大雪災害の叫び
小野里さんの豪雪対策の被害者への直接助成や雪下ろし業者の価格の無統制による高騰阻止対策の意見は、まさに雪の被害の多い地方の叫びにも感じた。計らずも私のこのブログ上でも意見とも全く同じ内容だった
私がたった一日の雪かきボランティアとして水上を訪問し、数人の住民との雑談の中で感じ、利根沼田県民局から水上役場へ応援にでていた野本災害対策監へ具申した内容と同じと言うことに、ホッと安心した。
県議会の本会議壇上で、小野里氏の訴える住民の思いを叶える県政であって欲しい。
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小野里さんの豪雪対策の被害者への直接助成や雪下ろし業者の価格の無統制による高騰阻止対策の意見は、まさに雪の被害の多い地方の叫びにも感じた。計らずも私のこのブログ上でも意見とも全く同じ内容だった
私がたった一日の雪かきボランティアとして水上を訪問し、数人の住民との雑談の中で感じ、利根沼田県民局から水上役場へ応援にでていた野本災害対策監へ具申した内容と同じと言うことに、ホッと安心した。
県議会の本会議壇上で、小野里氏の訴える住民の思いを叶える県政であって欲しい。
本来なら、議事録の自分用メモを読み起こして書き込めば、相当の長文の2006年2月議会レポートができるはずだが、今日は止める。眠たい頭で、書き込んで失礼があってはならないから。しかし今晩、3つの事を書きたい。
CO2削減計画の失敗について。沼田の金子浩隆議員がパネルを片手に追及した。理事さん達が、懸命に取り繕いながら答弁していた。理事は「県民の多くに理解がないと成功しない。」と言うが「県民の善意に期待する。」だけで良いのか?県民が協力するような仕組みを作るべきだ。例えば「まきストーブの普及政策」などの事からはじめるべきだ。知事がプレジデントをプリウスに変える位はできるだろう。山本企画担当理事のいつまでも「県民の啓発を行う。」は聞き飽きた。やる意志がないなら、辞職するべきだ。
障害者自立支援法は障害者雇用などの制度と一体だ。自己負担だけ要求するなら不当だ。と言う福重議員の質問。成る程と同感だ。「法定雇用が下がっている。」と他人事のような発言ではスマナイ。法定雇用を上げる助成、特例子会社の設置への助成。企業は、人情ではない、打算だ。企業が障害者の雇用を進めるような政策を作るべきだ。いつも社会の隅っこに、キチンと視点を持っている福重さんの質問は、私に気付かせてくれることが多い。
そして、最後の質問者である亀山豊文議員の知事への県政運営を質す質問。私は拳を握って聞いていた。自民党県議団の中核にあり、いつも自己抑制された理性的スタンスであり、そしてヒューマニティーに溢れる亀山氏の県政の歪みを直そうとする質問に、ただ尊敬を心から感じた。誠意に充ちた、そして正義に裏付けられた発言だったと確信する。
一般質問が終わり、ホッとしている。今回の場外乱闘の中で目立たなかったが、沢山の県見の声が本会議壇上で議員の言葉から出た事を報告しておく。我々の政党も自身のHPにおいて、選挙制度についての提案説明と知事への反論を公開している。党4役の意見で公開する事になった。金子総務会長の提案説明。南波政調会長の知事への反論が掲載されている。
さて、知事の「議会の選挙制度への提案」は昨日の議会運営委員会で、否決された。翻れば、何ら波紋すら審議に与えなかった知事提案だった。何故この様な無理な形で知事は、議会への提案を行ったのかの疑問だけが残った。勿論、提案の中身が間違えているのではない。前から私は言ってるように、知事提案の中身は賛同できる部分がある。私が間違えていると言っているのは知事が議会の形を提案した行為そのものについてなのだ。知事提案に何か空虚な思いを感じるのは何故だ?
それを表している言葉が、金子泰造氏の文脈にある。『翻って県政に於ける二元代表制、つまりは、議会議員及び首長の双方が住民の直接選挙によって選ばれる制度のもとでは、両者は本来、抑制均衡の権限関係の中でそれぞれの役割を果すことが期待されているのであり、議会自らが、断固として、自らの手で議会改革、そして定数削減に臨むこと、自らの英断を以て民意に応えようとする意志を敢然と内外に表明すること、この思いを中心に据えて、鋭意取り組んで得た集約であったということであります。』との言葉の中には『権力者である知事は自身を監視する議会の在り方への言及は自制的におこなうべきだ。』 との意味が込められている。
審議に混乱は与えたが論理的な影響を起こさなかった知事提案だが、政局の大きな流れを生み出したことは確かだ。これからは、「選挙民を意識した演出を如何に行うか?」かが知事においても、議会においても重要になる。ただこの点では知事のほうが数歩先に行っているが・・・。我々議会は知事に貼られた「守旧派のレッテル」を如何に払拭するかの努力を迫られる。
さて、一般質問が終わり、いよいよ論戦は委員会へ移る。今まで遠慮して私は30分ほどの質問時間だったが、今回の常任委員会では正副委員長にお願いして60分を貰いたい。
このブログのへ書き込みを使って私が管理者をしております「群馬県の行政を考えるメーリングリスト会員」へご連絡した内容を報告します。ブログ運営とML運営の間で私が最近感じていた事であり、この書き込みによりブログ読者へダブルポストになることをご報告します。
***********書き込み一号*********
「◎知事案否決、議会案可決=県議選区割り・定数見直しで-群馬県
群馬県議選の区割りと定数見直しをめぐり、知事と議会が対立している問題で、議会運営委員会は2日、知事提出の見直し条例案を全会一致で否決し、議会案を賛成多数で可決した。小寺弘之知事は「(審議は)消化不良の感が否めない」と不満を口にした。 同日の本会議終了後開催された議会運営委員会では、条例案をめぐって知事と議会側の激しい応酬が繰り広げられた。議会側は「知事案の方が1票の格差が大きい」などと指摘。知事が求めた「納得いく審議」に関しては、「かなりの時間をかけて論議してきた」と反論した。 小寺知事は「1票の格差は少ない方がいいが、原理原則を尊ぶとこうなった」などと応じた。 県議選区割りや議員定数の見直しをめぐっては、50に削減などとする議会側と45に削減などとする知事側が対立。双方の溝が深まった点について、同知事は「自分としてのビジョンをもって進んでいかなければならないと思っている。安易な妥協というのは県民のために幸せをもたらすことにならない」と語った。(了)」
