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2005年 知事の独善性トッピックス

一年が終わろうとしている。2005年は、色々ありました。議会と知事の対立が語られる場面が続発した。その火種の幾つかは、時によって変わった。
県民局設置/二人副知事制/指定管理者制度/海外研修/太田アカデミーへの助成金/議会改革/知事退職金・・・。そして年の暮れになって、次期県議選の定数と区割り問題が知事と議会の新たな対立の火種になった。

本当の知事と議会の考え方の差異があったのは、「市町村合併への県関与」だった。この問題の解決がなかった故に、多くの地域での市町村の混乱が発生した。前橋市から消防業務の引き上げを受けた、冨士見村の悲劇はその一つにすぎない。

私の視点で言えば、「水の特区の自然消滅」、「昆虫の森オープン」と「富岡製糸工場跡地の購入」も2005年のトピックスに加えたい。これは、知事の向かう方向性の「思いつき性と独断性を象徴」しているからだ。そして、これらが暗示する事は多くの県民が、「未来のノーベル賞・・・」とのスローガンによって切り捨てられたことだ。巨額の予算を自分の思いつきには投入する半面、社会を底辺から支える事には無関心だった。多くの困窮者が暮らす為の住宅政策・福祉政策として重要な県営住宅の新規着工ゼロの事実。命を守る治山や護岸工事はじめ工事費の大幅削減の事実。これらと対比すれば、知事の独善性は明らかだ。

さらに他県で発生した学童連れ去り殺人。そして大きな流れである、地方分権推進三位一体という国から地方への押しつけのトレンドも2005年を通じての課題であった。

まるで、県民から直接吸い上げた要望を実現しているような、レトリックは使いながらも、その結果の知事の行動の多くからは、県民の生活を守ろうとする知事の意志を感じない。この知事の県政運営の手法によって際だったのは、「議会や市町村の政治プロセスの空洞化」だった。

そして私が指摘した知事の2重性もまた、この一年で極まった。その欺瞞の象徴が「議会定数削減議案を知事が提出」という行為だ。「合併によって市町村の議員数なども3割とか4割とか減らしておりますから、それに見合ったかたちで、どれくらいになるかは別として、県議会定数も平成の大合併があったということを前提に抜本的な見直しをすべきではないかと思っています。」、以上は知事自身の記者会見での発言だ。「合併は市町村が自主的に。県は関与しない。」と主張してきた本人が、合併を切り札に議会へ斬り掛かって来た構図だ。

そもそも、市町村が合併によって、議員数を削減したのは自身の判断であり、県の判断ではない。それによって合併効率を高めようと言う市町村の身を切る改革の現れだ。ならば、県議会、県知事とすれば、『今まさに協議されている28次地方制度審議会における道州制議論によって、都道府県の議員定数が大きく削減されること覚悟する。知事職も議会定数も削減されるかもしれないが、市町村が取り組んだ勇気を見習って我々も積極的に道州制に向けての推進議論を。」、との態度表明を出すべきだ。

ところが知事自身は、「道州制の提議が判らないのでコメントできない。」等という、発言をしている。「うるさい監視者は少ない方が良い。」との意志の現れで、許せない。「自分の思考の枠だけで判断する」知事の県政運営の凸凹感を象徴している言葉だ。

さあ、そろそろ止めよう。所詮、「権力者に奢るな」諫めても無駄。権力の転換を図る事で、権力者は自重するものであり、今まで、群馬県政に易姓革命的な指導者選定プロセスが起きなかったのが、自重圧力を発揮できなかった理由でしょう。易姓革命で言う「放伐-不義の天子を世論が裁いて武力で打倒する非常手段。」がこの群馬で起こる事を期待しています。

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2005年12月30日 18:41に投稿されたエントリーのページです。

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