祝。ブログ開設
自分でお祝いするのも可笑しいですが、今日から龍ブログのスタートです。出来る限りのレスポンスの高い運営を目指します。今までの日記は発言しっぱなしの一方通行ですが、このブログを通じていろいろな意見を頂ければと思います。
さて、運営規約です。
第一条 ネチケット遵守
第二条 群馬県が良くなってほしいという思いを持っていること
第三条 管理者による運営方針尊重
さ~て、ハジメマショウ。
自分でお祝いするのも可笑しいですが、今日から龍ブログのスタートです。出来る限りのレスポンスの高い運営を目指します。今までの日記は発言しっぱなしの一方通行ですが、このブログを通じていろいろな意見を頂ければと思います。
さて、運営規約です。
第一条 ネチケット遵守
第二条 群馬県が良くなってほしいという思いを持っていること
第三条 管理者による運営方針尊重
さ~て、ハジメマショウ。
昨日の朝刊に群馬県の指定管理者制度による、新たしい公的施設の管理者が発表されていた。実はその前の晩、某先輩県議から、「今回の選定は結果的に、事業団優先の選考だ。」と言う電話を頂いた。一部にはそのような傾向もあるが、私は概ね競争の中で、民間と事業団が競った中での選考が行われたと感じている。むしろ、公社や事業団にとって、資金源だった、県からの施設管理の仕事を民間に奪われた為に、公社事業団の経営自体が厳しくなるような選考も見られる。勇気を持っての選考だったと感じている。この「指定管理者選定」を主導した総務局総務課関係者は厳しい内部からの制度への不満の声を乗り越えたと賛意を表したい。実際にこの制度が単にコストカットだけでなく、利用性の向上の二律背反する事象をどうに解決するかを見守りたいと同時に期待している。
一昨日の決算委員会での、「教育文化施設の管理費12億円の問題への解決」を問った私の質問に知事は、「文化は必要。」という彼の思考だけで答弁していた。私の想定していた知事答弁は「指定管理者などの導入などの検討で、管理費の圧縮を試みる。」だ。つまり経営の形態の変更で利用者の利便性は落とさない形の検討などの答弁が来ると予想していた。そしてこれに対して、私の持論である「直営公館の指定管理者制度移行への流れ」を生み出す機会と思っていた。結果は知事の思いの主張で終わった。思いを語られれば、論理的な反論は出来ない。
さて私の興味をひく内容の記事を発見した。以下だ。

今日、午後、太田市長が私の選挙事務所を訪問された。
午後2時頃、事務所のスタッフから、「りゅうさん、太田の清水市長さんが見えましたよ。早く戻れ。」の電話で、トンで帰った。要件は「太田国際アカデミーへの私学振興補助を他の県内私立学校並に引き上げて欲しい。」旨の要望書を県議会へ提出するので、その理由の説明だった。
この問題は、「知事の2重基準を問うた私の一般質問」のテーマの一つだったので私は当然了解した。
知事は「太田国際アカデミーは私立学校ではなく太田市立学校である。だから私立学校並の応援は出来ない。」とこの要求を拒否している。当然、制度上貰えるつもりだった補助金が貰えなくなった太田アカデミー側は、困っている。
ここで私の言う知事の矛盾とは
1 太田アカデミーは法的に私学である。
2 太田市立学校なら、教員の給料は県が払うべきだ。前橋市立高校も職員給料は県負担
3 私立学校生徒数に太田アカデミーの生徒数をカウントして国から交付税を貰っている。[説明::、私学の生徒や、道路延長、人口などの量に比例して、国からの交付税が増える制度]
要は、知事の主張は「英語教育という教育の理想実現のために太田市長が、自分の構想で教育特区制度を利用して開設した学校だから、自分で責任を持って経営してほしい。」という一点。
では英語教育を充実させる為に15人教育を行う群馬県立中央中等教育学校はOKで、太田市さんの学校は勝手にどうぞ。なんでしょうか?俺にはよく理解できない。ここらで、話を「官から民へ」に戻す。
さて、さすが太田市長、狭い事務所でお茶を飲みながら、私の帰りを待っていました。 しかも、偶然に遊びに来ていた近所の農家のおじさん達を相手に、語り合っていました。その私の古い友人である近所の方は、市長の前でかしこまっていました。何時も野菜の差し入れをくれる私の食料供給源でありますが・・・。
