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2006年10月 アーカイブ

2006年10月02日(月)

いよいよ第4ステージへ

一昨日桐生みどり地区の意見交換会を終え伊勢崎地区へ移動しました。270席の大きな会場の心配でしたが、7分の入りでホッとしました。特別な呼びかけや動員もしない中、いつも予想を超える方々がお出かけくださるのが不思議です。

わざわざ仕事を急ぎ終わらせ、中には老いたご両親を気遣い子供を気遣いながら、それでもこの時間を割いてくださった大勢の皆さんへ心からお礼を申しあげます。

ふるさと群馬の新しい形を作る第一歩に出会えると期待と希望を持ってこられた方。山本の語る夢への漕ぎ出す船にのって、一緒に艪を漕いでやろうとの思いの方。いろいろな理由でお出かけくださった皆さんへの思いへ答えるように前進します。そして伊勢崎初日で私を迎えてくださった、伊勢崎の仲間にも心からの感謝を申し上げます。

P.S. 伊勢崎玉村の生活拠点は68号沿いのハーベストホテルです。大概、夜8時以降は部屋におります。意見交換など御用の方はご連絡ください。080-1277-1005です。

桐生・みどり地区意見交換会でのスピーチ:
http://www.yamaryu.net/pod/kimi.m4v (約41MB)

2006年10月03日(火)

焦燥感

今ホテルの部屋に戻りました。
・留守電話への返事。実家が世話になっている会計事務所の先生のお母さんの逝去の連絡。明日のお通夜に弔問できるように明日の日程の調整などなど
・今日の訪問先での意見をメモにして記録
・メールのチェックとレス。
・そしてブログのコメントがあればレス。
・GWでの日程と名簿のやり取り。

やっとこの新エントリーの書き込みページを開いている。ここまで1時間。この調子で毎日、過ごしている。最近、ブログの書き込みが少なくなっている。「全てを公開」が私の政治信条でありながら、その情報公開を履行できないでベッドへもぐりこんでいる日が続く。

別段今日も報告する事もなかった。毎日が同じ繰り返し。これでいいのかの焦燥感が募る。でもこれを信じて進む。

2006年10月05日(木)

社会改革の戦いをできる幸福

この群馬行脚の理由のひとつが、一ヶ所に一ヶ月滞在して、地域を深く、そして24時間身をもって感じる事だ。その間、その地域以外での活動をセーブして、一点集中をしたいとの思いだ。今まではその趣旨に合った活動が出来た。ところが最近は、伊勢崎に昼間活動して、夜は桐生片品中之条渋川、と他地区での活動をする機会が増えてきた。それは勿論意味があることだ。昨晩の笠懸での意見交換会では、本当の意味での意見や考えの交換が出来た。交換というよりは、私の考えを他の意見によって修正された機会だった。

その会合の前に、中之条で友人の母の通夜、そして今日はあるスポーツ団体の県組織役員会へ出席研修の為に、片品へ。その会合上、「××さんが一生懸命に片品で龍の支援活動をしているが、会って行きなさい。」と教えていただいた。帰り道に教わった地図を見ながら訪問。確かに私のパンフや、支援者名簿が積まれた書類机をみて、大感謝の念。私の知らないところでガンバってくれる同志がいることに励まされた。そして伊勢崎に帰る途中、事務所から連絡があり、渋川で友人の奥さんの通夜へお悔やみを。この友人もすばらしい人だ。

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伊勢崎宿舎に11時に帰宅。今日は動向スタッフの鶴田君が明日休暇で、広岡君にチェンジ。明日は、朝6時半起床、7時から伊勢崎市内の交差点で街頭辻たちとビラ配り。朝なのに四~五人の仲間が街頭に駆けつけてくれる、一時間に2000台の車が私の眼前を通りすぎる。一瞥する人67%、手を振ってくれる人10%、窓から声を掛けてくれる人3%、気づかない人20%の割合。でもチラシはほとんどの方が受け取ってくれる。一時間で1000枚。一ヶ月で3万枚。これでは増刷しなければ。そろそろ政治活動も中盤戦に差し掛かった。

◇昨日の群馬テレビ放送を見た方々より
とにかく現職の答弁のかたくなさへの論評が多く聞かれた。堅固な意思は評価すべき事もあるが、意見を聞く耳を持つという為政者の持つべき謙虚を知るべきだ。

◇明日も朝宣。
少しくらいの雨ならカッパでやろう。こんな政治活動=社会改革の戦いを毎日できる。最高に幸福だ

2006年10月06日(金)

意見交換が私の進路に的確な羅針盤

最近、スレッドへの書き込みコメントが無いようだ。私の書き込みにレスをつける魅力がないのかもしれない。反省します。でも、アクセス解析ではブログへの訪問は200/日。解析記録では群馬県庁サーバー経由のほかに検索エンジンが割合で30%と続く。初めて訪問してくださる方が居ることが、私の毎日の行動へのレスポンスだと考えれば、それだけでありがたい。

さて今日は大雨。たった20件の訪問だったが苦労してしまった。でも収穫もあった。1時間も時間を割いてくださり、今の選挙戦の現状とそれへの評価を率直に伝えてくれた伊勢崎の議員さんも居た。こういう意見交換が私の進路に的確な羅針盤としての方向を与えてくれる。ご苦労さんの激励よりも、耳には辛いが辛らつな意見の方が自身にとっては有り難い。感謝です。

明日からは天気の回復とともに活動も増えるだろう。この一ヶ月を充実した期間に出来るように頑張ろう。

2006年10月10日(火)

伊勢崎地区。エンジン全開!

