最近の新聞報道では、知事の今ある課題解決の政策重点化シフトが行われている事を示す記事が溢れている。
自民党要望へ満額予算付け(除く:群馬国際アカデミー)
不登校問題対策、
小児緊急救命NICUへの県が全額補助、
子育て支援活動民団体へ30万円補助、・・・
企業誘致へ好条件の貸付金
見事に、私のマニュフェストの上塗りです。でも結構な事であると思います。
知事は『他県のような工場がくれば「100億円差し上げます。」のように企業に飴を与えるやり方はしない。図書館や昆虫の森など整えれば自然と来る。』と言っていた。その高尚な考えはどうなったのでしょう?「誘致企業へのインセンティブを与るべし。」との多くの議員質問に不要論を展開してきた知事の政策とは思えません。
NPOや民間団体への助成もまた思いつきと感じる。クリーンアップ作戦のように尻すぼみにならないでしょうか?
桐生のコンビニで買った地域新聞「桐生タイムズ」で「桐生の小児緊急ベッドを全額県が助成。」との記事を見ました。この異例な予算付けの理由を県幹部は「政治的判断だ。」と回答しています。政治的判断とはなんでしょうか?
さらに今日も上毛新聞に記事
「敬老祝いを200人から5000人まで拡大して県職員が慶祝状と記念品の座布団などのカタログをもって訪問」。自分の氏名が墨書された感謝状を5000枚もおみやげ付きで職員に配布させる内容。どうせ秋の群馬県功労賞も一機に対象者人数を増やすつもりでしょう。座布団より、災害時の老人や障害者の避難対策を考えるべきです。
感謝状バラマキは反対だが、不登校や、緊急救命の拡充など緊急課題への対応は賛成だ。多くの政策が私と現職との対立軸をなくす手法であることは承知しながらも、今まで一顧だにしなかった私の「ひもじさに泣く子にパンを探す政治」への歩み寄りを歓迎している。わがマニュフェストの多くを実行してくださることは有難い。
ついでに
「県庁前のモニュメント中止。」
「知事公舎を売り払い。」
「退職金を廃止。」
「3期までの多選禁止条例を議会上程。」
も続くのではないでしょうか。
さて、11年間、私の「今の課題を放置して、30年後のファーブル博士を生みたい、との理由で昆虫の森建設はおかしい。」との指摘に、知事は「パンのみで生きるにあらず。」「今の問題や課題解決よりも未来を見て仕事をしている。」と回答してきたものだ。納得しないまま心の隅では知事の今の民意に迎合しない高尚な哲学的頑固さを畏敬してきた。
ところが今は、畏敬どころか笑っている。「なんだ、所詮は選挙と言う民意目当ての政策転換ではないか。」と。簡単に転換できる軽い哲学であるなら、議会質問への頑なな回答はしない方が良かった。あの答弁の頑迷さは何が生んだのだろう。
50万票の支持を得た民主的代表としての尊厳からだろうか?
しかし一方議会も別の形の民主的代表機関ではなかったのか。しかも議会は多様な民意の代表者がそれぞれの立場で討論を行い、さらに合意を得る場だ。そこでの合意はけして首長が切り捨てても良いものではないだろう。緊張と尊重の関係ではなかったのか。
そこで以下に引用致します。これは平成17年9月議会での一般質問の一部です。
「知事の目指す『
住民直結型県政=予算審議機能限定の対立型議会』に対して、山本龍の目指す県政は、『
市町村バックアップ型県政=シンクタンク型・調和型議会』であります。知事の「住民直結型」県政は一体どの部分の住民と直結しているというのだろうか? 「住民直結」で「民意を吸い上げる」といいながら実際は知事に好都合な意見に偏り、政策実行にばらつきが生まれているのではないかと思われるのです。」
知事が緊張と尊重の関係である一方の民主機関を卑小化した結果が今日の県政のバタバタ感に繋がるのだ。車輪の左右の大きさが異なり、一方の車輪だけが巨大になれば車は思うようには走れない。(県民幸福を最大化する。)との目標へは辿り着けない。
一方が小さくなって弱くなれば好都合と思う政治は独裁者の政治だ。自治法では「抑制と均衡をはかりつつ両輪として地方自治を推進するもの。」と予定されているのです。だからこそ、自己抑制し緊張関係にある他方を尊重することが必要だと確信している。
*表題の言葉は、F議員の本会議での発言