「指定管理者も行政が施設管理を手放す為に行うのでは、駄目だ。管理者と行政側の血が通っていないと駄目だよ。」と市長は私へ語ってくれました。官部門の切り捨てに民を使うことへの疑問を彼の言葉から感じます。
同感する部分もあります。でも、今はコストカットこそ、緊急課題ではないかとも、考える私です。そのカットした財源で何をするかが政治です。いま、固定費の支払いで、予算が消えているでは、政治ではありません。
今、風呂上がりです。寒い夜に自宅に帰る。ポカポカの風呂に体を沈める時に、氷がゆるむ時のような感じが体に広がりますよね。良い気持ちですね。
前橋、高崎での夜の会合を終えて戻ってきました。夕飯は、最近の私の定番であるコンビニおでんです。おでんはスープ多めで、つくねと玉子、そしておにぎり一個。これを、運転しながら頂くのですが、玉子も上手に左手で掴んで、食べられます。スープを飲みながらの、おにぎりは、本当に美味しい。一昨年からの私の冬のご馳走です。
昨日は、吾妻郡東部地区の4町村の仲間に急遽集まって頂き、会議を行いました。実は私のこれからの政治活動の方針を協議して頂きました。私の考えに賛同を頂きホッとしているところです。集まってくれた方は、68名。10年前の私の挑戦の時からの同志です。年に一回、こうして集まりますが、和やかな仲間です。私の恩人であり、相談相手であります。
私は10分ほど、報告やら提案などをお話しました。たぶん今までで一番ゆっくり話したでしょう。一分間に原稿用紙半分くらいのペースで話しました。じっと前を見て、ゆっくり話ました。途中、初挑戦の頃の逆風の選挙戦の中で励まされた仲間の顔を見てちょっと言葉が詰まりました。私の一番大事な仲間に自分の思いを伝えられて、心の中の一番大きなハードルを飛び越えたような気持ちです。そして次々に掛けられる激励に心が震えるくらいに元気になります。
かつての日記で書き込んだようにオオカミに襲われたニワトリやウサギを助けるために、勝てるはずのないオオカミに挑んで、死んでいくキツネの話を思い出します。「あー。戦ったとも。戦ったとも。そしてキツネは恥ずかしそうに死んだとさ。」との一文で終わるお話です。桜子の国語の教科書に載っている話です。
その時の日記に、「私はそのキツネになる。」と書き込んだ。いよいよ、キツネの挑戦がはじまります。詳細は時期を見て。
小学校6年生の長男麟太郎のチーム「図南吾妻クラブ」の小学校公式戦最終試合が行われた。私は少しだけ、その試合を見る事が出来た。大きな雪の塊が降り続けるグランドで22人の子供と審判が蜃気楼のように見える。とても素晴らしい機会を子供に与えて貰えました。
輝く思い出の6年間が終わりつつあることを実感します。
子供に与えられる喜びがたくさんあったと感謝します。
彼は、ベンチの応援で最終戦のグランドにでる機会はなかったようですが、仲間の応援をしている様子を嬉しく感じました。
私には2人の子供がおります。麟太郎 桜子。最近、彼らによって励まされ事ばかりです。夜、彼らの寝顔にしつこくキスをして、寝言で怒られます。子供がいる喜びを知りながら、子供が少なくなったのは何故?それは、我々親たちが、「子供達が未来、厳しい競争の世界に追いやられる。」事を予感しているからです。『希望格差社会』という本を「龍のお薦め本」で紹介しています。そして『グロテスク』も紹介したい。『OUT』 『柔らかな頬』など、単なるミステリーにとどまらない作品を生み出してきた桐野夏生が大企業の女性エリート社員が殺された事件を題材にした作品。その本の著者インタビューで以下のように言っている。
「私ね、この世の差別のすべてを書いてやろうと思ったんですね。些細な、差別と思っていないような差別。お金も美醜も、家柄も地域も、勉強できるできないも、全部の小さな差別をいれていこうと思ったんですよ。エリートになればなるほど、たぶんものすごい差別がいろいろたくさんあると思うんです。競争が激しい。それが女の子の場合、もっと複雑になるというのかな。厳しいんじゃないかと思うんですよ、女の子は。」
(「本の話」7月号 『グロテスク』著者インタビューより)
ライブドアの社長や投資ファンドを率いる人々を成功例に思えば、自分の子供たちが、そうになれないことは多くの親のあきらめです。成功者、勝ち組には到底成れないとしたら、子供達を生み育てる気持ちは萎えてしまいます。でも彼ら達だけが成功者なのでしょうか?彼らだけが幸福なのでしょうか?
