9月定例会本会議一般質問も最後になりました
今会議に質問した11名の議員の質問全てに「こんな問題があったのか!県民の暮らしの実態を知らされました。と同時に県庁という大組織にたった一人の民間人として乗り込んだ大沢ちjいが役所の都合に飲み込まれまないよう懸命に暮らしの現実を質問者に敬意を表し、この質問を行いたいと存じます
政治の在り方の大原則 プラットフォーム
競争社会の課題が何度も問われました。
生き残る競争の結果、支え合いが崩れ、一人一人が幸福を奪いあっている。2002からいざなぎを超える景気においても労働賃金は低下し「生活が苦しい」と答える国民は増えてしまった。
そしてリーマンショック。ある日突然生活の保障もなく紙屑のように町に捨てられる人があふれる。人間としての生きる権利も尊厳も奪われた人々が大量に生み出されるのです。
失業すれば保険証も取り上げられ、医者にも行けない、
そんな恐怖に追われて夢中に働く。それが今の暮らしの実情です。
分け合うべき幸せを奪い合っている社会は絶望の社会です。
一本の蜘蛛の糸を奪いあうカンダタのように人をけ落としでも生き抜かねばならない社会に希望などない。
だれもが俺の糸だ!と叫びたくなる社会に幸福などない。
だから小説「蜘蛛の糸」のように一本の糸を奪い合う事をやめて、
多様な糸を垂らし、社会をつなぎ直そう!
一人ひとりが自分の個性を生かし、其々の形での幸福を追求することを応援する政治に変えよう
多様な絆が格差の痛みを分かち合う、支え合う社会、を作ろうと呼び掛るためにこの質問時間を頂きたい。
パネル1
県人口200万人割れ。
三洋電機の群馬工場の整理
生活保護者数が終戦直後の水準まで拡大
高校卒業者の就職困難
戦後一貫して続いてきた政治の方向を変化させる節目にいるのではないか。社会構造が変化したのですから、教育の在り方も、産業構造も、なりよりも政治も変わるべきと考えます。戦後60年を通して引き継がれてきた政治の流れを、ここらで勇気をもって断ち切る。断絶した新しい今から時代の出発点に立とう。これが私の政治の原則です。この視点で知事にまずお尋ねしたいことは
政治は社会をつなぎ合わせるものだと信じています。社会の統合、かつて集落の皆が力を合わせて水路やため池を作る事を「結」と呼びました。知事にとって家族、地域やコミュニティーの支え合いを如何に考えていますか?
◆一番大きな社会は国家です、私はとって国家とは「国民の家」のことです。家族です。家族は信じあい、支え合い、分け合う心によって結びっています。その社会を作るために政治はあると私の所属する政党は考えています。つまり自由民主党は社会をくっ付ける政党です。
一方、民主党は、自分たちの政策が社会の絆を断ち切り、個人に分断することに気付いていないようです。
民主党の目玉政策である『子ども手当』によって子供たちが集う幼稚園や保育園へ行くはずの予算を減るのです。
「農家への直接給付」によって、村人が共同で使う水路や道路の予算が無くなるのです。夫婦の配偶者補助の廃止、夫婦別姓。
民主党のこれらの政策は社会ではなく個人を優先する政策に思えます。
知事の感想を伺う?
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社会の調和が乱れ、個人の都合ばかり優先する風潮の中では、
ますます住みづらく、不安を生み出す社会に変わってしまいます。
だからこそ私たちは、離れつつある人々の心を、再び結びあわせていきます。
しかしその為には「政治自体の信頼が必要です。社会の真ん中で一人一人の暮らしを守り、引き寄せ、社会から遠くに弾き飛ばされた暮らしをまた引き寄せるのは政治の信頼です。」
「公」を担おうとしるものには覚悟が求められます。
その象徴が 約330年。備前藩主池田光政が建学した閑谷学校だ。山奥の村から10才くらいの農民の子供が寄宿して学ぶ。貧しい村人が、皆で米を少しずつ出し合って、その子のために一年間の米を馬に背負わせて送り出す。そして学問を学んだ子供は成長し、山を越えてまた村の為に戻っていく。10才の子供が社会の期待や恩を背負って、
自分の出世のためではなく村の衆の為に学を修め、再び村へ戻っていく、その健気さ直向きな姿に私は「公」を担う厳しさを知るのです。
国家とは国民の家。そして国民は家族です。この一人一人の国民を結ぶものが公です。
「公」は政府のことでも、役人様のことではない。
「公」とは社会を結ぶもの。支え合う、分け合う、信じあう心です
まず政治が信頼の求心力を回復しよう!
