定数問題だけが本会議ではない。

明日の一般質問、質問にたつ5人の論客に期待したい。
一番目の質問者である平田議員は産婦人科医の勤務実態との表題で質問するようだ。過酷な勤務の中で産婦人科医の希望者が減っている状況からの質問だろう。勤務の他に、分娩の事故における責任の負担などの問題もあるだろう。「子供を・・・」を県政運営の基本に掲げる群馬県行政だからこそ、相当聞き応えのある答弁が帰ってくる事を期待している。
2番目登壇の大沢幸一議員の愛県債についての質問は知事宛てだ。これも興味深い。大沢さんは以前「道普請型クリーン大作戦をばらまきで長続きしない。」と看破していた。その廃止が現実を得た今日、「愛県債は長く続かない。」との証明を披露してくれるのか?
3番目の五十嵐清隆議員の「ゴミのポイ捨て」に関する質問も興味を持っている。ゴミのポイ捨ても積み上げれば、大型の不法投棄にも等しい。モラル不足の観点から五十嵐さんは質問の最後に用意した「道徳教育」へ繋がるのだろうか。
4番目の真下誠治議員の知事質問は聞き応えがあるだろう。メモを片手に聞くことになろう。「県の長期計画21世紀ビジョンの達成度」についての質問だ。
私は以前から長期ビジョンの策定について疑問を表明している。長期ビジョンに記載されているからの理由で、事業が止めどなく進行していくこと。ビジョン自体が適正だったかの評価をされていない事などを疑問視してきた。又ビジョンが、知事の難解な政治哲学を事業化するロードマップ化してることなどだ。
以下のように書き込んだ事がある。
『数字なり客観的な事業評価でその効果を示さなくては知事は気づかない。議会が感情で言っていると思われるだけだ。数字を示すことだ。そして長期的な展望という理由を認めないことだ。[しかし、あの群馬県21世紀ビジョンを認めたことが誤りなのだが、それに気づくのはまだ少数だ。]政策効果が数年で現れる事業を優先するべきだ。足元を固める政策を優先するべきだ。その論理的な理由が、予算は事業評価を持って行うこと。すなわち評価できない事業は、優先度が低い、という方針を確立することだ。』
真下議員はいつも工学部出身の実践のパラダイムで思考しているように感じる。そして私は、そこには秩序の工程を感じる。直感派の私とは違う。冷静な評価を持った議員だ。真下さんから見て、長期ビジョンの達成度が如何に見えるのかを聞くことは私に取って多いに参考になるだろう。
そして最後の質問者は、小野里光敏議員。
同じ雪組?〈可愛い〉の出身者として、今回の大雪災害への県対応を如何に評価し、何を求めるのか、楽しみだ。
各質問者に声援している。
話は戻るが、今日の各紙に載った橋爪洋介さんの記事。昔は私はあまり誉められない記事で新聞各紙を賑わせた事はあるが、やはり毅然と行政に対して発言した方が、記者の耳目を引くのだろう。