その尺度で言えば、私は勝ち組ではありません。個人として消費できるお金は日本の平均以下でしょう。貯金もありません。定期も普通も0です。余裕資金があれば、県政報告新聞を一回でも余計に出したい、と思います。「よく平気でいるな?」と不思議がられるでしょうが、それでも毎日を幸福に暮らせています。
子供達にも、社会を支えることに満足する事をいつも言っています。ユニセフの募金を強制して、嫌がられていますが。でも「選挙だけはやらないで欲しい。」と願っています。
今の子供達が、慎ましくも幸福に暮らせる社会にする事を、政治の一員として前進させていきたいと思う。
暫くぶりに議席に座ると、やはり緊張感が伝わる。ここが私の使命を果たす場であり、使命に殉じる場所だ。
議員職として多くのミッションがある。
税金の支出の監視者/県民の要望の代弁者/地域起こしのリーダー
特に議場にはいると、「税の支出の監視者」としての使命感を感じる。だから、知事の「昆虫の森」「天文台」「県庁前広場モニュメント」へは厳しい意見を出している。これは知事個人への批判ではない。税金の支出の在り方への警鐘を打ち鳴らしているだけだ。個人としての小寺弘之さんへ悪意は感じていない。
群馬県政を否定しているんではない。むしろ真面目に県政は運営されていると思っている。
指定管理者制度導入
管財課の未利用土地の売却10億円突破
人事課の機動配置職員による業務の平準化や緊急課題対応
病院局の外部資本利用やアウトソーシングの推進・・・・・
ご苦労様と申し上げたい事ばかりだ。本当に一部の政治的な判断が私には理解できないだけだ。そしてその相違点が私には政治の根幹部分なのだ。そしてそれを決断し、私の警鐘を無視して実行している「知事と言う権力」への抵抗なのだ。
自己礼賛だが、私の指摘は正論だったのではないか?私の警鐘に耳を傾ければ、県政はもっとよくなったのではないか?「龍の言っている事も、先を見越して見れば、まんざらでもないな。」と感じてくれる事を祈っている。
権力へ民意を持って毅然と対峙すること。田中正造先生や大塩平八郎先生の教えてくれたことだ。前者は、キリスト教、後者は陽明学。残念であるが私には宗教的な知識はない。神社も七五三と必勝祈願だけ。お寺も葬式だけ。自分の葬式も、散骨して、友人が泣いてくれればいいと思っている。でも議員職になって身に付いた、思いを信仰に例えれば、ボロ布を継ぎ合わせ、そこに「一寸の虫」と墨書した旗を掲げる怒りの教えだ。
明日から、又論戦のスタートだ。私の信仰を貫く日々だ。
子供達の安全に不安を感じる事件が続く。しかも、通学途上での事件だ。これらに、行政がキチンと対応している実感がなかった。この記事を見て、ホッとしていると同時に群馬県の対応がどの様なものか確認しなければと焦っている。
私も、近所の雑木林の藪を刈り払った。のべ十日掛かったが、100m先の遊学路が見通せるようになった。みんながそれぞれの立場で防犯を考えることで社会全体の防犯力が上がると思う。
もっとも最大の課題は、問題を学校側が抱え込む事で、その情報が外へ出ないことだ。この件は、具体的に、特定の学校について現在調査中である。多くの父兄から、実情と学校の対応についての、実例を聴取している。事前に私が問題の存在を警告したが、吾妻教育事務所の高橋所長は「当該校に確認したところ、問題は無かった。」と私に回答している。この回答自体が学校の閉鎖性と県教委の現状把握力の無力を象徴していることを、後日示したい。
事件が発生後の学校の会見は「加害児童は普段は大人しく、この様な事件は予想できなかった。」という言うのが定番だが、これが通用しないような事前の警告が父兄を行うべきだ。
今日の新聞、多くの県議会の仲間がそれそれの地元の合併新生自治体の選挙へ挑戦する記事があった。合併して新たな船出をする新自治体で、県政での経験を活用して、大きな地方自治の新展開を見せてほしい。県議会は県政においては地味な存在に見えるかもしれない。でも県政全体から地域を考えている議員が、その地域のデザインをする首長になることは、私は地域においては効果があると考える。
県とのパイプ、国とのパイプとのことではない。自分の自治体を県や、国から独立するくらいの意気で行くべきだ。県の無力、国の身勝手を逆手にとって、すばらしい自治体ができると確信している。
これからも、合併で生まれる新自治体でその船出の混乱の中で、県議会議員がその首長になる場合が増えるだろう。また新選挙区導入により議員の顔ぶれも変わるかもしれない。
出るもの、残るもの、それぞれに真価が問われる。
今日は2回目の書込です。凄かったです。今日の勉強会。講師の話も、聴衆も。1000人近い経済人が一同に会場を埋めた。講師はリチャード・クーさん。もう5年以上前から、日経ビジネスサテライトのコメンテーターとしてテレビで見て、私の好きな経済コメンテーターだった。本人を前にその経済理論を聞く機会を楽しんできた。
有名な、積極財政論者。ただ、積極財政から緊縮への転換で、ポストバブル処理が後退したと言う観点は植草教授と同じだった点は可笑しかったが?植草さんはこの会合の講演直後、マスコミを「手鏡」で賑わせた。
講演のメモを起こすと、
『日本経済はまだ厳しい状況にある。しかし楽観はできないが、この数年で改善は急速に進んだ。財政支出で支えた効果が現れて来る。日本経済の不況の原因を構造問題ではない。構造不況ではなくバラスシート不況である。つまり資産価値の崩壊で、債務超過になったバランスシートを改善するために企業が借金返済に邁進したから、資金あまりになった。銀行の貸し渋りではない。貸し渋りなら、企業は社債での資金手当や外国銀行の日本進出が進んだ筈だ。これも無かった。この行き場の無いお金が銀行で動かない事こそ、このデフレ不況の最大の原因だ。
だからこそ、日本政府が国債発行によって、凍った銀行預金を動かすという「積極的な財政政策」が効果を上げる。1997年からの急激な景気後退を引き起こした最初のつまずきは、橋本内閣にスタートした財政再建路線である。財政再建はいわばダイエットである。体力のない病み上がりにダイエットは危険だ。ゼロ金利という薬をのんでも回復しないような重病人だ。ダイエット(財政再建)の時期を誤った。テレビで私は「財政支出とペイオフ延期」こそ処方箋だと言ってきた。