今、その「公」が薄れ、われ先に自分都合で生きている。つまりバラバラな社会。その理由は政治の引き付ける力が無くなったからです。
社会の輪から離れていく人を結び繋ぐ政治の信頼が無くなっているからです。政治に信頼がなくて結など生まれない。
役所は落ちゆく人を救う。必死に助ける。と信頼される行政の仕組みを作ることこそ行財政改革です。何百人の雇用を作りますといっても県庁職員の半分にも満たない給料で6カ月の仕事にありつける。唯の失業対策事業ですよ。おかみの施しのような不安定な働く意義もないものを、誇らしげに語るより先に信頼を取り戻す努力と己を切る努力をしましょう。そこで総務部長にお尋ねします。
・須藤昭雄議員の質問で明らかになった事実; 4畳半、築40年、群馬県学生寮で26000円の苦学生が暮らす学生寮の敷地に新築の3dkで1600円の県庁職員宿舎がある。なぜか恥ずかしいと思わなかったの?
・月八万円の東京事務所勤務手当を貰って、これは貰いすぎだと思わなかったの?
・残業は不可測な収出です。予備費に入れないさい。
・警察官や教職員の共済事業に赤字に補填した事実を見ても関係団体への支出に問題がある。監査を充実するべきだし、議会には詳細を報告するべきだ。
役所は落ちゆく人を救う。必死に助ける。と信頼される行政の仕組みを作ることこそ行財政改革です。政治への不信の理由は・・・・なぜ信頼されない 理由は3つです
1・政治には暮らしの痛みが見えていない
2・政治は助ける気がない
3・政治は助ける力つまり予算がない
1と2の精神は検証不能。しかし助ける力つまり予算不足は明確だ。
これは群馬県の2010年の人口ピラミッドですパネル6収入が減り、支出すべき行政サービスの新規需要が拡大することが明白だ。
群馬県だけで05-15の10年間で12万人の老年人口が急拡大する
労働所得への課税対象である働き世代の減少
消費が縮小することによる消費税の減少
この事実から税収入の減少を如何に予測しているのか?
先回りして支える行政
問題や事件が発生した危機を解決すると喝采をあびる。でも違う。
ヒーローはいらない、地味だけどこれから生まれる行政課題を予測して県民が困らないように準備する政治が必要です。小さな力で問題に対処できる筈だ
たとえば群馬県だけで05-15の10年間で12万人の老年人口が急拡大します。この介護の必要量を如何に対応するか
※それは、子ども手当によって消えてしまった財源によって作るものだった!
※安い料金で使える施設、個室の特別養護老人ホームの料金は15万、これじゃ国民年金のお年寄りは入居できない。その暮らしの現場をしって大沢知事は国と衝突してまで相部屋の老人ホームで充分だと頑張っている、これは老人の暮らしの実態を知る現場の政治の覚悟です。戦後、各地にニュータウンができたように高齢者住宅政策も必要だと塩漬け土地になっていた前橋市元総社に老人用団地を造る決断を知事はした。
先回りするためには社会がどうになっているかを知る必要がある
社会構造=絆の変化に気付け!
