復興の形
候補者ではなかったが選挙の期間中の書き込みは遠慮したいと考え10日間程のお無沙汰となりました。政党の地方組織の役員として群馬県内の候補者の支援に飛び回ってきました。多くの公認候補が議席を預かる事が出来た一方、党運営の柱だった役員や議員の落選など喜びと悔しさが交錯する結果となりました。
確かに全国的な自民党復調と民主退潮の流れを群馬県も感じる結果となりましたが、
私自身の率直な感想は政党政治への有権者の無関心です。もっともっと政党という政治集団が暮らしの中に分け入る努力をしないと地方政治における政党は魅力を失うと思うのです。
10日の読売新聞の紙面に掲載された中曽根康弘氏の意見に
「政党は自らを計算にいれず、国を考えなさい。」との意が述べられていました。
「国家人民のための政治であって、政治のための国家人民ではない。(龍の意訳)」との上杉鷹山のことばを連想しました。
一人ひとりの議員の精神性が今の政治において問われているのだと感じます。
さて、朝日新聞が「日本の復興」とのタイトルで意見を募集されている記事を拝見しました。http://www.asahi.com/national/update/0410/TKY201104100164.html
私も書き始めました。「復興」とは、一度衰えたものが再び過去の勢いを取り戻す事です。一体、その時代の過去の勢いを私たちは再現するつもりなのでしょうか。
ジャパンアズNO1の時代なのでしょうか?
エコノミック アニマルと呼ばれた時代なのでしょうか?
それとも・・・
中曽根氏は読売新聞の「『新しい東北』世界に示せ」というインタビュー記事において、
「単に震災前に戻すのではなく、日本の新時代の先駆をなす次の時代の新しい東北地方を形成するという歴史的な意識を持って復興計画をつくれ。」と語られている。
この視点に私は賛成します。そしてそれは「東北」という地域の事ばかりではなく、日本の危機管理への盲信、電力会社や役所の組織の澱み、国民の安全ボケ・・・全ての領域のおいて新しい日本を構築するための復興であってほしい。