私は、日本が大恐慌に陥らなかった事は奇跡であると思う。これほど広範囲かつ大幅に資産価値が下落してバランスシート不況に陥ったにもかかわらず、日本経済が大恐慌にならなかったのは、ひとえに財政が下支えしたからである。150兆もの財政支出を続けたお陰で助かったが、誰もそれに感謝しない。「危機を回避した人は英雄には成れない。危機が起こって、生き残った何人かの人を助けると英雄になる。」ということだ。
多くの人々は財政政策に対して批判的に「金をつぎ込んで経済がよくならないのは、政策が誤っているためだ」と非難したが、政府の国債発行による財政政策は正しかったと確信している。
さてこのバランスシートの改善もほぼ終わった。これからの日本経済は前向きの資金調達が発生し、民間資金需要の回復と同時に好況局面へ移行するだろう。ただし、アメリカの住宅バブル=金利の引き下げ=ドル売りが2006年秋以降の不安材料だ。』【文責は龍】
この話は勿論、政府の積極財政を期待している聴衆の多い会場に受けた。特に小泉総理の国債30兆公約のつまずきの時は会場は多いに納得の様子だった。
ただしこれは国債と国策の話である。デフレの凍結資金を国債で流動化させるという経済政策の話である。この財政政策による国債発行によって政府が得た資金が地方政府へ補助金や交付金の形で移動し、国は、地方にこれを基に、地方独自の景気対策の公共事業を促した。その国に誘導策に乗って、地方は地方債を発行して景気対策の一翼を担って来た。
しかし国は国債を発行する自由をもっているが、我々地方政府には県債発行の自由度を有しているとは言い切れない。国に追従して県債を発行し続けることは不可能だ。県債の発行には慎重になるべきだ。金利利払いが格付けで連動するような市場メカニズムが公債市場にも波及しつつある。株式会社JCR社なる民間格付け企業が群馬県の県債格付けをAApとした。以前知事は「県債は国が保証している。勝手に格付けしているだけだ。」と勝手格付けを無視するような発言を行った事がある。しかし公債が市場によって評価される事を意識するべきだ。
さらには、今まで信奉してきた、国の財政誘導策にのって公債発行を行ってきたが、国自体がその国債発行の付けを地方切り捨ての政策転換で一掃しようとしている。地方政府の長として国の豹変ぶりをどう感じるのだろうか?今ごろ焦ってもしかたないが。
私が知事と差違を感じる部分は「中央の財政政策への評価・信頼」の部分だ。
『県は国地方財政計画で守られてる。県が倒産する事はない。』
私が初めて知事へ25年かけて建設される県庁前広場のモニュメントの建設中止を具申した酒宴での彼の言葉だ。中央政府への地方財政支援が普遍であるというモラルハザードだ。
「しかし知事さん。25年も毎年、足場を組んでは作る。また翌年、作る。次の知事さんが、中止しますよ。」とさらに私が具申した。「止めればいいじゃない。」と彼は言った。よくこの時の彼を思いだす。
昨日の小渕代議士の経済勉強会の終了後、会場の出口で中之条町長を見つけた。
【公用車を使わず、自分の自家用車で動いている町長さんだ。】
少し立ち話をした。子供の通学路の安全性の確保、警察官OBや警備会社のプロにボランティア講習などの話をした。彼から嬉しい話を聞いた。「中之条では、父兄会の依頼で、老人会が率先して通学時間帯の見回りや監視を行う。」とのことだ。成る程、「老人力」というモノだと感じた。今日の朝刊にも各地の同様な試みが記事になっていた。結構なことだ。
さらに、机に子供の学校からの便りが置いてあった。妻が私へ教えようと置いてくれていたのだろう。校長名の「子供達の安全確保について」というそのペーパーには
【12月2日***地点で一年生の女子児童への声かけ事案が発生。後方からしばらくの間,追走の車からその児童が一人になったところで声をかけられたとの事案をお知らせする。**色の車で***の男性】
と記されている。
これらの情報を父兄や、老人会を含め住民へ周知しようとの試みに感謝する。さらに言えば、防災無線や、同報メールなどの仕組みの活用も検討しなくてはならない。教委や治安担当の取り組みを求める。
やはり質問は、一問毎に、答弁が逃げれば追いつめる、しかも相手の顔を見ては話す。この形がいい。真下誠治議員が2年も前から主張してきた一問一答方式が今日から始まった。議会改革委員会の委員諸氏へ心から感謝を申し上げます。昨日はこの方式の先進県である栃木県議会まで、その本会議の様子を視察に改革委員会の委員は出掛けて、他県の本会議を傍聴した。その意気込みに応える、本会議初日であることを期待してた。特に今日の出色のできは、黒沢議員だろう。中でも太田アカデミーへの県私学振興補助金が低く押さえられている問題では、再三にわたって知事答弁へ再質問を行っていた。さらに事実確認のために知事への質問の合間に、副知事や、総務理事へも状況証拠を確認するための質問を挟んだ。しかも資料も整理され、完璧な陣容でこの議論の真剣勝負を知事へ挑んだ。途中で「山本龍議員が前回の本会議で質した・・・。」のセリフにちょっと得意になった。黒沢氏の質問に知事が正面から答えずにいたところ、黒沢氏は「もう一度同じ事を聞きます。」と知事の曖昧答弁を無視して再度確認していた。再質問は2回までの今までの方式なら、知事の曖昧答弁を乗り越えうる事は出来なかっただろう。
まずこの質問は、論理的な展開がまず練られていた。凄い。
(1) 知事自身も「水の特区」で取り組んだ特区制度への知事の感想から始まった。「知事にとって特区制度の意義は?」
(2) そして知事へ英語教育への必要性を「県立女子大のコミュニケーション学科」や「群馬中央中等学校」の建設で確認。
(3) 「県補助27万円で学校側が積算していたことを知っていたか?」、「清水市長と直接話あったか?」、「報告したのか?」
(4) 財政需要額にある私学生徒数に太田アカデミーを参入しているか?
