いよいよ出発です!

7月1日、たくさんの方々に見送られ、東吾妻町ベイシア前から県内キャラバンに出発いたしました。お忙しい中、駆けつけていただいた皆様に御礼申し上げます。頑張ってまいります!これからもご支援、ご指導のほどよろしくお願いいたします。

これから写真の遊説車で県内を回ります。見掛けましたらお気軽に声をお掛けください。
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7月1日、たくさんの方々に見送られ、東吾妻町ベイシア前から県内キャラバンに出発いたしました。お忙しい中、駆けつけていただいた皆様に御礼申し上げます。頑張ってまいります!これからもご支援、ご指導のほどよろしくお願いいたします。

これから写真の遊説車で県内を回ります。見掛けましたらお気軽に声をお掛けください。
7月1日記者会見用読み上げ原稿 山本 龍
群馬県議会議員山本龍は、本日7月1日群馬県館林市において、来年平成19年7月に行われる群馬県知事選挙に立候補する決意を固めたことを群馬県民の皆様にご報告いたします。
今日より出発する挑戦の目標は「誰一人泣かさない県政」であり、そこへ導くコンパスは「群馬維新」という政治思想です。群馬維新とは何か、いかなる方向を示すのか。それは一言でいえば県内地域分権でありその先にある県民復権の政治です。権力者が自らの権限の分権と自らの任期を限定するという自律と自制の政治です。知事は偉い権威ではなく、機能や役割であるとの新しい思想を実行していきます。私は今までの県政を全否定するのではありません。その効果や成果を検証したいのです。勿論、自己評価は行っているでしょう。しかし、自分で自分の適正評価は不可能です。大邸宅から小さな家に引っ越す人は、シャンデリアは持っていけないのです。しかし、愛着のあるガラクタは当事者には捨てられないのです。
まず、4期16年にわたる県政の中で知事一人への権力の集中の現状をあらため、県内各市町村、そして民間、への分権を推進します。
次に、県庁の会議室での政策決定から、県民の暮らしの現場への政策決定権限の移動を行います。今までの「県政の仕組み」を根底から変えます。仕組みを変えて、行政職員にやる気をもってもらいます。そして、日々の仕事に創意工夫を凝らし、行政サービスの質をたかめ、群馬の県民福祉を向上させます。市町村がやるべきこと、県がやるべきこと、民間にもできること、この3つを明確にして住民に「最も身近な」市長村が問題を解決する方向へ転換させます。あるいは民間の社会福祉プログラムへも問題解決の担い手であってもいいはずです。県は県がやるべきことと納税者誰もが納得する事業に集中できます。そうしてこそ、行財政改革にも県民への行政サービスの質の向上にも繋がると確信しています。
さて、仕組みを変えて、行政サービスを向上させ、住民福祉を最大化させる。その大きな理想を実現するために、すなわち「群馬維新」の実現のため取り組むべき重点政策は、「1行財政改革」「2子育て環境」、「3福祉・医療対策」、「4産業活動の活性化と雇用」、「5安全・安心」の5項目です。
まず、「1行財政改革の断行」についてご説明します。一言で申し上げます。「率先垂範」これにつきます。知事自ら律し自らを規制する自己改革を行い、行財政改革の先導役を果たし、行政の効率化を徹底的に行います。いつまでにやるか、『期限』を設定します!
