
税金を食いつくす官僚政治を断ち切るのが政治です。しかし残念ながら、官僚支配を監視すべき政治が、同じぬるま湯の中に浸かっていたのです。
私も議会にいた11年、結果を出すことができなかった。議会も知事も同じよどみの中で慣れ合いを続けてきたのです。その弊害こそ県民不在の県政ではないでしょうか。でもそのことに私は気付いた。そして議員を辞して挑戦の旅に出発しました。
政治の善を復活させる。それは議会と執行部が緊張し合い、尊重し合う事です。そこには自分の権力を自制する精神が必要です。自制することとは反対に「権力の暴走」が今の県政の状況ではないでしょうか。
予算や県庁の権限を最大限に活用して団体を選挙戦に利用しようとする権力。
団体の推薦状獲得や、支援組織作りに奔走する権力の姿。
感謝状乱発や、敬老祝いの乱発・・・。
昨日の報道にあった、農業関係者の支援組織なども県庁関係者が関わり、知事室長は、講演会講師として団体の集会に参加していると聞く。事実、私が11年間、加入している中小企業団体からの案内には「6月8日××勉強会、講師・・知事室長」とある。選挙依頼の講演ではないと信じていますが。
一方自民党。
自民党選対が権威や権力への求心力を過信されているように感じてしています。 最近報道された、「推薦から公認への変更で引き締め」などの手法は強いものが弱い者を恫喝して従わせる様な感じを受けます。一票は心が決めるものです。ブルドーザーでは有権者の心を集めることはできません。
「なぜ、所属議員の協力度合いが低いのか?」と自問を先ずしてほしいのです。 内部の民主的な議論が成されず、一部の専制によって成された決定だからこそ、構成員に温度差が生まれたのです。 皆が納得してもらえる手続きを、しなかった事を認識するべきです。
しがらみや利権に左右されず、自己保身でもなく、 もっと自由な議論、議員としての正義感を主張し合い 、その議論を通じて集約された納得の結果に皆が責任を持つ議会こそ、有権者の信頼を得る議会でしょう。議会をまず議論の集団へ変貌させることは善の政治を作る要素です。 そして権力の監視と県民の意見集約の議論の場への変質を促すことは私の理想の県政実現には不可欠です。
権力と権力がそれぞれのしがらみや権益を守るためではなく、政治の本来の目的を達成できる、「政治の復活」を目指すことこそ、私の挑戦のエナジーです。