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◇チラシ緊急増刷
すごい量でチラシが消費される。私の伊勢崎での活動と県内各地の仲間たちが持っていってくれる分とで見る間にダンボールの山が消える。

そういえば、朝の辻立ちの一時間で1000枚、地域周りで500枚、夕方の商店まえで500枚。私の活動だけで、毎日2000枚がなくなる。さらには前橋事務所にチラシを取りに来てくれる同志の分。10万部が一ヶ月に必要になるとは予想を超える。

◇街頭活動終了後のミーティングで意見あり
「旗振りのスタッフの声が小さいよ。」とか「龍の話のここが変だ。」とか活動後のミーティングで色々な意見が出ます。その中で「チラシを受け取る事を断られるケースが若い方々に多い。」と一緒に街頭活動を手伝ってくれる仲間から意見が出た。私も感じている。家々を訪問しても、話を聞いてくれる人、意見を述べてくれる人は圧倒的に中高年に多い。

◇こんな取り組みもあったのか
昭和村の給食センターが廃止され、古い備品を一個一個入札して処分したそうです。鍋や冷蔵庫など数百円から数十万円まで色々。住民はみんな楽しそうに参加していた。」との話を聞いた。県庁でも古い什器備品の処分方法に採用できるのではないか。

◇若者の政治関心
20歳代の青年が選挙への関心を失っている様子を実感する。選挙に対してではなく、政治そのものへの無関心だ。彼らが政治を放置すれば政治が彼らを放置することになる。勿論、無関心で投票しない青年も、納税者であり、有権者である。彼らの存在を無視して政治が行われるはずはない。しかし投票しない集団が政治的な発言権を失う事はある。

政治的な主張は投票して表明される。投票する人が少なければ少ないほど、投票する少数の人が政治的な発言力を得る。つまり、若者が投票しない事は自分の一表の重みを他の人へ渡していることだ。

徴兵制度導入についての政治的な賛否を他の世代へ渡して、その決定を他人に任せるのか。よもやそれほど無関心ではあるまい。徴兵制ほど極端でなくても、多くの政治的な選択は全ての日本人にとって関心を持つべき事ではないか。

一方、残念ながら、政治家はその関心を喚起する手法を持たないで来た。街頭や、若者の社会に自ら出かけて語りかけ意見を聞くというアクションをしなかった。税がすべての人にとって関係するものだという事を認識させる事をしなかった。

「夜中に赤ん坊が痛がって救急車で小児科を廻ったが、受け入れ医療機関が見つからず、1時間後に太田市の病院でオーケーがでた。だから、小児救急の拡充が必要だ。と気付いた。」、こんな話をきいた。

皆が納税する理由は、皆で負担しあって社会を住みやすくするためです。その仕組みが政治なのですから、無関心では社会は良くなりません。

◇若者の政治への意見や、課題を聞きたい
そこで子育て中のヤンママから20歳までの世代との意見交換を企画したいと思います。まずはネット上での意見交換の場を作って、皆さんの自宅からお気軽に意見を寄せていただきたいと考えています。またHPで告知しますので「こんな職場がいい。」「こんな行政サービスがいい。」「子育ての苦労話。」・・・等、楽しみながら意見を交換しましょう。
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2006年10月12日(木)

龍の描く群馬を語ることだ

吾妻を離れてから百日目に懐かしい選挙事務所のプレハブで旧友の後援会メンバーと再会した。今日は午後4時から高崎の真木病院さんの親睦コンペの表彰式に顔を出して、7時の東毛選対打ち合わせに戻る予定だった。夕方6時からの吾妻の同志が集まる事は承知していたが、前橋事務所から状況報告へ行く筈の市議会のメンバーが伊勢崎の座談会への出席になり、急遽私が行くことにした。7月1日の出発式以来のメンバーに会えるのは嬉しかった。そしてオンボロのプレハブ事務所に入ると懐かしい顔。今年87歳の私の後援会長は、力強く握手してくれた。このメンバーと3回の県議選挙をともにした。

榛名の山道を通りながら思い出した事がある。三度目の選挙のある夜、遊説終了の午後7時55分から5分間、誰も居ない家すら見えない吾妻の山道で街頭演説した。8時の街頭演説終了時間にマイクを切ると、真っ暗な山々から懐中電灯を振る光の輪が見える。別の暗闇からは、自家用車のライトが点灯を繰り返す。「聞いて居たぞ!社会の片隅でお前に期待しているぞ。」とのメッセージが聞こえてくるようだ。こんな幸福と期待を背負って我々地方議員が日々の政治活動をしている。

