映画「ニクソン」


事務所のソファーで寝た朝は、なんか得した気がします。
最初に来たスタッフも暖かでいいでしょう。
そして慌てて、弔辞の原稿を起こして、そのまま草津へ。
父の時代からの友人の葬式は雪の中の葬祭場です。
変わらぬ遺影に私の少年時代を思い出しました。
そのまま早めに帰宅しました。
その途中、小学校の帰りの娘と偶然、出会って、彼女とクレープ屋さんで道草。
(実は彼女の下校に合わせて待ち伏せ。おやじなのかストーカーなのか。)
家で夫婦でDVDを見ました。
映画”ニクソン” を見ながら彼女は途中でソファーで寝むってしまいました。
(ニクソンはアイゼンハワー大統領の副大統領から大統領選挙に出馬。
ケネディーに破れました。そのごカリフォルニア知事選にも落選。
いったんは政界引退。しかし8年後、大統領に当選。ウォーターゲートで失脚。)
ps
娘のチョコを貼り付けます。おやじ自慢ですから。恥ずかしさも承知です。
でも学校内でのチョコ交換は反対の立場です。
自分がもらえなかった経験からです。


事務所のソファーでグッスリ。


皆さんこんばんは。
誘われた勉強会の講師に行ってきました。
講師といっても、市長選への対応など、厳しいご意見が多かったですが充実した勉強時間でした。道州制や行政改革などのテクニック的な質問があるとおもっていましたが、予想は外れて、山本龍の精神についての関心が多かったのです。若手経営者の方々が私へ暖かい視線をもっていてくださることに励みを感じます。
講師料のお菓子まで頂きました。
その後の懇談会でお酒を頂きましたが、実は急遽明日の午後、古くからの友人の葬儀に
弔辞を捧げることになり、すこし酔ったままでデスクに向かっています。
頭に言葉が浮かびません。
もう12時を過ぎました。
このままソファーで寝ることにしましょう。
事務所のソファーは私のよきベッドです。ここに布団を持ってきてもぐりこむと朝までグッスリ眠れます。朝日で寝坊せずに済みます。私の気に入っている時間です。
でも家に帰って子供の顔を見たいとも思います。
一年間の群馬行脚中、夜群馬各地の宿舎から家族へインターネット電話で話しをしたものです。(スカイプと呼ばれるネット回線を使ったテレビ電話は無料)とても懐かしい想いです。
最近もソファーで寝る時には思い出します。
さて皆さん おやすみなさい。