①絆の中心にある政治への信頼がなくなり、個人が社会から離れバラバラになってしまった。しつけ、介護も家が担えない、地域は社会の絆が消滅した。日本では家族の延長であった会社の絆もなくなった
②少子高齢化の進行で人口構造の変化
日本経済の停滞は国際競争に負けたのではない。国際競争ならあの中国にさえ3兆円の貿易黒字がある。高齢化による内需の縮小への対策を怠ってきたことが原因である。車、家、水道使用量も96年からずっと減り続けている。つまり国家を人にたたえれば 年をとって基礎代謝量が減ったのです。中国の30年後は人口減少になる。
高齢化は地方だけの問題ではない、大都市も同じ
現役世代がへり、老年人口が急拡大する。
このことに気付けば群馬の産業を伸ばすことも 雇用を生む事も 税収を増やすことできるのです。
東京にいる莫大なお年寄りを如何に群馬に結び付けるか
たとえば
福祉サービスのお客さんにする。
農地つき農業講習つき別荘の販売のお客さんにする
健康になる旅行や生涯学習の学び旅行を提供する
このように社会構造の変化を予測し、対応する産業構造を作っていくべきです。
産業構造の新しいフロンティアへ
観光局
◆一泊二日宴会付き観光からの質の転換についてです。 ※観光産業は人件費へ回る率が高く付加価値率が高い。
・成人病などの病気を予防し健康や癒し、歴史や環境学習を付加サービスに組み込んだプログラムが必要です。とくに尾瀬に代表される自然環境学習の宝庫であり赤城や榛名は首都圏から一番近い山の憩いを提供できる、これらを如何に都市住民へ売り出すか
・ビジット・ジャパンの推進も必要です。取り組みは如何でしょう?中国語のパンフレットやウェブページの普及は?中国語案内機能は?
・国内旅行で最大の観光キャンペーンと呼ばれる「JRディストネーション キャンペーン」へ向けて東国文化の老舗「毛の国」ぐんまを売り出すべきだ。
農政部
・東京などの高齢者への農業者としての就農。・・・農業の知識を伝授するという新しい教育産業を創造するべきだ。(群馬の農家が農業教師として農業伝習を行う。)
・「600坪の畑で1000万円の売り上げが可能である。」とは舘野議員の提案である。
大都市の老年人口のうちで農業就農を呼び込むためには農地の確保も必要だ。
・新規に農業をはじめる方にとって5反歩以上の耕作者に限るとの農業者資格などの制限は大きなハードルではないか。
産業経済部
・自民党群馬県連が開設した「ぐんま政治塾」も議員になるという機会をつかむ学習の場として私は考えています。再教育とか知識の高度化。教育を誰にでももっと伸びたいと願う全ての人へ。学びのチャンスを与えてください。学びこそ知識社会の階段です。生涯学習といいながら学校から卒業すれば勉強は終わりとの社会風潮がある。県民にあらゆる希望を生む、階段を用意しろ。つまり職場における再教育や高度技能取得の機会の確保が必要だ
・職業訓練 再教育 高度化教育・・・職業人教育の仕組みと修学助成の拡充 職業教育を受ければ一瞬で働き手に変わる人口の塊が目の前にいます。① 失業者と専業主婦です。働いていない人を働いてもらい、収入をとってもらえれば、税収も増え、消費も増えます失業中でも意欲のある方には障害者も含め専門的な技能と資格を取得の応援が必要です。そして女性の社会進出を応援することも必要です。就業訓練の充実を求めます。そして起業支援です。なにゆえに勤め先を見つけるのか、それは業を起こすことを日本人が忘れてしまったようです。高校生の勤め先が無い、と嘆く前に商売をしようとの呼びかけも大事です。
・大工場ばかりを見る産業政策。自宅の4丈半の部屋で作る工芸品やオリジナルな機械製品、大手チェーンストアーではなくて町にあるお種バーさんのおやき。こんな小さな生業を応援する役所の視線が必要だ。小さな会社でも自分で立ち上がれ!政治は応援するぞ。とのメッセージを発信し続けることが大事です。
・職人の技術やほこりを大事にすることで、より魅力的な商品ができる、こうしたことを助長する政策ができないか?
・就職する若者、深刻な就職難、そこでいままでのインターンシップのような職場体験を見習い雇用のような仕組みまで発展させるべきだ。
※子供手当が家での育児を女性に押し付けることを助長する。子供は社会で育てると民主党は言います。なら社会で子供を預かる保育園などの現物給付化によって新しい雇用が生むと思う。
教育とは「しごと」を見つける手伝いである
社会構造も変化した
産業構造が変化した
だから政治が変われ
教育も変われ
そこで教育長へ尋ねます
◆労働の質の変化 大量生産→ 少量多品種生産
能力も才能もない沢山の青年を受け入れる労働市場があるのか?