きっと出来合いの形式だけの選挙しか経験のない現職知事には味わった事のないことだろう。支持者がどんな困難の中で応援しているかも知らずに、自分が評価されたと思う人には絶対に味わえない幸福と責任感だ。

福島県知事の事件が多選の弊害であるかの質問に対して「毎回選挙で選ばれている。」と回答されていた。「選ばれた。」といえるほどの選挙だったとは思えない。とても候補者としての実績を検証された選挙ではなかった。現職が絶対優位である全県選挙である。新人が挑戦をする事が困難な選挙だからこそ、県民の思いを忖度して謙虚に行動するべき立場だ。

天下りの官僚に一兆円の予算と一万人の人事権を20年間与えれば、裸の王様の出来上がり。」と批判をするのはた易い。しかし成熟した群馬県民に龍は何を目指すのかを伝えるのは容易な事ではない。批判ではなく龍の描く郷土を伝える能力を磨くことを怠ってはならない。

伊勢崎での活動
http://www.yamaryu.net/pod/isesaki_2.m4v 約2.3MB

2006年10月13日(金)

現職立候補を表明

本日午後2時より記者会見を開き立候補を表明

・子育て環境整備
・社会的な弱者支援
・経済政策

の項目のみを語り、政策の詳細には言及せず。

記者よりの質問で私の冠する質問が2点されたとの事。
・はこ物行政と山本が批判しているが感想は?
「私は箱物よりもソフトを重視してきたので、指摘は誤りだ。」
・官僚的政治への批判があるが?
「官僚の定義があいまいだ。意味が解らない。」
と回答ありとの事。

会見でも、自己の今までの県政の方向の正しさを長々と説明したとの事。「執務に影響するから立候補表明はまだ先がいいといいながら、この時期の表明は相当焦っているようだ。」と会見に同席の方から感想が寄せられた。

マスコミ各紙記者からのコメントを求められたので、以下を私の見解として記します。

知事の立候補は、想定していたので驚きはない。私は今までと同じように群馬改革ビジョンを訴えていくだけだ。今後はお互いの活動や論戦などを通じて、県民に今までの県政を検証する機会にしたい。公開討論会なども求めていきたい。しかし、現職は県政方針などマニュフェストを明らかにしていない。これでは判断材料がない。残念だ。」

2006年10月15日(日)

公開討論しましょう。

多くの方から私が公開討論会要求を行った事への賛意を受けた。 褒められることではない、当然のスタンスだ。私はもともと7月1日の立候補表明の時も「今までの群馬県政を検証する為に・・・」と立候補の意味を語った。そして現職の対立軸となるべき主張を掲げた。 その対象である現職が立候補される事は私の初期の目的の一つは達成できる事になる。

最近やたらと私の主張への接近があるが、私が有権者に問いたい事は、このまま4年今の県政が続くことを選択するか否かです。 私は彼の16年間の県政運営自体への評価を有権者に求めるだけだ。

対抗馬である現職が、県政ビジョンを示さない事に寂しさを感じるが、これも想定された事だ。仕方ない。 現職の常套句は『よく考え抜いて、しかるべき時に決断します。』。実は思い込みと思いつきに囚われた思考の枠から出ることのない最終的判断を如何にも考え抜いたと印象付けるだけのフレーズ。

群馬県選挙管理委員会、上毛新聞をはじめとした報道機関、群馬テレビ、或いはリンカーン・フォーラムなどの中立団体の主催が望ましいが、現職の後援会主催でも結構です。「テレビ放送がないとでません。」などと私は断りませんから。

他にも常套句
『弱い人の為になろうと役人になった。』
『子供を育てるなら群馬県を実現するために』

これらが言葉だけの存在である事はわかる。その言葉が意味のなる言葉になるためには
→障害者負担分を県費負担する
→15歳までの医療費無料化をする。
と具体的な行動にでるべきではないか?こんな軽い言葉を発する首長では良いのかを問いたい。

『退職金の見直しを行う』との発言は、如何に行動で示すのだろう。自分で廃止を宣言すれば済むのに、報酬審議会の答申を受けて検討するとの事。早く、審議会を招集しないと任期が終わりますよ。

「多選禁止条例は・・・。自分で多選はしませんと宣言すればいい。」との言葉。そっくり返します。「自分は退職金は一切要りません。」と、2億円をお断りすればイイじゃない。

伊勢崎での活動
http://www.yamaryu.net/pod/isesaki_1.m4v 約1.7MB

2006年10月16日(月)

いよいよ玉村での街宣開始

昨晩、旧友が伊勢崎の宿舎に訪ねて来てくれた。議会の後輩であった彼と楽しい夕食を共有できた。

もともと酒に弱い私は、今日の朝の街頭活動の為に6時に起床するのが辛かった。ちょっと寒い朝、やっと起きる。そして予定の交差点に6人の仲間と立つ。7時20分から8時40分までの間に1000枚のチラシが消える。ほとんどの犬の散歩の人や通勤の人が貰ってくれる。以前の太田桐生では受け取り拒否があったがここではほとんどない。どうしてだろう?