そこで、知事の任期を3期12年限度とする条例を制定します。公約は期間内に達成する。もし仮にやり残した場合はその課題は次の方へ託します。
次に、少しでも財政状況の改善に資するべく、普通の民間感覚では理解できない1期5,000万円の退職金を廃止します。
そして時代は少子高齢化、右肩下がりの社会がやがて到来します。時代が変われば政策も転換が必要です。つまりは今までと違った価値基準が必要です。
1991年バブル経済最終場面から始まった現知事の県政の中で蓄積されてきた澱みも一掃する必要があります。現知事が県政の中枢についてから継続してきた行政運営の方針つまりは今までの価値基準これも大きく転換していくことです。県政運営の価値基準の大転換、だからこそ明治維新がそうであったように、群馬でも維新が必要なのです。今、群馬県民は大きな時代の変わり目であるということを、しっかりと認識していかねばならないと思います。
県の借金は1兆円目前にまで膨らみました。その上、人口は減ります。国からの交付金も減ります。そのようなこれからの未来を見据えたときに、「1兆円の借金!」これは、なんとしても食い止めなければなりません。なぜならば、県の借金は詰まるところ、県民ひとりひとりへの責任転嫁です。行財政改革の徹底による経費の節減、県資産の売却などにより、県債残高の毎年度5%削減を目指します。私は行政の付回しを県民にさせません。税金で県民を泣かせない!税はみんなの笑顔の為に使うものです。誰が税金を納得して払っているでしょうか?血を吐く思いで収めた税金でも、それが社会を支えているなら納税者も幸せになれます。例えば、不登校や病気や生活苦に泣いている県民を救い、笑顔にするのなら、固いパンをかじりながら絵の具を買って作品を書く人や、映画の脚本を書いている夢に向かって努力する人を応援するなら、笑顔で税は払えるはずです。それは今までの思考の延長線上ではできないことなのです!だからこそ、価値基準の転換、思考の枠組みをチェンジする必要があります。そこに16年にも及ぶ県政も転換しないといけない理由があります。
そして、行政サービス向上には 県内の分権自治が絶対必要です。県内初となる政令市構想を支持します。これも合併に慎重である今までの県政ではできないことです。県内地域分権の受け皿を作ることは私の群馬維新実現の必須条件です。
次に、「2こどもを育てる環境づくり」についてです。
出生率は毎年低下し続け、昨年は1.25、群馬県は1.32と史上最低の状況となりました。こどもを産みにくく、育てにくいといわれる社会環境を改革し、社会の活力、群馬県の活力を取り戻します。そこで、不登校児ゼロ、保育所待機児童ゼロ、乳幼児の医療費無料化年齢の拡大を実現します。人口が少なくなれば通勤電車の混雑が減るという意見を聞きました。乗客が半分になれば、電車の本数も半分になる。不便になるだけです。人口こそ地域の活力です。そして群馬が全国の手本となり この分野の先進県となるよう努めます。
3番目の「3福祉・医療対策の充実」についてご説明します。
高齢者や障害者は切捨てでいいのでしょうか。社会の片隅で片寄せて暮らす人への福祉の一層の充実や、県民ひとりひとりが必要なときに必要な高度な医療を受けられる体制の整備を行います。そこで、私は、老人福祉施設入所待機者ゼロ、障害者福祉対策の充実、小児科医をはじめとした医師の確保を実現します。
4番目に「4産業活動の活性化と雇用の確保」についてご説明します。
群馬県内の景気回復はまだ始まったばかりです。未だ十分ではありません。産業活動の活性化は必要であり、群馬県として必要な支援は行います。働く場の確保に取り組みます。そこで、企業誘致の強化と雇用の確保の実現、新技術の開発と新規の起業の支援、農林業の振興を行います。
5番目に「5安全・安心の確保」についてご説明します。
日々の安心こそ生活の基本です。安全が『普通』であったかつて日本は神話となりました。一度失ったものをとりもどすことは大変難しいです。しかし、幸い群馬は地域社会の崩壊という社会状況ではありません。まだ出来ることは沢山あります。治安回復をはじめとして、県民ひとりひとりが安心して暮らせることが大切であり、安全・安心な暮らしを実現します。そこで、私は、犯罪を防止する環境づくりを行います。警察と学校や民間防犯団体との連携、交通安全対策の強化を進めます。また、防災対策・災害対策の強化、そのための治山治水、道路の安全維持管理など安全に必須の公共事業などを、安全確保対策と位置づけ確実に実行していきます。
