雪 谷川

匠に里周辺を歩いた。
携帯に新聞社からの取材電話。長電話になったので待ちくだびれた同行の仲間がデジカメで・・・
ここは同じ山間の集落だが吾妻と雰囲気が少し違う。吾妻町の坂上か中之条の伊参ならこんな風景がある。それでも山の形、畑の色、蔵の白さ。誰かに指揮されているようだ。何よりも屏風の谷川が違う。
今、毎日歩いている。気持ちがいい。歩き、話し、聞く。
これが1年間の群馬行脚。でも新しい群馬行脚が出来ればいい。


命を守る政治を造る。

午前中、雪が舞いました。利根はもう確実に冬です。
「書き込みが少なくなった。」
「湧き上がる情熱が感じられない。」
色々な意見を頂いています。決意以来5ヶ月、もう私の心の中で挑戦者の情熱が変質してしまったのでしょうか?自分ではそう感じなくても、きっと私の行動を通じて、その変化を感じる方がいる。その事を私へ伝えてくれる人たちへ感謝します。自省と自律は人に必要な最重要な能力でしょう。でも言われなくては判らないことがあります。自分で気づく事ができる人は稀でしょう。だから、注意や苦言を伝えてくれる仲間がいる事は大事です。政治にとっては、世論ですね。民意ですね。それを如何にくみ上げるかで政治の中身が変わってきます。
しかし私の情熱や正義感が変わってきたわけではありません。表現方法が変わっただけです。心の中には、偉そうな権力者への怒りで一杯です。「格差はどの時代にもあった。格差が当たり前。」と言い放った小泉総理大臣の発言を忘れることはありません。政治こそ社会の中にある格差を埋める社会の仕組みです。その責任者の発言ではありません。弱いものを怠け者と切り捨てる単純さを憎みます。私もまだまだ知らない社会の暮らしがあります。でも政治は想像をするべきです。
一人の自殺した子供の周りで何が起こっているのか?
一人の自殺した零細企業の経営者の周りで何がおこっているのか?
お悔やみ欄の死亡記事から多くの格差や政治の怠慢が思い起こされます。
今日、妻から学校のいじめについての話を聞きました。私の身近な処に周囲の嫌がらせによって苦しむ子供がいる事を知って胸が痛みます。私は二人の子供に必ず聞きます。「学校でいじめられて子はいない?そんな子を見つけたら必ず助けるんだよ。」と。痣を見つけたらいじめや家庭内暴力を連想する事が必要です。児童養護施設の関係者だけでなく、子供と接する職場へは、「いじめの可能性を想定すべきサイン」をもう一度確認するべきです。そして加えて教職員が子供と触れ合う時間を確保するべきです。それを教職員の無関心によって見逃す事のないようにするべきです。痣のある子供の自宅訪問を怠り虐待死を防げなかった児童相談所の怠慢を憎みます。彼らが頑張れる仕組みを作るべきです。
もの言わぬ弱きものを虐待するなど許されません。政治が、声なき県民の願いを無視する事は、暮らしを踏みつける事です。そして政治が人を殺す事です。幾百の子供が自殺し、歩道のない通学路で事故に会い、拉致され、暴力におびえる。学校も警察も怠慢ではないでしょうか。やるべきことが出来ないならそれは権威ではありません。ただの馬鹿殿様ではありませんか。
だから私は今までの政治をぶっ壊して、命と暮らしを守る政治を作り上げるのです。私の挑戦の理由は怒りです。
今日私は、沼田の活動中ではありますが、急遽、前橋~高崎の街宣に出かけました。
そして多くの人へこの思いを伝えました。県政が変わることを祈りながら声を振り絞りました。


大澤正明議長の知事選立候補へコメント

私の11年間の議員時代、ご指導いただき尊敬する大澤氏と知事選挙における政策議論が行えることは名誉であります。立候補表明以来5ヶ月間、群馬行脚の活動の中で多くの方とふれあい「群馬の新しい形」を約束してまいりました。信念に従い堂々と議論を挑んでまいります。


ハンセン氏病でも植木名人のおじさん

ハンセン氏病についての悲しいそして色々な報道が、この病気ゆえに大変な苦労があったことを私に教えてくれる。でも草津のおじさんたちは皆、植木職人など元気に高原の草津の社会で仲良く暮らしていたと私は思っていた。
草津栗生楽泉園はライ予防法に基づく隔離政策を実施する為につくられた国立療養所。私の両親の住まいから一キロほど南にある。私を育ててくれた医師はこの診療所の勤務医として草津へ赴任したことが切っ掛けで、私の祖父母と親交し、その勧めで草津で開業されたと聞いている。旅館から魚屋へ家業を変えた父母はこの施設の入所の方々とよく遊んでいた。兄のスキーの大会の応援に一緒に出かけたことも覚えている。私の中之条の自宅庭に植えられた大きな木は皆、このおじさんが下さったものです。
偏見や差別、少なくとも少年の目からは見えなかった。
その施設も最近は訪問する機会も少なくなった。父の友人たちが高齢になった。幾人かは亡くなった。800人ほどの施設での暮らしも今は半分以下にまで少なくなった。植木を頂いたおじさんも亡くなった。
悲しいストリーを語り継ぐ人もいない。