知事の生中継。事実誤認と悪意のレトリック

今回の知事生中継を見ました。政治家が有権者に一方的な見解を伝えるのは当然のことと承知しながらも,その独善的な表現に違和感を感じた。責任ある立場の知事が、自分の後援会員を前になら兎も角、税金を使った報道番組において自分にとって都合のよい解釈で話すなら、それは権力の横暴だ。
公職選挙法にある、資源の平等の原則にも反する。「財力のある者がその資源を使ってビラを配ることを阻止する論理」、我々に反論の機会を与えられない場の一方的な主張は、この原則を犯すのではないか?
知事は、「ならば出席して反論を」と主張するであろう。その言葉に、ある意味で正当性はある。しかし、一方の意見を持っている者が出席をしない以上、他方は自粛するべきである。しかも知事の方がより強い権力をもっているのだから。我々には自前の判断で県民へ意見を広報する資源を有していない。同じ土俵で議論するべきだろう。少なくとも我々議会は、キチンと一般質問でこの問題への知事意見表明の機会は提供したのだから。
さあこの問題への反論をこの私のささやかなHPという資源を使って述べることにしよう。もっとも私にはこの広報手段しかないが。
定数45人、選挙制度直ちに導入」の知事の主張は誤りではない。何故なら、この主張は自民党内の議員同士の議論でもこの主張を行う方は多かった。つまり我々は、議論の課程なしにいきなり「50人、次回選挙から導入」を議案として決定したのではない。「57人、次次回から導入」から「40人、直ちに導入」まで広範な意見を持つ議員の主張を論理的に議論して、最前の納得である、「50人、次回導入」を決定したのだ。だからこそ、知事の今回の主張も当然のことと思う。
問題は知事の表現だ。「議会が議論なしに自己都合で決定した」なる主張は全くの誤認だ。十分に議論した。議案が決定した後も、納得できない議員もいる。それでも合意に従うのが民主主義である。この合意案に至るまでには党の責任ある方々が相当に汗をかいているのだ。だからこそ「議論もなく。」という知事の言い方は「民主主義課程における苦労を知らない、一人親方の我がまま。」に見えるのだ。相違する意見を論理的に納得を得たのだ。それは南波議員の一般質問で、知事自身が聞いたのではないか?
さらに知事は、「多くの意見が私に寄せられたので知事として行動した。」という。さらには、我々は多くの県民の意見を背負っているからこそ、多用な意見が議会内に存在したのだ。知事だけが県民の声を背負っているのではない。むしろ多くの多用な意見が知事に寄せられた筈だ、その中で「45人、直ちにに導入」論は一部の県民の声ではなかったか?
さらに表現の方法も明らかに、反論する者の不在を良いことに一方的であった。「去年、前橋で市議会は新前橋市全体で選挙、補選は旧前橋市だけ。これでは合併の一体感が醸成されない。」と発言した。トンでもない事実誤認だ。あるいは悪意だ。いや嘘つきだ。去年の前橋の市議会議員選挙は、新前橋市の議員選挙でるが、その選挙区は旧の4市町村毎に選出されたのだ。これほどの見識で発言する主張が、正当性を持っている筈はない。
さらに悪意であろうか?彼は「議会費」と黒板に大書して、こう言った。「議会費は毎年16億円。4年間で74億円。コストは必要だ、しかし何に使われているか・・・。」冗談じゃない。さても莫大な金額を我々が浪費しているような印象を与えている。自分一人で一体いくら使っているのか自問すべきだ。知事退職金一期で5000万円をいかに説明するのか?台湾への旅行代金はいくらかかったのか?
さらに「56人の20%引きで45人」が真面目に政治を行っている人間の言葉とも思えない。自分で編成する予算なら、20%の削減でも結構だ。自分を監視する機関を何ら根拠もなく「私はいろいろ考えて20%減。56×0.2=11で45。」はいくら何でも酷すぎる。話にならない。
それが16億円の議会費の削減が主な論拠なら、自分の昆虫の森の建設費を削減するべきだ。


運動会の写真

昨年秋に、町民運動会で一緒に二人三脚をした近所の友人から写真を頂いた。真剣に走っている様子に笑いがでる。しかもゴール後の転倒までお撮り頂いたようだ。この時の体重78キロ。困ったものだ。177センチですから肥満率はどうになるのだろう。まずは健康と運動をしたいのだが、右肩が、45才肩で上がらない。したがって、泳げない、テニスもできない。このまま、育っていくのだろう。桜子から「長州小力」のお腹みたいと言われた。あ~、麟太郎みたいな少年だったのに。
私も5年したら、兄のように100キロになるのだろう。自分の同姓の兄弟は、将来に見本になる。恐ろしい。熊だ。そして70才になれば、父になるのだ。
今日は、雪。午後自宅でお茶飲んで煎餅食べて桜子のお笑い話を聞いた。これって何ヶ月ぶりの家族の風景。
明日から、本会議一般質問再開。議案書と予算書をこれから読み込む。これが私の武器になる。でも数字を覚えるのは大変だ。桁を間違えることもある。数字と条文を毎日見ている役所には敵わないと思う。しかも、彼らが作り上げた数字だ。その虚を突くのは至難だ。
対応するには納税者としての庶民としての自分に磨きを掛けることだ。庶民の直感を鍛えるには、自分の庶民を活性化させることだ。多くの暮らしに飛び込んでいくのだ。