との時事通信の記事を流用して報告します。
知事の主張は群馬県HPで
そして我々の主張はhttp://www.jimin-gunma.jp/でご覧下さい
本来なら、両者の主張を項目毎に比較検討する論評のページを加えたいのですが、怠慢から皆さん読者の負担でお願いします。
ただし、私は私のブログで主張しているとおり、「知事案」も我々の議会内議論においては、一部議員の主張として議論された中身であり、その正当性を否定はできません。誰もが納得できる案はありません。最大公約数としての今回の提出案をそれぞれが不満ながら受け入れたのです。その受け入れた基準こそが、自民党HPにおける南波政調会長の主張であり、その大儀を不満な方々も納得の根拠にしたのです。
さらに、今回の知事の提案の危うさは、「自分を監視する機関の形を自己都合で変える。」という事です。「60よりは45人のほうが知事は監視者が少なくてやりやすい。」では自己都合です。権力を持つ者は、けしてその監視機関の在り方に介入しない自制が必要です。ただしこの件では、議会が県民代表機関としての機能を果たしていないという県民意識があり、納得できない県民も多いでしょう。「議会は少ない方が議会費が減って良い。」との主張は議員としては受け入れられませんが、「無駄飯食いはいなくて良い。」と県民に評価されている議会は危機感を持つべきでしょう。今回の議論が議会の議決権によって議会案可決で決着しましたが、これから議会改革のスピードがその議決の正当性を左右する事は肝に銘じなくてはなりません。
『我々議会の活動によって、税の無駄を阻止し、県民生活のために効率よく支出される。』
議会が県民の側で頑張っていることを知らさなけれねばなりません。海外調査の報道をやらせ報道、偏向報道だとばかり否定しては駄目です。議会の我が身を切る改革こそ県民の信頼回復には必要なことです。
*******************************
今日、妻の兄夫妻の吾妻町萩生にある、「どんぐり亭」という名の山荘を訪ねた。彼らは、この山奥の小さな山小屋で、不登校の子供達を週末、預かっているのだ。その活躍はいろいろな媒体で取り上げられその関係の世界では少し知られた存在だ。一時間ほどの滞在だったが、有意義な話を聞かされた。
・ 学校現場の教員に大きな負担があること。しかも懸命に子供を思う教員にほど負担がある。
・ 学級の中で、幸福度が低い子供をケアすると、その学級全体が見違って良くなること。
成る程と思った。問題児を排斥するのでなく、教師とクラスの子供達で支えてやろうという雰囲気を作れば、みんなが幸福になるだろう。この成功体験を幾度も経験しているという兄夫妻は幸福と感じる。
○平成18年度県当初予算案について
1県債残高について
歳入関係では、県債発行額が721億円で、平成17年度の828億円から107億円の減額となる。歳出関係では、公債費が895億円を予定しており、県債発行額よりも公債費が大きい。借りるお金(県債発行額721億円)よりも返すお金(公債費895億円)が大きい。
しかしながら、県債残高は、平成18年度末に9,614億円を見込み、平成17年度末残高の9,597億円から増額となる見込みである。県債発行額は減額になる一方で、県債発行残高が増えることとなるが、この理由はなにか。
2費用対効果について
地方自治法第2条第14項に「最小の経費で最大の効果をあげるようにしなければならない。」旨の規定がある。平成18年度予算案については、各局のマネジメントによる予算編成方法を取っているが、単なる金額のつじつま合わせになっていることはないか。財政サイドから示されたシーリング枠内で予算額を詰めた結果と思われるが、はたしてその予算額についての効果はどうなのか。近年はこの方式で予算編成を行ってきているが、その効果の検証はしっかりなされてきているのかどうか。予算がないのでこれしかできませんということを理由に、はたして事業の効果が得られたのか、目的が達成されたかどうか、そういったことの検証をなおざりにしてこなかったか。
3指定管理者制度の導入について
当初予算案の「5つの柱」のうちの「行財政改革」について、指定管理者制度の導入を上げている。この4月からの実施に向けて、管理費用や利用料金を詰めたりなど、基本協定・年度協定の締結等の事務処理を進めている状況にあると思われる。
そこで、制度導入後の件についてであるが、基本協定、年度協定に規定されているとおり、運営されているか否かのチェック体制、チェック機能はどうか。指定管理者へ委託してしまえばそれで終わりというわけにはいかない。指定管理者へ委託したことによって、行政サービスが確実に充実・向上が図られていることが立証できない限り、指定管理者制度の導入の意義がない。
また、個人情報の保護についても、確実に適正な処理がなされていなければならない。指定管理者制度の導入後、いかなる監視体制、チェック体制で対応することとしているのか、具体的に示してほしい。
昨夜は寝付けなかった。布団の中でも、議会広報予算として提案されている「テレビ中継=3750万円」への納得が行かず、ついには起き出してデスクの電灯を付けた。整理して見ると問題点が浮き上がってくる。
1 我々図書広報委員会はインターネットライブ中継とオンデマンド録画ライブラリーを検討。県外へ調査に出掛け、そして550万円のネットライブとオンデマンドを予算要求した。(大多数の県で、インターネット利用の情報公開が行われている事に群馬県の遅れを感じて焦っていた。)
議会の職員が予算折衝へ。財政難の降り、550万円の予算は苦戦すると思っていた。ところが、インターネット中継どころか「群馬テレビの本会議質問の完全生中継=3750万円」になったとの報告を議会事務局より受けた。
2 我々は、ネット中継などの勉強はしてきたが、完全生放送仕様の運用規則も作っていない。これがないと、何か問題が起こったときに対処できる基準が無いという事になる。
・議長が質疑を中断した場合の放送はどうする?
