場外戦は無益だ

◎都道府県構想外の市町村にも適用=旧合併特例債に代わる財政支援-政府支援本部
政府の市町村合併支援本部(本部長・麻生太郎総務相)は8月31日、今年4月施行の市町村合併新法に沿った取り組みを促す新たな「市町村合併支援プラン」を決定した。合併特例債などを認める旧法下の手厚い財政支援措置に代わり、年末にかけて検討する新たな地方債の発行や地方交付税を通じた支援措置は、都道府県の合併構想に含まれる市町村を対象とするのが原則だが、構想作りが進んでいない場合などは、事後に県の構想に位置付けることを前提条件に例外的に適用を認める。新プランで支援対象となる市町村は、(1)新法下に基づき合併(2)都道府県が作る構想に位置付けられた場合―の2つ。 補助金などの配分に当たって合併が考慮される関係省庁による支援策は、合併市町村の一体化につながる道路整備など旧プランからの引き継ぎを含めて計67事業を明記。新たな支援策では、▽合併後市町村の人材育成に対する支援(自治大学校など)▽地域再生基盤強化交付金の活用(内閣府)▽まちづくり交付金(国土交通省)▽補助海岸事業(同)▽地域情報化総合支援事業(総務省)▽経営体育成基盤整備事業(農水省)▽むらづくり交付金(同)―の7事業を位置付けた。このほか、大規模な合併で誕生した市については、「おおむね人口100万人以上が見込める」としていた政令市昇格の目安を弾力化する措置を継続。既に合併した市町村による参加・交流型イベントを実施し、合併のメリットなどを広く紹介する広報・啓発活動も盛り込んだ。 旧特例法で市町村の建設計画に基づく事業に対し、旧市町村ごとに人口規模に応じて3年間で最大3億円を支出する合併推進体制整備費補助金はプランから除外した。(了)(2005年9月1日/官庁速報)


この時事通信の配信記事を見てから、ずーと考えていることは群馬県が混迷した群馬県の市長村合併に如何に関わったかだ。関与しないというスタンスを貫く知事の姿勢は確かに高尚な政治哲学に裏打ちされたものだろう。市町村にしてみれば、合併議論を行うつもりが感情論が先行してしまい収拾がつけられず、県の調整機能を頼りたいのではないか。「町村の自主的な判断。」とは突き放しにも感じる。そこまで非関与を貫く理由は何か?知事からは明確な説明があっただろうか?自身の政治哲学を元に頑ななスタンスを貫くなら、納得させるべき説明責任も持つのではないか。今多くの人たちが県の合併への姿勢を疑問に感じている。
知事としての責任で群馬県の市長村の枠組みを示せなかった理由を明きからにするべきだ。そしてこれから来るだろう道州制、あるいはその前段階においてきた北関東の核都市を群馬に構想するべきではないのか。それが群馬県知事の使命のひとつであると確信している。
自身の政治的使命を放棄して、場外戦でのバトルに血道を上げる今の小寺県政の暴走に我々議会は与えられた能力の全てを使って立ち向かっている。以前にも書きたがアメリカ大統領よりも強大な権力を持つ知事の権威の前では、地方議会の権威は無に等しい。まさに議会は体を張っている。
さて、昨日知事の後援会ニュースを拝見した。いまだに「議会の横暴」の言葉が踊っている。「長老支配の議会」「同士会議員団」との言葉もある。なんという時代認識なのか。自身を支持する議員が一人ひとりと居なくなる事実を知事自身はどの様に考えているのか?たった二人が同意し起立した前回の副知事議案。私自身も副知事議案へ賛意を示しててきた者だ。私はただの変節者として切捨てるのはいい。しかし知事への抵抗の理由を感じないのか。議会を守旧派として県民へアピールする政治手法はあるだろう。しかし場外戦で起こる徒な時間の浪費は政治機能の停滞に繋がる。その無益を感じるべきだ。
この辺で止めておこう。


忠告?それとも激励?