自分の財布と税金の区別もつかない証拠

中村紀雄議長のブログを読むと感じる。この量の書き込みを毎日続ける努力と、冷静な事実を伝えようとするスタンスに感心する時が多い。
また、真下誠治議員さんのブログでは、レトリックを駆使せず、読者に明確なイメージを伝える切れ味を感じる。
顧みて、私は文意がまとまらず、誤字、誤入力が目立ち、なおかつ直感的な発言に自分を見失う場面がある。まだまだ、ブログ力が未熟であると反省する。
さて、今日は土曜日。草津で私の後援会長の後任について協議した。今までは親戚筋のホテルの会長さんがやまもとりゅう後援会長でしたが、高齢のために交代とのこと。後任について相談をしたところ適任の方が受諾の方向で検討して下さることになった。
昨晩は知事の議員選挙の仕組みへの意見表明のテレビ番組を見落とした。自民党の群馬県連主催新年会が前橋で行われ夜8時まで、ワイワイやっていて忘れていた。真下さんのHPによると、昨日の県議会の説明と同じ内容だったとのこと。そうであるなら、わざわざ県費を浪費して番組を組む必要はなかったのではないか。自分の財布と税金の区別もつかない証拠だ。
これから沼田市で友人達と意見交換会。


ルールは自分で決めて、税金と自分の財布の区別もできなくなるほど・・・

今日の本会議は知事さんの願っていた、議員定数と選挙区割の質問が南波和憲議員(自民党代表)、長崎博幸議員(フォーラム群馬代表)、早川昌代議員(共産党代表)の三氏より行われた。 
知事も望んでいた自分の主張を発言できる機会を、質問の形で議会側が提供した形になった。単に機会提供ではなく、三氏ともそれぞれのこの問題への考え、それぞれが主張する根拠、そして、南波議員の場合は、自民党という議員集団のなかで、多様な主張が行われ、そして、議論との結果として得た結論である「定数50、次回選挙から新選挙区」という議会の提出議案が政党内議論の帰結であることを論理的に主張していた。
知事自身も「45、すぐ新選挙区」との主張の根拠を発言していた。
知事の理由は
1 合併により市町村議員は減っている
2 県職員の数が減っている
3 道州制への備え???(この部分はメモを議会庁舎に置いてきたので後日)
4 議員数が減っても、議会権能は損なわれない
5 補選があれば合併した新選挙区ではなく、旧選挙区で行われ不自然

とのこと。従来からの、主張の通りだ。
これに対して、南波議員からは「一票の格差が50なら1.8倍。45なら2.8倍となり、この格差拡大を懸念する。」旨の質問に、知事は「3倍以内なら問題ない。」旨の答弁だった。「格差拡大反対」との県民意見は無いのか?
我々も議会内で様々な意見があり、議論でそれが集約されたのだ。定数60を主張する方から40までの意見。「直ちに新選挙区」から「次次回選挙から」までの意見。我々はこの大きな幅の中にある主張を議論で纏めてきたのだ。それを「県民へ開かれていない」と決めつけて、公開討論すると言う。
知事は、「45、直ちに新選挙区との県民の強い要望がありそれに応えた。」という。「60、次次回。」という要望は無かったのか?あったはずだ。直ちに新選挙区なら、混乱する地域もある。「それは困る。」との県民の声は届かないのか?
とにかく、知事にも議会にも主張する根拠があるのだから、議論は結構な事だ。
しかし知事の主張にわたしは以下のような危うさを感じる。
・知事は「格差は3倍以内なら問題ない。」との無責任な表現
・「議員数が減っても、議会権能は損なわれない」との根拠のない表現
・「45、直ちに新選挙区との県民の強い要望だけが知事に寄せられているような表現
・「50、次回から新選挙区の場合だけが混乱する。」と一方的な表現
・「合併で市町村議員は減ったから県議も減らせ」の論理なら道州制移行で県議会議員は減るべきだ。

