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待ったなし!「右肩下がりの社会に備えよう」 vol2

「人口減少は群馬における、一大転換点なのである。」と書き込んだ。関連して続きを書きたい。

先日の委員会で知事室長が合併問題でも道州制への見識でも知事と同様のベクトルであることを書いた。後藤氏の見識が知事の補完であるなら残念だ。自己抑制することなく自身の感じるままを知事へ具申するべきだと、委員会で私は後藤氏へ伝えた。私は彼が知事とは別の視点で県政方向を示し、二人で議論することが補佐官の仕事であると信じている。同じベクトルなら、それは宦官の様な追従しかない。そして権力の暴走を助長するだけだからだ。

さて私は先に「絶対権力は絶対腐敗する」と書いた。人権論及び民主主義原理からは、権力集中とその長期化は、腐敗と「政策の柔軟性」を奪う。これは通常指摘されることだ。学校でもそう教えるとおりだ。だから、私は片山知事の発言を引用しつつ、「知事職の多選の禁止」を訴えた。そして持論では3選まで、ないしは「権不10年」というように、10年を区切りと考える。

この「時代の曲がり角」で日本人が経験したことのない政策転換をしつつ、将来の安心を創造する仕事に全力で打ち込むには、普通は人間の気力体力が続かないと考えるからだ。首相でも5年、大企業のトップで10年以上やる人はほとんどいない。気を抜いてやるなら惰性でできるかもしれないが、それは民選の知事としては、住民ひいては民主主義に対する愚弄である。

そして、この大転換点では、その政策の担い手は、旧来の政策を推進することに慣れてきた人はふさわしくない。だからいうではないか。「新しい酒には、新しい酒袋」と。小寺さんは、優秀である、それはよくわかる。しかし、優秀だからこそ、「人口増を前提とする社会で生きて、主要な施策を展開してきた元官僚」では、その従来の思考の延長線上から「逸脱」できないのである。

時代が大きく変化するとき、従来の政策からの「逸脱」「脱皮」が求められる。それが『生きる』ということだ。進化論もそうだ。『明治維新』は、旧来の施策を推進してきた幕閣にはできなかった。明治維新なくして、近代日本はなかった。

この群馬でも、これからの「右肩下がりの社会」という時代の転換期で、大胆に政策転換するには「政治の脱皮」が必要だ。私たちが、この群馬にこれからも「安心して暮ら」していくには、今、余裕のあるうちに『新しい袋』で政策転換を図っていくしかないとおもう。

だから、「群馬発、自由自治元年」なのであり、その基盤は、「多選禁止と県内分権」である。とりわけ政令市をつくり、身近なことは県を通さずに処理できるようにしたい。県は、その余力を、来るべき人口減少高齢化社会に備える政策推進に注力し、政令市以外の地域の全力サポートと、政令市との協同にあたる。
<小寺知事、後藤知事室長の二人が合併不関与のスタンスであるならこの大きな構想は示せない>
時代の変わり目では、死んでもいいという気持ちで事に当たらないといけない。

最後になるが、今回私は、人口減少への備えをかいた。機会があれば、人口減少による、ゆとりの創造についても述べてみたい。

今群馬の人口比率は可住面積あたりでは、日本の平均で1600人から800人(人/K㎡)。これが2020年に高齢化率が30%を越えたころから2030年高齢化率が3分の一を越えるころには、800人から400人と、今のドイツ並みにるという。現在、その比率の地域は北海道。しかし群馬は寒くない、温泉も豊富だ。その群馬が人口では北海道のイメージになる。群馬に住む人に「群馬の自然の恵みを享受してもらいたい」というのは、そういう前提で施策を推進したいということだ。群馬に生まれた人、群馬に来て群馬が好きな人、そしてこれから群馬に来てくれる人、みんながそういう「やすらぎ」を群馬で感じてもらえるようになってほしい。

都会に近くそして身近な自然に親しむ、そういう安らぎのある生活を自分が死んだ後の人に残したい。
そのために今、全力で、これからの10年「右肩下がりの社会」に備える政策転換が必要なのです。私はそれを強く訴えて行くために新しい政治のステージで活動を行わねばならない。

コメント (2)

内友:

いい意見ですね。明治維新もなんでも時代の変わり目では、従来の思考の枠組みの中でしか動けない人にまかせていては、手遅れになります。
今、パラダイムシフトが起きている証拠に、従来的発想をしない人が政治でも経済でも動き出している。小泉さんはいい例、村上氏も好例だったが、ルールー違反をしたからアウト。しかし、かような従来の枠組みで行動しない人が出てきているのが、時代の転換点の証拠です。村上氏のような人がいて、その屍の上に、新時代が切り拓かれていく。

内友:

ところで、群馬は温泉が豊富でいいですね。東京ではあの湯の香りに癒されるという「自然の恵み」による癒しはないですね。あるのは金を出してホテルのスパにいくことでしょうか。

どちらが幸せか?価値観によるというけれども、原点基本は当然前者です。理由は『人工物』は自然を手本にその「模倣」をして価値を作り出すものだから。
山本さんは、自然の大切さを理解したうえで、自分の死後に安らぎある群馬を残したい、という。
そういう意識がなければ、自然は破壊されるし、持続可能な社会の実現もできない。そういう心がけはきわめて大切だと思います。
振り返れば、群馬の尾瀬があれだけ残ったのも、当時の有為の人の努力のおかげ。白神山地もそう。だから今われわれがそれを享受できる。(しかしその後、尾瀬で風呂に入りたいだとか、場所をわきまえない意見の台頭でずいぶん汚されたときがある)
そして、そういう自然は これから生まれる人にも、残したほうがいいでしょう。民主主義とは、『今生きている人』のための制度だけではもちろんなく、過去と未来にそこで生きる(生きた)人のためでもあるからですね。もし今の人だけのものなら、それは人権主義に反する多数派支配民主主義に堕する。
叙勲などを自己の主観で時期方法を間違えて、ばら撒けば、
それは裁量権の逸脱乱用で違法となる。そういう傾向が政治に出てくると、危ういなあ。独裁政治の末期はどこの国でもそうだから。
群馬はどうなんだろう?

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2006年06月09日 00:34に投稿されたエントリーのページです。

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