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一つの花・・・娘の国語教科書

太陽がある時間に自宅へ戻った。誰もいない。8歳になるビーグル犬のルーカスだけがのそりと小屋から顔を出すて迎えてくれた。
洗濯物を取り込んでおこうと思い、妻の言葉を思い出しました。
「洗濯ばさみまで取れるので無理やり引っ張らないで!!」
・・・
子供の騒ぎ声もなくシーンとした時間は意外にも仕事がはかどらない。




戻った娘が本を読む声を聞きながらタイプをしていると
耳が自然とその内容に引き込まれていく。

『それから十年の年月が過ぎました。
お父さんの顔を思えていません。
自分のお父さんがいたことも知らないのかもしれません。
でも今、ゆみこのトントン葺きの小さな家は
コスモスの花でいっぱいに囲まれています。
そこからミシンの音がきこえてきます・・・』
どうやら戦争中の家族の話のようだ。

ゆみこは「ひとつだけ頂戴。」と言って食べ物をねだる。
それは「ひとつだけね。」との母親の口癖のせいだ。
そして、その家族の父親が戦争へ行く日が来た。別れの駅で、ゆみこは母の背中で空腹に泣き出した。
父は、駅の片隅に咲く一輪のコスモスを見つけてゆみこへ差し出した。ゆみこは、お父さんに花をもらうと、きゃっ、きゃっと、足をばたつかせて喜び、父はそれを見て、にっこり笑って、何も言わずに汽車にのって行く。

私も知らない戦争の一シーン。現実にあったであろう出来事。無数のあった別れの一つ。
私の娘はここから何を感じるのでしょう?そして教師は何を子供たちへ伝えようとするのでしょう?

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2007年10月06日 20:06に投稿されたエントリーのページです。

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