率直にいって、明らかに知事のイリーガルな行為を言い訳で納得させようという試みは失敗した。黒沢氏の議論の勝利である。でも不思議なのは、それでも、知事の姿勢は変わらないことだ。
この他に県民局の予算と権限の強化が、地域特性に沿った県政に実現に資するとの質問も良かった。これへの知事答弁は、県民局を相当、尊重している知事の様子が伝わってきた。県民局を創設した県政である。その活用をこれからも、期待している。特に流動性の高い手持ち予算を県民局長が持つことは、機動的な執行に繋がり効果的だ。
さて本会議終了後、廊下で唐沢総務理事と立ち話。
「学童の安全対策もそれぞれの県民局が、警察、教委、自治体を束ねて取組中」とのこと。それが良いと思う。県教委、市町村教委、公安・・・ではなく、県民局が一元管理した方が、効果的だろう。
建設事業の端境期対策のゼロ県政も効果的な事業だろう。今日の質問にはなかったが、工事発注の少なくなる年度初めの切れ目解消に効果があるだろう。これは、土木部の経験の長い唐沢氏のアイデアではないか?やはり県幹部は明るい方がいいや。唇の端をへの字にしていると話しづらい。
そうだ。そろそろ、総務委員会の質問の資料整理に掛かろう。勿論行財政改革とその手法であった指定管理者制度が中心になるだろう。
林野庁は、森林面積に応じて所有者に交付金を直接支払う「森林整備地域活動支援交付金制度」が2006年度末で期限を迎えるため、次年度以降の事業継続に向け、動きだした。森林整備地域活動支援交付金制度は、農水省の「中山間地域等直接支払交付金」のいわば林野庁版。
具体的には、森林所有者が5年間の「森林施業計画」を策定し、市町村と協定を結ぶと、
(1)森林の現況調査
(2)簡易測量や境界標示など「施業実施区域の明確化作業」
(3)作業道や歩道の整備・管理―をはじめとした経費支援として、1ヘクタール当たり毎年1万円の交付金を受けられる。
負担は国と地方が折半しており、国の05年度予算額は約73億円。群馬県の予算は確か1億円だったでしょう。この制度が始まった時は、「5年後見直し」とあった。多くの関係者が、「5年で終わりか。」と言っていたが、「絶対に継続する。むしろ見直しで倍の2万円に増額になる。」と私は発言していた。その通りになりそうだ。予感でなく、当然そうなるべきと考えたからだ。これで、環境税の導入が行われれば、「3万円」になるだろう。これも予感ではない、必然なのだ。
10年前、「デカップリング」なんて言葉が普及していないころ、私には、農政の所得保障政策への転換を主張してきた。農・林の両分野での農家林家への直接的な給付への流れは(WTOの非関税ルールであろうと、)拡大する。そうでなければ、山間の小規模な農林業主体の山村は消滅する。大型化も株式会社化も出来ないで、ただ、耕作放棄され、原野に戻るだけだ。そして、その繁みの下草に潜んで、野生の獣たちが、町村へ出没し、人の生活を襲い、人は都市へ追いやられる。まもなく村は地図から消滅する。
耕作奨励金無しに、誰が畑を耕すのだ。厚生省が大丈夫と保証する中国からの汚染された食品が市場を席巻した。今からでも遅くない。直接給付だ。知事はこれには反対だった。今はどうだろうか?「農家のプライドが傷つく。」から反対と発言していた。10年も前で。覚えていないが、私の一般質問への答弁だったと思う。議事録をめくってみよう。
「農家のプライド???プライドのある意欲的で創作的で、オンリーワンの農産物の生産者は、貰わなきゃーいいでしょう。作る作物がない農家は、山の畑で何を作って暮らすんだ。解ってね~。東京大学出身の役人は色々と理屈や意義、さらには人生感まで考えて教えてくれるけど、市場は単純だ。難しくすればするほど、予算の割に効果がないものだ。」
先ずは昨日の夜から。
