備協力金を取るべき。」と主張しました。
この排出権取引はまさに、そのベクトルで考えるべきです。
さらには水についても同様です。群馬県の汚水処理率を高めることでよって恩恵を受ける下流都市へ、
上流県の努力への応分の負担を受け負ってもらいたいとも思う。
その象徴が玉村町にある流域下水道処理区の問題でしょう。
建設計画反対の住民運動は、当時機動隊まで出動し、玉村町民が現行犯逮捕されるほどの
規模で行われた。その処理区もまだ計画の半分の規模で完成したのか。まだ拡大するのか宙ぶらりんの状況です。
繋ぎ込み計画地の首長さんの中には、公共下水道から資金の少ない合併浄化槽へ転換したいとの意見もあります。
さらには住民が刃を飲むごとき思いで建設受け入れの合意をした協定の順守もあやふやの現状だ。
群馬県の政治も政権交代したのだから、もはや主導した政治のメンツもないだろう。
キチンとしたあり方議論とこの施設を如何に上流県群馬としての下流への義務を果たす施設にしてくべきかを議論する好機になるのではないか?
最後に
世の中は、環境保全努力がお金になる仕組みが必要だと思う。
エコだからがゴミの減量化を考える人よりは、家計が助かるからごみの減量化をするという人が圧倒的に多いことは残念ながら事実です。
私の事務所の緑のカーテンによって小銭が儲かるとは思わないが
群馬県いや日本中の人が少しの努力を重ねることが大事です。
群馬の町々が、この自宅の緑化を進めることができれば、きっと訪れる人も増えるでしょう。
観光県群馬が個人の緑化努力で訪問者が増えれば、その収益の県民に分配される。
こんな取組も必要かな。


川原さんの講演会

「外務省医務官を退職したら給料無くなる。」そのことを深刻には考えていなかったそうだ。
・・・・冒険を止めてくれる、妻が居ないと男は暴走する。俺と同じだな。金より志。暮らせるだけの余裕があっていいね~といわれるが。余裕って、心の持ち方でしょう? 
会場には高校生や大学生が参加してくれて、川原さんへ質問をぶつけていた。
医療器具が不足している中での医療についての質問が群馬大学医学部6年生からされた。
川原さんは、「検査器具はなくても一生懸命体中を触って見るんだ。」と答えていました。
すると私のお隣に座っていた大学の学長さんがうなずきながら、検査機械に頼っていることで医師の直観力が鈍くなると言われました。
質問した学生は「詳細はスーダンで伺います。」だってカッコ好い青年だ。
高崎女子高校の1年生の質問もよかった。
「日本人の誇りを感じる時はありますか?」
「日本人の力のすごさをいつも感じている。」と答えていました。
彼の生き方が子供たちへ何かを発信したことは明らかだ。
会場の出口で幾人もの高校生が川原さんを囲んで質問している。
学生無料にして若い人へ講演を聞いてもらおう。と提案したは竹中隆さんだ。
講演会の司会進行をされた竹中さんは“職業感”について開会あいさつの中で語っていた。若い人たち、高校生へ、職業を選ぶことは「どんな人間になりたいか?」を追求することだと。「学生の皆さんの求めるものや進む道を考えるきっかけとなれば・・・」
さらに彼は私たちにもきつくメッセージを発射した。
「この講演が、情熱を失っている大人たちの胸に熱い思いを呼び戻すことを願う。」
講演会の最後にさだまさしの「風に向かうライオン」の曲に合わせてスーダンの活動をスライドショーにした映像が流れた。
これが彼の日常で、これが彼が毎日見ている景色なのか。
眠る固いベッドで藁ぶきの天井裏を見つめる。
日本においてきた家族、マラリアの感染、種を植えた畑
小学生の娘が書いた彼の似顔絵。よく似ていた。
「これを見ると頑張れる。」川原さんの言葉に熱くなる。
もちろん私は彼に憧れる。彼の人生に憧れる。
できないから憧れるのではない。よき見本として感じている。
私も社会の問題に政治として関わっていこうと挑戦している。
その困難さに違いはないとおもっている。
豊かさに中に、貧困があり。社会のゆがみの中に差別や孤独がある。
生きることへの絶望は、日本にもある。
ps
ご参加くださった皆さん。ありがとうございます。
再び彼が日本に戻るときは、また群馬でも報告を致します。
皆さんから頂いた寄付が、何人の命を守ったを報告することは
社会活動家の責任ですから。


