暫くぶりに議席に座ると、やはり緊張感が伝わる。ここが私の使命を果たす場であり、使命に殉じる場所だ。
議員職として多くのミッションがある。
税金の支出の監視者/県民の要望の代弁者/地域起こしのリーダー
特に議場にはいると、「税の支出の監視者」としての使命感を感じる。だから、知事の「昆虫の森」「天文台」「県庁前広場モニュメント」へは厳しい意見を出している。これは知事個人への批判ではない。税金の支出の在り方への警鐘を打ち鳴らしているだけだ。個人としての小寺弘之さんへ悪意は感じていない。
群馬県政を否定しているんではない。むしろ真面目に県政は運営されていると思っている。
指定管理者制度導入
管財課の未利用土地の売却10億円突破
人事課の機動配置職員による業務の平準化や緊急課題対応
病院局の外部資本利用やアウトソーシングの推進・・・・・
ご苦労様と申し上げたい事ばかりだ。本当に一部の政治的な判断が私には理解できないだけだ。そしてその相違点が私には政治の根幹部分なのだ。そしてそれを決断し、私の警鐘を無視して実行している「知事と言う権力」への抵抗なのだ。
自己礼賛だが、私の指摘は正論だったのではないか?私の警鐘に耳を傾ければ、県政はもっとよくなったのではないか?「龍の言っている事も、先を見越して見れば、まんざらでもないな。」と感じてくれる事を祈っている。
権力へ民意を持って毅然と対峙すること。田中正造先生や大塩平八郎先生の教えてくれたことだ。前者は、キリスト教、後者は陽明学。残念であるが私には宗教的な知識はない。神社も七五三と必勝祈願だけ。お寺も葬式だけ。自分の葬式も、散骨して、友人が泣いてくれればいいと思っている。でも議員職になって身に付いた、思いを信仰に例えれば、ボロ布を継ぎ合わせ、そこに「一寸の虫」と墨書した旗を掲げる怒りの教えだ。
明日から、又論戦のスタートだ。私の信仰を貫く日々だ。