長男麟太郎の小学校卒業式が近づいた。学校から卒業記念に頂いたDVDを家族で見た。子供達の学校での姿が写っている。たのしそうなクラスと豪華な給食に、私たちの子供の世代の学校生活をちょっと共有できた。オンボロ石炭ストーブとブリキの食器に耳の堅い食パンの私たちに比べると、ずいぶんな変わりようだ。でも、我々の時代が悲しい訳ではない。
さて、今日は草津と六合村の同志との会を行った。どの顔も私の政治活動の中で私を支えて下さった方々ばかりだ。その時々の思い出が浮かんでくる。そして訴えた。
25年前「葉っぱに裏に陽を当てる政治」を作りたいと、私は政治を志し小渕恵三代議士の書生になりました。 以来25年、その思いは変わりません。
今、県政には政治の無情に涙する多くの県民がいます。私には彼らの助けを求める声が聞こえます。「予算が厳しい。」と彼らの叫びは無視されています。予算はあるのです、浪費されているだけです。税金の浪費を止めさせること。県民還元する仕組みを作ることこそ、私の挑戦の意味です。
政治が切り捨てた多くの課題は、将来の社会全体を危機に陥れます。(学級崩壊が十数年後、社会崩壊に繋がるのです。)
社会の隅っこでそっと肩を寄せて生きる人へ陽を当てる政治の助けを待つ人を救出する政治を誕生させます。 誰も見たことのない新し政治の世界を私が皆さんへお見せします。私の挑戦へご声援を下さい
心の同志の前では、取り繕いも修辞も要らない。魂が叫ぶ。明日は嬬恋村。そして東吾妻町・・・4月1日の中之条町。こうして、ある意味では同志への別れの会が済めば、いよいよ中原へ進む。
今まではふる里の甘えが許された。これからは挑戦者の真価が問われる。