一体何処に我々の納税が消費されているのか?小寺さんへ聞いてみて

友人と話した。彼は小中学校へボランティアで部活指導を行っている。「体育校外講師に登録したが、学校からは無視だ。部活指導もなにもかも、学校だけが抱え込んで自分で苦労しているのではないか?」との話だった。成る程。
さらに「給食費を払えない子供が増えた。教師が集金に廻っている。方法はないか?」
この話には驚いた。吾妻の山の学校までそうになったか。都市部ではさらに状況が悪化しているのであろうと思う。全て抱え込んで学校現場はお手上げではないか。現場を救い、子供を救う方法を捜そう!
県教委も市町村教委も新たな解決すべき緊急課題を又も抱えた。次々に生まれる課題。スタッフも予算も削られるなか、頭を抱える教委に同情する。
一体何処に我々の納税が消費されているのか?そう言えば一通の封書が一昨日届いた。


拝啓
人事案件は知事の専権事項「自治省出身の幹部は複数いらない。」
たわけた事を言うな。
そんな不合理な理屈がまかり通ると思うのか
人材は得がたい、出自がどうあれ、必要な人材は歓迎するべきである。
生え抜きで姿の見えない役立たずの***、この様な者こそいらない。
自民党県議団とは狭量で浅はかな集団と呆れる。-----
                         敬具


とお便りにある。県民の中には、今回の人事案採決についてこの様に考える方がおられる。もっともな意見だと思う。後藤さんが優秀な人材であることは理解できる。小寺氏にとって必要な人材であるが、だが群馬県に取って必要であるとは確信できない。
例えば、群馬県の財政支出のなかで、制度融資が突出して大きい。それは、自民党の南波政調会長の本会議討論に述べられているように異常に巨大なシェアーを占め、群馬県財政を歪にしていることは私の実感である。
【まだ議会のホームページにはこの討論も公開されていないが・・・】
これは後藤氏の商工労働部長時代から始まった融資拡大策によるのではないのか。勿論、制度融資の恩恵によって経済の下支えが計られたことは否定できない。それ以上にこの歪による弊害もある。その弊害の一例がは教育現場の混乱です。
この様な指摘をしながら後藤氏の手腕への疑問も表明するべきだったかも知れない。我々はそれを敢えてしなかった。理由は、それも含めて、小寺知事の財政運営であり、小寺マシーンの財政運営である。我々はその歪を正すために、人事案へ意志表示をしたのではないか。
『職員人事のことは県政には些末な人事です。基本は、知事が組織を県民のために機能させられるかです。』と私は、先のスレへのコメントにレスしたが、その趣旨は、『一人事案を否定したのではなく、小寺県政を否定したのです。』
私たちが狭量で浅はかなかでないことをモット訴える必要がある。その努力を怠った故に、誤解が生まれている。我々の意見発信の努力をモットモットしよう。議会のウェブも政党のウェブも議員のウェブも、寝る間を割いて意見を主張を伝えよう。


一日24時間は短い

時計を見れば午前1時になろうとしている。朝起きてから、今までとにかくしゃべって、書いて、歩いて・・・。喉ががらがらする。電話で100本、握手で100人
今日は複数のかたから後藤知事室長の就任についての意見を求められた。「後藤さんの高い能力は県政に寄与する。」と答えた。それなら副知事反対は可笑しいと質された人がいた。本当は小寺後継者潰しではないかと聞かれた。「後継者は有権者が決める事。」と答えた。