あったとしても子供を単純労働に押しやるだけの教育であってはならない。
従来の教育構造を産業構造に変化に合わせて変える
「生きる力を育むきめ細かい学校教育」というが
こどもの特性と向き合って励まし育て子供に人生の糧を得る仕事を見付けさせることだ。
勉強は出来なくたって人と話ができない子であるなら、→動物のトレーナー
手先が器用なら漫画家やすし職人
気持ちの優しい子ならホテルマンになる
自分の個性が発揮できる仕事がある事を導く学校であってほしい。
そして学校の外にある社会とかかわる時間を子供に与えてほしい
人は良くなろうとしている。よくなろうとするエネルギーは路を示せば奔流となって迸る
そこで幾点か質問します
・少年期に働くことをもっと感じる教育、社会に一員であることを学べる仕組みが出来ないものか?「部活も生徒指導の一貫である。」との観点から子供を学校へ縛りすぎではないか?「部活の成績が高校受験に有利になる。」と入部を勧める。この点を是正することは私には容易だと思える.即ち「学校外の活動も内申書に評価して記載する。」との県教育委員会の取り組みを拡充するべきだ。そして教師が学校の外での子供の頑張りをほめてほしい。
パネル8内申書
ボーイやガールスカウト活動などの青少年育成団体、部活以外のスポーツ活動、家業の商売を手伝うことも祖父母の介護さえ立派な校外学習だ。子供たちを部活による生徒指導から解放することで彼らが社会を支える活動に参加してほしいと願っている。そして学校の外で子供を育てる環境がある事を教育委員会は認識するべきだとおもっている。それは社会のためにも彼らのためにも、素晴らしい成果を上げるだろう。如何でしょう
吾妻ではザスパ草津のアンダー15のクラブが校外活動として認知を受けられない。
硬式野球のボーイズクラブで練習する中学生は学校の部活との二股に消耗する。
・経済的な理由でも、またそれは働くことを学ぶ理由でも、希望する学生はアルバイトをする自由があると思うが?
・一方、教育の関わる保護者の負担は重くなっています。
私の中学生に入学した娘が林間学校へ行く。かなりの出費に驚いている。
授業料無料の公立中学校で3年間、教材教具や修学旅行費など一体幾らかかるのかと調べると3年間で20万円と回答があった。なるべく費用のかからぬように教委は気を配るべきだ 制服や体育着、教材の交換会など学校主催で行く事も必要だ。如何か?
※県の所有する東京にある学生寮「上毛学舎」の土地信託などを利用した新築と資産活用によって 新しい困窮家庭の子弟へ奨学金を創設。さらに、働いている世代がより高度な能力を取得希望の場合も働きながら学べる奨学制度を充実することができる。
◆日赤病院現在地建て替え検討委員会の答申後の知事決断について
部長
①
まず今回の移転理由の根拠を確認します。災害拠点としての機能を前橋日赤病院が担うためには大型ヘリコプターが理発着する広大な敷地が必要とあります。「なぜ前橋日赤でなければならないのか」という説明がなされていません。群馬大学病院や県立病院では、今回の移転理由になった機能が担えないのか。この基本的な説明こそ理解への一歩です。保健医療計画も厚労省の大病院の医療費割増などの厚労省方針など全く知らない地元の方からみれば、中川にある病院がなくなるだけです。ですから何故、日赤が移転しなければならないほどの機能を担わねばならないかを説明するべきです
②
建築検討委員会で議論の主題は、現在の日赤が現在の機能を損なうことなく現在地での建て替えが可能か?を議論してきました。したがって隣接した土地を増やせば可能だとの結論になったのです。災害基幹病院としての役割という議論が遠のいていたのは確かです。委員会のあとに必ず開催されてきた協議会の総会でもこの話が出たことはありません。情報の共有が十分になされてこなかったということです。
建築検討委員会開催にあたって、災害基幹病院としての