・自分の政治的な成果を繰り返し必要以上に発言する議員はどうする?
・不規則発言で、議会運営委員会で発言取り消しになった場合は?
・・・・
国会でも生中継だから心配無いと思うが、議会として運用規定が不明であるのに議案を審議するのはキツイ。
3 私が加わる図書広報委員会が直接の管理下になる予算案なのに、私自身が、熟知していないことに途惑う。
4 群馬テレビの中継への変更が議会職員から報告されたとき、「テレビ中継になるのか嬉しい。」と考えたがオンデマンドの必要性もあり、「ネット中継・オンデマンドを先にするべきではないか?」と質問した。職員曰く「テレビが先で、あとから群馬テレビの映像を貰って、変換した動画データを議会のホームページに貼ればいい」、ところがそのネットへ流用は著作権が制作者である群馬テレビにあると判った。インターネットのオンデマンドの製作を頼む場合は著作権は割安だが、2次利用を他のネット事業者に任せるとテレビが著作権料を請求される。
これでは群馬テレビへ仕事を出すことを前提に予算案を作ったとしか思えない。群馬テレビがネット事業者のビジネスまで取ろうというのは可笑しい。
今重要な産業シーズであるコンテンツ産業は育たない。県は、県の事業実施を如何に新産業の芽をのばせるかの観点からも考えて欲しい。映画のロケ地を提供するフィルムコミッションも観光面では重要だが、映画ならコンテンツ産業ではないのか?特に群馬はその有利性があるはずだ。ところが活かせていない。伊勢崎工業高校のデザイン課を廃止反対の請願がある。旋盤工の学科より、映像デザインや映像リテラシーへ対応できる学科が必要ではないか。群馬テレビは下請けの制作会社などの映像デジタル産業界の裾野の県内における拡大を行っているのか?
勿論、テレビに60分間、自分が質問席にいる映像が流れるのは嬉しい。質問に力が入る。多いに選挙運動になる。でもこの3500万円の予算案、モット考えて判断したい
「前任の図書広報委員会、担当職員がその積み上げてきた議会広報のステップを、予算編成権者が3800万円の札束でひっぱたいた。」のが私の実感だ。500万円のネット中継より、3800万のテレビ中継のほうが見やすいに決まっている。ネット社会の意味を知らない議員も喜ぶかも知れない。それで、いいのかな?疑問が湧いてきたのだ。
「知事のテレビ利用の恐れ。」を危惧したのではない。それなら、議員の自己宣伝の場になる事も同様に心配だ。だから基準が居るし、ライブラリーの録画が議会運営委員会でこの基準をもちいて、修正済み録画の公開をする手続き論も整備しなければ・・・。だからこそ、昨日の委員会では、キチンと最後まで確認した。
議会広報が地上波生中継なら群馬テレビ以外の選択肢は無くなる。『議会の裁量権があるか?』どうかを確認した。財政課長の答弁は「視聴頂ける人の実態を考慮して議会の方でご判断頂きたい。」
やった~。議会の放送を議会で企画する。図書広報の議会便り制作と同じだ。
控え室に戻り、議会ネット中継について、頑張って来てくれた私の前任の図書広報委員である久保田順一郎議員に報告した。何しろ彼は、情報化のプロ。プログラム言語を操るピアノマン。自民党議員団の部屋に無線ネットワークまで作ってくれた私の師匠。議会ネット広報がここまで来たのは彼の努力だろう。
「議会中継の運用規定から始まって、ストリーミングのサーバー容量など、やることばかりだよ。次回の図書広報は楽しいですね。」
だらだら生中継が広報機能として高いとは言い切れない。「ネットと放送の協働」というライブドアの主張を実践してみせる。たぶん1年後には、自宅のテレビでネット中継が見られる時代もくる。
知事さん、心配しないで欲しい。中立で、自己抑制のある広報をします。少なくとも図書広報委員会で『議会便りに知事の横暴を書こう。』なんて意見は今まで出たこともない。『知事提案の副知事2人制否決』ではなく、『新副知事誕生』と書いたはずだ。それが政治の我慢だろう。公費の広報で、政敵の揚げ足を取ることは遠慮する。やせ我慢。
やるなら自腹で勝負するんだ。
今まで自分の財布で選挙をしたことのない人間には無理だろう。「えっ。選挙に金がかかるのですか?」小寺さんの言葉だそうだ。『自分の財布と税金の区別もできなくなる程、長くやっているあんたが問題。』判らなくなってしまった人に、権力を与えている危険。このチキンレースを終わらす為には、どちらかが自制をすることだ。或いは、体当たりでコースから消えてもらうか?そろそろ『脱・痴呆政治』の旗を揚げるか。
昨日、今日、大勢の仲間と事務所で作業した。懐かしい雰囲気。決まって昼食の箱弁当を輪になって食べるとき、自家製の漬け物がテーブルの上に並ぶ。私はきんぴらと、胡麻和えの菜の葉が好物だ。弁当屋さんの箱弁より、近所衆の持参のおにぎりでお腹一杯になる。
一万通の郵便を投函した。ゴムに指サックの痕が痛む。しばらくぶりに会う仲間。これが選挙のたのしみだ。私が立ち上がる時、必ず駆けつけてくれる。不思議な縁に結ばれた仲間達。有り難うございます。2日間、まだ冷たい風の吹き込むプレハブ小屋で、クッションのない様な折りたたみ椅子に腰掛けて作業を有り難う。
「ふる里の同志へ告げる、私の檄文と約束」は届くだろうか。ポストにではなく、ふる里の仲間の心にだ。長い間、こんな龍を支えた仲間達は、一体如何なる気持ちで私の一文を読み続けるか。止むに止まれぬ思いを、気まぐれと取るか、慢心と感じるか、それとも共に決起の山びこになるか。
私は、夢想する。「誰も見た事がない政治をお見せしょう」と私がドアを開ける瞬間を。
その為には、まず選挙の形から変えることだ。誰も思いつかない選挙を見せることが、私の夢の具現性の証拠だ。その挑戦出発まで100日。