七つの習慣は私のバイブルです。友人から「おまえもコービーを読んでいたとは・・・」とメールを貰った。「7つの習慣」の一節がそのメールに添付されてきた。私のこれからの航路を案じての一節と思う。紹介したい。
『私たちは、物事をあるがままに見ているつもりでも、実はある種の「レンズ」を通してみている。このレンズ(著者はこれをパラダイムと呼んでいます。既成概念)、この自分のレンズをよく理解し、これを正しいものに転換させなければならない。以下は米海軍の発行誌「プロシーディングス」の中でフランク・コックという隊員が報告した出来事でパラダイム転換についての物語である。29ページからです。


訓練艦隊の属する二隻の戦艦が、悪天候の中、軍事演習のために数日間にわたり航海を続けていた。私は先頭を行く戦艦のブリッジで夕暮れを迎えた。視界が悪く断片的に霧がかかっているため、艦長もブリッジに残り、状況を見守っていた。暗くなってから間もなく、ブリッジの見張りが次のように報告した。
「艦首の右舷側の進路に光が見えます」「停止しているのか、船尾の方向に動いているのか」と艦長。
見張りの答は、「停止しています。艦長」
つまり、その船はこちらの進路上にあり、衝突の危険があるということだった。艦長は信号手に命じた。「その船に対し、信号をだせ。衝突の危険があるため、20度進路を変更せよ、と」相手からの信号が返ってきた。「そちらの方が20度進路を換えるよう助言する」 艦長は再び命令した。「信号を送れ。私は艦長だ。20度進路を変えるように」すると、「こちらは二等水兵だ。そちらの方こそ20度進路を変えるように命令する」と返事が返ってきた。艦長は怒り出し、「信号を送れ。こちらは戦艦だ。20度進路を変えろ」と叫んだ。点滅する光の信号が返ってきた。「こちらは灯台である」我々は進路を変えた。
この艦長の経験したパラダイム転換は、その状況に全く新しい光を当てるものである。艦長の限られた知覚では見えなかった現実が見えてくる。                


自分の経験のレンズを通してしか人間は外を見られない。正しいレンズするには?の問題を取り上げています。』
このメールを下さった私の友人がは、私へ何かを伝えようとしている。それは何か?一体、警告なのか、激励なのか?それを察知し理解するのは、私の経験と謙虚さ、そして客観的に自分を見る能力だ。
何を私へ伝えようとしているのか?
「この艦長は龍。お前だ。」「この艦長は小寺知事だ。」
一体どっちだ。やはり自分では判らない。
さて5月会期始まりました。総務委員会の質問書きです。指定管理者制度指定後の問題などを予定しています。いつものカウンターパートナーであった須藤室長が転任され、新任者との初対決です。前回、まったく空白であった市場化テストのロードマップの進捗など、この辺りを確認してから、謝罪要求のあった民間委託の先進県である群馬を確認しましょう。
そして議会活動、そして政治活動を通じてこの艦長は誰かを見つけていきたい。


中田市長候補、トラック街宣カー

横浜市長選挙を手伝ったボランティアの方と話す機会があった。特に印象的なのは、中田候補の街宣車の異様さだった。2t中型トラックの荷台に透明なプラスティックの部屋を作りその中でウグイスの女性がマイクで話す姿が見える。候補はその立方体の上に立っている。その写真からはよく車の構造を理解することはできないが、横浜の選挙はここまで進化しているのかと驚いた。

そういえば中田市長は、横浜に行政視察に見える方から多少の料金を取るシステムで話題になった。「小寺知事は他の自治体からの視察の受け入れは説明すると言う点で群馬県庁側の勉強になる。」記者会見で言われていた。私も知事の意見に同感だ。他の自治体から見れば参考になる成功例を視察されることは、受け入れ側にとっても勉強になる。しかも、説明に対しての視察者の質問や疑問は気づかないことを教えてくれる教師であると感じる。
私も今までの議会活動で多くの先進地を視察したが、感心しながらも疑問点を質問してきた。さて今回の中田候補の大型街宣カーを見て、そのアイデアを参考にした候補者へ中田氏がアイデア料金を請求するとは思えない。他の地域も含めて世の中が良くなることが良いことと思うべきだろう。
さて、いよいよ5月定例会があさってからはじまる。今会期から、富岡市選挙区の今井哲さん、山田郡の須藤さんのお二人が新議員として加わる。いつも間にか私も議員名簿で真ん中になった。若いつもりが15歳も若い議員さんがいる。年齢相応の分別と落ち着きをもって議員活動をしなければならない。
何委員会になるのかは分からない。一人会派には多数会派の残り委員会からの選択しかない。もちろん総務委員会で前回のブログ問題への説明を求め、納得すれば謝罪訂正を行いたいと考えている。公開されていない説明より、委員会でのマスコミ各社の立会いもとでの質疑がふさわしいと望んでいる。でも、どの委員会にも重要な案件があり、それに取り組む職員がおり、関係する県民がいる。そして全ての委員会で質疑、提案したい私の思いもある。あさっての委員割り当ての結果、所属する委員会で全力投球だ。
自民党本部の会議での道州制特別区への提言資料を貰った。道州制移行以前に特区として近隣県との提携が可能のようだ。よく調査研究しこの仕組みを有効利用できないか?


