群馬県知事選挙における、全ての候補予定者が、マニフェスト配布解禁を歓迎している。と、今朝の新聞に記載されていた。
一番歓迎しているのは私でしょうが、その紙上での、私のコメントは解りづらいですね。
「当選後も公約に縛られることが大きい。」、「公約したことを実行する義務を負う。」との意味です。
それぞれの陣営のコメントがあった。ある候補者の幹部の「選挙戦の効果は不明」とのコメント。戦術上のことではなく、立候補者の責任として、選挙戦術上、有利であっても不利でも、マニフェストを公開することは当然。
社会にとっては、マニフェスト公開は絶対効果ありです。
1 立候補者の質が高められる
2 有権者の選択が、政策の比較で可能になる
3 当選後の政権運営が、マニフェストによって規定される
特に、3の意味こそ、私の挑戦の意味だ。(新聞のコメントはこの部分を取り上げたものです)
『知事の思いつきをなくす』事こそ、私が今までの政権との対立軸に掲げるものだ。
私は県議会議員として11年間、人々の願いを、助けを呼ぶ声を県政へ届けてきた。しかし、政治の澱みに打ち消されて、なにも叶わない。最後には、「予算がないから待ってください・・・」その一言で終わり。ところが、「予算がない」の言葉は嘘です!予算はあった。けれども、『知事の思いつき』に使われて無くなった。県立昆虫の森に72億円、県立天文台で55億円、さらに、毎年維持費が15億円・・・。予算を生み出す努力もしない。不要な事業の廃止、資産の売却など、大ナタを振るわなければ、県民の暮らしは守れません。
私のやるべきことは、マニフェストに書きました。これを実現するために、私はどんな抵抗にあってもやり遂げます。それが公約です。公約とは、「こうします」との有権者との約束。つまり、マニフェストに書いた事以外はできないということです。任期中、気が変わることも、何か思いつきで行う事も出来ない。この設計図のように行政運営します、と自らを縛る物です。
「公約は破るためにある」とは、ある代議士の言葉です。とんでもない!!マニフェストとは、有権者との約束です。「私ならこうします」と、訴え、約束して、有権者に選んでもらうのです。
「子供を育てるなら、群馬県」というキャッチフレーズだけの選挙。コンビニの数まで予測する意味不明のビジョンを掲げ、選挙公報にまで載せる候補者に、思いつきのフリーハンドの県政を、任せるわけにはいきません。マニフェストを公開しない候補は、当選後、何をしてもいいのです。
だから、自分の思い付きによる、『昆虫の森』、『県立天文台』、『県立フランソワーズポンポン美術館』・・・が許されるのです。おかしいと思いませんか??自分の権力を自制する、我慢する事こそが、リーダーに必要な事です。私のマニフェストは、まさに、今までの、4期16年に対する、官僚の独裁政治への、アンチテーゼです。
思いつき政治 → マニフェスト実現への工程管理型
権力の集中 → 地方へ分散
長期政権 → 任期限定
暴走 → 自制・我慢 (その証として1期5000万の退職金全廃は当然)
5期で2億5000万。庶民の老後の不安はわかりません。知事が、自分自身で削ってみせて、やってみせなければ、職員に節約なんか言えませんよ。
話を戻しますが、マニフェストという設計図がなければ、知事の政策目標を到達するのに、時間や手間がかかる。だからマニフェストをより具体的に示せば、当選後、すぐに県庁組織が方向を理解できる。
今回の公職選挙法改正は、行政のあり方を絶対に変える。大変革させる。