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大雨の中の1日

大雨で山崩れなどの災害が発生している。今日は、利根川沿いの集落を回った。そして堤防の堰堤に登ってみた。なるほど、川とはその見た目がずいぶん違ってみえるもの。濁流が川幅一杯に広がっている。流木やごみが大量に流れている。この付近の住民が、不安な気持ちでこの川を見ているだろう。「この堰堤がもし崩れれば・・・・」想像できない被害だろう。危機を予測し、その対応を準備するとの対応力が求められている。

さて大雨の中だったが、カッパを着込んで、街頭での辻立ちとチラシ配りを朝から行った。今日から、本部からY君が加わり、地元のTさんとで4名体制になった。交差点でも、スーパーでも効率よく配布できる体制になった。しかし、板倉の東洋大学駅では、不発。7時に駅に着いたが、多くが学生さん。どうも、通勤客は6時台の電車利用のようだ。つまり空振り。

でも楽しい。いろんな局面で人と話しあう。伝えることも伝えられたことも沢山ある。その時間が、政治を担おうとするものの視野を広げ、責任を深く刻むことになる。側溝の蓋の段差に躓くとき、初めて知る事実もある。これだから、地域を歩いている人の声は正しい。県議会議員としてふるさとを歩いた。他の議員さんもそれぞれ歩いた。彼らの感じた地域の問題が全県としての総合判断から見れば優先順位に差はあるだろうが、どれも今、その地域にある問題なのだと改めて思う。

龍の主張する、議会民意を積み上げる手法、そして地域に問題解決のイニシアティブを委譲する手法は間違っていないと確信している。

今日の辻立ち(1.5MB)
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コメント (1)

内友:

>側溝の蓋の段差に躓くとき、初めて知る事実もある。
>これだから、地域を歩いている人の声は正しい。

現に知事になると、こういう経験はできないものなんです。
周りがお膳立てしてくれるし、時間がたしかになくなるから(もちろん、命がけで仕事しない惰性の知事は、暇つぶしと権力集中の自己目的のためにだけうごくようになることは、多くの知事経験者が指摘すること)。

上位の行政庁としては、下位の者たちの能力をときにたしかに疑うけれども、しかし、現場にいなければ『見えない事実』があることもまた真実。
そのところ、つまり怠惰と無能と、真実の意見見落とされた事実の区別をちゃんとつけられるかどうかが、上に立つものの能力として一番大切なんです。
人脈だけで生きようとする無能者を排して、取り巻き政治にならないために、今、あなたは「自分の目で、見て聞いて話している」のでしょうね。
それが貴重で、あとで生きてくると私は思います。
全県キャラバンなどということをする候補者はいませんでした。
本当の民主主義です。感動を生みますよ。きっと。
そして感動はおおきなうねりになります。
私は、当初「感動知事」というキャッチはどういう意味だ?と思いましたが、こういうことなんですね。
一本とられた思いです。

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2006年07月19日 20:19に投稿されたエントリーのページです。

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