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2006年09月 アーカイブ

2006年09月02日(土)

桐生ステージ開始

荷解き完了。
なんと高校の同級生が勤める会社が経営のホテルだった。社員割引で助かった。荷物が増えたので、ビジネスホテルの面積では倉庫状態ですね。さらにプリンターをおくスペースに苦労しました。でもさすがにビジネス用だけあって一階ロビーにはファクスもコピー機も完備。助かります。

昨日桐生市役所へ挨拶。一階の壁面に桐生市の航空写真が掛けてありました。家がビッシリ。しかも北側の山へ向かって谷沿いに集落が続く。以前、選挙応援で遊説カーに乗って桐生市を廻った記憶がうかぶ。きつい坂道が結構あったな~。

気力は充実だが、体力が下降中。腿からふくらはぎまで、かなり張りが出てきた。この桐生みどりステージ中に一回休憩が必要だろう。

2006年09月04日(月)

私との対立軸を解消する事が現職5選への必須条件

◇桐生での活動4日目。
エンジンが掛かってきた。この二日間で延べ2000軒の訪問が出来た。しかも、何人もの友人と出会うことが出来た。これからは仲間の密度が大きくなる。大勢の方と会えば会うほど色々な考えを知る。無関心を通り越して、選挙への拒否を鮮明にする方々がいる。
信じられない。
政治家は悪党だ。
との意見も頂いた。

我々は、こんな感想をもたれていることを実感すべきだと思った。今までの政治が全て不信を生んだとは思わない。「国政は我々庶民を見捨てている。」と彼らは言う。小泉さんのいう「格差はあって当然」と言う発言は、格差の痛みを感じている人たちにとっては
「見捨てられたと思える発言だたっと感じている。」と私はこのブログに記した。『格差を埋めるのが政治の機能』とも記した。その機能を私の県政では発揮していきたい。

たとえば
国民健康保険の滞納によって医療を受けられない時代になった。保険の財政の仕組みでは、滞納者が増えれば、納入をしている加入者にとっても、保険料の増額によって不利益を受ける。

受けられる医療のサービスが資力によってランク分けされるとすれば、いまや命も金次第となった。この格差をなくすための国民皆保険制度ではなかったか?太田や館林における訪問先での意見にも「財布と相談して医療を決める」苦悩を聞かされることが多かった。県立病院の診療費未納問題も深刻だが、県立病院がデポジットを要求することにはならない。未納の問題はそれだけ困窮する病人が多いと言うことなのだ。ならば未収金の回収よりも、無保険や高額医療費への支援充実を考えるべきなのだろう。

残念ながら中央政府にはその意思はない。そして「患者を切り捨てる」カード以外はない。だからこそ住民の現場にある我々地方が、無駄を廃し、県民の命を守る業務に徹するのだ。

そしてもう一点。
無年金、無保険者が激増する社会になる。これは社会保険庁や厚生労働省が如何に対策を立てようが、止めようも無い事実なのだ。フリーター、ニートやパラサイトの増加がそれを後押しする。1つのジェネレーションで群馬の高齢者の半分近くが無年金、あるいは無保険になるだろう。

『群馬の子供から「昆虫の森」によってファーブル博士のような自然科学者が生まれる。』
と知事は言うが、一人のファーブルの影に100人のフリーターを生む政治は、私の政治ではない。よく県政の実態を見るべきだ。

◇現職のエンジンが掛かった。
吾妻郡の1000人集会のチラシが知人からファクスされてきた。「小寺さんのよもやま話をきいて交流しましょう。」とある。堅くなく和やかな文句です。私の娘の父兄会の県庁見学に知事が出てきて「教育問題懇談会」とのチラシもファクスされた。結構なことだ。どんどん県民の暮らしの中に入りこんで意見を聞くべきです。私は、これらの活動を歓迎したい。笑顔で参加者が何を県政に求めているかを一生懸命考えて話す。政治の義務を果たすべきだ。
「昆虫の森で勉強してファーブルを目指せ。」などと言ってはイケマセン。
・県内学区の廃止。遠距離通学への支援
・吾妻4高校の未来像
・就職の専門性確保、
・大学進学への奨学生制度=上毛学舎のあり方再検討
・小規模校への部活指導者派遣制度
・不登校、学習格差是正策
・通学路の交通安全、防犯対策
などを語るべきです。