知事選挙;政権交代したから澱みが浮き上がってきた。

横田めぐみさんのお母さんが書いた本の朗読CDが「群馬・救う会」から販売されている。
早速私も買い求め、聞いた。
救う会の活動もこれで5年目を迎える。たくさんの署名、拉致問題解決への集会を企画運営、そしてカンパを家族会や特定失踪者調査会への送ってきた。
私も少しお手伝いしたいと思いつつ、今まで何もできなかったが、改めての充電期間の間、一生懸命に応援したいと思う。この非道な国家犯罪への怒り、老いていく家族への思い、さらにはこの活動をわが事のように続けてきた
ボランティアの方々そして救う会への尊敬、私のこどもへの愛情・・・・
たくさんの理由がある。でも一番の理由は「そこに助けを待っている人がいる。」からだ。
これが私の社会正義。
スタッフの岡部君の勧めで“ルワンダの涙”をレンタルDVDで見ました。
ツチ族とフツ族の内戦下にあったルワンダ。
宣教師と教師が見た内戦の酷さをBBCのドキュメントが私に伝えている。
二人の英国人は一人は残り、そして一人は国連の和平監視団とともに帰国する。
残った宣教師は子供たちを虐殺から守り、殺される。
帰国した教師はその子供の一人と再会する。
子どもから青年になった女性が「なんで私たちを見捨てたの?」と聞く。
「死が怖かった。」と彼は答えた。
到底、私たちから想像もできない殺戮の中で、
青年教師が挫け逃げる事を私たちは責める資格はない。
政治の混乱が人をこんなに苦しめるのかと怖れ慄くだけです。
日本にも、虐殺ではないが、政治の怠慢で死に追いやられる人もいる。
生活保護を取り上げられた病人が餓死する事件を言っている。
これが格差の現実だ。
時の経団連の幹部が「餓え死にするほどでないなら格差はあってもいい。」と発言している。
まさに飢えて死ぬ人がいる事をしらないのでしょう。
さらにいえば、飢え死にしない程度なら格差があっていい。という事だ。
殺さず生かさずの支配層のおごりを感じる。
大田弘子経済財政担当相は、日本経済の現状を「日本は『経済は一流』と呼ばれる状況ではなくなった」と発言したが、これが勇気ある発言だ。
竹中平蔵氏が「大臣は一流だと思えないとは情けない。」と批判したが自分をキチンと評価できることは大事でしょう。
OECD国別ランキングをみてもとても豊かな国とはいえない。
インドや中国の途上国と比較すれば豊かだろうが。
さて前橋市政を多く疑惑の記事。今日もまた新しい内容が伝えられている。
毎日、産経、朝日各紙とも連載のように感じる。
今日は読売にスクープがあった。農地法違反。
李下に冠を正さず。政治家とくに権力の集中する首長には自省が求められる。
最近の新聞の記事は群馬県庁の許認可や意思決定に関わる面があぶり出されてきた。
私は、この一連の疑惑が群馬県政の中核に繋がっているとの感想を持っている。
○高木建設から購入した住宅用県有地塩漬けの疑問。
○県有地随意契約で購入(県有地の売却は国や市町村に打診し、買い取り希望がなかった場合,
一般競争入札を実施するのが原則であるという。)
以上の疑惑は到底、県の意思決定にかかわらなくては出来得ない。
信じがたい澱みがそこに存在する。
だからこそ政権交代によって過去に溜まった澱みを一気に洗い出す
それが私の目指したものです。
さらにいえば前橋市長選挙において政権交代を目指した理由でもあります。
わたしの存在を強く感じる。私ができる事を行う。これが私の心境です。


がんばれ。雪の下のみんな。


今日は日曜日。
しばらくぶりに夫婦で食事をしました。
前橋協立病医院の近くのベーグルサンドのお店です。
昨年、遊説中に偶然見つけて、美味しかったお店です。
妻も気に入ってくれたよう。聞けば草津の私の友人の友人だとのこと。偶然もありがたい。
偶然ではなく、必然なのでしょう。感謝です。
大雪の日は腰が痛いです。出かけの短時間に慌てて雪を退かします。結構きつい労働です。
雪国に住む者の務めでしょうね。でも早速、さくらこが幾つもの雪だるまを作っています。
明日、踏まないようにしなくては。
でも確実に春は来ます。私にもまた春が来ました。
庭の隅っこに花が咲きています。ルーカスがにおいを嗅いでします。彼の頭には、黄色い美味しいものかの確認が必要だったのでしょう。
モウすぐです。春は来ます。落選したときは、ずーっと冬が続くような気がしたけど、春は来ます。
この私に来たのだもの。誰にも来ます。春を待つ気持ちを持って前進することが大事なのだと思います。
突然の不幸に、春を感じる余裕すらない人がいるのです。千葉の勝浦なら、きっと菜の花が咲きだす季節でしょう。
その春の半島に暮らす家族が突然の不幸に襲われました。
船長さんと息子さんが早く見つかれば・・祈りましょう。
この衝突の問題について法律の専門の友人から指摘された。
一方的な被害者側である漁船優先の思考にはまる危険を指摘された。
なるほど、いろいろな視点で、局面を見ることは政治家としての能力だろう。
ミクシーにおける私の書き込みへの友人の指摘に、視点の置き方への未熟さを感じた。
私がまだ感情をコントロールできない幼稚さを反省する。
でも私は、「右舷側優先」という教条主義だけで漁船擁護をしているのではない。
右から来れば、何でも優先ということも無駄のあることでしょう。
大事なのは、ルールは尊重しながらも、相手を思いやる運用も必要ということ。
「デカイ奴が大変だから、俺達が一寸遠回りしてやっか。」
「ちびが怖がっているから、そーっと行こうぜ。」
とお互いが相手を思って行動することは大事なこと。
今、日本の社会で一番足りないのが、“デカ”が“ちび”を思いやる心でしょう。
おえらい役所の巨大戦艦が偉そうに通りすぎるのを土下座で待つ風景を私は想像して、腹が立っています。
この怒りは論理的な説明では、片づけられない。
大蔵省のノーパンしゃぶしゃぶの事件への怒りと大差ない。
選挙への駆り立て、今も活動できるのはこの感情だから。
>単に「被害者」側に立てば正義ということにならないでしょうか
そうかもしれません。でも私は
単に弱い側にたって行動することが私の人生の選択です