明日は川原医師の講演会です。

世の中には、収入の多寡よりやりがいを優先して職業を選ぶ人がいます。ここに志を感じるのは私だけではありませんでしょう。
心から応援したくなります。
                        りゅう
明日開催の行事案内です。
ご都合のつく方はお気軽にお出かけください。
川原尚行講演会 ~アフリカの大地から伝えたいこと~        2008年6月19日(木)19:00開演(開場18:30)
会場 高崎市文化会館大ホール        
会費 一般1,000円 (大学生以下無料)
◎収益は川原尚行氏の医療活動支援金として寄付されます。
 チケットは高崎市文化会館にて販売(当日券もあり)
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スーダンで医療活動を行っている川原医師の講演会を群馬で開催することになりました。
彼の地で、日本人として、医師としてたった一人で行う活動をぜひ皆さんに知っていただきたいと思います。
川原尚行を応援する会 発起人代表 群馬大学学長 鈴木守
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問い合わせ先   山本龍事務所内 事務局 
前橋市住吉町1-5-1 027-225-7887 
高崎市文化会館   高崎市末広町23番地1   027-325-0681
ps
ロシナンテスを応援する有志の会、懇親会の案内
終演後、川原さんを囲んでの懇親会を行います。薄くらい居酒屋ですが気楽にご参加ください。
会費3000円 会場までは徒歩でも可能です。
幹事 山本龍携帯080-1277-1005 
小料理 雛 高崎市九蔵町17-5  電話:027-236-1715
ただし定員20名まで


来る日も来る日も偉い役人のせこい話。

国家公務員が飛行機を使って公務出張した場合、特典であるマイレージ・ポイント取得の自粛をするって?今まで、マイレージって自分のカードにためてたのでしょうか。
重箱の隅にある小さな、そして悲しい話です。
公務員の方もこれで私服を肥やすほどの悪意はないでしょう。 飛行機出張を役所管理にすれば
大口割引が受けられたのですが、この仕組みを作るのを気付かず、既得権のマイレージを貯めて個人で使ってしまったというシステムの未整備の問題です。
しかし、この問題に私は「居酒屋タクシー」の延長上にある、公金管理のズボラな仕組みや、経費節約の怠慢を感じます。そして私は落胆するのです。もはや、官僚組織には、自助努力を望めないのでしょうか。
役所の総務部門がエアのマイレージやタクシーの大口管理割引を受け取る仕組みにすれば、行政経費の削減につながるのは当たりまえですよ。
俺らが納税を納得して、そして喜んでできるようにしてほしいです。
来る日も来る日も、呆れた官僚のセコイ話ばかりです。
北海道開発庁の官製談合の摘発のニュース・・・
居酒屋タクシーに現金のキックバックを要求する中央官僚・・・
国土交通大臣が3か月の給料返上、通算14か月の給料カット・・・
大臣が責任を取って。給料を辞退することは賛同する。しかしそれ以前に関係者の処分、さらには再発防止の仕組みだ。何年たっても変わらない事件の連続にこそ大臣は責任を取るべきです。システムを作らないのですから問題は続きます。
とくに天下りの職員OBが談合の要因になっていることは、歴史的な事実なのですから、これを根絶できない政府には問題解決の意志がないとおもいますね。「退職後の職業選択の自由」なんて理屈をつけているから談合はなくならないし、税の無駄の無くならない。
事件が起きれば、大臣ばかりか職員全体で給料を減給する仕組みをしてみららどうだろう。
・真面目な公務員が悪質な公務員を排除するだろう。
・再発防止の内部圧力が高まるだろう。
こんな状況で納税の負担増を求めて、増税を提案しても、とても納税者の納得はないだろう。
財政民主主義の大義は、税をかすめ取られるぬ税者に通用しないだろう。中国共産党の上級幹部の腐敗が、国民全体を拝金主義に走らせている現状がこれからの日本の悪夢か?
日本にはまずは自制の政治を示してほしい。「手抜き工事で学校の校舎が崩壊。」が日本で起きないように・・・