オンボロ飛行機。ただいま滑走路を走る。

2度目の書き込みになる。
友人から「龍さん。嬉しくって電話した。」と9時半に電話。聞けば彼は焼き鳥家さんの知人と朝出会い「ポスターを商売に邪魔にならないとこでいいから貼っておいてくれ。」と頼んだ。その店に一杯呑みに出かけれると、ポスターがカウンターの上に貼ってある。しかも額入り。『油で汚れると龍に悪いからね。』とお店の主人は友人に答えた。
恐る恐るだろう。頼んで貼ってもらったポスターの在り様に、友人は感激して私に報告したとの経過だ。聞いた私も嬉しかった。
オンボロの飛行機に乗り込んだ仲間がそれぞれの立場の中で懸命に操縦桿を握り、翼の穴をふさいで
今、滑走路を全力で走っている。もうすぐ離陸しようとしている。この羽に風を受けて、群馬の大空へ舞い上がれば私たちの飛行機は太陽を受けて輝く。そしてそのキラメキは200万県民から見えるだろう。
このオンボロ飛行機は仲間の心が動かす。


「絶対権力は腐敗する。」ならば任期限定と分権だ。

小寺知事5期目の意欲を示されたようだ。政治家の進退は自身での引退決意か有権者に判断によるのであり、第三者の私の言及するところではないことは判っている。ここでは一般論として意見を述べたい。
絶対権力は腐敗する。」との格言がある。絶対権力とはなにか。それは「権力の無期限、そして権力の集中」との意味だろう。北朝鮮の支配者の例をとれば明白だ。長期政権で権力集中である権力者が、その政権の腐敗を自身の自制で抑止できる可能性は否定しない。しかしその自制こそ、自身での任期限定、分権を行使する勇気を示すと感じる。確かに選挙という過程を踏むのだから他律的任期限定であるとの反論もある。
しかし、現実には小さな選挙とは違い県域を選挙区にする知事選では現職は圧倒的に有利である。またマスコミ露出や審議会委員選任、タウンミーティングなどの集会開催・・・。現職であるがゆえに多くの選挙方法を展開できる。しかも公費でだ。この点を考えれば、他律的な限定は機能しづらい。もう一点の権力集中だ。かつて委員会視察先の静岡県庁で大きな3政令市が静岡県に生まれる可能性について説明があった。県の役割の低下を質問すると「うちの知事は静岡県が3つの政令市へ分権されることは良い。と言っています。」と答えられた。これは知事の意識しだいだろう。
さて、群馬県のテーマに戻って見る。分権の受け皿である市長村合併には関与しない群馬県知事。さらに任期を限定にも消極的だ。小寺知事の言葉が新聞に書かれている。「群馬は今勢いがある、木で言えば太い幹が伸び枝葉が茂って来たところだ。・・・きれいな花を咲かせるためにはまた50年年100年と群馬を発展させるためにはこれからの四五年が特に重要。」とある。それも其の通りであるとも感じる。一方で以下のようなスタンスの知事もいる。
片山善博知事が参考人としての憲法調査会での発言を引用したい
 