疑惑の記事は見たくないです。疑惑解明の記事を

私も選挙の後に明らかになる事実に暗然としています。
次から次に新聞は報道されますが、高木氏の親族企業の抱えている事件は選挙期間に発覚したのでしょうか?
少なくても私は、これらの概略を選挙前から知っておりましたし、全く選挙後に突然浮上した事実ではなかったはずです。
マスコミは選挙の判断材料を提示する義務があるのではないでしょうか?
高木市長自身も会社とは無関係、別人格と主張するように、高木建設の問題を公表することは立候補者への
選挙妨害には当たらないことです。また債権者のためにも当然速やかな報道が行われるべきでしょう。
勿論、その後に明らかになった場合は仕方ありませせん。
しかしこれらの事実は、何れも選挙の前からあった事であり マスコミが敢えて公開を遅らせただけの感想です。
しかも、上毛新聞はこれらの事実報道が他紙の翌日になっております。
しかも、時間的に遅れた分,掘り下げた内容になっているべきですが ただの他紙のコピーです。
投票行動を左右する情報が秘匿されたままの選挙はそのものの正当性を失います。
さて今回の問題ですが、むしろ、市議会内でキチンと調査するべきでしょう。
ここには与党も野党もありません。親族企業からの政治資金収支報告の調査、債務免除の理由・・・
市民への報告義務が議会にはあります。
市長自身も積極的な情報開示や親族企業への利益誘導がないことを証明されることを期待します。
さらには、親族会社の市税の滞納の有無など調査も行うことも当然されるべきです。
そこから、市政への信頼が回復されるでしょう。
以上が私の考えです。
たくさんの意見が私に寄せられてります。私のような考え方がある一方
「市政運営に共感して現職候補を支持したのでこの種の問題は仕方ない。」との意見もあります。
さらには、「どの候補もこのようなしがらみを引きずっており、差異はない。」という意見もありました。
「現職について巷間言われていた様々な疑惑を的確に市民へ訴えることができない他候補にも
原因がある。」との意見もあります。
多様な意見の中に共通に感じることは、密室の政治への不信。政策決定のプロセスの問題です。
閉ざされた戦艦の艦橋ではありません。市民は納税者は、税の使い方に納得したいのです。
モヤモヤしているのではなく、どこが良いのか悪いのか、知らせてほしいのです。
話は変わって、ガソリン税。
国土交通省の、「取れるだけ全部使ってしまえ。」との税金が自分の裁量権だという誤解が誤りです。。
税は預かりものです。
自分の天下り先、自分の親族、自分の財布を考える人に財政規律など語る資格はありません。
小泉さんが一般財源化の公約を掲げて勝利した300議席です。
地方の生活道路は地方政府に任せてください。仮に60兆円を地方へのひもなし財源に回すくらいの
一般財源化なら、たぶん知事さんはみな賛成でしょう。