くたびれ気味

一週間のご無沙汰です。
息子の学園祭に乗り込んでライブで踊ってきたら
ふくらはぎがケイレン。三日たっても回復しません。
・・・もうすぐ49歳・・・
机に座ってPC起こして、受信トレイを開くと新着メールが300本
半分はNortonが削除しても150本。
メールを見る気にならないまま、パソコン電源ダウンしてしまった日が続きました。
さぼり癖が付いたのでしょうかね?
さてこんな日は人と会うことですね。
自転車で町にでて、知り合いを訪ねて、話して笑って。
夕方は、高校の同級生が経営する画廊で、これまた同級生の作品展。
≪福島慶治・福島祐子二人展 前橋アートかん≫
「レザークラフト」と思っていたら、きっちり美術作品です。
額に入って壁にかかっている作品ですが、立体を感じます。
凹凸を作った型の表面に革を密着させ、その表面に金箔やなどで
彩色された作品です。
日本旅館に会う雰囲気を感じます。
こんな作品が掛けられている旅館が群馬に増えればいいなと思います。
事務所に帰ると新聞社の記者さんが取材というか意見交換に見えておりました。私よりも前橋の政局について安孫子さんに用だったかもしれませんが、私も参加。
そして早めに帰宅。
なんでこんなに気合が入らないのかな~~~
妻のおじさんが亡くなったり、知人や同級生の死、両親の老い・・・
けっこう世代の真ん中40代はキツインデスネ。
とくに私の父はわがままで変人・・・これが私のエネルギーを消費しております。
80歳。先日納車1か月の車で崖から転落。
怪我もなく、「柔道家は鍛え方が違う!」と仰っております。
“おいおい、ボルボ全損ですよ。”
前の世代にはやられていますが、次の世代は順調です。
子どもたち、元気で賑やかでありがとう。
妻も、元気で淑やかでありがとう。
学園祭のライブでのダンスがダルさのが一番の原因でしょうね・@@:


不都合な真実

「不都合な真実」をまた見てみた。
アル・ゴアは大学生のころから環境問題を積み上げてきた。
下院議員になって、多くを変えられると願っていたが、
彼の話を聞いてくれる議会はなかった。
上院議員になって、・・・・
「アル・ゴアの言っていることは誤っている。」と非難を受けた。
副大統領になって・・・・
共和党多数の議会は京都議定書への同意してくれなかった。
だからこそ彼は大統領選挙へ挑戦した。
しかし、2酸化炭素を抑制するという公約をたった2週間後に忘れるようなブッシュに敗れた。
そして今、彼は市民として闘っている。
「自分にとって不都合な真実は知らないことにする。」
これがブッシュ・チェイニー政権にやり方だ。
「温暖化は深刻な影響をもらたす。」という事実も
「イラクに大量破壊兵器が存在しないという。」という事実も
彼らには不都合な真実なのだ。
アル・ゴアは政権を評価する大きな存在として闘っている
自分の理想を政治以外に力で達成しようと挑戦している。
一方私はどうだ。
落選し無為の日々を送っている。
社会へ何も伝えず、何も変ることもできないで日々を送っている。
映画や本(ライダムハウス講談社刊不等号な真実)を見るたびに
意思の強さが人生を開くことを感じるのだ。
15キロ以内の移動は自転車を使うという高校の同級生を見習うこともできずに
プリウスにしたことだけで精いっぱいの自分です。


