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2006年02月 アーカイブ

2006年02月01日(水)

やはり雪下ろし料の高騰、価格の不明朗さ

今日の午後、大雪の対策に駆け回る利根沼田県民局から水上町へ派遣されている野本さんへ調査依頼をした。夕刻回答があり、価格の統一などの行政監視が行われていない実態が明らかになった。悪意で料金の高騰を狙ってる業者はいないが、道路除雪の業務で手一杯で、なかなか民間の雪下ろしにまで手が回らない様子だ。さらに建設業の業界団体以外の駆け込み参入があれば、価格の混乱は避けられない。行政関与を求めた。

しかし、困窮者への雪下ろし補助金は、行政の現物支給方法で乗り切るとの回答だ。つまり県の除雪車や作業者、ボランティアを困窮者宅へ回すとのことだ。これで困窮者が家を守れればいいのだ。誰が困窮者であるか?この辺の見極めが日ごろの行政力だ。民生委員さんが機能しているか否か?役場の職員が社会へ出ているか否か?その辺が重要だ。新みなかみ町の行政力に期待したい。

私が直接希望者への助成制度に固執するのは
1 私は困窮の線引き問題を超越して簡単明快であること。固定資産税割で補助金が確定できる。堅牢な住宅に住む資産家は雪下ろしは不要なら助成申請されないだろう。

2 除雪希望者にはその費用の貸付なり1割補助なりで行政が除雪の費用を認識することで業者コントロールになる。
の理由からだ。

これは担当者の判断だろう。現場がこのシステムを採用できないならそれは仕方ない。ただ日ごろからこのような災害時の被災者への助成制度についての仕組みを研究してほしい。

バラまきの懸念もあることだろうから行政は慎重になるだろうが。
姉歯建築士問題では政府はすぐに住民への保証を決定したが。

今地震が起こった。東京のホテルにいるがかなり揺れた。明日は午前中、中日経済協力会での訪問。そして11時40分の特急りょうもう号で太田市の国際アカデミー学校へ行く。生まれて初めて、浅草から東武伊勢崎線に乗り太田市へ行く。小田急パノラマ号みたいな感じかな?

2006年02月02日(木)

日中経済協会

朝10時。赤坂にある日中経済協会の緒方理事長を訪ねた。この面談は、私の同窓の先輩である、江崎氏の計らいで以前からのアポだった。「中国脅威で排斥するのではなく、経済協力によって互利を求めよう。」と考えたからだ。この協会自体は田中総理時代の日中国交回以前の経団連方式の経済交流時代に創設された団体であり、今も県団連の幹部が会長を務め、通産省が理事長職を勤めている。面談した緒方氏も同省からの人事だった。

「桐生の繊維産業が中国と手を組む。群馬の農林水産品の輸出など群馬県と中国との交流の必要性」を指導された。中国にあって群馬にないモノ。群馬にあって中国にないモノを見つければ必然とそこに互いの利が生まれます。これからの展開を模索していくべきと感じた。

群馬国際アカデミー

県政の最大課題である、「群馬国際アカデミーへの私学助成」について常任委員会では現地調査を行った。私は日中経済協会から飛び出して浅草の東武線りょうもう号に飛び乗った。1時間20分:2500円で太田市へ到着。議会の視察団が来る10分前に太田市の国際アカデミーへと到着した。草津から前橋へ来る時間よりも遙かに短い。

そこでの議論は、勿論私学助成に関する学校側と、県庁の担当とのやり取りについてである。それはここでも何度も書き込んだ事の繰り返しになるので割愛する。

初めて、ここでの子供達の学ぶ様子を拝見した。笑顔で教師とのやり取りをみて、従来の学校教育にないモノを感じた。これは、県立中央一貫校である中等学校での視察でも感じたことだが、学びの私の知らない形態を見る事ができた。一方的に、知識を学ぶ事ではなく、コニュニケーションの中で自分の身に付ける学の在り方を感じた。この様な学校を選択肢として得た群馬県は幸福だと感じる。

群馬県立の場合は公立である。公がやるべき事は、先ずは選抜されたエリート教育ではない。という私の考えは変わらない。

2006年02月03日(金)

知事の描く「守旧派=議会VS改革派=知事」の構図

1月28日の上毛一面に「海外調査費計上せず」の大見出し。中村議長はコメントで「議会で委員長が報告している以上、説明責任を果たしている。」と表明された。しかし県側は、「海外調査の結果について議会が県民に対して説明責任を果たしていない。」と断言している。

私は議会の代表者である議長の意見に賛同する。議会先輩諸氏の中には、議会への権利侵害を訴える意見も聞かれる。しかし、生意気な発言だが、自分の論理に固執して主張だけを繰り返しているのでは、農政理事と同じ次元になる。時代に合った形に聖域無しに取り組む姿勢を議会も見せよう。あのマスコミの報道で多くの意見が寄せられた事実を、我々は精査して自己改革を行わなければならない。

改革のスピードを知事と競わなくてはならない。国会では不完全ながら、「議員年金の廃止」が議決された。一方我々の地方議員年金共済制度の改革は47都道府県の代表機関である全国議長会での議論に任されている、私のような一議員の意見聴取はない。年金共済制度存続の論理的な意見があることは承知している。「年金がないような仕事に生業を捨ててなるような人はいない。」といわれる。しかし私は年金があるから議員職へ挑戦したのか?少なくとも全ての群馬県議会議員が、その事を政治への挑戦の理由にしては居ないだろう。又、「国会議員年金より優遇されていない。」との意見もある。例え自己負担が国会議員年金より多いだろうと、給付金が少ないであろうとも、議員に退職金は無いのであろうと、我々の議員年金に掛け金の70%分の税金が支払わられている以上、また他の年金との合算給付がある以上、地方議員年金は特権的な年金であるという事実は国会議員年金と変わらない。

