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田中正造と星名建市

朝から館林へ出発。田中正造先生の生家である佐野市公民館で田中正造先生の顕彰の講演会が行われた。以下は講師の講演をメモしたものから書き出す。
1 天皇への直訴は、田中正造先生が天皇を敬慕していたからではなく、明治官僚の無謬性を天皇の権威が担保していると考えその天皇自身へ誤り認めさせることに、田中は意義を感じたからでは無いか。

2 はじめ田中支持だった議会人たちも、政府の大臣等へなるにつれ、田中から離れ始めた。

3 地元の地主などの有力者は政府の調停による補償金獲得に方向転換し、断固反対の田中は孤立するようになる

4 田中の主張する「公益」は民衆の公、政府の主張する「公益」は国家の公である。

メモが汚いので正確ではないが、以上のような話であった。

ともあれ、田中が最後に行き倒れた際に背負っていたリュックサックに入っていたのは、「おにぎり」と「聖書一冊」の財産だった、という事実に私は惹かれる。失なえる勇気だ。

夕方、渋川の星名さんの集会に出た。最初180位の椅子で埋まるかなと心配したが、追加で50脚、さらに立ち見の方が150人ほど居られた。しかも皆、若い方ばかりだ、青年部でなく、一般の後援会行事で平均年齢が40代の選挙関係の集会をシバラクぶりに見た。入内島中之条町長の集会以来だ。勝てるかもしれない。そう願う。

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2006年02月12日 01:17に投稿されたエントリーのページです。

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