「転校を繰り返した少年時代の思い出」を語る場ではありません。「弱い人のために役人を選んだ。」というセリフはご法度です。『県民の今の課題を放置して30年後のファーブルはないだろう?』と私は聞いたことが在りましたね。「人はパンのみで生きるにあらず。」と答えましたね。足を棒のように引きずってパンを探す人にそのセリフを言えますか?

県民の暮らしを知り、県民の痛みを和らげる手段を示すべきです。そうしてください。自分の夢想によって置き去りにされている人に謝罪してください。そこから貴方の5選へのステップは始まるのです。どんどん意見を聞いてください。家賃ただの知事公舎に暮らし、退職金2億円であることへの感想を聞いてください。

そして、「議員が本会議や委員会で発言していた事は、こういうことだったのか。」と判って下さい。山本龍の掲げる政治を行うことが現職5選への必須条件であることがわかるでしょう。

2006年09月07日(木)

皇孫殿下御誕生を祝して


本日、秋篠宮両殿下の間に、親王が御誕生されました。

まことにお喜ばしい限りです。

親王殿下のお健やかなご成長を心から祈念いたします

「追及しない。処分はしない。返金しない。」宣言の知事に、残預金の使途を考える資格は無い。

知事記者会見を群馬県HPで読んだ。シバラクぶりの記者会見であった。さてその中で公費支出改革資金残余金の取り扱いについて、記者質問へ答える形で知事が発言していた。

「残預金の使途は、前々から思っていたことなんです。ですから、そういういいアイデアが浮かんだときに大方の出していただいた方、本来出していただいた方のお金ですから、そういう方々の気持ちも忖度(そんたく)して、そして県民も納得するようなかたちで、使いたい。」旨で答えていたが、彼にその資格があるのだろうか。その残金がどこで管理されているかを副知事へ聞いたようだ。何も知らないのだと感じた。

私の記憶ではこの残余金が生まれた経過は以下である。
<1995年96年度の2ヵ年で7億1700万円のカラ出張による裏金を飲食、民間団体からの招待時の会費、残業時の夜食代、残業代、備品の購入に当てた事が発覚したのは私の当選直後のことだ。県政を揺るがした問題を知事は『処分しない。返還しない。』宣言を行った。その際、高山副知事が音頭をとって自主的にカンパを集めて返還することになった。そして集まったカンパ金で返還した後にまだ余った残金3億円余が総務部の管理下で9年眠っている。>

私は、この『処分しない。返還しない。』の知事の対応は今後の選挙戦において検証されるべき問題であると考え、昨年度この残預金問題をはじめて委員会で質問した。その際の答弁では「詳細な答弁は出来ない。」と消極的な対応だったが、小野里委員長の計らいでその残金のある通帳のコピーを確認することが出来た。

さらに「災害時のカンパなどに使う。」との趣旨で保管していたのではないか。だから私は委員会質問で「中越地震などへの対応をするべきではなかったか?」との質問した。中越地震や豪雪災害の際も多くの民間ボランティアが手弁当で現地での活動をおこなった。その際の輸送手段のバスも予算が無く便数を制限、多くのボランティアが参加申し込みを断られた事例もある。充分に残余金を使う大儀があったと考えている。使う気がないのではないかとも思える。忘れてしまったのはないかとも思える。

「仮に使う機会を逸しているのでしたら返金も検討するべき」と最後に要望した。カンパと言ってもごく少数の匿名者以外はカンパ金額とカンパ者の名簿があるのではないか?カラ出張による裏金の残預金はカンパ金額比率で返金した方が納得できると考える。そもそも、サービス残業への保障機能を目的の一部にして行われた裏金作りなのだから、残業への対価を支払うことからはじめるべきだ。休日出勤手当てを代休で遣り繰りしながらの休日のイベントはナンセンスだ。

