藤岡で数日を過ごしています。
まだ上野や神流の山村へ入ってはいませんが、藤岡の商店街や飲食店にも寂しい雰囲気を感じております。前橋の県庁で行なわれるイベントの賑わいが、この藤岡の中心部で見られる事はあるのでしょうか?県庁という権威が全てを吸収している様に思えて悲しくなります。
分権は賑わいの分散でもあります。県の職員が、週末には自分の故郷で地域活動できるように、県庁前イベントは中止するべきでしょうね。別に地域活動というカッコいい活動ではなくても、子供の学校行事や商店街の散策でもいいです。自分の暮らす地域社会との触れ合いこそ必要でしょう。そして行政がその使命として守るべきものと触れてください。
私の強みは社会の現実に触れている事です。子供への虐待や借金の取立ての現場にすら出会います。訪問先の玄関で相手にされないで追い出される事もあります。現職知事にはあり得ないことでしょう。赤い絨毯で待っていてくれる企業も個人も、私にはありません。だからこそ、今ある問題や格差の拡大を実感することができるのです。
大企業と中小企業の格差、中央と地方の格差、更には官と民の格差、強い者だけが勝ち残る競争社会を目指す政治は、もはや政治とは言えません。生存競争から落ちこぼれた人たちにこそ、政治の庇護が求められます。育児にも教育にも社会生活のあらゆる場面で強者と弱者が区別される社会構造に対して、声にならない弱い声を、政治に反映させようとする知恵と勇気が政治を目指す人たちに求められています。
でも現実にある問題の深刻さを共有できない人には知恵も勇気もありません。解決の知恵や勇気どころか、解決すべき問題さえも知らない政治は、漂流するだけです。
私は施しに拠る解決を目指しているのではありません。地方行政は「官による施し」ではありません。庶民の目線で渾然一体となって、安心して住める地域をつくっていく姿勢こそが、新しい地方の時代のあり方だと思います。そこに県民が参加する経済的、合理的な行政が実現し、庶民の手に戻った行政権限に、親しみと参画意識がめばえることこそが、将来への安心につながっていくと考えます。
70億円の巨費を投じて「昆虫の森」を作り、子供達へ何を与えるつもりでしょうか?
障害者の自立を目指すなら、障害者の法定雇用を進め、特例子会社などの就業の場の誘致やジョブコーチの拡充など、もっと障害者を応援する仕組みに変えるべきではありませんか?
『小さな石ころに躓いて歩けない人の杖になる。』龍
私の目指す政治は、この言葉に全てあらわれています。
だから龍は、『絶対に負けない。挫けない。ぶれない。』