利根の同志、伊勢崎の同志、前橋の同志

多くの同志が各地で活動を初めた。その胎動の生命活動を感じる。みどり市の応援で訪れた笠懸で、「**さんから言われた。++さんから話は聞いている。」と声を掛けられる様になった。確実に龍を囲み輪は広がっている。昨日の長野原の同志の会でも、そうだ。閉会の前に突然、仲間が立ち上がり、「龍を励まそう。みんな!」と熱い激励をしてくれた。この感動の声援を背中に、私はもはや裏切れない。挫けない。そうに確信している。道ばたの食堂に入った。隣の席で、「山本龍って言うのは***。」との話が聞こえてきた。耳を澄ませば、私への関心を話しているようだ。
社会が動き出した。私の予想外の上毛新聞のスクープ記事はある意味、迷惑でもあったが私へ躊躇ない挑戦への尻を叩いたことも事実だ。そして今日の夕方、利根沼田の数人の同志が発起人となって同地区で私の激励会を企画してくれるとのこと。大感謝だ。
この私の無謀な挑戦に参加してくれる方こそ、仲間だ。この私のオンボロ船に、今、勇気を持って乗船してくれる仲間こそ命掛けて、友情を守るべき仲間だ。


教育長の記事は良かった

わたしが契約している時事通信のネットニュースでしばらくぶりに群馬県関係の記事が配信されていた。いつも思うのだが、この時事通信社のネットニュースでは他県と比べあまり群馬県関係の記事が少ない感じだ。先進的な取り組みが他県に比べて少ないとは思えないが。他の都道府県が多様な取り組みを行っているのだろう。
群馬県教育長のコメントが紹介されていた。共感を呼ぶ内容なので引用し紹介したい。


 
◇具体的行動を=内山征洋・群馬県教育長
「7・5・3」―。高校生で7割、中学生で5割、小学生で3割が授業を理解していないことを表す。ある時、教育関係者の1人がこの言葉を平然と口にした。「怒りを覚える。分からない子を放っておくのは教育の責任を放棄するものだ」。こう語るのは内山征洋群馬県教育長(うちやま・まさひろ=62)だ。
民間研究所と大学院を経て、27歳で入庁。以来、主に公害課など「環境畑」を歩いてきた。工学博士号を持ち、母校の群馬大学で非常勤講師として「環境科学」を教えていた経験もあるが、教育にかかわったことはほとんどない。「教育は素人。だからこそ、教育業界を客観的に見ることができる」と話す。子どもに身に付けさせたい基本的な礼儀や生活習慣を『ぐんまの子どものためのルールブック50』としてまとめ、全小学生に配布した。「早寝早起き、3食食べて、親の手伝いをしろと。これがしっかり定着できれば、基礎学力は自然に付いてくる。できなければ、本当の意味での生きる力にはならない」。
昨年10月には、学力低下対策として、土曜日を授業の復習などに充てる「土曜スクール」導入を提案した。「私はつまらない講演は席を立って抜ける主義。分からないことを聞き続けるほど辛いことはない。授業も同じで、分からなければ学校が苦痛になる」。授業に付いていけない子どもを見捨ててはならない。その一心で提案した。
思い入れのある言葉は、新聞のコラムで見つけた「言葉をもてあそんで国を失う」。「教育を崇高なものと考え過ぎるあまりに、議論が理想論で終わっているのでは」。教育行政に携わるようになってから、そう感じている。「今求められているのは、抽象的な議論ではなく具体的な行動。子どもたちのために何が必要かを考え、実行していくことが必要だ」と力を込めた。(了)(2006年3月24日配信)
【iJAMP「クローズアップ」より】


県庁の職員さんもこの時事通信ネットニュースを受信している。他県の先進例なども当然配信されご存じだろう。群馬県発を求める事はしませんが他の県の良いアイデアなど研究採用して欲しいと思う。
それにしてもこの時事通信の自治体ニュースは参考になる。毎日配信される都道府県のニュース、市町村のニュース、中央官庁の地方政策ニュース。50本ほどの記事はそれぞれ皆、地方の頑張りが伝わってくる。年間12万円の受信料は一寸お高いとおもうが、これも議員の精度アップには必要な支出だろう。
さて今日の報告。朝から大学時代の友人がわたしの政治力アップに来てくれた。妻が風邪気味で娘の桜子がお茶接待してくれた。その友人は、私にPドラッカーを教えてくれた友人。大感謝している。先日も、金利上昇と地方財政についての考察を私へ与えてくれた。
午後は、高島先生のご葬儀。私の先輩県議。当選8期、大先輩。議員職と同時に畜産振興を生涯の目標に戦った方。式場には正副議長、知事、県議OB、現職そして畜産関係者が埋め尽くした。ご冥福を祈ります。
夕刻は長野原町の同志会。楽しい時間を過ごした。
なんか最近は日記風になった。あまりラジカルな書き込みを避けていると見られるかも知れないが、敢えてではない。怒りでタイプする様な出来事に出会えば、魂を振るわせて書き込みます。