いま「政治改革」という変化が進行している。しかしその多くが国民への負担を強いる改革である。まず改革は自己を律する、自己改革であるべきだ。

今回の海外調査の予算上程に送りはそう言う意味で、我々の自己改革を促進する機会とするべきだ。しかし残念ながら、予算編成権をもつ知事の側に、その意図があるのかは不明確だ。むしろ今回の予算上程見送りで新たな政局を作りだそうとする意図が滲んでいる。つまり「守旧派=議会VS改革派=知事」の構図作りだ。国民県民世論を盾に議会を幼稚で自己権益に固執する集団としてアピールする機会と知事は考えているのだ。その事の一つが、「議会生中継」予算だ。この事は議会広報委員会のメンバーである私が直感している。

18年度予算における、議会広報の拡充分野で我々広報委員会の議論は、インターネット中継とそのライブラリー化だった。その為に予算800万円を必要とする。そこで既存の広報事業であった、群馬テレビ議会番組(週一回30分)を廃止してその予算を充てることを考えていた。その趣旨で議会事務局は全庁での予算編成に要求した。ところがその予算が削られるどころか、3000万円の群馬テレビの議会生放送に化けたというのだ。

つまり知事は、議会との一問一答方式の本会議を対決の格好の自己アピールの場として県民へ周知させたいという思いを持っていると感じるのだ。この事は私の勝手な妄想ではないだろう。一問一答方式は諸刃の刃だ。斬り掛かった剣が刃こぼれしていれば、切り返される。つまりは必殺の議場なる。しかも我々は、調査機能のほとんどを知事の配下の職員に委ねている。刀の研ぎを相手の門弟に任せている状況だ。資料も数字も全て知事が握っている(民主党が年金改正法案を政府が数字を握っていて作れなかった。例がある。)。一問一答の方式の前に、議会事務局の調査権の拡大などの研ぎ師の育成が必要だったと感じる。

しかし自分が広報委員会で必要だとした、「インターネット中継」が、形を変えて地上波放送になったのだから、これを反対する理由はない。この映像を群馬テレビから提供を受け、ウェブ用に変換すれば、立派な議会本会議のライブラリーを議会ホームページ上に公開する事ができる。

話は飛んだが、今我々は改革のスピードという剣を研いで、知事と斬り合う事を、我々の知らない脚本家に強いられようとしている。我々の好むと好まざるに係わらず。これが住民代表議会と権力者との自然な関係なのだ。

2006年02月04日(土)

国の方が、住民の声が近い?

ネットの報道から以下の記事を入手。困窮者の除雪困難を解消する為に直接的な助成を行う。これって県の話でなく国の話。



◎豪雪対応で特交繰り上げ配分へ=雪下ろし支援も対象-総務省

総務省が、記録的な豪雪への対応策の一環として、通常は3月に配分する特別交付税を、積雪が著しい自治体に対しては、今月上旬に前倒して交付する方向で検討していることが1日、分かった。除排雪に掛かる経費など、自治体の資金需要に対応するのが狙い。過去には山形県酒田市の大火や阪神・淡路大震災などで特別交付税を前倒しした例があるが、大雪では例がない。対象となる自治体については調整中だが、災害救助法の適用団体など、通常よりも積雪が著しい自治体が対象になりそうだ。竹中平蔵総務相は特別交付税では、道路の除排雪経費に加え、高齢世帯などの雪下ろし支援に必要な経費も対象に含める意向を表明している。

2006年02月05日(日)

猫のもらい手。未だ現れず。

これで一週間。私のボロ事務所に猫が3匹居候している。保健所で処分される猫を引き取っている方からの一時預かりのつもりであったが、長期預かりになりそうな気配だ。

思い出すのは20数年前、妹と暮らす東京のアパートに、「捨て猫協会」から貰った猫が来た日だ。その「ミーちゃん」も10年ほど生きてから草津の実家で死んだ。

そして山古志の避難所にみえた新潟県の動物愛護団体?の婦人。「村にペットたちが、残されている。救出しなさい」、受付にいた私へ1時間、涙で訴えられた。

こんな事を考えながら、ミーミーなく3匹に手を焼いている。パソコンのコードに絡まってプラグを抜かないで欲しい。

2006年02月07日(火)

PCの不調

昨日、書き込めなかった。事務所のスタッフのコンピュータを借りて、メールチェックです。

今日は山も穏やかです。邪魔だから、この辺でデスクを明け渡します。

「監視する機関は邪魔」

どうにかPCが動くようになった。

さて、知事提案の議会45人までの削減案を本朝の報道で知った。「監視する機関は邪魔」との考えを税の執行者が主張するのは当然だ。権力者の暴走を阻止するために我々はあるのだから、その本分を果たすことだ。

我々には議決権しかない、この唯一の権能を最大限に活用して行こう。少しでも、無駄な税の支出を制限できるように蟷螂の斧だが、頑張るしかない。

2006年02月09日(木)

水上。前橋。

車の移動距離が増えた。帰宅時間が遅くなった。受信メールと電話が増えた。ブログの書き込みが深夜になる。

同志。それぞれの挑戦

渋川市長選・星名建市
長野原町長選・福島誠
藤岡市長選・関口茂樹
伊勢崎市議選・斉藤優、三好直明

昨晩は星名さんの事務所で握り飯を3つ食べて、腹一杯。今日は、福島さんと戸別訪問して飯抜き。三好くんや、同級生の斉藤くん、同窓の関口先輩への激励にはこれから廻らなくては。

行くと、それぞれの個性で自分の選挙戦を楽しんでいる様子を見る。どうしても、自分の選挙の形と違う点が興味を引く。土地柄で雰囲気も違う。でも同じなのは、支持してくれる仲間の雰囲気だ。それに候補婦人のちょっと草臥れた横顔。

