政治不信。実感する。

ゴミになるだけですよ。政治家は皆馬鹿で嫌いですから」老人は吐き捨てるように言った。富士見村のとある民家の庭先で私の政策を書いた文書を渡そうとした時のことだと中村紀雄県議のブログにある。こんな事実を公開するなんて正直な方と思う。
私もブログに快調そのものの日々の政治行脚の様子を書いている。しかし、実際は中村議員の体験にあるような出来事に直面することも多い。今日も「政治の話は聞きたくない。」と言われた。無関心でなく強烈な政治不信の表明に出会う度に、「俺の話を聞いてくれれば政治が近くなるのに。」と思うが、先方の頑なな考えは刹那では変えられない。自らの行動で信頼を獲得するしか方法はない。
今日、愛知県のある市議会公務視察における会議欠席と観光地訪問をめぐる報道があった。こんなことの積み重ねでは信頼を失うことは仕方ない。しかし、一方、議会が納税者の税を野放図に浪費する首長の暴走を抑止するために日々活動していることは、当然のことであり、報道されることはない。新聞では群馬県議会も議会改革委員会、自民党も党議会改革委員会を設置して今までの慣習を改めていく試みをされている。
ガンジーの言葉に「社会を変えたいなら、まず自ら変われ。」とあるらしい。議会が変わって、そして、県政を変える。大きな期待をかつての同僚諸先輩へ送りたい。
さて今日は晴れた。シバラクぶりの太陽は厳しい。頭がのぼせた。いま大泉町の人々を訪問し、話を聞いている。久保田議員の議会での発言どおりだ。多国籍、いや多文化共生社会の問題は生半可な政策では解決しない。基地問題を沖縄に押し付けたように、外国人労働力問題を一部の浜松、大泉、大田などの地域に押し付けて応援しないとの国の対応ではないと思うが、県としての応援もさらに必要だろう。小寺県政における政策である外国人未払い医療費の群馬県方式は私は大いに評価されるべきものと考えている。県が先導するべき政策だ。
ところで、熱射病の心配がある。今日も、午後4時、頭痛が起こった。おいおい、まだ始まったばかりだ。
ここで休むわけにはいかない。それに無職の身には医療費は余分な出費だ。通りの店で900円のつば広帽子を買い込んだ。手と首から上はもう真っ黒。


溶解限度を超えた貧困は社会の底に沈殿はじめる。

群馬キャラバン館林邑楽ステージもあと一週間になった。ここまではきわめて順調。家族と離れる寂しさ以上の出会いの喜びがある。先週は、ここ館林に暮らす高校時代の同級生と再会した。ここの市立中学校勤務。宿舎のホテルに訪ねてきてくれた彼は、高校時代の面影が残っていた。
そして昨夜は太田市の同志との次のステージの打ち合わせ。館林とは雰囲気がちょっと違いそうだ。ここに慣れると次の地はフランティアだ。緊張する。
今日は東京から二人の大学時代の友人。そして偶然にも、草津から友達が相次いでホテルに来てくれた。ここの名物をご馳走した。それは「うなぎ」。ここのうなぎは本当に美味しい。ホテル近所のうなぎ屋さんがお休みだったので、板倉の雷電神社のそばのあるお店に行った。名物の食べ物がある土地は良いな。あんまり美味しいので又来るという。今度は割り勘ですから。みんなにうまいと言われると「自分のふるさとが褒められたような気分。」
さて、その3人共が、昨日のNHKのワーキングプアを取り上げた番組を見ていたことを知った。異口同音に内容の興味深さを語り合った。そしてその番組のなかでの事象についてそれぞれの立場での意見を述べ合った。社会保障をどの程度まで税によって行うかでそれぞれの意見に差異があることが分かった。
丁度偶然、今読んでいる本は「マイホームレス チャイルド:三浦展」「下流社会 新たな階層集団の出現:三浦展」「渋谷:藤原新也」だから、この読後感と合わせて龍のワーキングプアへの対応を後日ここに書き込みたい。一年半前、「希望格差社会」:山田昌弘・筑摩書房」を読んだ時の衝撃以上だ。なぜならその本の中で予想された社会がすでに現実になっている事だ。政治が何かを怠っていたのではないか。その責任を果たすべき役割に私もいたのだ。
僕らが議会で発言した事々が思い出される。我々は真の危機感を持って考え行動してきたのか?未来の社会に責任を持っていることを実感している。
「一定容量の溶液に溶かすことが可能な溶質の質量は温度によって決まっている。」と思い出した。温度が下がって沈殿始めたのかもしれない。或いは、溶質が過剰に入ったのかもしれない。問題なのは、温度が下がったことでも、溶質の量に気づかなかったことでもない。
沈殿一歩手前まで、透明であるビーカーの中に既にタップリ何かが解けて存在してる事に気づかなかったことだ。