吾妻の思い出に浸る日々

月曜日は忙しい。その上今日は、みどり市市長選挙への立候補予定者である、石原条さんの事務所開きであり、朝から出掛けた。彼には大きな恩義がある。13年前、私のはじめての選挙において、立候補表明前の事務所に彼は駆けつけてくれた。数人の私の同志へ「心を合わせて前進せよ!必ず勝てる。」と激を飛ばしてくれた。あれが私の最初の選対の出発だった。
今日は私が出掛けて行く番だ。しかし彼は既に多くの同志と意志を合わせて戦いに臨んでいる。私の激励はあまり意味もない。それでも彼の初陣を見守っていたい。偶然、私の知人が彼の選対にいることも知って、嬉しく感じた。何も恐れない彼の正義で新しい政治を築いてほしい。
そして群馬町?高崎市菅谷町で親戚宅の新築祝いに乱入。いつの間にか、「龍の必勝祈願祭」へ衣替えになってしまった。
夕方は高山村の同志との会。23人の古い仲間が駆けつけてくれた。有り難い。モット有り難いことは、私の記憶の中で23人ともお顔と名前が一致したことだ。つまり、上司の命令で来た人はいない事だ。これが一番有り難い。
そう言えば今までの吾妻各地での報告会。みんな思い出のある人ばかり。


日曜日の過ごし方

県議会から勇躍、市長選へ出陣される岩井賢太郎さん、岡田義弘さんの立候補予定者の選挙事務所を訪問した。選挙の形は様々、私も含め皆違っている。私はお二人の選挙の形を羨望してみてきた。長い地方政治家としての自負と責任感がひしひしと伝わってくる。
さて、夕方、6時横田めぐみさんの写真展に間に合った。「普通の少女が引き込まれた陰湿な国家犯罪。何処にでもいる家族に突然襲いかかった。その事実を示すために敢えて普通の家族の写真を晒す。」との趣旨のご夫妻の文章が会場に置かれていた。その通りだと思う。普通に暮らす一家。何処にでもいる家族。何で彼女が選ばれたのか?だからこそ、その不幸を我々普通の家族は悲しむのだ。そして何かができないのかと思うのだ。今日も1000名の方が訪れたと係の女性が話してくれた。普通の家族の団結は政治的には非力だが、娘を奪われた夫婦を励ます事は出来ると信じている。
自宅へ向かう途中、書店に寄った。
「脳の中の人生:茂木健一郎」
「下流社会:三浦展」
「10年後の日本」
の3冊を選んだ。読む時間があるか?不安だったが文庫の気安さで購入した。感想を纏められれば報告します。
最後に、後藤出納長の一般職への任命について。知事室長との記事。観光局新設の後だけに、この新ポストに就任ではないかとも思っていた。(観光地を背景にする私への対策上の観光局設置とも邪推したが・・・)
ゼネラルな守備位置を考えれば、知事の妙案だろう。観光局や県民局土木調整費の増額は、実は私の主張であり、後援会の方へ配布した冊子に記載されている。もっともウェブで公開済みですから知事さんもご存じでしょう。是非私の主張をこれからの小寺県政で実行して頂きたいものだ。任期三期までとする多選禁止の実現は小寺県政には事実上不可能だが。