とにかくカラ出張の問題が発覚した際、「追及しない。処分はしない。返金しない。」宣言の知事に、残預金の使途を考える資格は無い。

2006年09月10日(日)

「ひもじさに泣く子にパンを探す政治」を

最近の新聞報道では、知事の今ある課題解決の政策重点化シフトが行われている事を示す記事が溢れている。

自民党要望へ満額予算付け(除く:群馬国際アカデミー)
不登校問題対策、
小児緊急救命NICUへの県が全額補助、
子育て支援活動民団体へ30万円補助、・・・
企業誘致へ好条件の貸付金

見事に、私のマニュフェストの上塗りです。でも結構な事であると思います。

知事は『他県のような工場がくれば「100億円差し上げます。」のように企業に飴を与えるやり方はしない。図書館や昆虫の森など整えれば自然と来る。』と言っていた。その高尚な考えはどうなったのでしょう?「誘致企業へのインセンティブを与るべし。」との多くの議員質問に不要論を展開してきた知事の政策とは思えません。

NPOや民間団体への助成もまた思いつきと感じる。クリーンアップ作戦のように尻すぼみにならないでしょうか?

桐生のコンビニで買った地域新聞「桐生タイムズ」で「桐生の小児緊急ベッドを全額県が助成。」との記事を見ました。この異例な予算付けの理由を県幹部は「政治的判断だ。」と回答しています。政治的判断とはなんでしょうか?

さらに今日も上毛新聞に記事
「敬老祝いを200人から5000人まで拡大して県職員が慶祝状と記念品の座布団などのカタログをもって訪問」。自分の氏名が墨書された感謝状を5000枚もおみやげ付きで職員に配布させる内容。どうせ秋の群馬県功労賞も一機に対象者人数を増やすつもりでしょう。座布団より、災害時の老人や障害者の避難対策を考えるべきです。

感謝状バラマキは反対だが、不登校や、緊急救命の拡充など緊急課題への対応は賛成だ。多くの政策が私と現職との対立軸をなくす手法であることは承知しながらも、今まで一顧だにしなかった私の「ひもじさに泣く子にパンを探す政治」への歩み寄りを歓迎している。わがマニュフェストの多くを実行してくださることは有難い。
ついでに
「県庁前のモニュメント中止。」
「知事公舎を売り払い。」
「退職金を廃止。」
「3期までの多選禁止条例を議会上程。」
も続くのではないでしょうか。

さて、11年間、私の「今の課題を放置して、30年後のファーブル博士を生みたい、との理由で昆虫の森建設はおかしい。」との指摘に、知事は「パンのみで生きるにあらず。」「今の問題や課題解決よりも未来を見て仕事をしている。」と回答してきたものだ。納得しないまま心の隅では知事の今の民意に迎合しない高尚な哲学的頑固さを畏敬してきた。

ところが今は、畏敬どころか笑っている。「なんだ、所詮は選挙と言う民意目当ての政策転換ではないか。」と。簡単に転換できる軽い哲学であるなら、議会質問への頑なな回答はしない方が良かった。あの答弁の頑迷さは何が生んだのだろう。

50万票の支持を得た民主的代表としての尊厳からだろうか?

しかし一方議会も別の形の民主的代表機関ではなかったのか。しかも議会は多様な民意の代表者がそれぞれの立場で討論を行い、さらに合意を得る場だ。そこでの合意はけして首長が切り捨てても良いものではないだろう。緊張と尊重の関係ではなかったのか。

そこで以下に引用致します。これは平成17年9月議会での一般質問の一部です。



「知事の目指す『住民直結型県政=予算審議機能限定の対立型議会』に対して、山本龍の目指す県政は、『市町村バックアップ型県政=シンクタンク型・調和型議会』であります。知事の「住民直結型」県政は一体どの部分の住民と直結しているというのだろうか? 「住民直結」で「民意を吸い上げる」といいながら実際は知事に好都合な意見に偏り、政策実行にばらつきが生まれているのではないかと思われるのです。」