明日は寝坊出来るとウキウキした。そして図書館へ返却しなければいけない一冊を読み終わらそうと、ガスストーブの前に椅子を動かしてコクーン体制になった。借り物だからメモも付箋も出来ません。内容もデスクで読む本ではないですね。それは『県庁の星』。須藤昭男議員から、勧められ議会図書室から借りました。亀山豊文議員から「龍ちゃん。次待ってるよ。」と声掛けられた。まずい。どうしても月曜には返却しないと、と焦っています。須藤さんの話では、「面白く読めた。職業としての公務員の属性が生活者としてまで、拡大しているところを良く感じられますよ。」
確かに読んでみれば「民族・公務員」の世界へ潜入レポート。
でも群馬県庁には〈派遣研修のスポーツジムから逃げ帰るようなエゴイスト職員〉は居ないな。スーパーで頑張る主人公タイプの方が圧倒的だろう。たった一週間だったが、山古志の避難所体育館で多くの群馬県職員と過ごしてきた。さらには北海道庁、神奈川県庁、新潟市役所・・・。北海道庁からの派遣された災害対応班はさすがに精鋭だったが、他の役所からの派遣部隊よりは、群馬県庁班は意欲的だった。【詳細は日記の山古志レポを見て下さい。昨年10月25日から】
そして今日は、何と11時まで寝ていました。起きれば誰もいない。妻も息子も娘も????あわてて起きて、買い物へ。実はビーグル犬‘Lucus’の温熱カーペットを買って、そして彼のオンボロ小屋の修理が私が「やるべき事」なのです。寒くなってから、一ヶ月、ずーっと彼が寒さで凍えていることを思ってきました。6才になった彼は、最近ご飯の時以外は小屋で考え事をしているようで、遊びに出てこない事が多くなりました。電気の延長コードを庭に這わせて、ニップルで留めて、小屋の床にカーペットを敷いて・・・。ほんのり暖かい。ところが、今度は小屋の外で作業している私へくっついて、自分の暖かい小屋へ入らない。なんだ。私が遊んでやらないから、いじけてただけなのか?
そう言えば、子供達も、ルーカスと庭で「キツネ狩り」をする事もなくなった。《これは私が発明した遊び、“フォックス ハント”と呼んでいます。クッションにシッポを付けて、3mくらいのヒモで腰に結びます。ルーカスにクッションを取られるまで走って逃げる競技です。》
私とルーカスは、家族から忘れられ始めた仲間です。仲間は大事にしないと。今日は外で遊びます。
昨日は書き込みをサボった。
中村議長のブログを見ると、自身の怠慢を身に染みる。酒のんで、11時に寝てしまった。スイマセン。
昨日の本会議はも一問一答方式の聞き応えある内容が続いた。指定管理者制度の導入についての質疑では、受託外れの公社の職員の処遇についての質問があったが、受託された民間事業者への継続雇用を要請するような答弁があった。
私の予算委員会における同様の知事答弁では「再就職の斡旋」を行うとの中身だった。てっきり、広い意味での再就職と思っていたが、受託を受けた民間事業者へ継続雇用を依頼する趣旨だったとは思わなかった。果たして、受け入れられるのだろうか。さらに、この継続雇用を受託条件にしていたら、受託金額を入札する際に本来民間の事業者が手持ちの人材での運営を考えていた場合に比べコスト高になり、これが入札価格の上方圧力にならなかっただろうか?
議員控え室で、橋爪議員が、「6億削減の数字の根拠を知りたい。」と電話を掛けている声が聞こえた。成る程、その疑問の通りだ。「これらを明らかにしないまま5年間の管理者を認めろとは、議会は追認機関ではない。」との彼の主張は正当な指摘だ。
私も同様に疑問を持っている。
(1)一体どの様な、運営条件を受託希望者に提示したのだろうか?選定委員会は、どの様な議論、選定基準で業者判定したのだろうか?
(2)「落選事業者が選考制度への疑義を呈し提訴。」がある以上県議会がこれを議決して良いのだろうか?
(3)入札選考制度によらず、随意契約で今までの受託団体を契約するという行為が、この指定管理制度の導入の意味の一つである、競争による意識改革を阻害する危惧はないのか?
(4)現行の受託団体以外に適当な民間事業者が居ないと理由だが、公募しなかったのは可笑しい。
(5)「6億円の経費削減」という公表が何を基に行われたのか?