昨晩。群馬県の自民党という世界の中では、エポックメークが起きた。二つのグループが消滅する事は、政策や政局を一つのシステムで動かそうということになる。議会会派制とは、その会派が所属議員の多様な意見を一定のシステムで纏める事。したがって、議会には会派数だけの主張が存在することになる。
自民党内に二つのグループがあっても、それは議論集約のシステムとすれば有益だった。ただ、政策的な差異がない。集約のスピードのロス。等を考えれば、自民党政調会の機能に委ねる事が当然だと考える。
また、政局においても同様だ。最大の課題である国政選挙についても、衆議院議員は各小選挙区の候補、参議院は山本一太議員、中曽根弘文議員の各一名で、自民党一本化が規定の事実になった。派閥解消が期待されながらも、こんなに早く長年続いた党内グループが解消されるとは信じられなかった。昨晩の会議室で、大沢幹事長から決意が読み上げられて、はじめて実感した。党執行部とその原動力になった議員さん達に敬意を申し上げたい。
今日の上毛新聞に知事選に関する記事に載っています。吾妻郡の仲間宛てに郵送した文章を入手された記者さんから、取材を受けていましたのでいつかは、記事になると思いましたが。朝起きて自分自身も驚いています。報道機関とすれば、事実上の立候補の動きと判断したのでしょう。私は、6月議会まで、コツコツと政策論を積み上げ群馬県政に貢献していきます。今は、議員の使命だけで一杯であり、辞職してから新たな政治活動を行うつもりです。
このブログは議員活動を報告するものです。議員である以上、この形で続けてまいります。
障害者の福祉サービス負担を軽減=京都府
京都府は、障害者自立支援法の施行に伴い、障害者が福祉サービスを受ける際に生じる自己負担を緩和する独自の支援策を実施する。市町村と連携して行い、経費は府と市町村が半分ずつ負担する。関連経費35億3000万円を2006年度一般会計当初予算案に計上した。
同法施行に伴う独自の軽減策は、都道府県レベルで行うのは京都府が全国初という。国が3年後に制度を見直すまでの暫定措置。
同法では障害者が在宅福祉、補装具、自立支援医療のサービスを受ける場合、上限額の範囲内で費用の1割を自己負担する。上限額はサービスごとに所得水準を4~6層に分けて設定してあるが、府は6~8層に細分化し、大半の所得層で自己負担額を国の制度の半分以下に抑える。
所得層と上限額との関係も実態に配慮して工夫。例えば年収が80万円超で市町村民税非課税の人のうち、障害基礎年金1級および特別障害者手当のみの受給者は同80万円以下の人と同じ額とする。
これらのサービスを重複利用した人の負担を軽くするため、合計額の上限を設けたのも特色で、所得に応じた自己負担限度額を7500~3万7200円とした。
このほか施設入所の知的障害児・者のうち軽度の人が受ける医療費も、3割負担から1割に軽減する。(了)(2006年1月31日/官庁速報)
今日の太田市長と教育特区校への助成金に関するやり取りを聞いていて、その性格がこの件では問題解決を遅らせていると感じた。「まず太田市が責任を持つべき。」との主張をどの観点の質問に対しても行っていた。また交付税の分け前論を主張する太田側の質問には「交付税の使途は自由。」と繰り返していた。それはそれで、正当な回答だろうが。問題解決へ努力を示すモノではなかった。
今日、太田市選出の議員団が相次いで両者に質問した。「問題解決の気持ちがあるのか?」「その為に何をすべきなのか?」との質問が、何かを生んで欲しい。
両者の主張も良く判った。そしてそれぞれが充分な時間で自己主張できたことは、それぞれも良かったと思っているだろう。「これだけ説明したのだから、判っただろう。」的な態度では困るが。
しかし、この問題の場外戦が悪い。教育長が太田特区校へ「英語教育を小学校からは疑問」と発言し、私学協会の方からも、「特区校は私学ではなく助成金は不要陳情」。まあ、これらの声も県民の声と尊重しなくてはならないとはいえ権力者側のコントロールの中で動いている様な感じもする。
JRの緑の窓口が廃止。オンライン切符販売システム「簡単かえる君」が運用開始
午前中の地域活性化委員会の質疑。平田議員から、麦生産の農林省政策変更に伴う、山間地生産農家が麦の耕作継続ができない問題への指摘。金子一郎議員さんからも、農業普及員の不足による農家支援の脆弱性の指摘。こんにゃくばかりでなく、群馬の農産業全体が危機感を持っているのだと感じた。
早川議員さんからは、吾妻線の窓口における切符販売の廃止とオンライン発売機の導入による観光・防犯への不安が指摘された。交通政策課長から、厳重に抗議をJRに行った。」との答弁があり、議員と県庁職員がともに共通の危機感を共有化していることを感じ、シバラクぶりにホッとしている。
この問題は、交通政策面においてさまざまな政策でJRを応援している群馬県としても裏切られた感情をもって対応しているようだ。また今後のJRが不採算路線の切捨てに入ることを防ぐような取り組みが必要だ。
今日の委員会で特別委員会の副委員長としての役割の多くを終えた。委員会報告書の制作が残されるだけだ。岩井賢太郎委員長の補佐として、不十分ながら行動できたとホッとしている。新聞報道では岩井賢太郎議員の市長選転出が予定される中、地域活性化委員会の委員会運営で、多くの指導を頂いた事に感謝している。
さて、私は、議会内会派である、自民党県議団を退会する事を決断しました。自由に自身の政治活動を許される立場になるべきと考えます。同時に、私の政治活動の投げる波紋が党の運営へ混乱をきたす事を恐れます。今日同期の8名の方々から、配慮ある言葉を頂き、私は我が儘ですが、会派離脱を決断しました。多くの同志先輩議員、党執行部が私の行動を見守り、そして寛容な対応をしていただいた事に心からの感謝を捧げます。