 
知事が緊張と尊重の関係である一方の民主機関を卑小化した結果が今日の県政のバタバタ感に繋がるのだ。車輪の左右の大きさが異なり、一方の車輪だけが巨大になれば車は思うようには走れない。(県民幸福を最大化する。)との目標へは辿り着けない。

一方が小さくなって弱くなれば好都合と思う政治は独裁者の政治だ。自治法では「抑制と均衡をはかりつつ両輪として地方自治を推進するもの。」と予定されているのです。だからこそ、自己抑制し緊張関係にある他方を尊重することが必要だと確信している。

*表題の言葉は、F議員の本会議での発言

2006年09月11日(月)

こんな活動を応援したい&9/11

◇本当の昆虫の森
昨日はがんばって歩き過ぎたのか、ふくらはぎが痛い。県内各地から、20人の仲間がボランティアで私の行脚の付き合いをしてくれた。事務局からの「日曜日に龍と一緒に歩きませんか?」との案内に応じてくれた方々だ。仲間が来れば、本人がのんびり休憩ともいかない。本気で歩いてしまった。そして今朝は、少々痛いという訳だ。

朝、街頭の交差点へ行かなくてはと思いつつ、テレビで天気予報を見ようと点けた。なんと桐生の方の取り組みをNHKが放送しているではないか。桐生の「小池文司さん」という人(60歳くらいの農家の方か)が、「昆虫王国をつくろうということで、ここ何年か、土地を整備して昆虫が生息しやすい環境をつくっている。そして大勢の子供達をそこにこさせて、親子みんなで昆虫とりのたのしさ等、自然と触れ合う喜びを与えている。本人も、子供達が自然とふれあい発見し、その顔をみることで、自分も学ぶことがある。」といっていた。セミの脱皮もみんなで観察して、参加した女の子が声明の神秘ときれいだったという感想をのべていた。昆虫の森とかいうインチキ人工物でない、本物の昆虫とのふれあいと親子のふれあい、自然とのふれあいを通じた情操教育がそこにあった。

私は桐生にいる。調べてたずねてみよう。そんな個人の試みを応援することこそ 大切だと思いました。沖縄の蝶を飛び暮らす温室の暖房代はじめ数億円の維持費のかかる昆虫の森の予算の万分の一でいい。応援していければと願う。

◇9月11日
まだブッシュさんはわからないようだ。これは「貧困との戦争」「他国の文化への不遜への怒りとの戦争」なのだ。ミサイルや高性能爆弾を打ち込んでも勝利などできない。このテロが発生した5年前、私はこの戦いは国家間戦争でなく新しい形の戦争だと書いた。もっともゴア支持だった私と妻は、最初からブッシュ政権のエネルギー戦略とのリンクを感じていたが、イラクまでくれば、どうせイランまで侵食したいのであろう。
昔の日記が今、リンク切れで皆さんへお見せ出来ない状態ですが、ブッシュ対ゴアの大統領選挙時の日記。そして内戦状態で国民が苦しむアフガニスタン国民の貧困への無関心が、突然ラディン探しでタリバン政権打倒へ急展開で「アフガンへ自由と安定を」と言い出したいい加減さを訴えた日記は、再読して、今の現実を言い当てている。

2006年09月14日(木)

両毛線桐生駅

高崎で狩猟免許の講習会があり、初めて桐生駅から両毛線に乗車した。桐生駅では反対のホームにわたらせ渓谷鐵道のディーゼル車両が停車中で覗き込んでみた。桐生から大間々駅行きのこの車両には2人のご婦人の乗客がいた。お二人に鉄路の問題を尋ねてみたが、この路線のおかげで生活できるとの話だ。運転手さんへも話をきいた。東武電車との乗り入れの可能性、観光客用の売り方など勉強に成った。

そして高崎で講習会終了後、友人の会社を訪問した。このブログで私の桐生での活動を見ているとの事。誰が見てくれているか判らないブログを友人が見てくれていた。そして桐生での活動を応援してくれている事を知った。励みになった。