きっと私も、選挙戦の中、同志とはしゃぎまくっていて、三枝はグッタリの構図は同じなのだろうな。選挙が好きなのではない。選挙戦の最中の人との交流が好きなのだ。政策を主張し、人の痛みを聞くという行為が好きなのだ。しばらくぶりに再会するのも選挙の良きところだ。

2006年02月10日(金)

これが頭が固くなった証拠

夕刻、自宅で最近買った携帯電話FOMA P-902の設定をした。取説をみながら3時間掛かった。真剣に文字を読まないと理解できない。設定の項目の多さに唖然とする。これが老化の始まりなら、充分に老化している事を感じる。でもなかなかI-MOTIONの待ち受け画面が直らない。何度やっても‘グローブ’のまま。

時計を見上げると午後8時半。3時間もうつむいて居たことになる。そこに電話。前橋の友人が川原湯温泉帰りで吾妻を抜けているとのこと。あわてて部屋の片づけ。

あ~あ。こうして理解力を失っていくのだろう。予算書をみる能力の衰えてくるはずだ。今日は議会運営委員会一週間前。来週からの論戦の牙を磨かねば。

2006年02月12日(日)

田中正造と星名建市

朝から館林へ出発。田中正造先生の生家である佐野市公民館で田中正造先生の顕彰の講演会が行われた。以下は講師の講演をメモしたものから書き出す。
1 天皇への直訴は、田中正造先生が天皇を敬慕していたからではなく、明治官僚の無謬性を天皇の権威が担保していると考えその天皇自身へ誤り認めさせることに、田中は意義を感じたからでは無いか。

2 はじめ田中支持だった議会人たちも、政府の大臣等へなるにつれ、田中から離れ始めた。

3 地元の地主などの有力者は政府の調停による補償金獲得に方向転換し、断固反対の田中は孤立するようになる

4 田中の主張する「公益」は民衆の公、政府の主張する「公益」は国家の公である。

メモが汚いので正確ではないが、以上のような話であった。

ともあれ、田中が最後に行き倒れた際に背負っていたリュックサックに入っていたのは、「おにぎり」と「聖書一冊」の財産だった、という事実に私は惹かれる。失なえる勇気だ。

夕方、渋川の星名さんの集会に出た。最初180位の椅子で埋まるかなと心配したが、追加で50脚、さらに立ち見の方が150人ほど居られた。しかも皆、若い方ばかりだ、青年部でなく、一般の後援会行事で平均年齢が40代の選挙関係の集会をシバラクぶりに見た。入内島中之条町長の集会以来だ。勝てるかもしれない。そう願う。

寒い自宅。

昨日夜から東京へ出張した。帰ると不在の自宅は冷え込んでいる。マダマダ、春は遠い。しかし太陽は6時頃までほのかに明るい。元気になります。議会が今週末からはじまる。資料整理をはじめる。

その前に先週、議会の先輩荻原議員から『国家の品格 藤原正彦著』を送られた。「龍ちゃんに足りないのは、原則だ」といつも指導されている彼からの贈り物だ。キチンと読みます。

昨日と今日。仕事関係の電話が一本もなかった。驚異的な事だ。これから、この一冊を読み上げる。「祖国は国語」との書以来の藤原主義を堪能する事にしたい。

2006年02月13日(月)

読書

昨日書き込んだ、藤原正彦著「国家の品格」は4時間で読み終わった。感心した部分のメモ取りで私の読書は時間が掛かる。短時間での完読の理由は、以前、自民党県連主催で行われた、「藤原講演会」の内容と全く同じだったからだ。私はこの講演テープを車に積んでいてたぶん10回ほど聞いたのだ。実はこの講演と著作は同一ものだ。笑いを取る部分の文句まで同じ。これ程、長い文章を大意でなく一字一句までと言ってよいほど、同じように語れる。覚えている事ができる事を、驚いている。講演というのはこれ程までに、文章が積み上げられて来たモノなのかと驚いている。

これに比べれば、私のいろいろな局面での話、演説、挨拶は・・・、何といいかげんなものだろう。思いつきといっても過言でない。無責任と言われても、弁明はできない。

主人公「ガブ」という名のオオカミ

娘が私の隣で、声を出して本を読んでいる。

真っ暗な洞穴で偶然に出会って、お互いを知らずに友達になった、オオカミと山羊が、再会し、互いの姿を知った後も、友達で居続ける話のようだ。「どうしよう~。ガブが山羊のメーの耳を食べたくなった。」・・・「他の山羊が、メーとガブが会っているときに来たの。大変!」

どうも、危機一髪の連続のようだ。桜子の独り言でその様子が判る。その後はどうなるのだろう。もう寝る時間のようだ。

どうしよう!!!

桜子の寝室から、「どうしよう!」との叫び声。30分後、降りてきた妻に説明を求めた。
龍「何が起こったの?」
三枝「絵本の続きを読んだら、ガブもメーも仲間にオオカミや山羊と付き合っているのが判ってしまって、困った2匹が激流に飛び込んでしまうの。それで桜が大きな声をだしたの。」

成る程。素敵な話だな。藤原正彦流に言えば、「オオカミは仲間を食べない。」ということか。

2006年02月15日(水)

ガブの物語

私の立てたスレッドにコメントを頂いたりしています。

議員の本分」、「議員は何を代議するのか?」という大事な話です。オリンピックを見て遅くなったのではありません。テレビのスイッチすら押していない昨夜です。ず~っとデスクワーク。そして12時になって休憩しようと思ったら、妻からガブの話を聞いた。

龍「それぞれの仲間から、追われたオオカミと山羊はどうした?」と何気に聞いてしまった。
三枝「それから大変だったの。桜は泣き通し。川に飛び込んで、流されて、分かれ分かれになった二人が、やっと会えた。でも裏切り者のガブを追いかけて、オオカミの群れがやって来たの。ガブはメイを逃がすために、その群れと戦いに山を下りる。でも雪崩に巻き込まれて、群れは全滅。ガブは記憶喪失になって、彷徨う。