議会が代表するところの、民意が尊重され具現化される地方政治の復活のために議会議員として、議会におれた経験を生かして、これからの私の政治活動を貫くとこで議会で受けた指導に報恩できると信じます。
自民党議員団の健勝を祈ります。同様に議会同志としてこれからも友情の絆の続く事を祈ります。
若手市議会議員と意見交換を行った。同君は、児童福祉施設で生活する青年達が18才で退所する際、自動車免許の取得費がないため、就職活動に悪条件であること。同様にアパートの入居金などの面でも苦労している事。施設の理事さん達が、善意の貸し付けなどで対応している事。これらに対して、行政への応援を求めたい旨の趣旨の意見を熱っぽく語った。
予算書が手元にないので、不確定だが群馬県は昨年フランシスコの会の児童福祉施設への施設整備助成を行っていた。この予算はたぶん数億円でなかっただろうか?けして県政が児童福祉への対応をしていないとも思えないが、施設の管理者の善意へ甘えている面も多いのだろう。
社会が成熟して豊かになった今、これらの施設には、両親のいない少年達ではなく、両親ともいるが、子供の養育を放棄してしまったが為に施設に入所している割合が、圧倒的に多数を占めているとのこと。遊びが楽しくて、子供を放棄している親を助ける為に児童施設があるのでは悲しい。
さて今日の委員会。わが総務常任委委員会では、太田市の私立小学校への助成への県、市の話し合いを前提決議として予算案を可決。私も「知事が示唆した問題点をこれから逐次解決する為の事務局同士の話し合いから積み上げて欲しい。」と質問。総務理事も前向きな答弁だった。
最後に委員長から、唐沢総務理事を始め、今年度で退職される職員への激励、そして代表して総務理事から挨拶を頂き、閉会した。小野里委員長から、これからの人生へ期待しますとの送別の辞。唐沢さん、皆さんご苦労様でした。特に吾妻県民局長として、沢山の貢献をたった数ヶ月でされた唐沢さんへ心から敬意を表します。最初にできた猪料理で回顧の祝いをやりたいモノです。
今期の総務委員会は問題が山積した。小野里、織田沢正副委員長へご苦労様でしたともうし上げる。
自民党県議団と群馬県医師会懇談会が群馬県医師会会館の大ホールで行われた。
鶴谷会長さんの挨拶において
「生活習慣病への予防対策」
「県民皆検診」
「医師の偏在」
「小児救急」
「周産期医療」
「医療スタッフの不足」
などの対応についての趣旨について語られた。私はその中で最も会長が主張したかった事は以下の事だと感じた。
「市場原理主義は社会保障には馴染まない。社会保障とは市場原理の敗者もふくめ救済し支える制度だ。群馬県の政治がその視点を失わないようにせよ。」
その事を感じたのは、同席の医師会の方々との会話を通じてだ。
「検診も実施自治体への助成金が交付税化されてから、首長の判断で何処へ使われても良くなった。県は隔年だと言うが、ガンは若者なら年に2回は必要だ。」
「医療に予算が無い。県が自分で推薦した**検診も機器購入の半分補助でやってくれと言う。」
「小児医療緊急の拡充が必要だ。」
「ドクターヘリもいいが、それより群大病院の近くに高度緊急救命センターを設置。」
「重粒子線治療、とても儲からない。でも群馬県の医療を大きく持ち上げるだろう。」
つまり医療が、医師個人或いは病院ではなく、医療政策という政治的な意志によって左右されているという事だ。その事を医師会の方々から聞くことは、政治的な仕事を持つ我々は責任を感じる。
そうだ。市場は利益を目指して動き、少数の金持ちを生み出す。社会は政策によって動き、敗者を助ける。
一握りが大喜びするので駄目だ。
一人させ泣かない県政を目指す。
昨日、書き込みができませんでした。改めて昨日のコメントです。
吾妻町と東村のそれぞれの閉町、閉村式が行われました。多くの住民に見守られて,町旗と村旗が畳まれ桐の箱に納められました。故郷のシンボルをもう見納めという感じに、多くの参加者の目に涙が浮かんでいました。
しかしこれは悲劇ではありません。自立を選択した町村にも、合併を選択した町村にも同様に不安と困難が待っています。むしろ、故郷作りの最初の一歩になるのです。
しかし、本当にこのような、国家に誘導された、強いられた合併が自治の活性化に繋がるのかという疑問は残ります。それは後数年先にわかることです。国家にも、群馬県にも、この合併が良き結果を生むように積極的な政策を期待します。そうでないなら、合併はただ、村を失っただけになります。
「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。」との田中正造先生の言葉を思い起こします。
2月議会最終日。そして私の自民党県議団員としての最終日。そして、岩井賢太郎、石原条、岡田義弘各議員が、それぞれ市長選転出での議会の最終日を迎えた。
これも歩みだ。二本の足が地面に着いている状態=立っている=安定。しかし進むには、どちらかの足を浮かせて、上体を前に倒すことが必要だ。自らの意志で不安定な状況を作って、進むのだ。
なかなか、我が身を投げ出す勇気は出ない。私が、自民党の控え室から両手に荷物を持って階段を下りようとしたとき、議会正面ホールで拍手が起こったのが聞こえた。見下ろすと、岩井賢太郎議員が、大勢の人に囲まれて花束を受けていた。「長い間、議員活動ご苦労様でした。」と聞こえた。後援会の方々が、同氏の最後の議会に集ったのだと判った。こんな感動に囲まれているからこそ、勇気を持てるのだと感じる。
さて、出納長の任期延長の議案の否決、太田アカデミー助成の付帯決議、教育長の不適切な記者会見・・・色々あるが書きません。ただ、南波政調会長の討論演説は中身が濃かった。この一文を自民党のウェブで公開すれば、今の県政を多くの方々に理解して貰えるだろう。