午後は伊勢崎のロータリークラブでの昼食会、そして玉村町役場ヘ町長さん、議員さんへの表敬訪問。いよいよ玉村地区での街宣活動が今日から始まった。

玉村でも好調だ。スーパー街宣では買い物の人たちが立ち止まって聞いてくれている様子があちこちで見える。演説終了後、私へ握手を求める方々も増えた。確実に山本龍のやるべき方向性を理解されている方が増えたのだ。嬉しいが、もう10ヶ月しかない。今までの県政の実態を群馬県の全ての有権者に伝えきれるか。時間がない。喉が裂けても、靴底が破れてもみんなに今までの県政の実態を伝えていく。その結果を受け入れるだけだ。

中核市へ知事の権限、財源、人材をセットで移譲すべきだ。

玉村に入って気がつくが、ほとんど市域が前橋伊勢崎と隣接しているではないか。関東平野の自然境界が少ない地域はほとんど人為的な境界によって自治が分かれている。それは本来の住民生活や経済活動とは無縁の境界だ。

高崎榛名との合併も終わり、群馬県最大の人口の都市が生まれた。ここも紆余曲折があった。富士見玉村などの近隣市長村との合併が破談になった理由は「小寺県政が合併に消極的な態度を貫いたからだ。」と断言できる。さらには、この先、中核市を目指す都市への分権(財源・権限・人材)の一体移譲へ小寺県政が大きく舵を切ることはできないだろう。なぜなら権限を知事に集中させたい。という権力志向の県政運営だからだ。

一方私は、県の役割を限定して、市民生活の現場である市町村への分権論者だ。その結果、知事の権限が縮小される事を歓迎している。そして県央と両毛の2つの政令市が誕生すれば、群馬県は解体されることと同じになる。それは道州制が行われたとき、北関東での中心的な2つの都市が旧群馬県地方に存在することになり、北関東における都市ポテンシャルを維持できる唯一の方法ではないか。

もっともこの「道州制」に対しても、小寺知事は不可思議な発言を行っていたことを思い出した。「道州制の定義がわからない。」とのコメントが紙面に掲載されていた。意義が不明なら、ご自身の道州制への見識を表明された如何か?こういう形の道州制なら賛成。これでは反対と表明できないのか。

福島県のスキャンダル知事も道州制反対派だったが、権力を取り上げられる事への反対ではないか。自分を計算に入れない判断をするべきだ。退職金を一期5000万円積み上げるから、欲が出る。給料要らない、退職金もなしなら、自分の権限の分散も出来るのではないか。

2006年10月17日(火)

東京新聞群馬版より

今日の東京新聞に私の桐生みどりでの意見交換会の写真。驚きながら記事を読んだ。現職批判を私は行っていると評価されているようだが、批判だけではなく、キチンと「龍の県政ビジョン」を訴えているつもりだ。以下、記事引用。


『突出して早く、次期知事選への出馬を表明した山本龍前県議。「退職金は廃止。多選禁止条例をつくる」。七月一日の館林を皮切りに、太田、桐生、伊勢崎の各市で、「脱官僚知事」を合言葉に、街頭演説や意見交換会を次々と行っている。

繰り返される現職批判。県連の制止を振り切った前自民県議。先行する山本氏の存在は、他陣営に少なからず影響を与えている。自民県連の意向を無視した形となった山本氏だが、最近は「県連のしがらみは軽くなった。山本氏推薦で良いのではないかという県議もいる」(支援者)という。

知事選へ動きだせないのは民主党県連。政治資金収支報告書をめぐる一連の経理問題で、執行部と総支部代表が分裂。まともに会議も開けない状態が春から続く。

民主は党本部で、「現職首長推薦は三期まで」「自民との相乗りはしない」と規定。そうでなくとも県議会で小寺知事と対決姿勢を強めており、現職推薦はあり得ない。だが、それ以上の見通しは描けていない。党県連の黒沢孝行幹事長からは「今は知事選まで考えられる状況じゃない。目下のところ、最優先は参院選だ」と苦しい言葉が漏れる。

国政で自民と連立を組む公明党は「まったくの白紙」(福重隆浩県議)。候補者が出そろっていない現状では慎重な姿勢を維持せざるを得ない。過去四回の知事選で、実質的に独自候補を立てた共産党は、今回も擁立を目指す。

前回知事選で、清水聖義・太田市長の擁立を模索した市長会。各市長の名前がたびたび浮上するものの、今のところ出馬の意向を示す市長はいない。現在、県内十二市のうち、実に九市を県議出身の市長が占めている。今年四月の「ミニ統一選」では元自民県議の新市長が三人も誕生した。

清水市長は「ぐんま国際アカデミー」問題で小寺知事と真っ向から対立。地元県議が「前の知事選のときは、まだ良かった。今の関係は最悪だ」と嘆くほどだ。岡田義弘・安中市長は、独自の「多選自粛」条例案の市議会提出をめぐって、小寺知事といざこざがあった。