横田めぐみさんの写真展。開催中

忘れていました、写真展の広報をすることを。残り数日ですが、機会を見てお出掛け下さい。〈ごめん、雨宮君。明日家族でいくから@@;〉
私の高校時代の同級生からのお知らせメールをそのまま広報させて頂きます。
22日(水)より28日(火)までの期間、
【スズラン高崎店・地下1階美術工芸サロン】にて
  めぐみちゃんと家族のメッセージ ~ 横田滋写真展
   ** めぐみさん 家族と過ごした13年 **
という催しがあります。
http://sukuukaigunma.syuriken.jp/index.html
http://www.suzuran-dpt.co.jp/ta_saron.html
東京(有楽町マリオン)、京都、新潟に続く4ヶ所目の開催になります。
朝日新聞の記事を抜粋すると
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 横田めぐみさんが誕生してから、77年11月に北朝鮮に拉致されて行方不明になるまでの13年間、父親の滋さんが撮影した写真約50枚や、拉致関連の報道写真など約20枚のほか、めぐみさんの作文や手紙も公開される。
 公開する写真は、カメラが趣味の滋さんが「お嫁に行くときに持たせようか」と撮ってきた。家族の幸せを奪った残酷さを訴えるため、古いスナップ写真をデジタルデータにし、大きなパネルとして復活させた。
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とのことです。
入場無料、今回は署名カンパ活動もありませんので、群馬在住の方はもとより、お買い物ついでにでも是非お立ち寄り下さい。
横田めぐみさんが、13才で拉致された。中学生一年生。吾妻で行われた横田めぐみさんのご両親による講演会において、激励の歌を歌ってくれた子供達を夫妻が愛おしそうに見つめていた目を思い出す。
私の長男の卒業式が昨日あった。私も父兄として、参加できた。6年間、元気に学校へ登校するのだけが自慢の少年だが、私には楽しい時間を作ってくれる話題のネタでもある。彼自身周囲を笑わす事が好きな芸人でもあり、妹とのおふざけは夫婦の元気の素だ。
彼の12年間の人生の中で、私が関われた部分がどの位あるかは判らない。でも、私のこの12年の中で、彼に関われた部分は輝いている。その彼も、春から中学生になる。


「底上げ」は政治の使命

税システムの機能の一つは、「豊かさと貧しさの平均化」ですね。慈善運動によって、個人が貧しい方を支える事が時間的に難しい場合、税は簡単な善意の寄付ですね。(スラムがあることを嫌う富裕層がスラムの解消のために納税する場合もあるでしょうが。)
税を決定する政治は、つまりは財政によって社会を支える役割です。政治に係わる者は、「格差を肯定」するべきではありません。格差を無くせないのは判ります。でも底辺を少しでも上昇させる努力は政治の義務です。今の経済の仕組みでは、頂きにいる人々は、政治の手助けなど必要とせずドンドン上昇していきますから、いつまでも格差はあり続けるでしょう。格差解消は無理でも、私は社会の底で暮らす人々を政策の最優先にするべきと私は考えます。
25年前「葉っぱの裏に陽を当てる政治」を作りたいと、私は政治を志し、小渕恵三代議士の書生になったと書き込みました。「誰も泣かさない県政を創ろう」と今回の挑戦を決意したと書き込みました。そう書き込んだ私が、「格差を是認」はできません。