・・・・・前略・・・
それから次に、「多選問題」と書いておりますが、これは首長の問題であります。
私は今、三年やってきたということを申し上げましたけれども、本当に手ごたえのある、充実感のある仕事であります。私は、選挙に出るとき大変迷いました。役人をやっておりましたので、本当に選挙に出るというのは大仕事でありまして、しかも子供をいっぱい抱えていたものですから、どうしようかと思ったんですけれども、思い切って選挙に出て、今の仕事についてよかったと思っています。本当に毎日毎日忙しいんですけれども、充実しております。
しかし、私は、今の自分を考えていまして、これを一生懸命やった場合に、例えば一期で四年、仮に二期八年やって、それで全力を投球して、さらにその後、エネルギーだとかアイデアだとかが残っているだろうかと考えた場合に、全力投球したら枯渇するんじゃないかという気がするんであります。それで、世の中では、三期、四期もやられている方がおられて、よくあんなに情熱が続くなと思ったり、逆に情熱がそんなにないのかなと思ったりもするんですけれども、率直に申し上げて、十年も一生懸命やってできないことは、もうできないんだと思います、その人には。十年一生懸命やってできることは、できていると思います。ですから、多選はよくないと私は思います。
それからもう一つは、これも自分で毎日気をつけているんですけれども、やはり権力は自己目的化します。県庁というのは一つの大統領制のもとででき上がっている組織でありますから、非常に権限の強いトップリーダーになれるわけであります。そうしますと、そのうちそれが自己目的化して、県庁のスタッフというのはトップのために仕事をするようになる。住民のために本来仕事をする組織の成員であるべきところが、トップの方を向いてトップのために仕事をする。トップは役所をかばうようになる。こういう妙な組織のあり方になって、自己目的化して長期政権が続く、こういうことが随所に見られます。
ですから、私は、経験上、例えばアメリカの大統領が二期で切っているというのは、一つの経験則として英知だろうと思うんです。我が国の場合には、首長に多選禁止はありませんけれども、私自身が、今の立場ではなくて、例えば一人の国民、一人の住民として見た場合には、やはり多選についての何らかの制限があった方がいいんではないか、その方が我が国は伸びやかな社会になるんではないかという気がしてなりません。


長くても、自己抑制できる能力のある方は、腐敗しない。


議会中継への参考

下の議会生テレビ放送に関するスレッドに対する自己レスです。
http://www.yokohama-city.stream.jfit.co.jp/
このURLは横浜市議会の議会ネット中継のページです。これを見れば如何にネット中継が広報チャンネルとして優れているか実感できます。特に議会活動を研究し、議員活動の評価を行う有権者の視点からでは充分な道具であると感じます。特に「質問項目から検索」で「環境」を入力したらなんと100以上の質問が検索されました。どの議員が環境をどの視点で質問し、市長側が如何に答えたかがハッキリしかも過去まで遡って判ります。もちろんテレビ生中継を否定しません。しかし、経費と効果の観点であれば勿体無いと思います。
6月議会からはじまるテレビ中継とネットライブラリーで議会が変わることは事実でしょう。「見られている。」と言う意識こそ、政治には絶対に必要なことでしょう。これは、わが身にもいえます。聖人以外のすべての人に当てはまることでしょう。昔、ギリシャの彫刻家が屋根の上の彫刻が「誰からも見えないので無駄だ。」と指摘を受けたときの言葉が有名です。彼はその指摘に「神が見ている。」と答えたそうです。自分の行動をすべての有権者に晒す勇気を我々政治は持つべきです。マスコミやオンブズマンを排除するのではなく、伝えてもらうとの対応をする努力が必要です。
そして有権者も一時に情報ではなく、一遍に情報ではなく、情報を総合して判断するような能力も必要です。すべてを晒すことはすべてを知ることです。ならば判断する情報の受け手の情報解析の能力も問われることになるはずです。マスコミが編集することは受け手に代わっての情報編集であり、これも一方では必要な機能でありましょう。
佐藤栄作総理大臣が最後の記者会見で「テレビカメラ以外の新聞記者は退席してほしい。私はテレビを通じて国民と直接話す。」と言った例は、新聞の情報編集への不信を表明したものでしょう。小寺知事のテレビ生中継への固執と通じるものを感じます。