一方で、同じ県議出身でありながら高木政夫・前橋市長は、小寺知事を「一心同体」で積極的に支援。商工会議所など地元経済界も取り込み、知事のおひざ元の前橋市で作戦を練る。

前回知事選から一変した県政の構図。各党各勢力の思惑が絡み合い、その一挙一動が来夏の知事選を揺るがしかねない。 (この企画は石屋法道が担当しました)』
東京新聞群馬版より


2006年10月18日(水)

「もう勘弁してほしい。」との声

記者会見で呆れた。知事選については以下のような問答が。
記者:「マニフェスト等をこれから作られ、公表されるお考えはありますか?」
知事:「マニフェストっていうのはどういう定義なんですか?」

マニュフェストはマニュフェストじゃ。白々しい問答。しかし判らないのは、群馬県のHPネット動画配信を前提にこの問答を平気で行える、その精神構造だ。民意を超越しているのか、民意を馬鹿にしているのか。問題化しているフラワーパークの民間委託選定における内部告発メールにしても「議会で騒動しているこのメールを見ていない。」と平然と答える。議会で騒ごうがお構いなしで、選挙運動に没頭してるのか。年間たったの500通のメールを見ていない知事は県民の意見を受けようとする気持ちがあるのか。カッコ付けだけの公聴のメールボックスならやめたほうがイイ。投稿者に失礼だ。
 
それほど忙しいのか?年間500本なら、1日一本ちょっと。この山本龍だって1日20本にご意見にレスを返します。そんないいい加減な業務だから、副知事以来24年間も県政の執行を続けうる事ができるではないか。また4年、知事になりたいと立候補表明。いい加減な答弁といい加減な公聴、知事職がらくだから、28年も続けられるのでないでしょうか。

『多忙だとしても年間で500通程度のメールだったら、読む時間が取れないはずはないですよね。』とはりゅうじさんから頂いたコメントにある通りだ。
http://www.office-kitagawa.jp/ 北川前三重県知事
http://www.asanoshiro.org/ 浅野前宮城県知事
この二人のネットを見てほしい。こういうスタンスで県政を行っていれば、とっても体力がもちません。とても4期は出来ません。
 
「もう勘弁してほしい。」とは県民の大勢の意見だ。

2006年10月19日(木)

15歳までの医療費応援

朝からいきなり嬉しい記事が飛び込んできた。
私の主張する「格差解消」と「県民の暮らしを支える」を足したような政策を他の都道府県の政策として発見したのだ。『15歳までの医療費を県が応援する』とは私のマニュフェストの柱の一つである。この項目は、私のマニュフェスト制作段階で大きな議論になった。マニュフェストの項目化への反対意見は様々だ。

・市町村間の格差がある分野は、分権の流れの中で今後増大する。
・自治立法をみとめた結果 自治体間に差がでようが、それは民意である。
・県内の市町村間で小児医療費負担の形が多様である。
・財政的負担の予測が難しい。
・負担が少なければ、受診が促進され、余分な診療費用が発生する危惧がある。

しかし、考えた。医療とは生存権を左右する分野ではないか。天文台が要か不要かの議論とは違う。この生存権においては格差があった場合、その解消に群馬県が市町村間の格差解消を行う事は自治の精神に反しない。そして市町村間の格差が拡大する中で、生活上必須の費用である「医療費」の住所地による住民負担の格差を見過ごす事はできない。しかも医療費負担を求める市長村からの要望は私が議会在任中、何度も議会へ提出されていた。市長村要望を叶えることも私の大きな公約ではないか。さらに診療費増大については「家庭の負担分が多くて受診抑制が起こってもいいのか。」と私は反論する。色々悩みそして最後は公約の項目として取り入れた。

そして今日、この記事を見て、同様な政策を都道府県が行うと言う事実に私は安堵感を感じている。昨日も伊勢崎市における街頭演説でこの公約を発信したばかりだから余計だ。

勿論、現県政がこの政策を実行することを批判する気持ちはない。良い事は誰が行っても良き事だ。しかしこの事業を行う場合、必要となるであろう30億円(15歳までの医療費個人負担分の全額を補助した場合の龍の試算)の財源をどこで調達するかの選択に迫られる。
 
現職知事自身が、自らの無駄使いの「箱もの建設」で招いた県政財政の硬直化が、群馬県政の自由度を奪っている事を実感するだろう。他人の意見を聞くべきだったと後悔されるではないか。

・・・・・・・・・・・・以下記事・・・・・・・・・・・・・・・・・
小・中学生の医療費、都が助成 育児環境格差を解消へ
2006年10月19日09時16分
東京都は、小・中学生の医療費の一部を独自に助成する新制度を導入する方針を18日、固めた。小学校入学前の乳幼児を対象にした医療費助成は全国的に進んでいるが、小・中学生の通院・入院とも対象にするのは、都道府県レベルでは全国で初めて。助成額を底上げすることで少子化対策を充実させ、区市町村ごとに異なる子育て環境の格差も是正するのが狙い。来年度から導入する見通しで、年間経費は30億円弱になるとみられる。

