就任時から、衆院と参院の多数が異なるという「ねじれ国会」の現実は就任時から承知していたはずです。それを「貧乏くじ」と表現されたのでしょうか?
あえてこの困難な政治状況を知恵と努力で乗りきるという覚悟はあったはずです。
「我に七難八苦を与えたまえ!」と立ち向かう様を思っておりました。
国会運営の困難を対話と議論によって打開するという国民にとっては歓迎するべき国政が実現したと思います。
しかし
「貧乏くじ」とは覚悟の言葉ではなく「面倒な環境を押し付けられた。」との恨み節にすぎなっかたのでしょう。さらには衆参与党支配で法案も審議日程も与党の思いのままという慣れ親しんだ環境から意識を変えることができなかったのでしょう。
野党の側にも、対話と議論を受け入れるという姿勢が足りなかったことも残念と感じます。
私は総理就任時に以下のように書きました。
「さて政治に何を国民は、そして私は望んでいるのでしょうか。
年金、災害や犯罪、老後不安、拉致被害者、交通渋滞、いじめ・・・・
もっと当たり前のことをしっかりやる政治を我々は希望しているのです。納税が無駄にならない仕組みを作ってほしいのです。
普通のことをキチンとする政治が生まれることこそ、一番祝うべき政治です。群馬の総理大臣がそんな政治を実現する。それこそ、上州の名誉ですね。期待します。」
今回の辞任は残念ですが、国会を議論の場にするスタートだと願うばかりです。