第2回学習会

今命の軽さが社会に大きな不安を起こしています。
命のセーフティーネットがこんなにも脆かった。
ズタズタに破れている。
一つの例が
奈良県の出来事です。
妊婦の病院のたらいまわしによってお腹の赤ちゃんの命が失われた。
掛かり付けの産婦人科病院で検診も受けない妊婦の無責任を理由と片付ける役人が居る。わが子の出産、このうれしいで出来事を準備するための検診の費用が払えない貧困。
この問題を放り投げて、自己責任と片付けるのは政治の怠慢です。
国保保険証を取り上げられた世帯は、国保世帯の10軒に一軒
吾妻日赤、沼田国立、藤岡厚生、館林厚生などの2次救急の機能が崩壊して、吾妻や利根、邑楽や多野はまさに無医村状態です。
そして救急車が押し寄せる三次救急である前橋日赤、高崎国立、太田病院、そして群馬大学病院はまさに最後の命の砦であります。
今、この命の安全を取り戻すことが政治の課題であります。
もう一つの大せつな事は、先端医療です。
癌になれば、東京の大病院に電車代を掛けて、痛みを堪えて何日も通う。
いま、東京大学でもなく京都大学でもなく、群馬に世界で3台めの重粒子線による
がん治療の施設が建設されています。
何故、群馬なのか。其処には地域に医療に掛けた一人の男の志があったからです。
私達には知ることも出来ない苦労を乗り越える理想へ孤軍奮闘の挑戦を続けてきた鈴木守群馬大学学長が
私たちの学習会で語ってくれました。今夜の学習会。予定の座席を超えて、廊下まで。
龍の人気か?命の重さか?
でも大勢の方に学びを共有できて幸せでした。
ps1 群馬大学では重粒子線がん治療の人材教育をするために寄付をお願いしております。詳細は群馬大学まで。
ps2 次回、山本龍政経塾は3月21日午後7時「障害と生きる」とのテーマで伊勢崎市文化会館で開催です。


得たこともあります。

 明後日。21日午後7時より高崎市金古にある「やすらぎの湯」にて群馬大学長の鈴木学長による
「重粒子線学習会」です。ご都合の付く方は027-219-1005まで
ただし、お風呂に入る方は実費です。
 さて、前橋市長選挙も終了した。このことを書くことは説明責任です。
私個人が推薦した候補が当選することは出来なかった。
残念な気持ちであるが、有権者の判断を尊重すべきだろう。
私の今回の態度について、疑問や批判がある。
では他の候補を推薦するべきだったのでしょうか?
それとも無関与の立場をとるべきだったのでしょうか?
幾つかの首長戦でも信頼する同士を支えて戦いました。
得だから、当選可能性が高いからの判断はありません。
私の精神の価値観です。
つまり私の尺度である、「龍の正義感」から判断しました。
ただ何も得ないことはありません。多くの学びました。
そして誰にも彼の政治活動を支える仲間もいること。
候補が立つ場所が選挙の形を方向つけていること。
自分と比べてたくさんの違いがあること。
その中で最大の学びは、以下のことを実感したことです。
・マニフェストは公開が当たり前、中身の判り易さと根拠が重要である。
・公開討論会や街頭演説、集会における表現力と説明力が重要である。
つまり今後の選挙において、マニフェストと候補の訴求力が重要である。
これからの選挙の勝利を目指す方にとって、自分の主張を理解して頂く能力なしには選挙では勝てないと肝に銘じるべきでしょう。つまり発信力と分析力でしょう。
私はそれをキャンペーン・リテラシーと勝手に名づけていますが。
(literacyリテラシーとは、原義は、読み書きの能力のことで「ある分野の事象を理解・整理し、活用する能力」)
主張を訴える訴求力において現職候補がアドバンテージを持っていた観がある。
さらにはお互いがマニフェストを他候補のものと差異を明らかにしなかったことです。
もちろん政策の優先度には違いがあれども、方向性が似通っていることが多かった。
これは挑戦者の側が、現体制へのアンチテーゼを行わなかったことによるのだろう。
つまり、争点は、候補者の人格であり、どちらが信頼にたる候補科の選択を有権者に問う選挙と位置付けたからだ。
人格を問う選挙は当然個人的な問題点を有権者に知らしめるアクションを引き起こす。
もちろん、個人的な欠点はリーダーの資質に係わるのだから、投票行動の大きな判断材料になるだろう。しかし、有権者はどんな政治が行われるかの約束を知りたいのだ。
互いが怪文章を非難しあう事で幕開けした公開討論会から、このことは予想されたが
有権者に誤解を与えるようなチラシが散見されたことは残念だ。
「ゴミ処分場が400億円と判断」は「400億円が必要と判断して中止」と書くべきだったでしょうし、「k候補は中学校3年生までの医療費も立替払い方式を行う」との誤解を生むような書き方は問題があったと感じる。
選挙戦後半、ある企業情報誌の記事を引用する形のチラシを見た。
選挙後にマスコミによって事実が確認された「親族の会社による脱税疑惑」が事実である以上,これを怪文書として批判は出来ない。がもっと出処を公表して有権者の判断材料にするべきだっただろう。
争点となるはずだった、
・ゴミ処分場を象徴するゴミ政策、
・行政財政の健全化への手法
・透明性を担保するための手法
などの議論が行われなかったことに残念です。
候補の議論を通じて、町のこれからの形を選ぶと言う選挙の本質から逸脱した戦いになった。
 