そのガブを捜してメイは、一生懸命探し回る。やっとガブを見つけて、走り寄る。でもガブはメイに噛みついて、洞窟に連れて行き満月になったら、食べると言うの。メイは「ガブ、思い出して!!」と何度も言うのだけれど、ガブは思い出せない。

そして満月の夜になって食べようとするガブに「嵐の夜に。嵐の夜に。」とグッタリしたメイは念仏のように唱える。嵐の夜に二人は出会って、真っ暗な闇の中で、互いを知らずに励まし合って、その嵐を乗り切った。二人の初めての出会いの夜の事をガブはついに思い出す。そして二人はドンなことが会っても、ずーっと暮らそうと誓うの。」

社会の隅っこで生きる。それどころ、社会の隅っこにさえも居場所を失った者が、助けたって、支え合って、生きる。自分を犠牲にしても、仲間を助ける。こんな友情に出会えた二人は反対に幸福だ。

山本龍も、こうした友情に出会えた。以前、助けたニワトリを助けてオオカミに戦いを挑むキツネの話を娘から聞いた。その友情のために死ねる。笑って死ねると今は言える。

2006年02月16日(木)

大雪災害への他県の取り組み

私の加入している自治体ニュースに「大雪被害への取り組み」が記載されていた。(1)の雪下ろしの直接助成は勿論市町村の取り組みであるが、(2)の融資枠創設は岐阜県の取り組み。群馬県も大雪による経済被害への緊急融資を行っているが、岐阜のような農業被害への対応も参考にして欲しい



雪下ろし費用の半額を補助=京都府福知山市
福知山市(6万7800人)は、高齢者世帯などに自宅の雪下ろし費用の半額(上限2万円)を補助する事業を始めた。積雪量がおおむね1メートル以上に達し、雪下ろしをしないと家が壊れる危険がある場合で、期間は1月1日までさかのぼり、今冬いっぱい適用する。 補助を受けられるのは65歳以上のみの高齢者世帯、19歳以上の子どもが同居していない母子世帯、障害者手帳の交付を受けている人のみの世帯、このほかに病気やけがで雪下ろしができないと認められた世帯。所定の申請書に領収書の写しなどを添えて申し込む。 今冬の大雪では、市内でも家屋の一部損壊58件(1月18日現在)といった被害が発生している。


雪被害農業者向け資金創設=岐阜県
岐阜県は、豪雪による被害のあった農業者に対し災害復旧と経営再建を支援するため、農業災害緊急支援資金と同緊急支援特別資金を創設した。融資枠は、それぞれ2億円の計4億円。緊急支援資金は、認定農業者ら大規模農業者が対象。使途は(1)被害施設の復旧、新設、改良に要する設備資金(2)種苗、肥料、薬剤等資材購入に要する運転資金―とし、利率は0.2%。貸し付け限度は、団体15億円、法人2億円、個人1800万円以内とし、償還期限は7~20年以内。特別資金は、すべての農業者を対象とし、限度額が団体5000万円、法人3000万円、個人600万円以内。貸付限度額を除き、利率や使途などは支援資金と同じ条件。防災政策課によると、ビニールハウス倒壊や果樹の枝折れといった今冬の大雪による農産物関連の県内被害総額は11億6000万円を超える見込み。(了)
(2006年2月15日/官庁速報)

そして国土交通省の取り組みも、今後の雪災害における展開を考える上で一読して欲しい


◎豪雪地帯対策を再点検=高齢化・過疎化への対応で-国土交通省

国土交通省は、今冬の記録的な大雪を受けて、豪雪地帯での地域づくりに関する検討を始めた。有識者や自治体関係者による懇談会を設置。従来の対策の再点検を行うほか、今後、強化すべき分野を検討する。高齢化、過疎化への対応が主な課題となる見通しだ。懇談会は4月末をめどに報告をまとめ、これを受けて、同省が2007年度予算概算要求などに反映させる。

日本海側を中心とした大雪は、例年にないペースで降雪が続き、雪下ろしなどに伴う事故で既に100人以上が死亡。そのうち3分の2は65歳以上の高齢者が占めている。政府は、今冬の対策については、道路除雪への財政支援や物価抑制策実施などを打ち出しているが、来冬以降に同様の事態が起きた場合に対処するため、現行の対策を見直すことにした。

主な検討課題として、懇談会の委員らが指摘するのは、(1)都市の規模に応じた対策の必要性(2)福祉との連携(3)ボランティアの活用方策(4)融雪の技術開発促進―など。規模別の対策に関しては、地方都市中心部と中山間地の集落では抱えている問題が違うとの指摘がある。例えば、都市部では、通勤通学路確保のため、歩道の除雪拡充などの声が聞かれる一方、高齢化、過疎化が進む集落では、冬季の住み替えや雪下ろしへの人的支援などを求める意見が多い。このため同省は、地域別に積雪状況や問題点を分析して、今後の懇談会に提示する方針だ。

また、過疎化した集落では、雪下ろしで屋根から落下した場合などに誰にも気付かれずに亡くなるケースが多いことから、福祉施策と連携し、まめな声掛けや高齢者の生活状況把握などができないか検討する。

ボランティアは、希望者はかなりの数に上るが、実際に作業を行ったことのない人を派遣しても効率的ではないため、平時から豪雪地帯体験を積むことができないか、といった方策を探る考えだ。(了)(2006年1月31日/官庁速報)


議会の機能とは

2/7のスレッドに対して、「議会の意味」とのコメントが寄せられた本来なら、コメントへのレスの形で書き込みするべきだが、コメントも21を数え、膨らみすぎたので新たにスレッドを立てたい。

2005年の一月。群馬県議会の有志で三重県議会主催の議会改革シンポジュームに参加した。一泊二日。参加費交通費で五万円ほどだったろうか?議会の長谷川議員さんの誘いで参加した。実はその時のメモを起こして、いつか私のHPへ公開したいと思っていたが、メモをタイプすることが怠慢ゆえになかなかできなかった。このメモの中に、議会の役割という一文がある。