知事は、「立派な出納長を再任に同意するのが当然。」と言う。同感だ。後藤出納長の能力は評価する。問題の本質は小寺弘之知事にある。
長男麟太郎の小学校卒業式が近づいた。学校から卒業記念に頂いたDVDを家族で見た。子供達の学校での姿が写っている。たのしそうなクラスと豪華な給食に、私たちの子供の世代の学校生活をちょっと共有できた。オンボロ石炭ストーブとブリキの食器に耳の堅い食パンの私たちに比べると、ずいぶんな変わりようだ。でも、我々の時代が悲しい訳ではない。
さて、今日は草津と六合村の同志との会を行った。どの顔も私の政治活動の中で私を支えて下さった方々ばかりだ。その時々の思い出が浮かんでくる。そして訴えた。
今、県政には政治の無情に涙する多くの県民がいます。私には彼らの助けを求める声が聞こえます。「予算が厳しい。」と彼らの叫びは無視されています。予算はあるのです、浪費されているだけです。税金の浪費を止めさせること。県民還元する仕組みを作ることこそ、私の挑戦の意味です。
政治が切り捨てた多くの課題は、将来の社会全体を危機に陥れます。(学級崩壊が十数年後、社会崩壊に繋がるのです。)
社会の隅っこでそっと肩を寄せて生きる人へ陽を当てる政治の助けを待つ人を救出する政治を誕生させます。 誰も見たことのない新し政治の世界を私が皆さんへお見せします。私の挑戦へご声援を下さい
今まではふる里の甘えが許された。これからは挑戦者の真価が問われる。
格差社会についての報道が目立つ。私が「希望格差社会」を読んだのは今から**年前。それが現実になっていると感じる。
小泉総理の「どの時代にも格差があった。」というコメント以来、小泉改革をこの格差拡大の原因だとする意見がある。改革によって得た資源が格差縮小の促進に向けられていないからであり、改革そのものを否定するのではない。
政府は失業者の再就職を促進する仕組みを研究するとの報道を見た。今頃かと感じる。中央政府の主導で行われている「若者ジョブカフェ」との若年者就労斡旋も群馬県内で3カ所行われているが、何か形ばかりで実効性がどの程度あるのか疑問に感じていたところだ。雇用不安のない役所が雇用不安解消政策を考えるというシニカルな話。
近代社会の構造転換
社会科学の従来の考えでは、社会が発展すると、社会はより安全になり予測可能かつ制御可能になる。そして人間の生活は豊かになると思われてきた。ところが、現代社会が向かっている方向は、「社会の不確実性が拡大し、生活がリスクを増し成功者の影で、弱者が社会からはじかれる、その結果、社会秩序は崩壊する」
リスク化と二極化は避けられない世界の流れである。そしてそれらは相乗効果を及ぼしながら社会的な強者と弱者を作り出していく。リスクは意志でもって避けられない。避けるためには能力が必要。健康保険もコストがかかる。倒産すれば、再就職は能力のある者しかできない。再婚の美人が有利だ。負け組はリスクを事前にヘッジするコストを払えない。そしてどんどん負け続ける。
二極化の加速している。大企業の連携。或いは勝ち組同士の結婚、負け組同士の結婚そして生まれた子ども達。20年後30年後には絶望的な格差となる。希望の格差が拡大する。
リスク化と二極化が不可避ならば、これによって作られた弱者への社会的な対応が必要。では何をすればいいのか。個人的な対処への公共的な支援が必要だ。能力を付けたくても資力のない人へ能力開発の機会を、努力すれば実感出来る仕組みを作る事。
具体的には
・ 学校や職業訓練システムでは資格と収入の保障制度
・ 夢を追うフリターには就業カウンセリング
・ コミュニケーション能力の向上[出会いを活かす能力]
・ 様々な家族リスクへ対応した社会保障制度[婚訴訟費用貸し付け、]
・ 「13才のハローワーク」の様にキャリアカウンセリング事業を低年齢時に行う
・ 高齢者年金の反対の若者支援金
小出しの政策でなく、インパクトのある政策へ集中する事が必要だ。
税システムの機能の一つは、「豊かさと貧しさの平均化」ですね。慈善運動によって、個人が貧しい方を支える事が時間的に難しい場合、税は簡単な善意の寄付ですね。(スラムがあることを嫌う富裕層がスラムの解消のために納税する場合もあるでしょうが。)
税を決定する政治は、つまりは財政によって社会を支える役割です。政治に係わる者は、「格差を肯定」するべきではありません。格差を無くせないのは判ります。でも底辺を少しでも上昇させる努力は政治の義務です。今の経済の仕組みでは、頂きにいる人々は、政治の手助けなど必要とせずドンドン上昇していきますから、いつまでも格差はあり続けるでしょう。格差解消は無理でも、私は社会の底で暮らす人々を政策の最優先にするべきと私は考えます。
25年前「葉っぱの裏に陽を当てる政治」を作りたいと、私は政治を志し、小渕恵三代議士の書生になったと書き込みました。「誰も泣かさない県政を創ろう」と今回の挑戦を決意したと書き込みました。そう書き込んだ私が、「格差を是認」はできません。
忘れていました、写真展の広報をすることを。残り数日ですが、機会を見てお出掛け下さい。〈ごめん、雨宮君。明日家族でいくから@@;〉
私の高校時代の同級生からのお知らせメールをそのまま広報させて頂きます。
22日(水)より28日(火)までの期間、
【スズラン高崎店・地下1階美術工芸サロン】にて
めぐみちゃんと家族のメッセージ ~ 横田滋写真展
** めぐみさん 家族と過ごした13年 **
という催しがあります。
http://sukuukaigunma.syuriken.jp/index.html
http://www.suzuran-dpt.co.jp/ta_saron.html
東京(有楽町マリオン)、京都、新潟に続く4ヶ所目の開催になります。
朝日新聞の記事を抜粋すると