以上ご説明申し上げましたように5項目の重点政策を掲げております。どの項目も、県民ひとりひとりの幸福の実現のために欠かせないものであります。
「佐倉は死して貫けり」
これは、私の師である田中正造先生が日記に記した言葉です。佐倉とは江戸時代初期の下総国の農民「佐倉惣五郎」といわれています。彼は、領主の過酷な年貢の取り立てから人々を救うため将軍・徳川家光に直訴し、家族もろとも処刑された人物です。田中正造先生はこれに習って己が道を選び、議員を辞して明治天皇に直訴したそうです。
今、山本龍は、5期20年の現職に挑戦する覚悟です。
本日、会見終了後、館林駅前において街頭演説を行います。また午後6時より前橋市内の群馬ロイヤルホテルにおいて後援者の方々と政治資金パーティーを行います。
明後日、7月3日には議員辞職いたします。
そして、7月4日からは群馬県全域での政治活動を開始いたします。
以上です。
昨晩は、志を同じくする政治団体主催のパーティーが前橋市内で行われた。私は記者会見場である館林から駆け付けた。開会1時間前だというのに会場前には大勢のスタッフと、もうすでに数十人の参加者の方が待っておられた。30分前にはそろそろ駐車場が窮屈になり6時にはホテル周辺は渋滞。そして会場が一杯で急遽、隣の宴会場も使用することになった。ロビーも受付が一杯。私がステージに上ると、25年間の思い出の方々が会場を埋めている。
ふと、妻から聞いたガブの話を思いだした。
龍「それぞれの仲間から、追われたオオカミと山羊はどうした?」
三枝「それから大変だったの。桜子は泣き通し。川に飛び込んで、流されて、分かれ分かれになった二人が、やっと会えた。でも裏切り者のガブを追いかけて、オオカミの群れが、やって来たの。ガブはメイを逃がすために、その群れと戦いに山を下りる。でも雪崩に巻き込まれて、群れは全滅。ガブは記憶喪失になって、彷徨う。そのガブを捜してメイは、一生懸命探し回る。やっとガブを見つけて、走り寄る。でもガブはメイに噛みついて、洞窟に連れて行き満月になったら、食べると言うの。メイは「ガブ、思い出して!!」と何度も言うのだけれど、ガブは思い出せない。そして満月の夜になって食べようとするガブに「嵐の夜に。嵐の夜に。」とグッタリしたメイは念仏のように唱える。嵐の夜に二人は出会って、真っ暗な闇の中で、互いを知らずに励まし合って、その嵐を乗り切った。二人の初めての出会いの夜の事をガブはついに思い出す。 そして二人はドンなことが会っても、ずっと一緒に暮らそうと誓うの。」
会場のみんなの顔をみて、それぞれの仲間と関わったその時その時を回想する。
この狼とヤギの友情と同じ友情をもった仲間を私はこんなにも多く持っていたのだと嬉しくなった。私の仲間には、ちょっとだけ弱い処を持っている方が多い。あるいは、そういう人への愛情を持っている方が多い。社会の隅っこで生きる。それどころ、社会の隅っこにさえも居場所を失った者が、助けあって、支え合って、生きる。自分を犠牲にしても、仲間を助ける。こんな友情や愛情に溢れた私の同志の集団が、昨晩、唐突に現れた。龍と仲間たちがベールを脱いだ瞬間と思った。私は組織作りの名人ではない。むしろ組織を作ることは不得意だ。遠慮もある。でも山本龍は、こうした友情と数多く会えた。今は遠慮せず、どうか私の戦いを支えてくださいと、心から叫んだ。勿論、みんなの心に届いた。
議員辞職で素浪人になって、館林のホテルにいる。同行のスタッフと缶酎ハイで47才の誕生日を祝った。まさに塹壕の中での祝杯だ。
何も議員を辞めなくても、という意見もある。しかし背水の陣という言葉もあるように、もはや後戻りはできない。逃げ道を断って活路を拓くという気持ちと、もうひとつこれからの1年間、県内を歩き回ってみんなの声や思いを聞いて、自分の知らない群馬をみてみたいという気持ち。こんなことができるのは、生涯で今を置いて他にはないと思う。
群馬に生まれたのに、群馬がわからないじゃ、果たして人の役に立てるのか!?群馬全域を歩き回れるのは本当に貴重な経験ができると思う。僕が、まだ知らない『群馬』のよさ、『普通』であることのすばらしさをきっと沢山発見できると思う。
議員ではない『素の山本』をみてもらい、同じ目線で群馬の課題・地域の課題を汲み取って自分の血肉にしたいと思うのである。山本龍という「一個人」を見てもらいたくて、僕は肩書きを捨てて『素浪人』となった。
民主主義の原点ってなんだろう? 『選んだ』という実感が持てる選挙になっているのか??