その一文は、シンポの中で大森彌先生の講演を書き留めたメモの中ににある。以下だ。



『議員と知事は対立ではなく役割分担である。つまり「議会が住民の声を聞いた政策提言のもとに知事は予算を編成し執行する。」という分担である。これによって完成度の高い自治が可能だ。しかし、圧倒的な知事有利の制度に拠って、議会は自身を限定的に自制してしまっている。そしてある時期から知事は「住民に直接選ばれているという理由によって、議会の三つの機能を侵害してきた。それは「住民代表」、「民意調整」、「自己修正」の機能だ。

そして議会はあたかも行政の内部機関の位置に自らをおとしめたのである。「議会の招集権も知事にある。」などはその象徴だ。そして議会へは、住民は注意を払わなくなった。議会活動を如何に行っているかも理解されずに議会は無用と見られる傾向にある。』



そしてその講演の終了後の討論で千葉宮城県議員が発言して中身がメモに残っている。
『監視機能と立法機能を強化する事で、県民の信頼できる議会を目指している。議会バスや宿舎の廃止で浮かした経費で調査能力のアップをした。条例提案のスキームを作ったり、専門的なアドバイススタッフを置いた。』

さらに襲田県議長会事務局長の発言もメモにある。
『三位一体改革で税率も地方が決める。それを知事が先決処分するのは可笑しい。』
『地方には執行は在ったが、政治はなかった。』

妹尾松山大教授
『年四回の議会でなく、月一回議会などの検討が必要だ。知事と違い、複数の県民とのチャンネルを持つ住民代表機関として、日常的に“住民の代表者機能を果たしているぞ”とアピールすべきだ。』

最後に大森先生の言葉が印象的だった。
知事を選んだ民意と議会を選んだ民意とがずれてしまったとき、住民の最後の砦が議会なのだ。

2006年02月17日(金)

職員の配置に逆指名制を

教員配置で校長の指名枠拡大=愛媛県教委
「愛媛県教育委員会は2006年度、校長が希望する人材を指名できる教職員配置希望制度の指名枠を2人から3人に拡大する。同制度は、特色ある学校づくりを人事面で支えるため、すべての公立小中高校で05年度に導入。」とある。「学校の運営費の校長裁量権拡大へとの」群馬県教委の取り組みが上毛新聞にもあった。

自分の学校を校長がデザインできる方向性に賛同する。学校長の能力でその学校が変わるのなら、優秀な校長には遣り甲斐が出てくるだろう。しかし、この考えは、分権の考えではないか?自分の支配下から信頼できる独立組織への変化こそ、その基本だ。この考えを学校から市町村へ拡大したい。

相変わらず群馬県小寺知事は「市町村合併への慎重姿勢」を表明されている。反対に私は大きくなって市町村が県の指導下から巣立って欲しいと願っている。【先日、群馬県中に理想の都市建設を掲げる団体と県央の4都市の青年会議所との会合にオブザーバーで出席した。つまり政令指定都市を造って群馬県庁から独立した裁量権のある自治体を作ろうという趣旨のようだ。その後の私的な意見交換の場で、群馬県知事の合併への無関与の姿勢に疑問が上がっていた。】

同様に職員の配置においけも、自身の遣り甲斐のある任務に就かせるという逆指名制度も試みる必要がある。「デクスワークが得意だ。」「住民と触れあう職務が好きだ。」「建築をやってみたい。」「福祉をやってみたい。」・・・いろいろな意気込みを活かせるような職員配置が必要だろう。

2006年02月18日(土)

議会評価の第三者機関

今「議会の機能」について多くのコメントが寄せられている。ここで思い出した事がある。「議員個々の活動を評価する機関があって、評価を公表してくれれば有り難い。」との言葉を以前聞いたことを思い出した。須藤議員さんだ。

『その機関が、全ての委員会における議員の発言や、政策提案の内容、その広報広聴の取り組み・・・いろいろな議会活動の総合評価を行い県民へ広報する。それが議員にも励みにもなるし、議会活性化になる。』との趣旨の発言だったと記憶する。私は「随分、勇気のある発言だ。」とその時感じた。

我々には適正な評価が必要だと、私も今になって感じている。

2006年02月20日(月)

県政運営理念の共有化

2/16コメント10のレスとして書き込みます。勝手なブログ管理ですが、ご協力ください。

知事の理念の共有化は必要です。」と私も感じます。それは執行組織内の共有化です。我々議会は、その知事の理念を基にした政策に実効性があるかどうかの検証機関ですから、少しは離れていたほうがいいのではないでしょうか?

もとより、知事は選挙戦において、議会の会派から推薦を受けました。反対から見れば我々議会の会派政党は小寺候補を適任の候補として推薦をいたしました。つまり小寺県政の方向性を推薦したのです。その意味では、小寺知事の県政運営の方向性である「子供を・・・県。」と言う方向性を認めたのですから、共有化しているとも言えなくはありませんが????