群馬県知事選挙 候補出馬で構図が決まった

以下、新聞記事から3題
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『知事選 大澤氏がきょう出馬表明』(産経新聞 11月6日)
 自民党県連の前幹事長で県議会議長の大澤正明氏(60)=新田郡区、4期目=は6日午後に記者会見を開き、次期知事選への出馬を正式表明する。これに先立ち、県連幹部は県議団総会を開き、大澤氏の擁立に理解を求め、了承される見込み。大澤氏は産経新聞社の取材に対し、「県連の意向に従う」と述べた。<以下略>
http://www.sankei.co.jp/local/gunma/061106/gnm000.htm
『知事選 大澤県議出馬へ 「現職、多選で独裁化」』(産経新聞 11月4日)
http://www.sankei.co.jp/local/gunma/061104/gnm000.htm
『知事選 争点にGKA問題浮上か』(産経新聞 11月5日)
http://www.sankei.co.jp/local/gunma/061105/gnm002.htm
以上。
これで来年夏の知事選挙の構図が固まった。投票の選択肢を広げる事は既に私も寄与できた。これからは公開討論などで政策の差など、投票選択の情報をより多く有権者へ提供する事が被選挙人側の義務であろう。


北朝鮮拉致被害者を思う

昨日、シバラクぶりに娘とあった。
夜、沼田から吾妻の自宅へ急遽帰る用事が出来たのだ。今まで「いちばん星」を弾いていた彼女が少し上手に縦笛を吹いている。小学校の音楽会で練習したようだ。子供の成長は早いなとおもう。横田めぐみさんのご両親が吾妻で講演された際に、この子供たちで「ビリーブ」を歌って、横田さんたちへプレゼントしたのは、もう一年も前になる。お二人がステージで歌う子供たちを愛しそうに見ていた事。よく覚えている。お二人とも泣いていた。
拉致問題も少しずつ前進しては、後退の連続。でも色々な事実が明らかになったきた。そして6カ国協議の再開。僅かだが解決のトンネルの出口が見えそうだ。
先日の群馬県庁で行われた救出署名は昨年ほどの数が集まらなかったと友人から聞いた。
拉致から核へ話題がシフトしたのか。それとも関心自体が薄れたのか。
私には救出への何の力もない。でも関心も持つ事を政府がこの問題を真剣に取り組んでくんでくれることを国民として要望する事しかできない。
いつも自分の娘の事を重ねる。私的な感情かもしれないがこの子が突然いなくなる。それが他国の国家的な犯罪であるとしたら、私は無力だ。そのときに、一緒に救出を叫ぶ人がいなければ私は途方にくれるだけだ。叫びましょう。皆で。


素晴らしいふるさと

情けない。朝起きて、みなかみ町役場などのあいさつ回りへ出かけようと、スタッフへ言うと、「今日は休みです。」  文化の日など、忘れてしまった。 もう既に、10ヶ月、連続して活動している。そういえばお盆の一日、休んだっけ。
利根での面談の後、120号線の大渋滞を待ちながら この季節が素晴らしいことを感じます。午後から利根の輪組から山道を通って老神へでました。 それは恐ろしくも急峻な山道で、路肩から下を覗き込む勇気はありません。小さな集落が遥かな彼方へ見えます。
私は、毎日素晴らしい発見があります。そして出会いがあります。それ自体が政治活動の結果に繋がるものではありませんがこの群馬をふるさとに持った事への感謝をわきあがらせます。


片品の紅葉

今日から本格的に遊説開始。
もみじの片品は多くの観光のお客さんで賑やかです。吹割の滝の駐車場では他県ナンバーの車から手を振られる。まだまだこの沼田利根では、名前と顔を覚えてもらうまでには少々の時間が必要だろう。
どこにでも出会いはある。既に遊説中に声を掛けられた方々から、事務所へ応援の申し入れがあったとの事。歩く前は、密林のジャングルだが、一ヶ月たつと振り返れば道が出来ている。
P.S やはり寒さが衣服の布地を通して感じる。妻にスキー用のアンダーウェアーを送って貰おう。寒いのは慣れているし、好きだ。11月の利根を選んだのは暑いときは館林、太田で。寒いときは、その寒さを感じるところで。その土地を感じるのは、それがいい。


沼田に到着

昨日の伊勢崎での意見交換会も楽しかったです。会場が狭いくらいに立っている方が大勢。スイマセン。質問も5名の方から出て、にぎやかに出来ました。でも伊勢崎市の観覧車建設計画についての質問は答えに困りました。市長村の政治的なプロセスで決定した事を県があれこれ言うのは、太田アカデミーへの介入と同じですから、「勿論市長村の政治決定を尊重する現場主義を優先します。」と回答しましたが、その後「県事業としてならNOです。」と答えました。
そして今日から沼田の宿舎です。初めての夜。何と部屋にネット環境がなく、唯一、繋がるのは一回のフロント前です。今日からここで夜の数時間を過ごすことになります。実は沼田で困った事はこのネット環境です。調べたほとんどのホテルが部屋に回線がありません。ここは部屋にはありませんが、一階にフリースポットがあっただけでも助かりました。沼田パブリックホテルです。たぶん午後10時ころはフロントのソファーに座っています。
荷解きを終えて、フロントのソファーでPCを開くと、沼田の友人が来てくれました。そして誘われて老神温泉のお風呂へ出かけました。ユックリつかっていると暖まったです。やっぱり温泉はいいね。

2006年10月31日 伊勢崎地区意見交換会
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