大阪府知事の改革、龍の枠組みに似ていますね。

さて今回のことで感じるのは自制という言葉です。
政治家こそ自制が求められています。
月給を20万円にした熊本県の知事さんのように
欲しいけど、我慢する意志を示すことができるのは政治家の覚悟です。
今回の大阪府の改革ですが、知事自身がまず身を削ることから第一歩です。大阪府の職員にとっては給料は生活を保障するものですから
いきなり10%カットは問題です。
もっとも私は、群馬県知事選挙マニフェストに3%カット、残業抑制と手当改革で100億円の財源確保を公約しておりましたが・・・
どうあれ、市民の一員の政治家が、市民から遊離した生活給を得ることは、よき政治からは離れるでしょうね。
最低賃金の首長がそのうち誕生するでしょうね。
時給680円からはじまった給与を住民投票でベースアップする町長さんが生まれることで地方自治がたのしくなりますね。
ps
まだ大阪府知事の改革案を詳細に知らないが
どうも私のマニフェストにある財源確保の枠組みに似ている感じ。


商品券なら個人の利。料金割引なら国民の利。

 『額賀福志郎財務相は6日の閣議後会見で「公務員は公正に国家国民に奉仕するのが仕事。あるまじき行為でショッキングに受け止めている。常識的には考えられない」と不快感を示し、関係した職員を処分する考えを示した。冬柴鉄三国交相も閣議後会見で「現金については料金の割り戻しに当たる」とし、道路運送法に違反するとの見解を示した。しかし飲食物については「営業努力の範囲内ではないか」と問題がないとの認識を示した。』ニュースより抜粋
もちろん厳しい処分が必要です。
仮にこのサービスが、タクシー料金の割引という形で行われれば
支出の削減になったはずですから。
役人の既得権をなくして、支出の削減につなげるという簡単な
ことに気付かないで、自分の懐を少しでも暖めようという
さもしい話です。
もちろん議会にも既得権があり、人々が知らないからと見過ごされる無駄がたくさんあります。
群馬県議会でも、政務調査費や、交通費の改革を議会自ら行ってきましたが、それも県民の監視という制度があったからこそです。
私も議員最後の3か月分の政務調査費90万円に対して、
9万円の調査実費を使って、残り81万円を議会へ返納したことを思い出しました。
もし、県議会に調査費実績表の公開という制度がなければ
「何か調査したことにして使っちゃえ。」との欲求が生まれたことは否定できません。
つまり、監視とか公開とか「見える化」こそ自分の襟を正す力になります。
知事の交際費の公開、土地などの財産の取得の理由の透明性・・・
群馬でも、長い政権の中で見過ごされてきた甘えを改革しつつあります。その権力の甘えの伝統を引き継いだのが今回の前橋の疑惑であり
タクシードライバーからの接待でしょう。これら社会保険庁の無駄使いに代表される体質がノーパンしゃぶしゃぶの大蔵官僚接待以来なにも変わっていないことに驚かされます。
むしろ市民、県民に近い見える範囲の地方自治のほうがより抑制が行われていると感じます。
もやは中央官庁の権限を縮小して、多くを地方へ移管する制度設計を進めるべき時期です。
先日、政府の道州制審議委員さんと面談の機会がありましたが
「意外に早い時期に道州制へ移行する。」との言葉がありました。
住民もしっかりしなきゃいけないですね。