都の現状では、3歳未満の場合、医療費のうち本来は自己負担になる2割分を、3歳以上で小学校入学までは3割分を、都と区市町村が全額助成している。しかし、小学校入学後は都などの助成がなくなり、全体の3割に当たる自己負担が生じている。このため、一部の区市町村は独自の制度で中学卒業までは自己負担分を助成しているが、住む区市町村で負担額が大きく違うのは不公平だとの声も出ていた。

都の新制度では、小・中学生の医療費で自己負担となる3割分のうち1割分を都と区市町村で半額ずつ助成する。国の児童手当に準じて所得制限を設ける見通しで、サラリーマン世帯の場合、年収860万円未満の世帯が助成対象となる見込み。都内に約85万人いる小・中学生のうち、8割前後が対象になるとみられる。

国は少子化対策の一環で、小学校入学前の自己負担相当額を、08年度から一律2割にそろえる方針で、その場合は都と区市町村の負担が約25億円減る。これを新制度の原資に回し、中学卒業まで自己負担を2割に抑える考えだ。

全国的に見ると、都道府県が医療費を助成する対象は、入院費では小学校入学までとしているのがほとんどだが、通院費では小学校入学まで助成しているのは約4割にとどまっている。都の新制度は入院・通院を問わず、中学生まで対象にしている。

都は新制度で、助成額の拡充によって出産や子育てのしやすい環境を整え、子育て家庭の定住を促したいとしている。
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大型遊説カー

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ヤマト運輸が使っているトヨタのウォークスルートラックを改造した遊説カーがアンプ修理の為に吾妻の電装店へ戻っていった。3ヶ月休みなくこき使われれば車もアンプシステムも壊れるはずです。代わりに日頃は、私の滞在している地区以外を流している大型遊説カーが伊勢崎に入ってきた。

大型遊説車の後部バルコニーで1日立って手を振る。街頭では停車して、屋根の上で演説する。つまり一日中揺れる車に乗っている訳だ。聞いている人が三々五々と公園にいる。走っていって握手。同志スタッフがあの角で聞いていた人がいると言えば、また駆け出して握手。ふくらはぎがパンパン。

スピーカーも1600W。これはびっくりする大音量です。お陰で、アンプ操作のスタッフを一人貼り付けることに。まさにじゃじゃ馬の車です。でも喉が痛まない話し方で充分、声が届きますので喉の痛みは楽になりました。

2006年10月20日(金)

県庁イベントで拉致被害者救援活動

群馬県にも北朝鮮による拉致被害者がおられることをご存知でしたか。明日からの収穫感謝祭において賑やかな県庁前広場の一角で北朝鮮による拉致被害者救出活動が「群馬救う会」主催「群馬県議会拉致問題解決促進議連」共催で行われます。ブースの位置は県庁舎本館出口の横、喫茶店G FACEの横です。

明日からの土日(10月21日~22日 午前10時~午後3時)、今年も県庁県民広場・県民ホールで【収穫感謝祭】が開かれます。県内産の農林水産物の展示販売をはじめ、乗馬体験コーナー、NHK「どーもくん!ファミリーステージ」、超速戦士G-FIVEショー&握手会、わら細工・まんじゅうづくり体験、学校給食が食べられる ・・など、多彩なイベントが展開されるようです。

詳細は以下ご覧下さい
http://www.pref.gunma.jp/cts/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=24051

既に新聞各紙(県内全紙だそうです)の群馬県版に記事が出たようですが、詳細は以下に
群馬ボランティアの会』HPより
http://sukuukaigunma.syuriken.jp/report/raise.html

以上ご案内でした。
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政治的なスタンスでは、県の主催イベントを県庁前に特化して行う事には反対ですし、県庁職員が休日出勤を代休で手当てしている方式にも反対の立場です。しかし、元拉致議連事務局の立場ではアナウンスをしたいので論理矛盾でスイマセン。

それにしても県庁広場の立派な事。「県庁の前が中古車屋のようではみっともない。」との県庁幹部のコメントが新聞に載っていたとおり、確かに素晴らしいです。芝生広場のお陰で作った立体駐車場。建設費は60億円。恐ろしい無駄。
これまた恐ろしい3億円の「モニュメント21」。むしろイベントには邪魔のような感じがします。21世紀に生まれた子供の氏名を刻む約束が果たせないなら止めましょう。来年で建設終了しましょう。
民間主催イベントに場所貸しに徹するべきではなかいか。県主催なら全県の均一的な開催が望ましいし、本気でやってる職員がかわいそう。ソロソロ催しもの行政をスクラップしましょう。金日成広場のマスゲーム。ひな壇から見下ろす北朝鮮のお偉いさん。どこか連想してしまいます。

2006年10月21日(土)

自民党吾妻支部よりの推薦決定について

私の生まれ故郷であり、政治の恩師である小渕恵三総理を輩出し、小渕優子山本一太両議員を支える自民党吾妻郡支部から、知事選挙における推薦を頂きました。

7月1日の立候補表明以来、多くの方々から支援や応援を頂いてまいりました。その中での今回の推薦はとりわけ私の11年間の県議会議員としての政治活動を評価された事と考えると、心に迫るものがあります。