同級生の一言

図書広報委員会が前回の答申作成において決定した内容「ネット中継、群馬テレビダイジェスト(事業費約2000万円)」を知事は納得されないようだ。改めて、「ネット中継、群馬テレビ生中継(事業費4250万円)」でどうかと議長へ再考を要請した。そして昨日の図書広報で再度、答申案が検討され、その前回答申案をテレビ生中継への変更する旨で決定した。
私は「低コストで広報の目的が達成できる従来案」を主張した。『予算を増やすからテレビ中継しろ。』との姿勢には疑問を感じる。我々は、もちろんテレビ中継の視聴が容易であることは否定しない。しかし色々なメリット・デメリットを考え、当初の答申案を作り上げた委員会の積み上げは無駄だったのだろう。少なくても総務常任委員会では「議会が効率的な広報を検討ください。」と答弁しておきながら、気に入らないから予算を増やしても自分の思い通りの広報の形を実現する姿勢には納得できない。
委員会では色々な角度の議論が行われ、最終的には「誰にも視聴できるテレビの広報を5月議会においては試験的に採用することで新答申を出しなおす。」ことになった。もったいない感じはするが、広報拡充の目的の意味はあると考え賛成した。新しい広報委員会で5月議会の効果を検証して再検討をすることを期待したい。
さて、今日は朝から、夜まで車で移動。乗って降りての繰り返しに足が痛む。しかし、うれしい。こうして毎日を目標への歩みと思えば当然の痛みだ。35歳の初挑戦の頃とは体力的な衰えがある。
高校の同級生が伊勢崎市議会選挙の当選報告に見えてくださった。彼は毎日ブログで政治活動を報告している。彼の一言が印象的だった。「りゅう。率直な意見を言えば、ネット上での活動は実際の投票行動とはリンクしない。やはり有権者に直接訴えることが重要だと感じた。」なるほど、これは私も同感だ。私も県議会選挙でこのネット活動で得票したと言う実感はない。でも、これは議会を有権者に伝え、有権者の考えを受け取るチャンネルのひとつであり、多くのチャンネルを持つことは私たちの義務だと思っている。


群馬テレビ生放送

改めて知事側から「ダイジェスト版では編集されている。県民へ生の議会中継を見てもらいので、予算を増やすから群馬テレビ生中継を行うべし。」との理由で我々の答申が差し戻ってきた。「議会がコストを掛けない広報として考えた、ネット中継、ライブリー、群馬テレビのダイジェストニュース」では知事は執行しないかもしれないとの事のようだ。せっかく広報拡充のチャンスだからもう一度「群テレ生中継で答申を出しなおそう。」と今日の広報委員会では決定した。私はこの決定は議論の結果であると認める。しかし自分の主張は十分に発言できた。私の主張が大勢を動かすことはなかった。議会が議論を経て決定した以上、この放送が県民への広報拡充の目的を達することを期待する。
しかし、議論の過程では、「予算を増やすから群馬テレビ生中継をやれ!」というような、知事側のスタンスへの違和感を訴えた。「予算がなくてネット中継を選んだのではない。私たちは経費節減のためにも、コストパフォーマンスに優れたネットを採用したのだ。」と主張した。さらには「総務常任委員会からはじまる長い議論の集約こそ、我々の答申であり、これを否定することはできない。」と発言した。
私は当然議論を集約するべき副委員長の立場であり、また、委員長の補佐で会運営の円滑化をするべき立場でもある。したがって、持論を展開するために副委員長の任を辞することになった。
群馬テレビ生中継で多くの県民への広報になることは理解する。しかし、それらのメリットも考えても、「今回はネット中継・ライブラリー・ダイジェストで行こう。予算も半分で済む。」との判断ではなかったのか?「議会案では予算は執行しません。」との危惧に対して、今回の知事側の再提案を認めることになった。
私には知事側が知事の活動広報と勘違いしているのではないかと感じる。このような議会と知事の不信頼の関係こそ、すべての疑問の原因だと思う。