これらの理由により、私は明日の各常任委員会での、議会が指定管理者の選考結果を安易に認め議決することを不安に感じる。これらの疑問に厳しく言及し、その結果、疑問をはらすような答弁なき場合は議決の保留を行うべきだ。そしてさらに、選考委員会委員の常任委員会への参考人出席を求めるべきだ。
二つの理由で、今日は討ち入りの日に相応しい一日です。
一つ。何と議案を委員会で否決しました。今までは少し位の瑕疵があっても性善説に基づいて可決してきました。【最も今回の瑕疵は、見過ごす事が出来なかったですが。】
二つ。夕刻。初めて、県央で私の同志の集会をもち、大きな意志を確認できたことです。それは僅か25人の小さな会でしたが、私の挑戦の第一歩であり、心に残る時間でした。
指定管理者の選定議案の否決後、色々な方面から率直な意見が噴出。県の関係者からの面談の際に、「あなたの企業が管理者に選定された場合、何人の公社の職員を引き受けられますか?」、「現行の公社の専門職を引き継いだ方が、安心できますね。」などの言葉から圧力を感じた、との話が届いた。
今までの受託を外れた公社事業団が、経営困難になり、そのプロパー職員の難民化は県政の最大の課題だ。【内向きの問題だが、その職員自身が県職員と同じ公的な業務をになった来たのは事実だ。たまたま公社職員で、たまたま県庁職員の違いだけだ。出城が炎上。本丸は無傷の構図は私は納得できない。みんなで痛みの分かち合いをしよう。】
しかし、とても、民間事業者が採用継続するはずがない。諦めて、考えよう。全て、この指定管理者が導入されることを3年も前に判っていながら、公社事業団の改革を行わなかった県幹部の責任だ。ソフトランディングが出来るはずがない。特別職は給与を彼ら難民の為に差し出すべきだ。
昨日の総務企画委員会。ひどかったね。企画部の群馬県長期ビジョンの2006~2010版の策定についての説明があった。夢を語ってくれた。しかし、2001~05版に並んでいた事業項目も1999年に議会に示された時は夢を感じるお話であった。その項目の達成率を発表もせずに、これからの5年間の夢を語ろうなど、厚かましい話だ。質問した。
りゅう
「過去5年の達成率や評価を教えてほしい?」と質問したら、
新政策課長
「これからの5年計画には進行予定表をつけてます。」との答弁。
りゅう
「これからの事でなく、終わった5年の評価について聞いている?」
新政策課長
「この5年間の事業の結果を評価して議会に提出せよとの事ですか?」
と反対に質問された。
新政策課長のとぼけた答えに私も質問を続ける気がなくなった。本当にとぼけているのか?「山龍にまともに答えてなんかやるか!」との悪意をもっているかだ。その前に聞いた新政策課主管にも呆れた。
龍「バイオマス発電が計画時に議会に説明された内容と随分違う。夢のリサイクル発電がまるで、産廃の中間処分扱いだ。どうしたのだ?」
グズグズしながら主管「地元の人が大きすぎるのでは・・・」
三回質問したが、「地元調整が十分でなかった。」「計画が甘かった」との反省の言葉は、無かった。この主管も無能なのか、誤りたくないのか。どっちかだ。
謝れなければ、反省もない。改善もない。
それに比べて国際課長は「王貞治の国際少年野球で2000万円節約に成功!した。」の答弁。気持ちいいですね。聞いていて。ご苦労様でした。
まあ、企画という部署の担うべき役割が曖昧なのではないか?目的自身の曖昧さの上での任務故に、我々には明確な存在意義を感じない。特に新施策課。新しい政策を生み出そうとする気持ちの空回り。
世界遺産推進もこの企画部の担当だ。「売らない。貸さない。壊さない。と片倉製糸工業は富岡工場保全への姿勢です。」なんて、議会で答弁していながら、片倉と売買交渉している。結果は売買成立!片倉は、如何なる理由でこの「売らない、貸さない、壊さない」の原則を転換したの?教えて企画担当者。
「県営住宅の住民親睦企画」とか、「職員の勤務実態・意欲調査」や「LGWANを使った県市町村間行政情報インフラを県民への情報提供へ利用しよう。」などの企画テーマは、必要だと思うけどな。
知事の思いつきの下請け機関である以上、存在理由を感じない。私は。
今日の地域活性化特別委員会でも、「企画の21世紀プランの5ヵ年新規計画」についての質問が行われた。
松沢委員
「先の5ヵ年計画とこれからの5ヵ年計画との間の整合性は如何に?」
山本理事
「まったく別のものです。整合性はありません。」
松沢氏
「笛や太鼓で策定した、5ヵ年計画を作った顔ぶれが居なくなって前のことは知りませんのスタイルでいいのでしょうか?」
「市町村が直面しておる困難に銅に対応するかを研究するべきだ。」
当然の議論でしょう。
今日は、企画理事、新政策課への議論はすべて厳しい内容だった。反対に、総務理事や県民局長への質問は、多くの意味で激励の内容だ。
県民局への予算と裁量権の以上、さらには、県民局長が使いやすい予算を持つべきだ。との議論は、県民局への期待とエールが感じられる。しかし、「県民局長個人の能力が重要」との意見もあった。これも同感。
さて、富岡製糸工場の世界遺産登録だが、これからどれくらいの費用がかかるのだろう。新町の旧官営くず糸製糸工場の購入が予定されている。本当にここまでやって、世界遺産になれなかったら、いったい誰が責任を取るのだろう。保全だけなら富岡工場だけで十分なのに、ユネスコの指導で、富岡だけでは不十分で面の拡大に為に新町のくず糸まで拡大する。この部分の支出は明らかに、ユネスコへの世界遺産登録への条件整備だ。これで、登録失敗なら、その責任は誰が取れるのだろう。
責任を取らないのが行政の常套なら、その仕組みを変えることだ。もし仮に、行政行為に失敗で責任が発生するとしたら、行政は余分なことはしなくなる。これが無駄の抑止につながるとしたらこの手法もありえるかもしれない。
さて、寒くなりました。ご健康注意で行きましょう。年賀状を出さない仕事の私にとっては、議会が終われば少しほっとする時間が生まれるでしょう。
昨夜は前橋高校の県庁関係者による同窓会。県議会も9名。田島雄一先輩が「県議会最大勢力」と会場を沸かせる。ここに来ると、卒業年次で先輩後輩になる。前橋選出の中島議員は平成3年の卒業。俺の方が先輩だ。でも教育長はじめほとんどの県庁の方は私の先輩。スイマセン先輩。
ところで、競馬のサラブレット種は、引退後95%が薬殺されるとのこと。本当かよ!信じられない。‘群馬あさひ’の一面にあった記事。高崎競馬の解散後そのスタッフが始めたNPO法人が、その処分馬を引き取って、子供達とのふれあい牧場を運営していると言う記事だ。
いつも思っていた。競馬のJRAのテレビ宣伝。スマップの一人が派手な衣装で競馬の夢を語る。気に入らない。博打の胴元が派手な宣伝して許せない。しかも、その動物を役に立たなくなれば殺す。こんな事が許されるのか?