龍も歩けば勉強になる

雨も降らず、暑くもなく、活動しやすい1日でした。午前中は農村地帯、午後は市内の住宅街を廻りました。気づくことは、老人世帯と障害を持っている方です。この事は勿論吾妻でも多くあることですが、やはり館林邑楽でも同様だと感じています。
本当はユックリ話を聞きたいのですが、こちらから障害者自立支援法の影響や授産施設などの支援体制についての意見を聞きたくても、切り出せません。先方も、地元の県議でもない訪問者は迷惑でしょう。
一人のおばあちゃんが言った、皇太子様の「昆虫の森」のご訪問についての言葉が印象に残る。『そんなとこ、皇太子様連れて行って。殿下は障害者の施設で頑張っているもんの激励をしたかったじゃないかね。』
そういえば、先日の館林祭りに、市内の障害者施設のテントの出店があり、手作りの筆入れやメガネ入れが販売されていました。筆入れは桜子とりんたろうへ、メガネ入れは妻と自分用に買いました。そのときも突然の雷雨の中で保護者のお母さんたちと話す時間がありませんでした。残りの滞在中、訪問できればと考えています。
さて昨晩、この館林の唯一の高校時代の同級生が東京から私へ会いに戻ってくれました。N君は東京の不妊治療のクリニックの院長さんです。「ある調査では、高校生の25%がクラミジア感染をしていた。そのまま治療しないと多くの場合、不妊に繋がる。この問題は、将来の不妊で苦しむ夫婦が増えることになる。」と私へ警告してくれた。こんな課題もあったのだと知らされる。
もうひとつ彼は、不妊による女性の悩み、周囲の不理解による何気ない言葉に傷つく女性の苦しみ。などの精神的な問題も提起した。さらに体外受精などの保険外の費用が高額になる負担も問題も教えられた。
別の人からは、足利で両毛の連携をリードする方の話を伺った。明日、アポをもらえればその足利の長老に会うつもりだ。
人と会えば会うほど、私の脳みそが埋まっていく。そのせいで脳の働きが鈍ったのだろうか。今日は歩いているうちに栃木県に入ってしまった。小さな矢場川が県境だった。これが矢口前議長がよく話してくれる「県際地」なのだと実感した。
気づかずにいるうちに、「あんた。群馬の選挙だね。ここは足利だよ。」と教えられ、とほほ・・・。でも良いじゃないか。両毛5市による政令市構想について意見交換できた。

お話を伺いました。
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大雨の中の1日

大雨で山崩れなどの災害が発生している。今日は、利根川沿いの集落を回った。そして堤防の堰堤に登ってみた。なるほど、川とはその見た目がずいぶん違ってみえるもの。濁流が川幅一杯に広がっている。流木やごみが大量に流れている。この付近の住民が、不安な気持ちでこの川を見ているだろう。「この堰堤がもし崩れれば・・・・」想像できない被害だろう。危機を予測し、その対応を準備するとの対応力が求められている。
さて大雨の中だったが、カッパを着込んで、街頭での辻立ちとチラシ配りを朝から行った。今日から、本部からY君が加わり、地元のTさんとで4名体制になった。交差点でも、スーパーでも効率よく配布できる体制になった。しかし、板倉の東洋大学駅では、不発。7時に駅に着いたが、多くが学生さん。どうも、通勤客は6時台の電車利用のようだ。つまり空振り。
でも楽しい。いろんな局面で人と話しあう。伝えることも伝えられたことも沢山ある。その時間が、政治を担おうとするものの視野を広げ、責任を深く刻むことになる。側溝の蓋の段差に躓くとき、初めて知る事実もある。これだから、地域を歩いている人の声は正しい。県議会議員としてふるさとを歩いた。他の議員さんもそれぞれ歩いた。彼らの感じた地域の問題が全県としての総合判断から見れば優先順位に差はあるだろうが、どれも今、その地域にある問題なのだと改めて思う。
龍の主張する、議会民意を積み上げる手法、そして地域に問題解決のイニシアティブを委譲する手法は間違っていないと確信している。