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横田めぐみさんが誕生してから、77年11月に北朝鮮に拉致されて行方不明になるまでの13年間、父親の滋さんが撮影した写真約50枚や、拉致関連の報道写真など約20枚のほか、めぐみさんの作文や手紙も公開される。
公開する写真は、カメラが趣味の滋さんが「お嫁に行くときに持たせようか」と撮ってきた。家族の幸せを奪った残酷さを訴えるため、古いスナップ写真をデジタルデータにし、大きなパネルとして復活させた。
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とのことです。
入場無料、今回は署名カンパ活動もありませんので、群馬在住の方はもとより、お買い物ついでにでも是非お立ち寄り下さい。
横田めぐみさんが、13才で拉致された。中学生一年生。吾妻で行われた横田めぐみさんのご両親による講演会において、激励の歌を歌ってくれた子供達を夫妻が愛おしそうに見つめていた目を思い出す。
私の長男の卒業式が昨日あった。私も父兄として、参加できた。6年間、元気に学校へ登校するのだけが自慢の少年だが、私には楽しい時間を作ってくれる話題のネタでもある。彼自身周囲を笑わす事が好きな芸人でもあり、妹とのおふざけは夫婦の元気の素だ。
彼の12年間の人生の中で、私が関われた部分がどの位あるかは判らない。でも、私のこの12年の中で、彼に関われた部分は輝いている。その彼も、春から中学生になる。
県議会から勇躍、市長選へ出陣される岩井賢太郎さん、岡田義弘さんの立候補予定者の選挙事務所を訪問した。選挙の形は様々、私も含め皆違っている。私はお二人の選挙の形を羨望してみてきた。長い地方政治家としての自負と責任感がひしひしと伝わってくる。
さて、夕方、6時横田めぐみさんの写真展に間に合った。「普通の少女が引き込まれた陰湿な国家犯罪。何処にでもいる家族に突然襲いかかった。その事実を示すために敢えて普通の家族の写真を晒す。」との趣旨のご夫妻の文章が会場に置かれていた。その通りだと思う。普通に暮らす一家。何処にでもいる家族。何で彼女が選ばれたのか?だからこそ、その不幸を我々普通の家族は悲しむのだ。そして何かができないのかと思うのだ。今日も1000名の方が訪れたと係の女性が話してくれた。普通の家族の団結は政治的には非力だが、娘を奪われた夫婦を励ます事は出来ると信じている。
自宅へ向かう途中、書店に寄った。
「脳の中の人生:茂木健一郎」
「下流社会:三浦展」
「10年後の日本」
の3冊を選んだ。読む時間があるか?不安だったが文庫の気安さで購入した。感想を纏められれば報告します。
最後に、後藤出納長の一般職への任命について。知事室長との記事。観光局新設の後だけに、この新ポストに就任ではないかとも思っていた。(観光地を背景にする私への対策上の観光局設置とも邪推したが・・・)
ゼネラルな守備位置を考えれば、知事の妙案だろう。観光局や県民局土木調整費の増額は、実は私の主張であり、後援会の方へ配布した冊子に記載されている。もっともウェブで公開済みですから知事さんもご存じでしょう。是非私の主張をこれからの小寺県政で実行して頂きたいものだ。任期三期までとする多選禁止の実現は小寺県政には事実上不可能だが。
月曜日は忙しい。その上今日は、みどり市市長選挙への立候補予定者である、石原条さんの事務所開きであり、朝から出掛けた。彼には大きな恩義がある。13年前、私のはじめての選挙において、立候補表明前の事務所に彼は駆けつけてくれた。数人の私の同志へ「心を合わせて前進せよ!必ず勝てる。」と激を飛ばしてくれた。あれが私の最初の選対の出発だった。
今日は私が出掛けて行く番だ。しかし彼は既に多くの同志と意志を合わせて戦いに臨んでいる。私の激励はあまり意味もない。それでも彼の初陣を見守っていたい。偶然、私の知人が彼の選対にいることも知って、嬉しく感じた。何も恐れない彼の正義で新しい政治を築いてほしい。
そして群馬町?高崎市菅谷町で親戚宅の新築祝いに乱入。いつの間にか、「龍の必勝祈願祭」へ衣替えになってしまった。
夕方は高山村の同志との会。23人の古い仲間が駆けつけてくれた。有り難い。モット有り難いことは、私の記憶の中で23人ともお顔と名前が一致したことだ。つまり、上司の命令で来た人はいない事だ。これが一番有り難い。
そう言えば今までの吾妻各地での報告会。みんな思い出のある人ばかり。
わたしが契約している時事通信のネットニュースでしばらくぶりに群馬県関係の記事が配信されていた。いつも思うのだが、この時事通信社のネットニュースでは他県と比べあまり群馬県関係の記事が少ない感じだ。先進的な取り組みが他県に比べて少ないとは思えないが。他の都道府県が多様な取り組みを行っているのだろう。
群馬県教育長のコメントが紹介されていた。共感を呼ぶ内容なので引用し紹介したい。
民間研究所と大学院を経て、27歳で入庁。以来、主に公害課など「環境畑」を歩いてきた。工学博士号を持ち、母校の群馬大学で非常勤講師として「環境科学」を教えていた経験もあるが、教育にかかわったことはほとんどない。「教育は素人。だからこそ、教育業界を客観的に見ることができる」と話す。子どもに身に付けさせたい基本的な礼儀や生活習慣を『ぐんまの子どものためのルールブック50』としてまとめ、全小学生に配布した。「早寝早起き、3食食べて、親の手伝いをしろと。これがしっかり定着できれば、基礎学力は自然に付いてくる。できなければ、本当の意味での生きる力にはならない」。