まあ、この程度の自己流の解釈による主張は、議論の進め方の手法としては許容範囲だろう。しかし議会と比べ巨大な権力を持つモノが、自身の監視機関としての議会の形の変更を主張する仕方としては、「我が儘」という印象をもった。
最後に、知事の暴走を示す象徴的な出来事が起こった。質問者に与えられた質問時間が終了後、議長が終了の宣告をした後に知事は挙手をして立ち上がり、「私の答弁の時間がない。」との発言をしたことだ。(さらには議会終了後、知事は議長宛に「恣意的な議会運営で答弁機会を失った。」との文章を提出した。
小寺さんは20年以上、本会議に出席している。議員の持ち時間が終われば、その後の発言は、議員も知事側もできない事など、承知の筈だ。むしろ過去には持ち時間終了で意地悪な質問に答えずに済んだプラス面を何度も経験している筈だ。そんなルールも知事には通用しないのか?さらには税金で運営される群馬テレビの番組で、自己主張を放送する。自分の財布と税金の区別もつかなくなった。
ルールは自分で決めて、税金と自分の財布の区別もできなくなる程、長くやってる貴方が問題。


明日、本会議

明日本会議一般質問。3日間の議案調査のブランクを経て、明日一般質問の口火が切られる。トップは南波政調会長。吾妻出身。
今日まで、
控え室でデスクに座って鉛筆をもって唸っている方。
執行部のスタッフに資料請求してやり取りしている方。
電話で、関係者に実態の聞き取りをしてる方。
多くの質問者の姿を見た。
さらに今期は、予算議会であり、予算委員会が開かれる。3期の代表で荻原康二議員さんが質問に立つ。一問一答弁方式では、どちらも気の抜けないし、打ち込みが弱いと逆襲を浴びる。質問者は皆真剣だ。この緊張感が好きで私は議会質問が楽しい。特に知事への質問は、同じ政治としてプライドを掛けての勝負であり、大一番の緊張は凄い。
でも同じ政治なんだけれど、全然違う。能力の違いは当然あるが、それ以外に違うことは、拠って立つ民意の違いだろう。でも同じ県民の民意にそれほどの違いはないだろうから、その民意のどこの部分を吸い上げるかの個人の感性の差なのだろう。知事は三次元のX、Y、Zの3軸の奥行きのZが大きい。私はXY面での動きだ。したがって知事のX、Yの数字が変わらず、Zだけが大きく振れるような変化を私には、点にしか見えない。
この辺が、「哲学的な思考力」の差になっている。視覚では、捉えられないZの動きを大脳皮質で感じられる能力のある知事と、そうではない私の差なのだろう。


ブラックジャック6巻「山津波」

ブラックジャックが、離島の診療所の医師を訪ねる。しかし、その医師は事故で死亡。妹の女医さんの診療所で大雨で欠航中の船の再開を待つブラックジャックと女医の悲しい恋愛の物語だ。その離島の診療所の女性医師は、講堂の落成式典で以下の挨拶をする。
『診療所の清水です。場違いみたいに立派な講堂ができて結構でした。でもこの講堂の建設費用は、国からのがけ崩れの補修費を流用したのでです。でも肝心のガケはそのままです。おかしいのではないでしょうか?一年目、私の兄は今日のような大雨の日にあそこのガケ崩れの下敷きで死にました。こんな立派な講堂を造るくらいなら何故、あのガケをコンクリートで工事して貰えなかったんでしょうか?あのガケはいつ何時くずれるか。通学の子供達がいつも通っているのです。こんな危ないことがあるでしょうか。村の皆さん。役場の皆さん、こんな講堂より、あのガケの補強をお願いします。』
講堂も通学路のガケの補修も、子供達の為に在る。子供を育てる環境を作るには、どちらも必要だ。その物語は、大雨に耐えられなくなって崩れたガケで巻き込まれた生徒を助ける為に、土砂に飲まれたその女性医師の死をブラックジャックが看取る場面でおわる。
私はこの村の政治は殺人を行ったと感じるが・・・。