 さて選挙結果への感想だが、もちろんキャンペーン・リテラシーの差が最大の要因でしょう。さらには中央政治への不信などの逆風も影響してでしょう。
なによりも4年間の市政を検証し、対案を出すことが出来なかった事実から「このままでも良いのではないか?」との市民の現状肯定を覆すことが出来なかった事も要因でしょう。
最後に「選ばれたのは個人ではなく、政策なのだ。」と当選者はマニフェスト達成への努力を行ってほしい。今回のマニフェストは市民サービスを互いが争いました。
そのことは、市民にとって幸いです。その実行のためには不要な事業を淘汰する努力が求められます。そしてゴミの処分場が自治体負担35億円で実行する。という公約を履行する制約も自ら設定しました。市民サービスの拡大と論戦によって生まれた自己規制とを実現する市政に期待します。


説得の政治は辛いことも正直に

前橋の市長選は昨日告示された。
3名の候補者の主張は先日の公開討論会やウェブ、チラシなどで拝見している
マスコミの論調では対立点が少ない選挙とのこと。
確かに市民サービスや社会保障での主張は三名の候補とも似通っている。
項目の具体的な中身に現職らしさを感じるし、現市政の問題提起しようとする新人候補の意欲も伝わる。
しかしパッと見て、一目瞭然の違いはないことは同感です。
岩国市長選のような明確な争点はないのは、仕方ない。むしろ住民を二分する争点がない事は幸せなのでしょう。
私が一番気になる行財政改革についてですが、
「行財政改革の断行して行政サービスの向上、市債残高縮減を推進」の言葉は共通ですが
行財政改革の内容は様々、「記載なし。」「人件費削減、業務の統廃合」「大型事業廃止」と違っている。
歳出の項目より、財源確保の根拠を示すことが大事でしょうね。
明確な違いを互いに打ち消し合いながらも、公開討論会で浮き出た争点が、一般廃棄物の処分場建設への賛否でしょう。
現職の言う100億円超のの処分場建設費(他候補:付帯施設まで入れれば400億円に届かんとする建設費と主張)
の金額の問題よりも、ゴミの処分場をつくるか、他の手法でゴミの焼却をやめようと努力するかの選択を市民へ問う機会にするべきでしょう。
住民にとってこれからの社会の在り方を考えさせるきっかけが選挙であるなら、
私にはこのテーマでの議論が一番相応しいとおもいます。
税を使って燃やすのか?それとも、市民にゴミをなくす手間を求めるのか?
さあどっち?
横浜の中田市長の著作には「ごみの減量で処分場建設を中止できた。その分を市民へ還元します。」と書いている。
前橋においても市民は手間代として何が得られるのかを説明する必要がある。
必要だと主張する候補も不要となるように取組と主張する候補も、それぞれの主張を市民に納得させる努力が必要です。
それに成功した候補が市民の選択を得る
しかし一方では今回の選挙は政策選択の選挙ではなく候補個人の人格の差を選ぶ選挙だといわれる方もいます。
もちろんリーダーの見識や能力は十分に投票判断の基準になるでしょう。でもそればかりではツマラナイ。
候補の異性問題や、個人の生活ばかりがクローズアップされる選挙は少し安っぽい。
「あいつはいつも割り勘でセコイ。」なんて言われる選挙は結局は市民にとって何の意味もないでしょう。
本質と関係ないところでの人気投票になっては残念。そんなことを事務所のスタッフとお茶飲み話していると彼から「
八戸市議会の28歳、美人の市議会議員さんが今人気ですよ。知ってます?」全然知らなかったです。私は・・・
聞けば2位に方の倍の得票でダントツ当選。
ネットを見れば、確かに可愛らしい女性ですね。
しかし・・・・
これじゃ、真面目に政治活動や社会活動しているおじさん候補はたまらないですから
さあ、普通の候補は一生懸命に街頭で集会で市民の選択を求める活動を期待します。
私もソロソロ自分の主張を語りだそう。
21日は龍の政経塾の第2回学習会
群馬大学学長さんが講師です。午後7時より棟高の「やすらぎの湯」です。
ご興味のある方は気楽にどうぞ。演題は重粒子線によるがん治療です。
説得の政治が選挙からはじまることを期待します。