さてそのままちょっと前橋事務所に顔を出して、スタッフへお礼。奥の部屋で仲間の大男3人が大きな手で新聞を折ったり、車のダッシュボードに置く「龍マーク」をラミネート加工していた。

一方、高崎の友人からは、勝手連の趣意書が届いていた。「無理せず、強制もせず、龍の仲間の輪を広げていく。」と書かれていた。

こんな仲間の励ましや期待にこたえられる私であるように明日から汗を流そう。

2006年09月16日(土)

ドクターヘリを提案する

◇素晴らしい情報を報告したい。
これらの取り組みを緊急に群馬県政治の責任者は検討するべきだ。既に前橋日赤病院には緊急救命の施設があるという、この拡充と新たなドクターヘリ運行経費を捻出すれば現実性は高いのではないか。


「長崎県は来る12月1日から九州で2番目の「ドクターヘリ」を導入する。救急専門医と看護師が乗って救急現場へ飛び、その場で重症患者の治療を行い、救命率向上と後遺症の軽減をはかるのが狙い。導入を前に、県は各消防本部や医療機関と新たな救急救命態勢づくりを進めている。

ドクターヘリは、消防本部の出動要請から2~3分で飛び立ち、現場到着から医療機関に搬送するまでの間、患者を治療する「空飛ぶ救命室」。県の医療政策課は「これまで離島と本土の間で患者搬送に当たってきた自衛隊ヘリや県防災ヘリに対し、ドクターヘリは患者搬送中に医療行為のできる点が根本的に異なる」と力を込める。

県は救急隊や病院との連携強化をはかるため、これまで6ヵ所で説明会を開いたほか、11月から1ヵ月間、ドクターヘリを使った訓練を実施する。また出動基準を示すマニュアルを作成する一方、各市町で離着陸場の調査を進めている。

ドクターヘリは2001年に運航がはじまり、今日まで全国10ヵ所の病院が導入しているので、長崎県は11番目だが、県が運営主体になるのは初めて。県内で唯一救命救急センターがある国立長崎医療センター(大村市)に待機し、救急の必要が生じたときは最も遠い対馬で60分、五島や壱岐で30分、本土は20分以内に医師が現場に到着できる。運用は昼間に限られる。

運用費は年間約1億7千万円。国と県で折半し、機材と操縦士などのスタッフは県と委託契約したヘリコプター事業会社が派遣する。

長崎県は「ドクターヘリの導入は、救急医療に携わる専門医らが強く求めてきた。県立病院の経営移譲などで浮いた経費を、新規のドクターヘリ事業に充てた」としている。(長崎新聞、2006年9月8日付より要約)                        」
http://www.medianetjapan.com/2/town/government/airrescue/index.html


県民の暮らしを守る県政であり、知事であるのだから、それが誰の発言であれ意を汲むべきだろう。その実現が私との対立軸を埋めるという政治的意図であろうと歓迎する。問題はその実現のための余裕財源を彼自身が「昆虫の森」で使い果たしている事だ。是非ともその問題解決への道も示してほしい。

年間何万人の参観者があると説明していたのだろうか?
この予測をはるかに下回る参観者に、以下に釈明するのだろうか?
新里の農産物が売れると地元説明会では発言していたようだが、その成果があったのか?

いい加減な思いつきで納税者のお金を浪費した責任者が如何なる責任をとるか見せてほしい。

現職の強み・挑戦者の覚悟

知事選挙に向けての現職への推薦団体が相次ぐ。
致し方ない事だと思う。この現職の強みを承知して我々は県政改革への挑戦を決意したのだから愚痴は言うまい。ただ、出来れば政策提案や政策協議などで立候補予定者へのヒヤリングを行った後に推薦の可否を決定してほしいとは思う。

我々は比較すれば脆弱な運動体であることは覚悟している。でもそこには改革の熱意が充満している。知事公舎を解体する日は、きっと数百人の仲間がハンマーを持ってボランティアに来るはずだ。「不要で、権威の温床である知事公舎解体」は我々の最初の仕事になるはずだ。東西ベルリンの壁を叩くツルハシとハンマーが国旗にあったことはなんと象徴的なことか。