必要敷地面積について、キチッとした前提を付与しなかったことは期待感を増幅させる要因になりました。それは隣接地権者の了解を土地交渉など慣れない土地交渉に汗をかいて隣接の地主さんのお宅を訪問した協議会のメンバーの必死さに表れています。そこまで努力し、地主さんの合意を取り付けた「協議会の責任感」ゆえに知事の決断表明における協議会幹部の厳しい反応に表れました。私自身、敷地拡張案のD案の行方を聞いていて、困難はあるが、可能性は残っていると考えて来ましたから、自衛隊の大型ヘリコプターまで離着陸できるヘリポートを話は釈然としないという思いになります。つまりこの間の意思疎通の欠落に今回の地元反発の理由があると思います。
③
知事は、仮にマスコミ報道がされなければ、もっと時間をかけて地元理解の道を探れたと残念な気持ちと思います。「発言の機会が無い地元の方へ申し訳ない。すぐ行かねば・・」との発言されたと聞いています。マスコミの記事が先行したことが不信感を大きくしました。平成20年11月にも最初に組織された建て替え検討委員会での結論が「移転の方向」と報じられました。そして今回も9月22日読売新聞の報道で「移転判断」と新聞が先行しました。このあたりの情報の管理にも問題があったのではない
◆知事
④
最後に知事に伺いします。100年前、地元の中川の篤志家から土地の寄贈を受け建設された中川の病院から、前橋の病院へ、そして群馬の病院へ、北関東の病院へ日赤は変化してきました。しかし日赤病院は中川の人にとっては100年前と同じ病院です。この病院を失うかもしれない人にとっては、その理由や知事の考える医療の形を示すべきです。その努力を払われるべきと思いますが如何でしょうか。そして信頼をつなぎ合わせてください
◆知事
公務執行妨害によって逮捕された中国漁船船長を裁判にかけずに釈放した政府対応についての見解をお尋ねします。私は容疑者をさばくこと責任を放棄して釈放した司法の判断が残念です。しかし領土ナショナリズムの観点からの怒りではない。
一方、レアメタルや中国貿易などの国益を守る為にはこのくらいの妥協は仕方ないとの意見もあります。しかし経済(お金の問題)は守ったかもしれない。司法という日本人が信頼してきた公の正義は霧散したと感じる。
犯罪を犯罪として裁くことの正当性を守る国家との国家の尊厳は経済以上に大事なことと考えます。知事の所見をお尋ねします。
家族・地域・社会の構造の変化を。バラバラをもう一度繋ぎ直す
減りゆく働き世代が「社会を支えてほしい。」「無駄にしないでほしい。」との願いを託し、
額に汗して、負担する税金。その税金をバラマク。豊かな生活している人にまでバラマク本当に税によって支えるべき暮らしはどこにあるのか?それを見極める努力こそ政治の信頼です。政治への信頼、それが社会をもう一度つなぎ合わせる
◆支え合う社会こそ理想の社会
働ける人には働ける手段と場所を能力を作る、学び、与える。そうして給料の少ない人からは少ない税を、稼ぐ人からはたくさん税金を貰い、本当に働けない人と子供、年寄りを支えてもらう。それが支え合う日本の姿です。支え合う社会です。その中心に政治の信頼があるべきです。私たちは人生の真ん中、子育てをし、親を支え、小さな家業を営み社員の暮らしを支えています。そして政治を通じて社会を支えています。苦しい・・・しかし遣り甲斐の中での幸せももっと頂いております。挫けそうになったとき、私はある名前も知らぬ少年を思いだします。10年前、中学校の学生服を着た、小柄な彼と東京駅のホームで出会った。いえ。すれ違っただけです。私の7歳の長男が驚くように立ち止り見つめる先に彼はゆっくりと歩いてきました。彼の左の肩に父に右手が、右の肩には母の左手がありました。
両親は一方に手に、白い杖を持っておられた。
「あのお兄ちゃんはどうするの?」との長男の問いに私は返事できなかった。
あの少年が懸命に親を支える。
ならば私たちが社会を支えることを厭うことがあろうことか?と考えるのです
本当に政治の光を必要としているところはどこか?
そして政治の無駄はどこにあるのか?
決然として戦うことこそ政治の覚悟であると信じています。