今日の辻立ち
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行脚風景
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毎日こんな様子です

今日が何曜日なのかも分からない。妻から、「龍は元気かの問い合わせがあるので、どんな様子なのか報告してほしい。」旨の電話があった。なるほど、政策的な書き込みではなく、たまには龍の今日を報告するべきだろう。こんな様子です。
朝5時におきて、ラジオ体操に出かける。こんなに真面目に体操をするのは初めての経験だ。背骨の一本一本がギシギシ伸びる感じがある。深呼吸で吸い込む空気を感じられる瞬間だ。
ここで一気に眠気を追い払い、遊説カーで体育着からYシャツに着替え、通勤ラッシュの交差点に立つ、7時から8時までの一時間。仲間が、チラシを配るのを応援する為に、「おはようございます。」と大きく手を振る。
宿舎に戻り、朝食。
これからが、行脚の時間。一時間に30軒平均で7時間で200軒。
そして夕方のスーパー前のチラシ配り
夕方6時に宿舎に戻り、夕食。
そして資料整理。
こうして、2週間が過ぎた。前橋から持ってきた、10000枚のチラシが無くなり、補充。平均毎日700枚のチラシを手渡ししている計算だ。
そして今日は、夕刻は館林祭り見学に。地元の友人から頂いた、ゆかたを着て、下駄をはいて出かけた。市長さんや、市議会に議員団の踊りの行進を見物してた。県議時代にお世話になった、中島市長も元気に踊られているし、松本県議も見える。何よりも行脚中に知り合いになった多くの方から握手を求められる。地元吾妻では、暫らく無かった新鮮さを感じる。
とにかく、多くの人と出会い、多くを聞き、今後の政治に活かしていきたい。それが、この群馬全県行脚の目的だし、政治担当者としての任を目指す者の義務だ。教えられた事をメモしたノートはもう10ページを超えた。このノートが何十冊か溜まれば、大きな宝になるはずだ。毎日が充実と喜びで一杯だ

朝5時30分
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求める前に、まずは自己努力を

山梨県のHPを見た。森林環境目的の新税についての説明が以下のようにあった。


平成14年12月、「ミネラルウォーターに関する税」について、詳細な検討を進めるに当たり、広く県民の意見を求めるとともに、関係事業者の意見を聴くため、山梨県地方税制研究会中間報告を公表しました。以来、研究会においては、県民や関係事業者の意見を参考に、課税の公平性や税収の使途などの検討を進めるとともに、良質な地下水資源を守っていくための費用負担のあり方についても幅広く調査研究を重ねてきました。また、県民や関係事業者の理解と関心を深めるため、シンポジウムや講演会を開催するとともに、県民の意向を把握するため、県政モニターアンケート調査を実施しました。こうした取り組みを通して、山梨県地方税制研究会においては、2年余にわたり、検討を行ってきましたが、その結果を「『ミネラルウォーターに関する税』についての報告書」として取りまとめました。


とある。課税自主権は勿論認める。3つの疑問が浮かんだ。
●君主の課税を制限するために始まったのが議会の誕生の基であるならば、山梨県議会は如何にこの新税に対応したのだろうか?
●新規特定分野の目的のために財源が必要であるから課税するならば、既存の税の支出削減を行いその新規目的に為の財源を確保するべきではないか。その努力をしてもなお足りないなら、その削減努力を示すべきではないか?
●レジ袋税のように、負荷を与えて減少を目的にした課税の方向性がある。では、山梨県は課税して、水のボトリング事業を抑制したいのだろうか?(課税された負荷が移転費を上回るならば、山梨から他県への移動がある。)
ともあれ、無駄の支出の積み重ねの群馬県知事が新税を創設する為には、大きな障害があることは事実だ。