格差拡大社会だからこそ「13才のハローワーク」

格差社会についての報道が目立つ。私が「希望格差社会」を読んだのは今から**年前。それが現実になっていると感じる。
小泉総理の「どの時代にも格差があった。」というコメント以来、小泉改革をこの格差拡大の原因だとする意見がある。改革によって得た資源が格差縮小の促進に向けられていないからであり、改革そのものを否定するのではない。
政府は失業者の再就職を促進する仕組みを研究するとの報道を見た。今頃かと感じる。中央政府の主導で行われている「若者ジョブカフェ」との若年者就労斡旋も群馬県内で3カ所行われているが、何か形ばかりで実効性がどの程度あるのか疑問に感じていたところだ。雇用不安のない役所が雇用不安解消政策を考えるというシニカルな話。
近代社会の構造転換
社会科学の従来の考えでは、社会が発展すると、社会はより安全になり予測可能かつ制御可能になる。そして人間の生活は豊かになると思われてきた。ところが、現代社会が向かっている方向は、「社会の不確実性が拡大し、生活がリスクを増し成功者の影で、弱者が社会からはじかれる、その結果、社会秩序は崩壊する」
リスク化と二極化は避けられない世界の流れである。そしてそれらは相乗効果を及ぼしながら社会的な強者と弱者を作り出していく。リスクは意志でもって避けられない。避けるためには能力が必要。健康保険もコストがかかる。倒産すれば、再就職は能力のある者しかできない。再婚の美人が有利だ。負け組はリスクを事前にヘッジするコストを払えない。そしてどんどん負け続ける。
二極化の加速している。大企業の連携。或いは勝ち組同士の結婚、負け組同士の結婚そして生まれた子ども達。20年後30年後には絶望的な格差となる。希望の格差が拡大する。
リスク化と二極化が不可避ならば、これによって作られた弱者への社会的な対応が必要。では何をすればいいのか。個人的な対処への公共的な支援が必要だ。能力を付けたくても資力のない人へ能力開発の機会を、努力すれば実感出来る仕組みを作る事。
具体的には
・ 学校や職業訓練システムでは資格と収入の保障制度
・ 夢を追うフリターには就業カウンセリング
・ コミュニケーション能力の向上[出会いを活かす能力]
・ 様々な家族リスクへ対応した社会保障制度[婚訴訟費用貸し付け、]
・ 「13才のハローワーク」の様にキャリアカウンセリング事業を低年齢時に行う
・ 高齢者年金の反対の若者支援金

小出しの政策でなく、インパクトのある政策へ集中する事が必要だ。


ふる里は有り難い

長男麟太郎の小学校卒業式が近づいた。学校から卒業記念に頂いたDVDを家族で見た。子供達の学校での姿が写っている。たのしそうなクラスと豪華な給食に、私たちの子供の世代の学校生活をちょっと共有できた。オンボロ石炭ストーブとブリキの食器に耳の堅い食パンの私たちに比べると、ずいぶんな変わりようだ。でも、我々の時代が悲しい訳ではない。
さて、今日は草津と六合村の同志との会を行った。どの顔も私の政治活動の中で私を支えて下さった方々ばかりだ。その時々の思い出が浮かんでくる。そして訴えた。


25年前「葉っぱに裏に陽を当てる政治」を作りたいと、私は政治を志し小渕恵三代議士の書生になりました。 以来25年、その思いは変わりません。
今、県政には政治の無情に涙する多くの県民がいます。私には彼らの助けを求める声が聞こえます。「予算が厳しい。」と彼らの叫びは無視されています。予算はあるのです、浪費されているだけです。税金の浪費を止めさせること。県民還元する仕組みを作ることこそ、私の挑戦の意味です。
政治が切り捨てた多くの課題は、将来の社会全体を危機に陥れます。(学級崩壊が十数年後、社会崩壊に繋がるのです。)
社会の隅っこでそっと肩を寄せて生きる人へ陽を当てる政治の助けを待つ人を救出する政治を誕生させます。 誰も見たことのない新し政治の世界を私が皆さんへお見せします。私の挑戦へご声援を下さい


心の同志の前では、取り繕いも修辞も要らない。魂が叫ぶ。明日は嬬恋村。そして東吾妻町・・・4月1日の中之条町。こうして、ある意味では同志への別れの会が済めば、いよいよ中原へ進む。
今まではふる里の甘えが許された。これからは挑戦者の真価が問われる。