明日は前橋公開討論会

今日はアメリカの大統領選挙党内指名選の山場
いくつか後援会関係とお世話になっている団体の新年会を終えて
急いで帰りました。
帰宅すると娘が私のベッドに
水枕や体温計…妻が発熱のために、娘が付添さんになって寝てしまったようです。
微笑ましい光景ですが、妻の熱が難しいものでなければいいのですが。
相変わらず、夢や理想を語っている夫に手を焼いたのかもしれませんね。
最近、彼女は世代の真ん中にいる年齢の忙しさを感じているのです。
子育てと老いた両親のこと。しかも夫が役に立たない状況でしょうからね。
先日のPET検診で誕生後3か月の赤ちゃんガンを発見してもらった義母は
いよいよ、発見していただいた高崎のM病院さんで手術だそうです。
おなかを切らずに、管を挿入してチョッキと取ってくださるそうです。
その手術の名医さんで安心です。
それに加えて、わがままの私の父が、糖尿病の管理をしていだだく為に入院しています。
やはり自制心のない人は、病気になっても抑制が利かないようです。
たばこも食事も好きなように吸ったり食べたり。これでは病気が治るはずはないです。
きっと厳しく食事管理を病院の方に教えてもらっているでしょう。
「**が食べたい。」の電話で妹や妻が病院へこっそり運んでは意味がありません。
困ったものです。
オバマ候補の演説“One Voice”を聞いた。ヒラリー支持の我が家の態度が揺らぐ。
「アメリカは一つ。黒人のアメリカも白人のアメリカもない。・・・」
強力なメッセージを感じる。弁論の力がしがらみを乗り越えるアメリカのダイナミックな政治をつくる。
ブルータスが、「民衆に民主主義を守るために独裁者になろうとしたシーサーを暗殺した。」と語ると
広場の民衆は「ブルータス万歳!」と叫ぶ。
しかし次に現れたアントニウスがシーザーの偉大さを語ると民衆は「ブルータスを倒せ!」と叫ぶ。
強力なメッセージが大衆扇動政治を生むとの批判はある。
しかし、私たちの国の政治家の言葉が力なく、そして軽く感じられるのは残念だ。
「人生いろいろ・・・」
「私に戦闘地帯を聞かれても判る筈ないでしょ。」
「公約違反といわれるほどではない。」
明日は県都前橋の市長候補公開討論会
誰の言葉が市民を動かすか?
他国のリーダー選挙より、ふるさとのリーダーの言葉に心を揺さぶらせてもらいたいと願う。