支部長はじめ関係各位に感謝申し上げます。

明日は3マス戻り

群馬キャラバンのスゴロク、明日は桐生太田館林と今までの3ステージで街頭活動を行う。

伊勢崎地区での街宣も一段落した。そして次の沼田ステージからは、東毛地区への活動の制約がある理由から、ここで一回、スゴロクの駒を3つ戻してみようとの戦術的な考えからだ。このような試行錯誤を経て、戦術的な精度を高めていこう。

完璧な戦術などあるはずはない。人の心は一人一人違う。その一人ひとりの心にどれだけ触れるか。私のやるべき最高の戦術はそれだけだ。

桐生市での街宣の様子

2006年10月24日(火)

納得して納税する政治

肌寒い、今朝。大粒の雨雫が宿舎の窓ガラスを這って流れる。今日は、朝の遊説がない日です。その代わりに早朝の職場訪問があった。

今まで数名の自治体職員が派遣されていたその職場の経営者は、「完全民営化になった今、施設利用する方々への負担も減らす事ができ、また利益を上げる体制になった。」「公務の高コスト体質を、派遣職員の消滅によって解消できた。」と語る。

毎日が勉強になる。このキャラバンが選挙活動ではなく、県政運営への県民意見を聞き、知るためのキャラバンだと私は語った事がるが、そのとおりだ。

1日500人の方と触れ合う、そして500人の方へ私の行動の様を見てもらえる。つまり1日1000人の方へ「あれが龍か。」と記憶してもらえる活動をしている。その一歩一歩が既に3ヵ月半終わった。確実に私は進化している。この調子だ。ホップステップではない、一歩一歩で充分だ。

愛県債の販売も順調のようだ。しかし、国債よりも利回りの高い債権では順調が当たり前だ。私はこの債は国債よりの低利で、再発行の目的事業を評価賛同をいただいた県民の方が、目的実現の応援に債を購入する仕組み、さらには購入するか否かの態度表明でその事業への賛意を確認できる仕組みに変えるべきと考えている。つまり簡単に言えば国債金利との利回り分をその事業へ寄付すると言うことだ。寄付をもらえる事業か否か。明白になる。どこかの自治体で汚れた沼を買い取って浄化し住民の公園化にするための国債より低利の債を発行した。完売だったと聞く。ここに住民の納得を感じる。

なぜ納税者は税を支払いたくないのか。納税の先の支出への納得がないからだ。その理由は、額に汗して納めた税金が、誰にも歓迎されない無駄に浪費されるからだ。知事の退職金や昆虫の森の建設費の為に納税をするはずは無い。

100年以上前に、上州安中藩の藩士、新島襄は徳川幕府のおきてを破ってアメリカ合衆国に渡り、学問を学んだ。そしていよいよ帰国の前日、ボストンの講堂で別れの挨拶を行いました。その演説の最後に、新島は言った。「日本の貧しい人々の為に大学を作りたい、寄付を頂けれるようにお願い致します。」と。すると演壇にいたワシントンの市長や実業家が1000ドル2000ドルと寄付を申し出た。そして新島が演壇を降りると、一人の年老いた夫人が、2ドルに硬貨を差し出しながらこう言った。「これが私の全てです。北部の村へ帰る汽車賃です。でも私には、幸いにして歩いて帰れる元気な足があります。日本の子供たちの為に恥ずかしいくらい僅かですが、これを使ってください。」

政治がただしいことに税を使えば、納税は幸福になる。納得できる政治とはこのような政治です。 この政治を実現する手段こそが「群馬維新」です。

この意味ではけして納得が得られているとは言えないが、やらねばならない事もある。私は伊勢崎太田などの外国人居住者が多い地域で感じた事がある。群馬県が行っている外国人の未払い医療費の県費立替事業だ。ここの地域に住む医療不安を感じる外国の方々への人道的な応援をするこの制度は、けして納税者全体の納得を得られるものではないだろう。でも社会全体を支える、医療費の不安ゆえに犯罪へ走る方がいる。社会を守る維持する政策としては必要なことだろう。

色々な出会いから、色々なことを学ぶ。本当に楽しい、充実の日々だ。

2006年10月25日(水)

教育の多様性

http://zenyachu.sakura.ne.jp/
全国夜間中学研究大会の案内です。

この大会への後援をしないのは、関東1都6県で唯一、群馬県だけだとの意見が以下のようにあった。『資金を頼んだり人的応援を頼むわけでもないのに拒否されたのだそうです。知事までいかなくても、窓口の担当者は何を考えているのでしょうか。(太田の学校のことで、かかわりたくない、というような心境なのか?)』

