写真は卒業生が退場した後の空になった椅子です。
そこに居た人の記憶を残して、空間が存在しているイメージを
私は感じました。
私の住む前橋市大手町にある桃井小学校の卒業式に招待されて出かけました。娘も卒業ですが、こっちは妻と長男が出かけました。
入場、卒業証書授与、別れのことば、校歌。卒業生の振る舞いに
規律を感じました。6年間の学校生活で随分と修養を積まれるものだと感心しています。
彼らが社会に出るころ、私の社会における役割も終息の時期です。
何か、彼らが私の穴を埋める存在のようでとっても愛おしかったです。
後10年すこし、彼らはそれぞれの職業人としての船出をされるでしょう。願うのは彼ら一人ひとりが、遣り甲斐のやる仕事を見つけてくれることです。
先日私が参加した、神奈川円卓会議において
講師の広田さんが
「昔は7歳くらいで丁稚や女中奉公へでた。
親が子供を養育する期間が短かった。」
と言っています。
私も16歳の長男と12歳の娘に
「あなたたちの人生を応援します。
でも、社会に出たら、親は応援できない。
自分で進み、社会に可愛がわれる人になってください。」
と伝えています。
入園式で僕が泣き、卒園式でママが泣く。
との言葉が新聞コラムにありました
同感です。親は子供の成長によって、自分も親として成長していくのですね。