問題教師の発見には・・・

「 小学校の運動会に侵入し児童の写真を撮影しようとしたとして、警視庁北沢署が、さいたま市南区、元小学校教諭、渡辺敏郎容疑者(35)を建造物侵入容疑で現行犯逮捕していたことが分かった。
 調べでは、渡辺容疑者は1日午後2時ごろ、世田谷区代沢の区立小に許可無く侵入した疑い。保護者を示す赤いリボンを付けていなかったことから、不審に思った保護者らが取り押さえた。「子どもを撮影するために侵入した」と容疑を認めている。
 渡辺容疑者は交通事故死した子供の生前の写真を自分のホームページ(HP)に無断掲載するなどしたとして、著作権法違反などに問われ、昨年7月、東京地裁に懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年(求刑・懲役2年6月)の判決を受けて、確定していた。」との報道・・・
問題が起こられないと、判らないとすれば
問題教師が野放しになっているということでしょう。
やはり生徒児童からの公聴の仕組みが必要でしょうね。
狭い密室と同様な教室において、誰からも監視されない教師の問題行動を監視する仕組みを
教育現場は検討する時期にきたと思う。


よき人の人生から自分の人生をイメージする。

この数日たった一週間に、私は人の命について考える出来事に何度かぶつかった。
駆け出しの秘書のころからの友人Mさん
(彼は長い癌との戦いを一度も痛いと言わず戦い終えたと彼の父上が葬儀において満座の弔問者に言われた。
夜パソコンがフリーズすると、軽トラックで来てくれる。
キノコ栽培で黒くなった指先がキーを叩く画像が残っている。
小学校のパソコン教室から農家組合の活動など朗らかな人柄)
片品村の林業のパイオニアHさん
(お世話になった先輩議員の父上、葬儀の受付で配られた略歴には尋常小学校卒から事業を起こし
村の産業界をリードした実績が伝わる。
しかし何よりも、人間の凄味を感じた。弔辞や喪主の挨拶から届く、故人の人間の凄味に圧倒された。)
小渕恵三代議士の兄さん(年も違うし立場も違うが、ともに代議士の政治活動を支えたという面では
同志という感情を持っている。
事業家としても、町長としての様子は知らないけど、家族に政治家を持つ緊張感を持っていた。)
議会の同期のKさん。(友人から朝の6時に電話が鳴った時、不吉な感じがした。
自宅に横になった彼の姿からは休息モーロになっているのに、
カッコよさを感じた。慎ましい、抑制された暮らしぶりの中に政治家としての意思を感じた。)
そして私の父方の祖父と祖母の50回忌、
(もちろん何の行政も社会的な地位もなかったが私の父と叔母たちを育ててくれた人たち。
私の誕生以前に他界しているために私には直接の思いではないが、よく両親が話すので姿は知っている。)
読経を聞きながら、その時間は故人のことを考えてみる。それが死者への礼であると考えている。
故人との付き合いがない場合は弔辞の中から人物を想像してみる。
すると自分の人生の最後と重なって行く。
私はどんな形で人生を終えるのかを予想してみる。
よく武士が自分の凄惨な死に方を描くことで死に慣れる訓練をするという。
「死ぬことと見つけたり  隆慶一郎 新潮社」という作品に描いたあった死へ恐怖をなくす訓練方法
私は人の人生の形を感じながら自分の生き方を誘導しているのです。
何時からか葬式での私の習慣になっています。
この一週間でのそれはいつもよりもとっても具体的な生き方のイメージを与えてくれました。
今、仏として私の前にある人の人生を感じながら私は如何にあるべきかを夢想すること。
「山本龍はどんな男だったと弔をもらいたいのか?」
「あいつは、自分を計算に入れない馬鹿な男だった。」と私は言われたい。
などと想像しながら私のこれからの人生の形を考えてみました。
一から出直しですね。
一番身近な人の暮らしの現場を山本龍が支えられるか
閉塞した地方政治に新しい挑戦の息吹を吹き込めるのかを試されています
当たりまえのことを当たりまえにすること。
なんでこんな当たりまえのことができないのでしょうか?
なんで政治は遠くにいってしまったのか
けして難しいことではありません。でも今の政治には難しい。
だから全部を捨てて
一歩下がって
一からの再挑戦です