よくいわれるけれども、真にいい政治は「哲人政治」だという。『哲人』といわれる、公平無私、情に厚く清廉、そんな政治家が本当にいれば、それが言いに決まっている。しかし、そんな哲人はいないのが現実。そこで民主主義という、選挙で『民意』を吸い上げるという政治システムが、次善の策としてでてきたと説明される。
でも、僕は思うんだ。選挙というけれど、立候補する人が限定されていては、住民に『選択肢』はない。この間の衆議院(郵政)選挙があれだけ盛り上がったのは、選択肢が増えたからだった。選択肢が増えることがまず民主主義の前提。けれども、選挙の形骸化も指摘されているように、選挙が形ばかりになっている=投票率の低下これはいけない!
これでは選挙で選ばれたといっても、本当はあまり説得力=つまり「民意の正当性」があるとはいえない。例えば、クリントン前大統領も、1期目は「4分の一の大統領」なんていわれて、民意の4分の一の支持しかない大統領ということで、正当性に疑問が付いてたものだ。
だから僕は、選択肢を増やし、投票率をあげて、本当にみんなが自分たちの身近な政治について、投票権を行使してもらいたいと思っている。「自分で自分たちの代表を選んだ」という実感をもってもらいたいのだ。だから、今度の選挙は、選挙って、面白い、『俺が私が、選んだ」という実感をもてる選挙にしたい。だからこそ、これから1年、素浪人=生のありのままの、山本龍、一個人として、みんなと話しをしにいくのだ。
これこそが民主主義の原点だと思うからだ。僕は、記者会見でも「みたことのない戦いぶりをみせてみせる」と宣言した。そう、民主主義の原点に戻り、みんなと話して思いを伝え、みんなの思いを明日の政策に実現する。そのために、組織や一部の『偉い人』に頼りがちな従来の組織選挙とは異なった、個々の人の思いを結実させる戦いを展開していく。
昔、家康が海道一の弓取りと呼ばれたころに、「この家康と戦いたいというならば、海道一の弓取りといわれたこの家康の戦いぶりをとくと味わわれたらよい」、といったそうだ。まさに昔は命をかけた戦い。命を懸けて戦わなければ、家臣も領民もついてこない。みんなの代表になるのはまさに命がけだったのだ。そして、家臣や領民の信頼があればこそ、家康は強かった。戦いを挑まれて、堂々と、家康のようにいえる政治家がどのくらいいるのだろう?
民主主義・地方自治の原点は、個々の住民だから、家康の言葉を今風に直せば、政治家サイドに、地域をよく知っているという自信と、住民との信頼感・連帯感がなければ、家康のように堂々とあのように言えないと思う。地域をよく知ることと、住民との信頼感。その根底には地域への愛情。それこそ、民主主義の原点だろう。そのために、僕は、一個人山本龍として、素浪人となり、群馬全域を1年かけて歩き続ける。
これが、山本龍の『戦いぶり』である。
歩いて歩いて、300軒。街頭で叫んで叫んで1時間。そして駅で、交差点で、配って配って延べビラ撒き枚数600枚。前橋の事務所から、遊説カーに乗せてきた1万枚のビラ半分、行脚開始5日間で5千枚。1日1000枚のビラがこの町の人に読まれている。これは、大きな政治力に繋がるはずだ。追い風にも逆風にもなる政治力を起こすであろう。
主張する方向への賛意と異論。これが同時に起こっていることだろう。でもこの選択の方針を示すことが、政治選択につながるのだ。
「みんな、僕らの政治活動を楽しもうではないか。」
館林の農村部である渡良瀬川右岸を今日は歩いた。何人のも方々が、珍しそうに話かけてくれた。茄子を持った手で指し示す先には、近所のおじさんがトラクターを動かしている。
一茶の句だ。楽しんでいる、全てを。見ること、聞くこと、感じること。そして足の痛みも、お世話になっているホテルの指圧師の方の話も。そしてこの土地で、政治活動を続けてきた県議会の先輩や、仲間の顔が浮かぶ。県際地(ケンサイチ:県境の土地のこと)の苦労、県庁所在地から2時間の土地にいる苦労、湿地地帯、足尾鉱毒問題、東武鉄道、医療の問題・・・。
この地の代表である県議さん達が、本会議や委員会で発言した事を思い出す。たった5日間の館林住民ではあるが、議員経験者の端くれである僕にも感じることだ。
タイトルの名の記事を見つけたのはおおたタイムズの紙面だ。館林の宿舎で近所の方から、折込ニュースである「おおたタイムズ」を頂戴した。私の出馬の記事が出ているからだ。
その記事の上段に「ちょっといい話」とのコラムがある。抜粋し、紹介したい。
靴をそろえる、挨拶をする、当たり前のことを当たり前にすることが学力を向上させるのだ。
私はこの当たり前のことを行っているか?自問している。
政治が住民の所得再配分機能である以上、高額所得者にとって税金は憎まれる対象であり、喜ばせることはできない。したがって龍の言う「誰も泣かさないことは不可能です。貧困を救うために税をとれば、納税する側が泣くことになる。」との指摘を頂くことが多い。皆んなを泣かさないことは不可能なのか?