でもその方向性は、子供のいるあらゆる環境に関わることなら何でもありです。「昆虫の森」から「小児医療費の無料化年齢引き上げ」まで。この細目で我々は知事の政策を事前協議して、承認して推薦したのではありません。私の視点では、候補者への推薦決定の方式は誤りだと思います。

知事の側も、「小寺ビジョン」という10年後の群馬の数値目標を掲げました。政策の中身など何も示していないものです。これを基にしては推薦の判断はできないと思います。

話を戻しましょう。「共有化できていれば、もっと議論に深みがあるであろう。」との考えは同感です。

「誘致企業に飴は不要だ。」という方向は転換すべきだ

企業誘致に最大100億円助成=全国最大規模-和歌山県
和歌山県は2006年度、県内に工場を建設する企業に最大100億円を助成する制度を創設する。県によると、都道府県による同様の助成制度では三重県がシャープに助成した90億円を抜き、全国最大規模となる。大規模工場の誘致により、雇用確保と税収増を目指す。新制度は、製造業による投資固定資産額50億円以上、地元雇用100人以上の工場が対象。(1)立地促進奨励金として投資額の2割を90億円(投資規模450億円)まで(2)雇用奨励金として従業員1人当たり50万円を最大10億円(2000人)まで―それぞれ助成する。県はこの助成制度をPRするため、関西や首都圏を中心に業績が好調な企業を抽出して06年度以降の2年間で1000社以上を訪問するほか、経済誌なども活用して誘致促進を図る。また同年度は「企業立地局」を新設し、現在の企業立地室を課に格上げして同局内に置くなど、組織・人員も強化する方針。 県企業立地室は「景気が回復し、企業に設備投資意欲や国内回帰傾向が見られる今がチャンス。思い切った施策でアピールしていきたい」と話している。



さすがに、群馬県が如何に首都圏にあり、交通の結節点であるという利点をもっても、この誘致の意気込みには敵わない。小寺県政の「誘致企業に飴は不要だ。」という方向は転換すべきだ。

2006年02月23日(木)

ブラックジャック6巻「山津波」

ブラックジャックが、離島の診療所の医師を訪ねる。しかし、その医師は事故で死亡。妹の女医さんの診療所で大雨で欠航中の船の再開を待つブラックジャックと女医の悲しい恋愛の物語だ。その離島の診療所の女性医師は、講堂の落成式典で以下の挨拶をする。

『診療所の清水です。場違いみたいに立派な講堂ができて結構でした。でもこの講堂の建設費用は、国からのがけ崩れの補修費を流用したのでです。でも肝心のガケはそのままです。おかしいのではないでしょうか?一年目、私の兄は今日のような大雨の日にあそこのガケ崩れの下敷きで死にました。こんな立派な講堂を造るくらいなら何故、あのガケをコンクリートで工事して貰えなかったんでしょうか?あのガケはいつ何時くずれるか。通学の子供達がいつも通っているのです。こんな危ないことがあるでしょうか。村の皆さん。役場の皆さん、こんな講堂より、あのガケの補強をお願いします。』

講堂も通学路のガケの補修も、子供達の為に在る。子供を育てる環境を作るには、どちらも必要だ。その物語は、大雨に耐えられなくなって崩れたガケで巻き込まれた生徒を助ける為に、土砂に飲まれたその女性医師の死をブラックジャックが看取る場面でおわる。

私はこの村の政治は殺人を行ったと感じるが・・・。

明日、本会議

明日本会議一般質問。3日間の議案調査のブランクを経て、明日一般質問の口火が切られる。トップは南波政調会長。吾妻出身。

今日まで、
控え室でデスクに座って鉛筆をもって唸っている方。
執行部のスタッフに資料請求してやり取りしている方。
電話で、関係者に実態の聞き取りをしてる方。
多くの質問者の姿を見た。

さらに今期は、予算議会であり、予算委員会が開かれる。3期の代表で荻原康二議員さんが質問に立つ。一問一答弁方式では、どちらも気の抜けないし、打ち込みが弱いと逆襲を浴びる。質問者は皆真剣だ。この緊張感が好きで私は議会質問が楽しい。特に知事への質問は、同じ政治としてプライドを掛けての勝負であり、大一番の緊張は凄い。

でも同じ政治なんだけれど、全然違う。能力の違いは当然あるが、それ以外に違うことは、拠って立つ民意の違いだろう。でも同じ県民の民意にそれほどの違いはないだろうから、その民意のどこの部分を吸い上げるかの個人の感性の差なのだろう。知事は三次元のX、Y、Zの3軸の奥行きのZが大きい。私はXY面での動きだ。したがって知事のX、Yの数字が変わらず、Zだけが大きく振れるような変化を私には、点にしか見えない。

この辺が、「哲学的な思考力」の差になっている。視覚では、捉えられないZの動きを大脳皮質で感じられる能力のある知事と、そうではない私の差なのだろう。

2006年02月24日(金)

ルールは自分で決めて、税金と自分の財布の区別もできなくなるほど・・・

今日の本会議は知事さんの願っていた、議員定数と選挙区割の質問が南波和憲議員(自民党代表)、長崎博幸議員(フォーラム群馬代表)、早川昌代議員(共産党代表)の三氏より行われた。 

知事も望んでいた自分の主張を発言できる機会を、質問の形で議会側が提供した形になった。単に機会提供ではなく、三氏ともそれぞれのこの問題への考え、それぞれが主張する根拠、そして、南波議員の場合は、自民党という議員集団のなかで、多様な主張が行われ、そして、議論との結果として得た結論である「定数50、次回選挙から新選挙区」という議会の提出議案が政党内議論の帰結であることを論理的に主張していた。

知事自身も「45、すぐ新選挙区」との主張の根拠を発言していた。
知事の理由は
1 合併により市町村議員は減っている
2 県職員の数が減っている
3 道州制への備え???(この部分はメモを議会庁舎に置いてきたので後日)
4 議員数が減っても、議会権能は損なわれない
5 補選があれば合併した新選挙区ではなく、旧選挙区で行われ不自然

とのこと。従来からの、主張の通りだ。

これに対して、南波議員からは「一票の格差が50なら1.8倍。45なら2.8倍となり、この格差拡大を懸念する。」旨の質問に、知事は「3倍以内なら問題ない。」旨の答弁だった。「格差拡大反対」との県民意見は無いのか?

