どうした日本!でも嬉しい。最終戦まで夢をだいて応援できることが嬉しい。初戦は、10人で、事務所のテレビで、2戦はJU群馬の中古車取引会場の巨大モニター利用の800人のパブリックビューで。敷島の電光掲示板は色が付かないそうだ。この興奮をありがとう。良くぞW杯へ行ってくれた。ジーコが日本に何で来てくれたのだろう。住友金属のグランドに降りたった神様。
勝ち組、負け組みを超えて~僕の考える地域社会。いろいろな人が、いてこそ社会に『色どり』がある。
1 人生は努力だ。努力すれば、勝ち負けも生まれる。これは勉強でも運動でも仕事でも政治でもなんでもそうだ。イチローや松井、すごいじゃないか。人に感動を与える努力だ。努力することはつらいけれども、疲れるけれども、自分を飛躍させるし 視野も経験も広がる。つまり、人生が充実することうけあいだ。しかし、努力したからといって『成功』するとは限らない。負けちゃうこともある。それもまた人生の真実。
2 だから大事なのは「勝っても、負けても」敗者復活が可能な社会のシステムと社会の気概だ。努力しても底辺の人はずっと底辺、努力しなくても上の人はずっと上というのはおかしい。そんな社会は絶対よどむ。だから、活力ある社会は「社会的流動性」が高い。つまり、いろいろ入れ替わるということだ(もちろん、入れ替わらない人もいる。それは、水面下で一生懸命努力しているからだ。流行っている老舗なんかはそうなんだろう)。これからは、何度も書いた通り、「人口減少かつ少子高齢化」。いわば重荷を背負って下り坂を下りるが如しだ。 そんな中でも、私は、まだ余力のあるうちに、この群馬では「流動性」を支える『敗者復活の社会システム』を整備したい。社会の流動性といっても、落ちるだけの一方向だけでは駄目だ。途中で張られた安全ネットとはしご階段は政治が作らないとね。そして、政治における『社会的流動性』の確保~多選禁止条例も用意しよう。
3 政治の世界も同じ。民主主義と選挙は、人権保障の為に政治がよどまないように「権力交代」を保証したシステムだ。しかし、権力というのは魔物で、一度手に入れると、楽をしてても権力の魔力で人がなびくことがある。その結果、既得権益とその死守で、地方では長期政権が続くことがある(それでも5期20年というのは全国で3県のみ)。アメリカなどは、2期8年に限定することで、その魔力、人間の欲望を断ち切った。理性的で合理的な選択である。
しかし、自ら権力から降りる人もいる。少し前で言えば熊本県知事だった細川護煕さん、三重県の北川さん、宮城県の浅野前知事がそうだし逗子市の長島市長がそうだ(彼はまだ30代なのに次の選挙には立候補をしないと表明した)なかなかできることではない。他方で5選して20年以上も1人で、権力を独占している知事は、全国で3人いる。福島県、島根県等だ。
だから、私は、人間の弱さ権力の魔力を遮断すべく「3選まで」と多選禁止条例の制定を訴える。それは、県政における社会的流動性を確保し、民主主義の進展に資すると思う。