私が可能だと思い理由は2点ある。
1:私は、ふるさと吾妻を離れ、今館林に滞在している。ラジオ体操が日課だ。朝のラジオ体操は館林の城沼に湖畔にある公園でおこなわれる。今日は少し早く行ったので公園の橋から湖面を覗いた。メタンガスの泡が湖のそこから涌いていた。相当の汚泥が湖床に溜まっているのだろう。
ここで郷土愛があるなら、誰かが浄化のために立ち上がるべきだろう。ところがその浄化には莫大な資金が要る。だからこそ、市民はこの水辺が澄み渡ることを願って、納税をするのではないか。自分で作業できない分、汗して収めた税がこの郷土の風景を清めることを願って納税する。
もし、自らの税が、自らの郷土の環境や医療福祉、教育の向上に繋がっていると実感できれば、納税は苦労ではなく喜びに変わる。私の言う「誰一人、泣かなさい政治。」とは政治によって支えられなくても豊かに暮らせる高額納税者も対象なのだ。
2:貧困に代表される問題を、富者は自身には関係ない事と無関係で居られるのか。
富者の師弟が、貧困によって生まれる犯罪に巻き込まれる可能性はないのか?自分の師弟が、麻薬中毒者によって刺殺されない社会を作ることは、富者によっても喜びだろう。
だから税をすべての人の泣かさないために執行することが可能なのだ。
山梨県のHPを見た。森林環境目的の新税についての説明が以下のようにあった。
ともあれ、無駄の支出の積み重ねの群馬県知事が新税を創設する為には、大きな障害があることは事実だ。
今日が何曜日なのかも分からない。妻から、「龍は元気かの問い合わせがあるので、どんな様子なのか報告してほしい。」旨の電話があった。なるほど、政策的な書き込みではなく、たまには龍の今日を報告するべきだろう。こんな様子です。
朝5時におきて、ラジオ体操に出かける。こんなに真面目に体操をするのは初めての経験だ。背骨の一本一本がギシギシ伸びる感じがある。深呼吸で吸い込む空気を感じられる瞬間だ。
ここで一気に眠気を追い払い、遊説カーで体育着からYシャツに着替え、通勤ラッシュの交差点に立つ、7時から8時までの一時間。仲間が、チラシを配るのを応援する為に、「おはようございます。」と大きく手を振る。
宿舎に戻り、朝食。
これからが、行脚の時間。一時間に30軒平均で7時間で200軒。
そして夕方のスーパー前のチラシ配り
夕方6時に宿舎に戻り、夕食。
そして資料整理。
こうして、2週間が過ぎた。前橋から持ってきた、10000枚のチラシが無くなり、補充。平均毎日700枚のチラシを手渡ししている計算だ。
そして今日は、夕刻は館林祭り見学に。地元の友人から頂いた、ゆかたを着て、下駄をはいて出かけた。市長さんや、市議会に議員団の踊りの行進を見物してた。県議時代にお世話になった、中島市長も元気に踊られているし、松本県議も見える。何よりも行脚中に知り合いになった多くの方から握手を求められる。地元吾妻では、暫らく無かった新鮮さを感じる。
とにかく、多くの人と出会い、多くを聞き、今後の政治に活かしていきたい。それが、この群馬全県行脚の目的だし、政治担当者としての任を目指す者の義務だ。教えられた事をメモしたノートはもう10ページを超えた。このノートが何十冊か溜まれば、大きな宝になるはずだ。毎日が充実と喜びで一杯だ
朝5時30分(1.8MB)
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大雨で山崩れなどの災害が発生している。今日は、利根川沿いの集落を回った。そして堤防の堰堤に登ってみた。なるほど、川とはその見た目がずいぶん違ってみえるもの。濁流が川幅一杯に広がっている。流木やごみが大量に流れている。この付近の住民が、不安な気持ちでこの川を見ているだろう。「この堰堤がもし崩れれば・・・・」想像できない被害だろう。危機を予測し、その対応を準備するとの対応力が求められている。