自分が大事な人間には他人を思いやる気持ちは無い。人々の暮らしの中を歩けば、家賃無料の屋敷に高級セダンの車など恥ずかしくて辞退するのが当り前。

団体の推薦記事を見ても胃なんか痛くないです。悩んだ時は、余分に歩きます。今日も商店のだんなさん、ケーキ屋の奥さん、そして農機具さんと鉄工所の親父さんが 激励の言葉をくれました。足取りが軽くなるのを感じます。うれしいですね。こういう激励がうれしい。頑張り過ぎて桐生市を通り越して笠懸まで踏み込んでしまった。でも足利市で間違ったときは困ったが、どこでも群馬県。

群馬国際アカデミー問題、いまだ未解決

群馬国際アカデミー問題での議会協議の場に知事欠席との記事
本会議で説明するらしいが、議案説明はで不可能だから如何に論理的な理由をつけるのだろう。議会が調査のために知事の出席を求める協議に欠席する事は議会への説明責任の放棄だろう。もういい加減にしてほしい。「私学の学校へ私学助成が交付される。」だから学校経営シュミレーションを組み立てのだから、その資金がなくなってバタバタするのは当然。そういう事務的な積み上げがあった事実を認めて行かなくては。

2006年09月21日(木)

「飲酒運転、即、免職宣言」を行うべきだ

飲酒運転の教師、懲戒免職」は正しいのか?
県教委の処分基準の幅の中での一番厳しい処分だ。過去、この処分の基準の振り子は甘い側へ振れていたはずだ。通例の処分を行うべきではないか。

確かに「飲酒運転追放」が叫ばれているこの時期に、飲酒運転を犯すという愚かさは否定できない。綱紀粛正の波及効果もあるだろう。しかし一番県教委が恐れたのは、通例の処分では世論の批判が起こる事ではないか。ダブルスタンダードだ。いやむしろ処分基準の不明確さだ。恣意的な処分権限の運用だ。

だからこそ私は主張してきた。
飲酒運転、即、免職宣言を高知のように行うべきだ。」と。県教委並びに県は職員へ、宣言を行ってほしい。それ以後の違反には、その新基準で判断すればいい。

知事の権力と5分の意地

最近、現職知事の選挙対策が公権力を利用する方向へ進んでいると危惧を抱いている。
・幹部職員が企業訪問し、選挙戦への応援依頼をする。
・外郭団体がその関係者に対して現職支援の依頼を行う。

私は知事が政策をもって選挙対策を行うことに異論を申し上げているのではない。それは、民意へ対応する公選職の性格上、必然だ。しかし、幹部職員が選挙活動として企業訪問したり、群馬県××協会などの県が関与する団体が選挙に関わることは禁じられているのではないか?戦力の不平等をなくすという趣旨の公職選挙法からすれば、この現職と挑戦者の格差こそ大きな不平等だと感じるが如何?

一寸の虫にも五分の魂という。正論で挑む。

2006年09月25日(月)

桐生みどり行脚レポート

不思議な気持ちですね、テレビで議会中継を見るなんて。
今日は溜まっている事務処理の為に、日中ホテルの部屋でデスクに向かっていました。本会議初日だから、県議会のネット中継を見ようと考えましたが群馬テレビさんの生にしようとテレビをつけました。

それぞれの多種多様な県民意見を表明する議員と答弁する執行部の姿をデスクから離れ、椅子を移動して見入ってしまいました。県民の立場でこの放送を見れば、そこには切実な県民課題が集約されています。まさに茶の間で県民の暮らしの実情が把握できる感じがします。