残念ながら、私は議員職ではなく、この真偽を確認できないが、事実であればどうして群馬県は、後援を拒否したのかを知りたいと思う。

『夜間中学のことは映画「学校Ⅰ」で知りました。ドキュメンタリー映画「こんばんわ」を前橋の仲間で見るという企画に参加しさらに「必要」を感じました。義務教育を受けられなかった老人が楽しそうに読み書きを勉強している。不登校、うつ病だった15才が夜間中学の歳の違う仲間とかかわることで、1年がかりで元気をとりもどした。そういう映画を見ていて涙が出てきました。』と続く。

教育の多様性の中で、夜間高校が多くの方々へ就学の機会を提供していると私は感謝している。しかも最近は、経済的な問題以外に高年齢者の学び直しの場などの面もある。県教委が広い視野で活動される事を祈っている。

P.S トップページにて告知したように後援会事務所を2箇所開設いたします。お出かけください。

伊勢崎での街宣の様子

2006年10月27日(金)

4JC合同例会と政令市

熱戦の日本シリーズを制し、日本ハムファイターズがプロ野球日本一を決めました!地方が元気になる。スポーツがこんなにもその土地の人々を励ましている様を見るのは嬉しい事です。

昨日、伊勢崎で行われた、「前橋・高崎・藤岡・伊勢崎4JC合同例会」において講演された池田弘さん(アルビレックス新潟社長)、荻原健司さん、小川裕子さん(だんべ踊り企画部長)、六本木信行さん(環境ネット21代表)、亀田慎也(JC理事長)がそれぞれ発言した内容に共通するものです。「都市のブランド力が人を引き寄せ、地域を作っていく。地域づくりは人づくりだ。」と言葉です。よさこいソーラン祭りがサッカーチーム・コンサドーレ札幌を生み、そして日本ハムファイターズを生み出した。と発言がありました。その通りだと考えます。

昨晩の合同例会は「奇跡を起こす都市となれ」との看板が舞台に掲げられていました。つまりは4市合併で政令市を造る事を研究する集会でした。「単純に4つの市の枠がなくなるだけでは意味がない。4つの都市が個性を伸ばしそして融合する。」とのJCメンバーの基調発言は意味が深いものです。

「北関東と新潟・長野・福島の中心都市として群馬の都市がなれるポテンシャルを持っている。」とは総合司会の藻谷浩介さん(日本政策銀行参事)の言葉です。「政令市になった新潟以上の力を群馬県央の4市は持っています。」と発言していた。

私自身の公約にある「【県央+本庄】、【両毛6市】の政令市構想を支持します。」との項目は、彼ら青年の20年後を思う活動に触発されたものであり、また道州制が近い将来実施された場合、群馬地方の地域ポテンシャルを発揮するという意味で責任ある政治としては当然のものです。

この講演を聴いて私の方向性が正しかった事を実感する。

2006年10月30日(月)

心は右肩上がり

書く事がないから、スレッドを書かないのではなく、たくさんの出会いや活動を行って、どれも書きたい、報告したいとの気持ちでパソコンへ向かっても、タイプできない。そんな毎日です。

SNSやメルマガ、グループメール、そしてHPのメールからの読者の意見や質問など、やるべき事が山積みで、時間が足りなくなってきたのも事実です。しかも毎朝の7時からの交差点辻立ちで、深夜の作業はなるべく避ける事にしている。この数ヶ月、宿舎の部屋のテレビは朝の天気予報だけだ。

栄養ドリンクの差し入れが消費される量に私と同行スタッフの仲間たちの体力のバロメーターが表れている。しかし気力は充実。これだけは右肩上がりだ。昨日の街宣応援参加の仲間は35人。オレンジ軍団と行き交う人の激励が励ましになる。

やるべき事をやるために戦っている。

普通の活動日

◇朝は街頭演説、そしてその間スタッフはチラシ配り。伊勢崎ではこの朝の一時間で1000枚のチラシを配れる。ほとんどの方がチラシを受け取ってくれる。交差点では最低4人。5差路では五人のスタッフが必要だ。毎朝、7時に交差点に集合してくれる仲間がいる。こんな素晴らしい事はない。さらにその思いを受け取ってくれる市民の皆さんへも感謝。

◇そして今日は市内の2つの団体のバス旅行の出発を見送る。同級生の情報でこの伊勢崎滞在中何と28件の旅行に見送りへ出かけた。出発前に、バスに乗り込んでガイドさん見たいにちょっと挨拶。一遍に2団体のときは、急遽、妻を呼んで手分けで挨拶。1500人の方へ短い言葉だが龍の主張を伝えられた。

◇そして幾つかの新興住宅を訪問。

◇夕方は派いつもの街頭演説。応援に来てくれる妹から、今日の街頭演説の内容の評価が来ます。かなり厳しい内容。「大きな声の演説が心へ届くのではない。」反省します。馨子ありがとう。なるほど感心します。そして次の機会に修正します。これを繰り返して私の演説の精度を上げて来ました。第三者の意見が重要です。

◇夜は2組の来客

◇そして10時に宿舎。明日の演説原稿書きをします。伊勢崎の仲間からの連絡では300人ほどの来場があるようです。妹の意見を加えて草稿書きをします。

沼田の同志への連絡もしなくては・・・・・。

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