誰も泣かさない県政は可能です

政治が住民の所得再配分機能である以上、高額所得者にとって税金は憎まれる対象であり、喜ばせることはできない。したがって龍の言う「誰も泣かさないことは不可能です。貧困を救うために税をとれば、納税する側が泣くことになる。」との指摘を頂くことが多い。皆んなを泣かさないことは不可能なのか?
私が可能だと思い理由は2点ある。
1:私は、ふるさと吾妻を離れ、今館林に滞在している。ラジオ体操が日課だ。朝のラジオ体操は館林の城沼に湖畔にある公園でおこなわれる。今日は少し早く行ったので公園の橋から湖面を覗いた。メタンガスの泡が湖のそこから涌いていた。相当の汚泥が湖床に溜まっているのだろう。
ここで郷土愛があるなら、誰かが浄化のために立ち上がるべきだろう。ところがその浄化には莫大な資金が要る。だからこそ、市民はこの水辺が澄み渡ることを願って、納税をするのではないか。自分で作業できない分、汗して収めた税がこの郷土の風景を清めることを願って納税する。
もし、自らの税が、自らの郷土の環境や医療福祉、教育の向上に繋がっていると実感できれば、納税は苦労ではなく喜びに変わる。私の言う「誰一人、泣かなさい政治。」とは政治によって支えられなくても豊かに暮らせる高額納税者も対象なのだ。
2:貧困に代表される問題を、富者は自身には関係ない事と無関係で居られるのか。
富者の師弟が、貧困によって生まれる犯罪に巻き込まれる可能性はないのか?自分の師弟が、麻薬中毒者によって刺殺されない社会を作ることは、富者によっても喜びだろう。
だから税をすべての人の泣かさないために執行することが可能なのだ。


おおたタイムス紙面より

タイトルの名の記事を見つけたのはおおたタイムズの紙面だ。館林の宿舎で近所の方から、折込ニュースである「おおたタイムズ」を頂戴した。私の出馬の記事が出ているからだ。
その記事の上段に「ちょっといい話」とのコラムがある。抜粋し、紹介したい。


下流とは単に所得が低いことではない。総じて人生への意欲が低いのである。意欲を引き出すのは具体的な理想や目標である。もうひとつは、日常の当たり前のことをキチンとすることだ。
靴をそろえる、挨拶をする、当たり前のことを当たり前にすることが学力を向上させるのだ。


私はこの当たり前のことを行っているか?自問している。


彼らは確実に民意を代表しているのだと実感している

歩いて歩いて、300軒。街頭で叫んで叫んで1時間。そして駅で、交差点で、配って配って延べビラ撒き枚数600枚。前橋の事務所から、遊説カーに乗せてきた1万枚のビラ半分、行脚開始5日間で5千枚。1日1000枚のビラがこの町の人に読まれている。これは、大きな政治力に繋がるはずだ。追い風にも逆風にもなる政治力を起こすであろう。
主張する方向への賛意と異論。これが同時に起こっていることだろう。でもこの選択の方針を示すことが、政治選択につながるのだ。
みんな、僕らの政治活動を楽しもうではないか。
館林の農村部である渡良瀬川右岸を今日は歩いた。何人のも方々が、珍しそうに話かけてくれた。茄子を持った手で指し示す先には、近所のおじさんがトラクターを動かしている。
一茶の句だ。楽しんでいる、全てを。見ること、聞くこと、感じること。そして足の痛みも、お世話になっているホテルの指圧師の方の話も。そしてこの土地で、政治活動を続けてきた県議会の先輩や、仲間の顔が浮かぶ。県際地(ケンサイチ:県境の土地のこと)の苦労、県庁所在地から2時間の土地にいる苦労、湿地地帯、足尾鉱毒問題、東武鉄道、医療の問題・・・。
この地の代表である県議さん達が、本会議や委員会で発言した事を思い出す。たった5日間の館林住民ではあるが、議員経験者の端くれである僕にも感じることだ。