国会審議も見ていて飽きません。しかし、より身近なテーマが語られる議会質問・答弁も貴重なコンテンツです。

さて桐生での滞在も今日で最終週になりました。明日からは旧新里を廻ります。赤城山の山裾の集落はどこも散居村のような雰囲気です。遊説カーに50ccバイクを積んで出発予定です。「昆虫の森」の所在地である新里での活動で、私の主張への県民の評価を受けるでしょう。この施設への肯定をされる住民の方と出会えば、大事な議論が出来るでしょう。このブログで色々な意見と私の反論を報告するつもりです。

桐生での活動では、特徴があります。
・まず町並みです。戦争被害が少ないためでしょう、小さな路地にたくさんの家々が密集しています。両手を広げると左右の塀に指が当たります。そして多くの家が、玄関に庭の花々を切り花にして活けていることです。短歌などが墨書された短冊が掛けてある光景があります。華道や茶道の教室がかなり在ります。そして私の話を聞いてくれる家人の対応も丁寧です。

・在宅の老人が多いと感じます。多くに玄関のたたきから介護ベッドらしき端っこが見えました。同様に玄関の前には杖や手押し車、そして腰掛の椅子。要介護の方の在宅率に興味が涌きました。支え合いの地域コミュニティーが残っている感じがします。一昨晩お邪魔したスナックのママさんも70歳。お客さんも皆近所の方で、お酒を飲みに来るよりは近所の情報交換に訪れるような感じでした。このまま老人の地域拠り所になりそうです。

・食事が美味しいことですね。コンビ二おにぎりを常食にしている食文化度の低い私が評価するのはおかしいですが。うなぎは美味い。「ひつまぶし」をはじめて食べました。驚きました。味噌汁かけご飯の大ファンである私が保証します。魚屋さんの店先も覗きましたが、同じ同業者である私の目から見て、かなり鮮度の高い商品が並んでいます。

・渋滞の深刻さには驚きました。ただその原因は右左折レーンが設置されていない道路の交差点の問題です。県道と市道との交差点でこの問題が多いと感じます。さらに一方通行や狭隘な道路がかなり存在しています。歩道未設置の県道もあります。

・農業も特徴的です。笠懸の施設園芸以外には農業衰退を感じます。さらに有害鳥獣の被害拡大もそれを象徴しているようです。

さて、ここ桐生みどりでは、週末ごとに仲間の友情応援を受けております。小さなホテルの部屋に置かれたチラシを入れたダンボールが週末にはなくなります。時には本部や家族から離れての活動に孤立感を感じる私の励みになります。同じ目的へ向かって同志と前進してる高揚感が私を励ましてくれます。

一方、新聞紙上で現職への推薦団体の記事が連日掲載されています。自民県連も独自候補などの報道もあります。私はこのような報道に一喜一憂することはしません。私は私の主張が最終的には多くの県民、さらには政党各団体へ受け入れられると信じております。これが政権の行動を予め有権者に約束するというマニュフェスト選挙の最大の特徴であります。群馬維新とそれが示す知事権力の分散、限定そして県民の幸福の最大化という最終目的を成し遂げるという私の大儀を邁進するだけです。

来る9月30日は桐生における意見交換会です。桐生市民会館小ホールは300席ほどの会場でありますが、桐生みどりの市民がお出かけ下さり、実り多い意見交換が出来ることと思います。

2006年09月26日(火)

「官僚は誤りを認めない。」

下記スレッドへのコメントで知事の選挙戦への疑問がなされている。レスをこの新しいスレッドでします。

現職のアドバンテージを感じつつも、それも含めて挑戦し甲斐があると思っています。権力の暴走を止めるための挑戦なのですから、多いに強大な振る舞いをしてほしいと願っています。

前回の知事選挙の際、現職の選挙事務所に市町村ごとの投票率が大きな表で張り出されました。当時、新聞紙上で、ある首長が「低投票率の町村は冷遇されるのではないか?」とコメントしています。

本当に選挙をした事があるんでしょうか?どぶ板踏んで有権者に触れ合った事があるのでしょうか?「群馬県全市町村を全て廻った。」と現職は言いますが、各地の集会で、現職候補の為に近所衆へ声掛ける支持者の苦労も知らず、「権力に人が寄ってくる。」と勘違いしているのではないでしょうか。

