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納得して納税する政治

肌寒い、今朝。大粒の雨雫が宿舎の窓ガラスを這って流れる。今日は、朝の遊説がない日です。その代わりに早朝の職場訪問があった。

今まで数名の自治体職員が派遣されていたその職場の経営者は、「完全民営化になった今、施設利用する方々への負担も減らす事ができ、また利益を上げる体制になった。」「公務の高コスト体質を、派遣職員の消滅によって解消できた。」と語る。

毎日が勉強になる。このキャラバンが選挙活動ではなく、県政運営への県民意見を聞き、知るためのキャラバンだと私は語った事がるが、そのとおりだ。

1日500人の方と触れ合う、そして500人の方へ私の行動の様を見てもらえる。つまり1日1000人の方へ「あれが龍か。」と記憶してもらえる活動をしている。その一歩一歩が既に3ヵ月半終わった。確実に私は進化している。この調子だ。ホップステップではない、一歩一歩で充分だ。

愛県債の販売も順調のようだ。しかし、国債よりも利回りの高い債権では順調が当たり前だ。私はこの債は国債よりの低利で、再発行の目的事業を評価賛同をいただいた県民の方が、目的実現の応援に債を購入する仕組み、さらには購入するか否かの態度表明でその事業への賛意を確認できる仕組みに変えるべきと考えている。つまり簡単に言えば国債金利との利回り分をその事業へ寄付すると言うことだ。寄付をもらえる事業か否か。明白になる。どこかの自治体で汚れた沼を買い取って浄化し住民の公園化にするための国債より低利の債を発行した。完売だったと聞く。ここに住民の納得を感じる。

なぜ納税者は税を支払いたくないのか。納税の先の支出への納得がないからだ。その理由は、額に汗して納めた税金が、誰にも歓迎されない無駄に浪費されるからだ。知事の退職金や昆虫の森の建設費の為に納税をするはずは無い。

100年以上前に、上州安中藩の藩士、新島襄は徳川幕府のおきてを破ってアメリカ合衆国に渡り、学問を学んだ。そしていよいよ帰国の前日、ボストンの講堂で別れの挨拶を行いました。その演説の最後に、新島は言った。「日本の貧しい人々の為に大学を作りたい、寄付を頂けれるようにお願い致します。」と。すると演壇にいたワシントンの市長や実業家が1000ドル2000ドルと寄付を申し出た。そして新島が演壇を降りると、一人の年老いた夫人が、2ドルに硬貨を差し出しながらこう言った。「これが私の全てです。北部の村へ帰る汽車賃です。でも私には、幸いにして歩いて帰れる元気な足があります。日本の子供たちの為に恥ずかしいくらい僅かですが、これを使ってください。」

政治がただしいことに税を使えば、納税は幸福になる。納得できる政治とはこのような政治です。 この政治を実現する手段こそが「群馬維新」です。

この意味ではけして納得が得られているとは言えないが、やらねばならない事もある。私は伊勢崎太田などの外国人居住者が多い地域で感じた事がある。群馬県が行っている外国人の未払い医療費の県費立替事業だ。ここの地域に住む医療不安を感じる外国の方々への人道的な応援をするこの制度は、けして納税者全体の納得を得られるものではないだろう。でも社会全体を支える、医療費の不安ゆえに犯罪へ走る方がいる。社会を守る維持する政策としては必要なことだろう。

色々な出会いから、色々なことを学ぶ。本当に楽しい、充実の日々だ。

コメント (1)

吾妻谷の住民:

いつもブログを読んでいます。今回の納得して納税する政治についての考え方に私も賛成です。住民が行政に求めるもの、政治に期待するものは何か。住民の義務と責任をどう考えるかがむずかしい問題です住民の思いがそれぞれ違うのでいろいろな意見を聞いて集約してください。全ての住民が満足する行政にはなり得ないと思います。住民が限りない納得のできる政治を構築されることを願っています。わたしも自分のできることから無理せずに行動していきたいと考えています。これからの龍さんの活動におおいに期待します。 

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2006年10月24日 09:27に投稿されたエントリーのページです。

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