議員辞職で素浪人。塹壕の中での誕生日。

議員辞職で素浪人になって、館林のホテルにいる。同行のスタッフと缶酎ハイで47才の誕生日を祝った。まさに塹壕の中での祝杯だ。
何も議員を辞めなくても、という意見もある。しかし背水の陣という言葉もあるように、もはや後戻りはできない。逃げ道を断って活路を拓くという気持ちと、もうひとつこれからの1年間、県内を歩き回ってみんなの声や思いを聞いて、自分の知らない群馬をみてみたいという気持ち。こんなことができるのは、生涯で今を置いて他にはないと思う。
群馬に生まれたのに、群馬がわからないじゃ、果たして人の役に立てるのか!?群馬全域を歩き回れるのは本当に貴重な経験ができると思う。僕が、まだ知らない『群馬』のよさ、『普通』であることのすばらしさをきっと沢山発見できると思う。
議員ではない『素の山本』をみてもらい、同じ目線で群馬の課題・地域の課題を汲み取って自分の血肉にしたいと思うのである。山本龍という「一個人」を見てもらいたくて、僕は肩書きを捨てて『素浪人』となった。
民主主義の原点ってなんだろう? 『選んだ』という実感が持てる選挙になっているのか??
よくいわれるけれども、真にいい政治は「哲人政治」だという。『哲人』といわれる、公平無私、情に厚く清廉、そんな政治家が本当にいれば、それが言いに決まっている。しかし、そんな哲人はいないのが現実。そこで民主主義という、選挙で『民意』を吸い上げるという政治システムが、次善の策としてでてきたと説明される。
でも、僕は思うんだ。選挙というけれど、立候補する人が限定されていては、住民に『選択肢』はない。この間の衆議院(郵政)選挙があれだけ盛り上がったのは、選択肢が増えたからだった。選択肢が増えることがまず民主主義の前提。けれども、選挙の形骸化も指摘されているように、選挙が形ばかりになっている=投票率の低下これはいけない!
これでは選挙で選ばれたといっても、本当はあまり説得力=つまり「民意の正当性」があるとはいえない。例えば、クリントン前大統領も、1期目は「4分の一の大統領」なんていわれて、民意の4分の一の支持しかない大統領ということで、正当性に疑問が付いてたものだ。
だから僕は、選択肢を増やし、投票率をあげて、本当にみんなが自分たちの身近な政治について、投票権を行使してもらいたいと思っている。「自分で自分たちの代表を選んだ」という実感をもってもらいたいのだ。だから、今度の選挙は、選挙って、面白い、『俺が私が、選んだ」という実感をもてる選挙にしたい。だからこそ、これから1年、素浪人=生のありのままの、山本龍、一個人として、みんなと話しをしにいくのだ。
これこそが民主主義の原点だと思うからだ。僕は、記者会見でも「みたことのない戦いぶりをみせてみせる」と宣言した。そう、民主主義の原点に戻り、みんなと話して思いを伝え、みんなの思いを明日の政策に実現する。そのために、組織や一部の『偉い人』に頼りがちな従来の組織選挙とは異なった、個々の人の思いを結実させる戦いを展開していく。
昔、家康が海道一の弓取りと呼ばれたころに、「この家康と戦いたいというならば、海道一の弓取りといわれたこの家康の戦いぶりをとくと味わわれたらよい」、といったそうだ。まさに昔は命をかけた戦い。命を懸けて戦わなければ、家臣も領民もついてこない。みんなの代表になるのはまさに命がけだったのだ。そして、家臣や領民の信頼があればこそ、家康は強かった。戦いを挑まれて、堂々と、家康のようにいえる政治家がどのくらいいるのだろう?
民主主義・地方自治の原点は、個々の住民だから、家康の言葉を今風に直せば、政治家サイドに、地域をよく知っているという自信と、住民との信頼感・連帯感がなければ、家康のように堂々とあのように言えないと思う。地域をよく知ることと、住民との信頼感。その根底には地域への愛情。それこそ、民主主義の原点だろう。そのために、僕は、一個人山本龍として、素浪人となり、群馬全域を1年かけて歩き続ける。
これが、山本龍の『戦いぶり』である。