選挙って磁石のように引き寄せられるものです。鷲掴みするものでは在りません。仲間たちが汗かいて支持の輪を広げるものです。

自分の論理の中だけで生きている人だと思います。どんな指摘を受けても、それをはぐらかした言葉を延々と語る。もはや民主主義的な議論は通用しません。今回も議会のHPから質疑のライブラリーを拝見してよく解ります。

官僚は誤りを認めない。」という言葉に納得です。

2006年09月28日(木)

館林地区意見交換会スピーチ

7月30日に行いました館林地区意見交換会での、山本龍のスピーチです。

http://www.yamaryu.net/pod/tatebayashi.m4v(約50.6MB)

太田地区意見交換会スピーチ

8月26日に行いました太田地区意見交換会での、山本龍のスピーチです。

http://www.yamaryu.net/pod/ota.m4v(約35.7MB)

2006年09月29日(金)

新聞報道から2題

県議会議運委:知事選「出馬要請」に批判
        (毎日新聞 2006年9月29日)

県議会議会運営委員会で28日、松沢睦県議(自民)が「最近、小寺弘之知事への出馬要請の報道が盛んだが、(要請元は)県から補助金をもらっている団体や、県の出入り業者の集まりばかり。慎むべきでは」と、高木勉副知事に詰め寄った。高木副知事は「各団体の自主的判断だ」と答えたが同席した大澤正明議長が「うそをついちゃいけない」と声を挙げ、他の議員も同調する場面があった。

また、早川昌枝県議(共産)も「後藤新・知事室長のスタッフ(県職員)が県内企業を訪問しては『知事選をよろしく』と頼んでいるとも聞いているが」とただした。<後略>

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/gunma/news/20060929ddlk10010272000c.html
(同様記事、2006年9月29日読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news006.htm

これが事実なら、明らかに公職選挙法、並びに地方公務員法第36条(政治的行為の制限)違反では?もっと報道機関と司直が厳正に対処すべきではないかと思う?現職の強みとの範疇を超えている。

知事、わたらせ鉄道存続へ ~新車両 導入検討も

経営再建中の第三セクター「わたらせ渓谷鉄道」について、小寺弘之知事は二十八日、「日光との結びつきや、電車と自動車が一緒になった交通機関も考えられる」と述べ車輪の切り替えで線路と道路を自由に走れる乗り物「デュアル・モード・ビークル(DMV)」の導入検討を示唆した。県議会の一般質問で答えた。<後略>(東京新聞 2006年9月29日)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/gnm/20060929/lcl_____gnm_____005.shtml

となっているが、質問者の須藤昭雄議員の質問後、挙手をして発言を求めた担当理事は「夢切符の販売不振で財政再建の見通しが暗い。支援する条件が欠けている。」との趣旨の発言を敢えて行っている。つまりは知事の政治的な発言の裏に事務方では支援が困難の意を示したかったのではないかと感じた。しかしこの夢切符などの財政再建を請け負った前社長は県から天下ったかつての群馬県林務部長さんではなかったか。財政再建困難の理由は最大の株主であり、経営を主導した群馬県庁の責任は無いのか。

世界遺産にもなった史跡のある日光に繋がるというのは群馬の観光資源である。足尾鉱毒という、近代化の負の遺産である足尾を環境学習の場としてのプログラムを作るべきだ。このデュアル・モード・ビークルは車両の価格も一般車両の5分の1程度。早急な検討が必要だ。そもそもこの新交通システムは栃木県の福田知事が北海道を視察中に訪問し、足尾~日光間で導入を提案したと聞く。両県知事の交流理解を求める。

「心を切らすなよ。」

議会時代の先輩と出合った。
彼は、「色々なことがあるだろう。しかし心は切らすなよ。」と語った。
何回もの選挙戦を戦った人から言われた言葉が浸み込んでジワーと来た。

挑戦の意味は何だったのか。リーダーの責任を忘れるな。苦しくても動揺はするな。

そうに感じる。すばらしい言葉だった。心が生き返る。

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