我々も議会内で様々な意見があり、議論でそれが集約されたのだ。定数60を主張する方から40までの意見。「直ちに新選挙区」から「次次回選挙から」までの意見。我々はこの大きな幅の中にある主張を議論で纏めてきたのだ。それを「県民へ開かれていない」と決めつけて、公開討論すると言う。

知事は、「45、直ちに新選挙区との県民の強い要望がありそれに応えた。」という。「60、次次回。」という要望は無かったのか?あったはずだ。直ちに新選挙区なら、混乱する地域もある。「それは困る。」との県民の声は届かないのか?

とにかく、知事にも議会にも主張する根拠があるのだから、議論は結構な事だ。
しかし知事の主張にわたしは以下のような危うさを感じる。
・知事は「格差は3倍以内なら問題ない。」との無責任な表現
・「議員数が減っても、議会権能は損なわれない」との根拠のない表現
・「45、直ちに新選挙区との県民の強い要望だけが知事に寄せられているような表現
・「50、次回から新選挙区の場合だけが混乱する。」と一方的な表現
・「合併で市町村議員は減ったから県議も減らせ」の論理なら道州制移行で県議会議員は減るべきだ。

まあ、この程度の自己流の解釈による主張は、議論の進め方の手法としては許容範囲だろう。しかし議会と比べ巨大な権力を持つモノが、自身の監視機関としての議会の形の変更を主張する仕方としては、「我が儘」という印象をもった。

最後に、知事の暴走を示す象徴的な出来事が起こった。質問者に与えられた質問時間が終了後、議長が終了の宣告をした後に知事は挙手をして立ち上がり、「私の答弁の時間がない。」との発言をしたことだ。(さらには議会終了後、知事は議長宛に「恣意的な議会運営で答弁機会を失った。」との文章を提出した。

小寺さんは20年以上、本会議に出席している。議員の持ち時間が終われば、その後の発言は、議員も知事側もできない事など、承知の筈だ。むしろ過去には持ち時間終了で意地悪な質問に答えずに済んだプラス面を何度も経験している筈だ。そんなルールも知事には通用しないのか?さらには税金で運営される群馬テレビの番組で、自己主張を放送する。自分の財布と税金の区別もつかなくなった。

ルールは自分で決めて、税金と自分の財布の区別もできなくなる程、長くやってる貴方が問題。

2006年02月25日(土)

自分の財布と税金の区別もつかない証拠

中村紀雄議長のブログを読むと感じる。この量の書き込みを毎日続ける努力と、冷静な事実を伝えようとするスタンスに感心する時が多い。

また、真下誠治議員さんのブログでは、レトリックを駆使せず、読者に明確なイメージを伝える切れ味を感じる。

顧みて、私は文意がまとまらず、誤字、誤入力が目立ち、なおかつ直感的な発言に自分を見失う場面がある。まだまだ、ブログ力が未熟であると反省する。

さて、今日は土曜日。草津で私の後援会長の後任について協議した。今までは親戚筋のホテルの会長さんがやまもとりゅう後援会長でしたが、高齢のために交代とのこと。後任について相談をしたところ適任の方が受諾の方向で検討して下さることになった。

昨晩は知事の議員選挙の仕組みへの意見表明のテレビ番組を見落とした。自民党の群馬県連主催新年会が前橋で行われ夜8時まで、ワイワイやっていて忘れていた。真下さんのHPによると、昨日の県議会の説明と同じ内容だったとのこと。そうであるなら、わざわざ県費を浪費して番組を組む必要はなかったのではないか。自分の財布と税金の区別もつかない証拠だ。

これから沼田市で友人達と意見交換会。

2006年02月26日(日)

運動会の写真

昨年秋に、町民運動会で一緒に二人三脚をした近所の友人から写真を頂いた。真剣に走っている様子に笑いがでる。しかもゴール後の転倒までお撮り頂いたようだ。この時の体重78キロ。困ったものだ。177センチですから肥満率はどうになるのだろう。まずは健康と運動をしたいのだが、右肩が、45才肩で上がらない。したがって、泳げない、テニスもできない。このまま、育っていくのだろう。桜子から「長州小力」のお腹みたいと言われた。あ~、麟太郎みたいな少年だったのに。

私も5年したら、兄のように100キロになるのだろう。自分の同姓の兄弟は、将来に見本になる。恐ろしい。熊だ。そして70才になれば、父になるのだ。

今日は、雪。午後自宅でお茶飲んで煎餅食べて桜子のお笑い話を聞いた。これって何ヶ月ぶりの家族の風景。

明日から、本会議一般質問再開。議案書と予算書をこれから読み込む。これが私の武器になる。でも数字を覚えるのは大変だ。桁を間違えることもある。数字と条文を毎日見ている役所には敵わないと思う。しかも、彼らが作り上げた数字だ。その虚を突くのは至難だ。

対応するには納税者としての庶民としての自分に磨きを掛けることだ。庶民の直感を鍛えるには、自分の庶民を活性化させることだ。多くの暮らしに飛び込んでいくのだ。

2006年02月27日(月)

知事の生中継。事実誤認と悪意のレトリック

今回の知事生中継を見ました。政治家が有権者に一方的な見解を伝えるのは当然のことと承知しながらも,その独善的な表現に違和感を感じた。責任ある立場の知事が、自分の後援会員を前になら兎も角、税金を使った報道番組において自分にとって都合のよい解釈で話すなら、それは権力の横暴だ。

公職選挙法にある、資源の平等の原則にも反する。「財力のある者がその資源を使ってビラを配ることを阻止する論理」、我々に反論の機会を与えられない場の一方的な主張は、この原則を犯すのではないか?