さて大雨の中だったが、カッパを着込んで、街頭での辻立ちとチラシ配りを朝から行った。今日から、本部からY君が加わり、地元のTさんとで4名体制になった。交差点でも、スーパーでも効率よく配布できる体制になった。しかし、板倉の東洋大学駅では、不発。7時に駅に着いたが、多くが学生さん。どうも、通勤客は6時台の電車利用のようだ。つまり空振り。
でも楽しい。いろんな局面で人と話しあう。伝えることも伝えられたことも沢山ある。その時間が、政治を担おうとするものの視野を広げ、責任を深く刻むことになる。側溝の蓋の段差に躓くとき、初めて知る事実もある。これだから、地域を歩いている人の声は正しい。県議会議員としてふるさとを歩いた。他の議員さんもそれぞれ歩いた。彼らの感じた地域の問題が全県としての総合判断から見れば優先順位に差はあるだろうが、どれも今、その地域にある問題なのだと改めて思う。
龍の主張する、議会民意を積み上げる手法、そして地域に問題解決のイニシアティブを委譲する手法は間違っていないと確信している。
今日の辻立ち(1.5MB)
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雨も降らず、暑くもなく、活動しやすい1日でした。午前中は農村地帯、午後は市内の住宅街を廻りました。気づくことは、老人世帯と障害を持っている方です。この事は勿論吾妻でも多くあることですが、やはり館林邑楽でも同様だと感じています。
本当はユックリ話を聞きたいのですが、こちらから障害者自立支援法の影響や授産施設などの支援体制についての意見を聞きたくても、切り出せません。先方も、地元の県議でもない訪問者は迷惑でしょう。
一人のおばあちゃんが言った、皇太子様の「昆虫の森」のご訪問についての言葉が印象に残る。『そんなとこ、皇太子様連れて行って。殿下は障害者の施設で頑張っているもんの激励をしたかったじゃないかね。』
そういえば、先日の館林祭りに、市内の障害者施設のテントの出店があり、手作りの筆入れやメガネ入れが販売されていました。筆入れは桜子とりんたろうへ、メガネ入れは妻と自分用に買いました。そのときも突然の雷雨の中で保護者のお母さんたちと話す時間がありませんでした。残りの滞在中、訪問できればと考えています。
さて昨晩、この館林の唯一の高校時代の同級生が東京から私へ会いに戻ってくれました。N君は東京の不妊治療のクリニックの院長さんです。「ある調査では、高校生の25%がクラミジア感染をしていた。そのまま治療しないと多くの場合、不妊に繋がる。この問題は、将来の不妊で苦しむ夫婦が増えることになる。」と私へ警告してくれた。こんな課題もあったのだと知らされる。
もうひとつ彼は、不妊による女性の悩み、周囲の不理解による何気ない言葉に傷つく女性の苦しみ。などの精神的な問題も提起した。さらに体外受精などの保険外の費用が高額になる負担も問題も教えられた。
別の人からは、足利で両毛の連携をリードする方の話を伺った。明日、アポをもらえればその足利の長老に会うつもりだ。
人と会えば会うほど、私の脳みそが埋まっていく。そのせいで脳の働きが鈍ったのだろうか。今日は歩いているうちに栃木県に入ってしまった。小さな矢場川が県境だった。これが矢口前議長がよく話してくれる「県際地」なのだと実感した。
気づかずにいるうちに、「あんた。群馬の選挙だね。ここは足利だよ。」と教えられ、とほほ・・・。でも良いじゃないか。両毛5市による政令市構想について意見交換できた。
お話を伺いました。(5.8MB)
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群馬キャラバン館林邑楽ステージもあと一週間になった。ここまではきわめて順調。家族と離れる寂しさ以上の出会いの喜びがある。先週は、ここ館林に暮らす高校時代の同級生と再会した。ここの市立中学校勤務。宿舎のホテルに訪ねてきてくれた彼は、高校時代の面影が残っていた。
そして昨夜は太田市の同志との次のステージの打ち合わせ。館林とは雰囲気がちょっと違いそうだ。ここに慣れると次の地はフランティアだ。緊張する。