昨年10月には、学力低下対策として、土曜日を授業の復習などに充てる「土曜スクール」導入を提案した。「私はつまらない講演は席を立って抜ける主義。分からないことを聞き続けるほど辛いことはない。授業も同じで、分からなければ学校が苦痛になる」。授業に付いていけない子どもを見捨ててはならない。その一心で提案した。
思い入れのある言葉は、新聞のコラムで見つけた「言葉をもてあそんで国を失う」。「教育を崇高なものと考え過ぎるあまりに、議論が理想論で終わっているのでは」。教育行政に携わるようになってから、そう感じている。「今求められているのは、抽象的な議論ではなく具体的な行動。子どもたちのために何が必要かを考え、実行していくことが必要だ」と力を込めた。(了)(2006年3月24日配信)
【iJAMP「クローズアップ」より】
それにしてもこの時事通信の自治体ニュースは参考になる。毎日配信される都道府県のニュース、市町村のニュース、中央官庁の地方政策ニュース。50本ほどの記事はそれぞれ皆、地方の頑張りが伝わってくる。年間12万円の受信料は一寸お高いとおもうが、これも議員の精度アップには必要な支出だろう。
さて今日の報告。朝から大学時代の友人がわたしの政治力アップに来てくれた。妻が風邪気味で娘の桜子がお茶接待してくれた。その友人は、私にPドラッカーを教えてくれた友人。大感謝している。先日も、金利上昇と地方財政についての考察を私へ与えてくれた。
午後は、高島先生のご葬儀。私の先輩県議。当選8期、大先輩。議員職と同時に畜産振興を生涯の目標に戦った方。式場には正副議長、知事、県議OB、現職そして畜産関係者が埋め尽くした。ご冥福を祈ります。
夕刻は長野原町の同志会。楽しい時間を過ごした。
なんか最近は日記風になった。あまりラジカルな書き込みを避けていると見られるかも知れないが、敢えてではない。怒りでタイプする様な出来事に出会えば、魂を振るわせて書き込みます。
多くの同志が各地で活動を初めた。その胎動の生命活動を感じる。みどり市の応援で訪れた笠懸で、「**さんから言われた。++さんから話は聞いている。」と声を掛けられる様になった。確実に龍を囲み輪は広がっている。昨日の長野原の同志の会でも、そうだ。閉会の前に突然、仲間が立ち上がり、「龍を励まそう。みんな!」と熱い激励をしてくれた。この感動の声援を背中に、私はもはや裏切れない。挫けない。そうに確信している。道ばたの食堂に入った。隣の席で、「山本龍って言うのは***。」との話が聞こえてきた。耳を澄ませば、私への関心を話しているようだ。
社会が動き出した。私の予想外の上毛新聞のスクープ記事はある意味、迷惑でもあったが私へ躊躇ない挑戦への尻を叩いたことも事実だ。そして今日の夕方、利根沼田の数人の同志が発起人となって同地区で私の激励会を企画してくれるとのこと。大感謝だ。
この私の無謀な挑戦に参加してくれる方こそ、仲間だ。この私のオンボロ船に、今、勇気を持って乗船してくれる仲間こそ命掛けて、友情を守るべき仲間だ。
時計を見れば午前1時になろうとしている。朝起きてから、今までとにかくしゃべって、書いて、歩いて・・・。喉ががらがらする。電話で100本、握手で100人
今日は複数のかたから後藤知事室長の就任についての意見を求められた。「後藤さんの高い能力は県政に寄与する。」と答えた。それなら副知事反対は可笑しいと質された人がいた。本当は小寺後継者潰しではないかと聞かれた。「後継者は有権者が決める事。」と答えた。
友人と話した。彼は小中学校へボランティアで部活指導を行っている。「体育校外講師に登録したが、学校からは無視だ。部活指導もなにもかも、学校だけが抱え込んで自分で苦労しているのではないか?」との話だった。成る程。
さらに「給食費を払えない子供が増えた。教師が集金に廻っている。方法はないか?」
この話には驚いた。吾妻の山の学校までそうになったか。都市部ではさらに状況が悪化しているのであろうと思う。全て抱え込んで学校現場はお手上げではないか。現場を救い、子供を救う方法を捜そう!
県教委も市町村教委も新たな解決すべき緊急課題を又も抱えた。次々に生まれる課題。スタッフも予算も削られるなか、頭を抱える教委に同情する。
一体何処に我々の納税が消費されているのか?そう言えば一通の封書が一昨日届いた。
とお便りにある。県民の中には、今回の人事案採決についてこの様に考える方がおられる。もっともな意見だと思う。後藤さんが優秀な人材であることは理解できる。小寺氏にとって必要な人材であるが、だが群馬県に取って必要であるとは確信できない。
例えば、群馬県の財政支出のなかで、制度融資が突出して大きい。それは、自民党の南波政調会長の本会議討論に述べられているように異常に巨大なシェアーを占め、群馬県財政を歪にしていることは私の実感である。
【まだ議会のホームページにはこの討論も公開されていないが・・・】
これは後藤氏の商工労働部長時代から始まった融資拡大策によるのではないのか。勿論、制度融資の恩恵によって経済の下支えが計られたことは否定できない。それ以上にこの歪による弊害もある。その弊害の一例がは教育現場の混乱です。
この様な指摘をしながら後藤氏の手腕への疑問も表明するべきだったかも知れない。我々はそれを敢えてしなかった。理由は、それも含めて、小寺知事の財政運営であり、小寺マシーンの財政運営である。我々はその歪を正すために、人事案へ意志表示をしたのではないか。
『職員人事のことは県政には些末な人事です。基本は、知事が組織を県民のために機能させられるかです。』と私は、先のスレへのコメントにレスしたが、その趣旨は、『一人事案を否定したのではなく、小寺県政を否定したのです。』
私たちが狭量で浅はかなかでないことをモット訴える必要がある。その努力を怠った故に、誤解が生まれている。我々の意見発信の努力をモットモットしよう。議会のウェブも政党のウェブも議員のウェブも、寝る間を割いて意見を主張を伝えよう。