草津温泉は雪。
消防団長さんの歓送迎会を終えて、ホテルを出ると駐車場は雪で覆われている。
友人の車に乗せてもらい自宅に、父と母が仲良くオレンジを食べていた。
父のこたつに入りこんでのんびり。25日から父は入院、その打合せや孫の話。
彼には11人の孫がいるが、今受験の中三と高三の二人が気になるようだ。
週末はなるべく両親と過ごすようにしているが、77歳はかなり草臥れていると感じるようになった。
特に母は、90歳まで元気だった彼女自身の母に似てきた。
父が血糖値の検査キッドを出してくれたので私もパチンとホチキスのハリのような機械で小さな血液を
絞り出す。検査結果は100。「大丈夫だ。」と面白くなさそうに父が呟く。
自分勝手な暮らしをしている父を反面教師に過ごすことを心掛けてきた私は、
酒やギャンブル、夫婦喧嘩もしない。
したがって私は血圧120/70で、夫婦仲良く子供たちも陽気な家族だ。
ちょっと個人的なことを書いたが、最近友人の親の世代の訃報に触れる機会が多く
ちょっとセンチメンタルな気分だからだろう。
そしてもう一つ、妻の父が麟太郎に彼の満州でも暮らしと戦争体験を描いた長文の手紙を
送ってくれたことを知ったから。「侵略戦争は濡れ衣。」との発言の軍人もいるが
麟太郎はかれの祖父の手紙への感想を「重たい手紙で返事もかけない。」と表現していた。
でも伝わるものがあったようだ。
私たちの世代はちょうど人生の真ん中。両親の老いと子育ての両方を兼務する世代です。
そして両親の姿から自分の老いを映すことができる時期になりました。
夫婦が最後に支え合える関係で居続けることの大事さ。
シングルばあちゃんやじいちゃんが元気で暮らせる社会の優しさ。
いろいろと感じることが多いからでしょう。
私の父は母に依存している。命までも委ねている。
人の力で自分の命をつなぐことに関心の全ての日々を送っている。
健康を失っていても、炬燵で丸くなっていても、本を読み、手紙を書くことができる。
でも父は委ねているだけ。
一方、母は彼女の喜びを奪われている。
俳句や短歌を詠う時間も同じ趣味を分かち合う友との語らいを奪われている。
私たち兄弟のことを読んだ短歌は私にとって素晴らしい思い出になっている。
人生のどの時期でも何かを学ぼうとする人たち
社会に為に何かを為さんとする人たち
他者の尊厳を尊ぶ人たち
自立して精神の人たち
父を反面教師に
そして尊敬するたくさんの先輩や仲間のあとを追いながら私も生きなくちゃ。
ps
妻は奥歯の土台が骨折。なんか大変な状況です
昨晩わたしも友人たちへスピーチが過熱して顎の骨がガックリ
先輩方の苦労を共感することが増えました。