知事は、「ならば出席して反論を」と主張するであろう。その言葉に、ある意味で正当性はある。しかし、一方の意見を持っている者が出席をしない以上、他方は自粛するべきである。しかも知事の方がより強い権力をもっているのだから。我々には自前の判断で県民へ意見を広報する資源を有していない。同じ土俵で議論するべきだろう。少なくとも我々議会は、キチンと一般質問でこの問題への知事意見表明の機会は提供したのだから。

さあこの問題への反論をこの私のささやかなHPという資源を使って述べることにしよう。もっとも私にはこの広報手段しかないが。

定数45人、選挙制度直ちに導入」の知事の主張は誤りではない。何故なら、この主張は自民党内の議員同士の議論でもこの主張を行う方は多かった。つまり我々は、議論の課程なしにいきなり「50人、次回選挙から導入」を議案として決定したのではない。「57人、次次回から導入」から「40人、直ちに導入」まで広範な意見を持つ議員の主張を論理的に議論して、最前の納得である、「50人、次回導入」を決定したのだ。だからこそ、知事の今回の主張も当然のことと思う。

問題は知事の表現だ。「議会が議論なしに自己都合で決定した」なる主張は全くの誤認だ。十分に議論した。議案が決定した後も、納得できない議員もいる。それでも合意に従うのが民主主義である。この合意案に至るまでには党の責任ある方々が相当に汗をかいているのだ。だからこそ「議論もなく。」という知事の言い方は「民主主義課程における苦労を知らない、一人親方の我がまま。」に見えるのだ。相違する意見を論理的に納得を得たのだ。それは南波議員の一般質問で、知事自身が聞いたのではないか?

さらに知事は、「多くの意見が私に寄せられたので知事として行動した。」という。さらには、我々は多くの県民の意見を背負っているからこそ、多用な意見が議会内に存在したのだ。知事だけが県民の声を背負っているのではない。むしろ多くの多用な意見が知事に寄せられた筈だ、その中で「45人、直ちにに導入」論は一部の県民の声ではなかったか?

さらに表現の方法も明らかに、反論する者の不在を良いことに一方的であった。「去年、前橋で市議会は新前橋市全体で選挙、補選は旧前橋市だけ。これでは合併の一体感が醸成されない。」と発言した。トンでもない事実誤認だ。あるいは悪意だ。いや嘘つきだ。去年の前橋の市議会議員選挙は、新前橋市の議員選挙でるが、その選挙区は旧の4市町村毎に選出されたのだ。これほどの見識で発言する主張が、正当性を持っている筈はない。

さらに悪意であろうか?彼は「議会費」と黒板に大書して、こう言った。「議会費は毎年16億円。4年間で74億円。コストは必要だ、しかし何に使われているか・・・。」冗談じゃない。さても莫大な金額を我々が浪費しているような印象を与えている。自分一人で一体いくら使っているのか自問すべきだ。知事退職金一期で5000万円をいかに説明するのか?台湾への旅行代金はいくらかかったのか?

さらに「56人の20%引きで45人」が真面目に政治を行っている人間の言葉とも思えない。自分で編成する予算なら、20%の削減でも結構だ。自分を監視する機関を何ら根拠もなく「私はいろいろ考えて20%減。56×0.2=11で45。」はいくら何でも酷すぎる。話にならない。

それが16億円の議会費の削減が主な論拠なら、自分の昆虫の森の建設費を削減するべきだ。

2006年02月28日(火)

定数問題だけが本会議ではない。

明日の一般質問、質問にたつ5人の論客に期待したい。

一番目の質問者である平田議員は産婦人科医の勤務実態との表題で質問するようだ。過酷な勤務の中で産婦人科医の希望者が減っている状況からの質問だろう。勤務の他に、分娩の事故における責任の負担などの問題もあるだろう。「子供を・・・」を県政運営の基本に掲げる群馬県行政だからこそ、相当聞き応えのある答弁が帰ってくる事を期待している。

2番目登壇の大沢幸一議員の愛県債についての質問は知事宛てだ。これも興味深い。大沢さんは以前「道普請型クリーン大作戦をばらまきで長続きしない。」と看破していた。その廃止が現実を得た今日、「愛県債は長く続かない。」との証明を披露してくれるのか?

3番目の五十嵐清隆議員の「ゴミのポイ捨て」に関する質問も興味を持っている。ゴミのポイ捨ても積み上げれば、大型の不法投棄にも等しい。モラル不足の観点から五十嵐さんは質問の最後に用意した「道徳教育」へ繋がるのだろうか。

4番目の真下誠治議員の知事質問は聞き応えがあるだろう。メモを片手に聞くことになろう。「県の長期計画21世紀ビジョンの達成度」についての質問だ。

私は以前から長期ビジョンの策定について疑問を表明している。長期ビジョンに記載されているからの理由で、事業が止めどなく進行していくこと。ビジョン自体が適正だったかの評価をされていない事などを疑問視してきた。又ビジョンが、知事の難解な政治哲学を事業化するロードマップ化してることなどだ。

以下のように書き込んだ事がある。
『数字なり客観的な事業評価でその効果を示さなくては知事は気づかない。議会が感情で言っていると思われるだけだ。数字を示すことだ。そして長期的な展望という理由を認めないことだ。[しかし、あの群馬県21世紀ビジョンを認めたことが誤りなのだが、それに気づくのはまだ少数だ。]政策効果が数年で現れる事業を優先するべきだ。足元を固める政策を優先するべきだ。その論理的な理由が、予算は事業評価を持って行うこと。すなわち評価できない事業は、優先度が低い、という方針を確立することだ。』

真下議員はいつも工学部出身の実践のパラダイムで思考しているように感じる。そして私は、そこには秩序の工程を感じる。直感派の私とは違う。冷静な評価を持った議員だ。真下さんから見て、長期ビジョンの達成度が如何に見えるのかを聞くことは私に取って多いに参考になるだろう。

そして最後の質問者は、小野里光敏議員。
同じ雪組?〈可愛い〉の出身者として、今回の大雪災害への県対応を如何に評価し、何を求めるのか、楽しみだ。

各質問者に声援している。

話は戻るが、今日の各紙に載った橋爪洋介さんの記事。昔は私はあまり誉められない記事で新聞各紙を賑わせた事はあるが、やはり毅然と行政に対して発言した方が、記者の耳目を引くのだろう。

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