ブログへの抗議訂正謝罪要求について

ブログ「龍の日記」における群馬県からの訂正謝罪要求について感じたままを書き込みたい。
抗議文に付けられていた説明用資料は、詳細な群馬県における職員研修の民間委託度合い及びその効果がわかるような資料ではなかった。今回の書き込みでは、要求されている訂正謝罪を行うことを理解できる内容ではないので、今回の書きこみではただ今回の抗議に対する現時点での私の考えを表明します。もちろん、今後も詳細な説明があるでしょうし、委員会等でも答弁の形での説明もあるでしょう。私は県庁スタッフが民間委託も含め、さまざまな取り組みをしていることも承知している。それが十分に私の理想に近い領域まで展開されているとすれば、失礼な発言をおこなったことを謝罪したい。今までも、長年のネット上での発言において、多くの県庁スタッフからの意見を受け訂正なり、評価の発言への訂正を行ってきている。改める事を憚らない。むしろそうであることさえ期待している。
【以下の文章は12日の夜に作成】
先週、加藤氏より、星野富広氏への名誉県民顕彰の報告の電話があった。その電話の最後に「説明したいことがあるので、県庁にお出かけの際は、理事室によってほしい。」旨の電話を頂いていました。そして今週はじめ、「再度の訪問要請」がありました。私も最近、私的なことで多忙が続いており、電話で済ませられないかと訊くと「会って説明したい。」と言う。何事かと思い、電話で結構ですから内容を教えてほしいと再度申し入れたところ、「職員研修について事実誤認があるので説明したい。」との事。ならば資料等を送ってほしい。と依頼。その資料を待っていた矢先だった。今回の訂正謝罪要求についてのコメントを、その午後、新聞記者さんたちから求められ、県側からの訂正謝罪要求が私宛に出されたことを知った。私宛に説明の資料を送るという加藤氏から電話での会話があったことから、説明の過程を飛び越えた謝罪要求には驚かされます。
もちろん請求内容が理解できる説明がないのでコメントはできませんが問題になっている職員研修と言ういわば内部的イシューの民間委託は「県庁は、県とでしかできないことに集中します。それによって事務費の縮減、空いた施設の売却、さらに浮いた人材の活用で福祉・医療・住宅・土木事業・市町村応援へ集中できるのです。」「県の業務を民間へ開放することで民需拡大を実現します。」との私の主張を象徴するものです。
発言によって県政策を動かしたいとの思いは議員として当然であり、県は私への抗議および謝罪要求でなく、「如何に群馬県の民間委託が大きく進んでいるのか。」との説明をまずするべきではないでしょうか。過去にも「龍の日記」に対して、県側から説明を頂き、訂正した経過があり、私は理解できる説明が行われれば、訂正や謝罪を行うことを拒絶するものではありません。
これが委員会の質問でなされた場合は如何でしょうか?当然県側は、その内容について理解を深めるべく答弁されるはずです。「民間開放が進んでいるか否かは人それぞれの基準によって違うのはないでしょうか?」、その基準の相違を埋めるべく議論が必要なのではないか。
今回のように、いきなり公文書での謝罪要求、しかも新聞テレビ記者への発表。まさに、言論民主主義への恫喝です。これではネット上で県政への批判者はすべてこのような恫喝を受けているのでしょうか?しかも群馬テレビは私へのコメントを取ることなしに、その日のニュースで放送されたと聞きます(群馬テレビのニュースを私は上京中で見ていない)。テレビニュースを見た母から「龍がなんかしでかした。」と大慌ての電話がありました。
県行政は多くの頭脳集団を抱える強大な権力機構です。一方私は、自分一人の調査情報収集能力で県政全般へ関わっています。なぜ、説明という段階を踏まないのでしょう。それは強力な権力の義務ではないでしょうか。今後の説明で私の誤りが明確になることを望みます。したがって私の対応は今回はこの報告で止めます。
一般的な話を最後にして終わります。
加藤光治総務担当理事は大変仕事に熱心な方だと思う。私のBlogにまで目を通されていることは大変光栄です。出来れば私のHPにおける主張に対してもこのようなご意見を頂戴し、県民、県政をよりよくする議論を深めたいと望みます。今後、県職員のみならず現知事からも私の提案、批判に異議があればいつでも反論、抗議お待ちしています。議員として県政進展にむけ、今後も積極的に発言してまいります。
議論と納得が議会の性格でありますから。


ps1
上記コメントは、12日夜作成。もちろん抗議メールを見てからです。しかし、説明はメールに添付されておらず、抗議文に添付され郵送資料に同封されていたのでこの作成時点は見ていない。その説明資料の内容は、他県との比較とか、和歌山との比較ではなく議会向けの事業の説明資料。しかも研修の外部委託との項目は以下【全文:④効率的・効果的な能力開発を行い、高度化、多様化する行政ニーズに対応する職員を育成するため、高度な専門ノウハウを有する民間の研修専門機関に研修を委託する。H17年度は44コース中34コースを委託】
ps2
抗議文の発送から落手までの時系列
・新聞記者さんからの取材があったのは11日の午後。
・私のHPメールフォームへの県からの投稿は11日09:48分。その日は午後から、小渕優子代議士の東京での大会があった為、メールを確認したのは翌12日。
・11日消し印が押された速達郵送の抗議文は、13日の午後、吾妻町の事務所宛に配達。(吾妻郡長野原町大津の後援会事務所が不在による転送のため2日間掛かった模様)
ps3参考までに抗議文を公開