「誘致企業に飴は不要だ。」という方向は転換すべきだ

企業誘致に最大100億円助成=全国最大規模-和歌山県
和歌山県は2006年度、県内に工場を建設する企業に最大100億円を助成する制度を創設する。県によると、都道府県による同様の助成制度では三重県がシャープに助成した90億円を抜き、全国最大規模となる。大規模工場の誘致により、雇用確保と税収増を目指す。新制度は、製造業による投資固定資産額50億円以上、地元雇用100人以上の工場が対象。(1)立地促進奨励金として投資額の2割を90億円(投資規模450億円)まで(2)雇用奨励金として従業員1人当たり50万円を最大10億円(2000人)まで―それぞれ助成する。県はこの助成制度をPRするため、関西や首都圏を中心に業績が好調な企業を抽出して06年度以降の2年間で1000社以上を訪問するほか、経済誌なども活用して誘致促進を図る。また同年度は「企業立地局」を新設し、現在の企業立地室を課に格上げして同局内に置くなど、組織・人員も強化する方針。 県企業立地室は「景気が回復し、企業に設備投資意欲や国内回帰傾向が見られる今がチャンス。思い切った施策でアピールしていきたい」と話している。


さすがに、群馬県が如何に首都圏にあり、交通の結節点であるという利点をもっても、この誘致の意気込みには敵わない。小寺県政の「誘致企業に飴は不要だ。」という方向は転換すべきだ。


県政運営理念の共有化

2/16コメント10のレスとして書き込みます。勝手なブログ管理ですが、ご協力ください。
知事の理念の共有化は必要です。」と私も感じます。それは執行組織内の共有化です。我々議会は、その知事の理念を基にした政策に実効性があるかどうかの検証機関ですから、少しは離れていたほうがいいのではないでしょうか?
もとより、知事は選挙戦において、議会の会派から推薦を受けました。反対から見れば我々議会の会派政党は小寺候補を適任の候補として推薦をいたしました。つまり小寺県政の方向性を推薦したのです。その意味では、小寺知事の県政運営の方向性である「子供を・・・県。」と言う方向性を認めたのですから、共有化しているとも言えなくはありませんが????
でもその方向性は、子供のいるあらゆる環境に関わることなら何でもありです。「昆虫の森」から「小児医療費の無料化年齢引き上げ」まで。この細目で我々は知事の政策を事前協議して、承認して推薦したのではありません。私の視点では、候補者への推薦決定の方式は誤りだと思います。
知事の側も、「小寺ビジョン」という10年後の群馬の数値目標を掲げました。政策の中身など何も示していないものです。これを基にしては推薦の判断はできないと思います。
話を戻しましょう。「共有化できていれば、もっと議論に深みがあるであろう。」との考えは同感です。


議会評価の第三者機関

今「議会の機能」について多くのコメントが寄せられている。ここで思い出した事がある。「議員個々の活動を評価する機関があって、評価を公表してくれれば有り難い。」との言葉を以前聞いたことを思い出した。須藤議員さんだ。
『その機関が、全ての委員会における議員の発言や、政策提案の内容、その広報広聴の取り組み・・・いろいろな議会活動の総合評価を行い県民へ広報する。それが議員にも励みにもなるし、議会活性化になる。』との趣旨の発言だったと記憶する。私は「随分、勇気のある発言だ。」とその時感じた。
我々には適正な評価が必要だと、私も今になって感じている。