今日は東京から二人の大学時代の友人。そして偶然にも、草津から友達が相次いでホテルに来てくれた。ここの名物をご馳走した。それは「うなぎ」。ここのうなぎは本当に美味しい。ホテル近所のうなぎ屋さんがお休みだったので、板倉の雷電神社のそばのあるお店に行った。名物の食べ物がある土地は良いな。あんまり美味しいので又来るという。今度は割り勘ですから。みんなにうまいと言われると「自分のふるさとが褒められたような気分。」
さて、その3人共が、昨日のNHKのワーキングプアを取り上げた番組を見ていたことを知った。異口同音に内容の興味深さを語り合った。そしてその番組のなかでの事象についてそれぞれの立場での意見を述べ合った。社会保障をどの程度まで税によって行うかでそれぞれの意見に差異があることが分かった。
丁度偶然、今読んでいる本は「マイホームレス チャイルド:三浦展」「下流社会 新たな階層集団の出現:三浦展」「渋谷:藤原新也」だから、この読後感と合わせて龍のワーキングプアへの対応を後日ここに書き込みたい。一年半前、「希望格差社会」:山田昌弘・筑摩書房」を読んだ時の衝撃以上だ。なぜならその本の中で予想された社会がすでに現実になっている事だ。政治が何かを怠っていたのではないか。その責任を果たすべき役割に私もいたのだ。
僕らが議会で発言した事々が思い出される。我々は真の危機感を持って考え行動してきたのか?未来の社会に責任を持っていることを実感している。
「一定容量の溶液に溶かすことが可能な溶質の質量は温度によって決まっている。」と思い出した。温度が下がって沈殿始めたのかもしれない。或いは、溶質が過剰に入ったのかもしれない。問題なのは、温度が下がったことでも、溶質の量に気づかなかったことでもない。
沈殿一歩手前まで、透明であるビーカーの中に既にタップリ何かが解けて存在してる事に気づかなかったことだ。
「ゴミになるだけですよ。政治家は皆馬鹿で嫌いですから」老人は吐き捨てるように言った。富士見村のとある民家の庭先で私の政策を書いた文書を渡そうとした時のことだと中村紀雄県議のブログにある。こんな事実を公開するなんて正直な方と思う。
私もブログに快調そのものの日々の政治行脚の様子を書いている。しかし、実際は中村議員の体験にあるような出来事に直面することも多い。今日も「政治の話は聞きたくない。」と言われた。無関心でなく強烈な政治不信の表明に出会う度に、「俺の話を聞いてくれれば政治が近くなるのに。」と思うが、先方の頑なな考えは刹那では変えられない。自らの行動で信頼を獲得するしか方法はない。
今日、愛知県のある市議会公務視察における会議欠席と観光地訪問をめぐる報道があった。こんなことの積み重ねでは信頼を失うことは仕方ない。しかし、一方、議会が納税者の税を野放図に浪費する首長の暴走を抑止するために日々活動していることは、当然のことであり、報道されることはない。新聞では群馬県議会も議会改革委員会、自民党も党議会改革委員会を設置して今までの慣習を改めていく試みをされている。
ガンジーの言葉に「社会を変えたいなら、まず自ら変われ。」とあるらしい。議会が変わって、そして、県政を変える。大きな期待をかつての同僚諸先輩へ送りたい。
さて今日は晴れた。シバラクぶりの太陽は厳しい。頭がのぼせた。いま大泉町の人々を訪問し、話を聞いている。久保田議員の議会での発言どおりだ。多国籍、いや多文化共生社会の問題は生半可な政策では解決しない。基地問題を沖縄に押し付けたように、外国人労働力問題を一部の浜松、大泉、大田などの地域に押し付けて応援しないとの国の対応ではないと思うが、県としての応援もさらに必要だろう。小寺県政における政策である外国人未払い医療費の群馬県方式は私は大いに評価されるべきものと考えている。県が先導するべき政策だ。
ところで、熱射病の心配がある。今日も、午後4時、頭痛が起こった。おいおい、まだ始まったばかりだ。
ここで休むわけにはいかない。それに無職の身には医療費は余分な出費だ。通りの店で900円のつば広帽子を買い込んだ。手と首から上はもう真っ黒。