群馬自治総合研究センター所長様
jichiken@pref.gunma.jp
郵送で「申し入れ文書の本書」をお送りいたしましたが、念のため
メールでもお送りいたします。
自研第581―1号
平成18年5月11日
 群馬県議会議員 山本 龍 様
               群馬自治総合研究センター所長
                       加 藤 光 治
BLOGの事実誤認及びこれに伴う善処方の申し入れについて
 貴殿のBLOG(2006年4月28日付け)に下記のとおり事実誤認がありましたので、訂正と謝罪を含む善処方を申し入れます。

 県議会総務常任委員会委員である貴殿は、和歌山県が職員研修を外部委託した件に関して、「これなんて群馬県庁にはできないこと」と記述していますが、群馬県では和歌山県より早く、平成17年度から既に職員研修業務の大半を民間専門機関に委託して実施しています。
平成16年度末に地方自治職員研修所を廃止し、17年度から新たに「群馬自治総合研究センター」を発足させましたが、この機構改革において、職員研修を委託する方式に変更したもので、これにより研修にかかる職員の減員と経費の軽減を図ったところです。
 その一方で、分権時代にふさわしい自治体職員を養成するため、研修内容のさらなる充実を図るとともに、センター内に研究部門も設置して自治を取り巻く諸問題についての研究に取り組んでいます。
 職員研修の民間委託と地方自治研究の体制は、全国でも先進県であります。
 これらのことについては、総務常任委員会の審議等において既に説明してきたところであり、県議会事務局作成の議会資料(平成17年度県行政資料)にも掲載しているところです。
 なお、和歌山県では群馬県等の先進事例を参考に今年度研修業務の外部委託を開始したと理解しています。
以上、貴殿のBLOGに事実誤認がありました。当センターで行っている県職員研修等業務について県民の誤解を招くおそれがありますので、訂正と謝罪を含む善処方を申し入れます。
事務担当
研修グループ
電話027-226-4352                            
                                                          』



知事部局からテレビ生放送を再提案

議会事務局長さんの訪問を受けた。内容は「議会広報のあり方について図書広報委員会の答申内容への知事側の対応」についてだ。「知事側では、群馬テレビの生中継が議会の在りのままの姿を伝えるには適していると考える。したがって、その分の予算増額をするので図書広報のインターネット中継および群馬テレビのダイジェスト併用型のうちダイジェスト放送を生中継に変更すべきである。」との申し入れが知事側からあったとの事。もちろん我々は最初に配分された予算が全額、群馬テレビ生中継で使われるよりは、ほとんどの都道府県で行われているインターネット中継の方が低コストでかつ視聴の実態が掴めることから、決定した経緯がある。われわれはあくまで効率的な予算執行の観点から、予算減額を行ったつもりであったが知事側とすれば、知事の提案を修正したという感想を持っているのだろうか?
そして知事側は生中継予算を増額するからとテレビ生放送を再提案された。予算減額のネット中継選択の理由からは外れるが、一人でも多くの方々が、簡便なメディアで議会と知事の質問答弁を見られることは、広報の拡充の観点からは否定できるものではない。
予算と効果を検証する手法のないテレビ中継だが、デジタル化でテレビもインタラクティブなメディアになる将来を考えれば検証しうる可能性もある。同様に中継時にリアルタイムでゴング投票や視聴者意見を寄せていただける可能性もある。財政逼迫の点では、安上がりなネット中継で十分であると感じるが広報拡充の責任もある。15日には図書広報委員会を招集し議論するとの事。我々は原則として「何が効率的な広報か?」を議論して知事側の提案への態度を決めたい。
テレビ中継を知事選用の広報媒体として知事側が利用する懸念。不適切な発言が議会運営委員会で取り消された場合の訂正放送や謝罪放送の形式などの問題は我々の議論の範疇にはない。後に我々の上級機関での議論になるだろう。
今日は午前中、地元でスポーツ大会に参加、午後からは中之条の福祉施設の開所式、そして前橋事務所でマニフェストVOL2の印刷打ち合わせ。夕刻は、スピード県政を創る会のオリジナルメンバーとの意見交換会。
日程的には空いている時間帯である午後3時から5時の来客が多く。意見交換会での資料作りが中途半端になったしまった。反省する。やはり前の晩の仕込が要るな。でも新しい同志が確実に増えている。同様に旧知の友との友情の深まりを感じる。