世の中には理解できないことも一杯ある。それらに全て怒っていても疲れるだけだが、怒れる元気のある内は怒っていこう。
ある建築関係者と話をした。「姉歯さんは、断れなかった。でも確認機関が気付いてくれると悪に手を染めた。」その確認機関まで悪の連鎖に居たという事だ。即刻、関係者の資産凍結だ。銀行口座の凍結だ。彼らが、責任を取らずに、国民の税で救済するのは可笑しい。まず、関係者の責任を追及するべきだ。
さて来春は、多くの自治体での合併選挙がある。毎日のように新聞が賑やかだ。寒い中の選挙戦。議論の舌戦を期待する。
起きれば、雪。
あわてて、駐車場の雪かき。小山の様に雪が積み上げられた。子供達が、トトロのかまくらを作っている。
宮城県は、外国からの来客らをもてなす「迎賓館」として使用している知事公館を、結婚式場として民間に有料で貸し出しや、スタジアムの命名権販売を検討している、との記事をみた。大阪府では、府の広報に有料広告を掲載とのこと。どの自治体も、歳入の確保に躍起になっている。
群馬県では、「指定管理者制度のよって7億円の歳出削減」との報告。売れるものは売って、削減できるものは減らす。財源不足で自治体もやっと本気になった来たとのことだ。パーキンソンの原則通り「金は入っただけでる。」なら、「金がなければ、無駄は出来ない。」となる。
19日の今日は委員会、本会議のない予定でした。ところが保健福祉と、産業経済の2委員会が開催された。指定管理者の選定への同意議案で延会になったもの。
産業経済委員会では産業経済常任委員会では「前橋ゴルフ場」について民事訴訟係争中ということで否決。議案として上程していながら、県は委員会委員へその起訴の事実を報告していない。橋爪議員の指摘によって、議会が知った。これが事実の発覚の発端。【みっともな~。暴かれた事実は、自ら公開した事実より、悪く見られる。】、これって、龍のお勧め本にある「自治体の危機管理」に書いてあります。
保健福祉常任委員会では、県義肢製作所の指定管理者案件を否決。環境農林常任委員会では「日本絹の里」、「馬事公苑」の2件についても否決。この2委員会での否決理由は「選考側の人間が対象団体の役職に就いている。」との理由。
選考の基本姿勢は良かったと思う。事実、多くの公団公社が選考漏れした。キチンとした、選考スタンスだったと思う。でも残念ながら、この様なミスでその信頼自体を損なった。もったいない。「7億委託費削減したぞ~~~。」と胸を張って答弁できる内容なのに。こんな、イージーなミスでその結果を無にした責任は重い。責任追求すべきだ。
それにしても、議決の重みを感じる。だって5年の委託者を決めることなのだから?その、重さに耐えることのできる議決の担当者として、各委員会はその責任を果たした。委員長さんへ敬意を申し上げる。議案否決が新聞記事になるほどのことはない。モットも、今まで『客なら誰でもでもオーケー』の売れないホストのような議案通過が当たり前の状態。プライド、いや、ディグニティー‘Dignity’ある議会に立ち返ったと言うことだ。
この事は、「売れないホストのごとく議会は何でも通す。」と思ってきた知事側の思考の転換を促した。これからは、恋愛のように適正な付き合いが必要だ。隠しては信頼が生まれない。積み上げなければ、信頼は築けない。
さて一方、我々議会も、信頼の対象になるような努力が必要だ。知事側へ、「適正な監視者」として認識されるような努力も同様に必要だ。我々自身も、痛みをもって、我々の改革を行わねばならない。知事が議会に監視されていると同様に、我々も県民に監視されている。自己改革にスピードを緩めれば、知事側からも、県民からも自堕落な人間として扱われる。
先ずは、選挙区改革を急ごう。そして、本会議の活性化のために一問一答方式の次に本会議のネット中継をしていこう。見られていると言う意識が変わる為に必要だ。誰にも見られていないで、自己改革出来るほど我々は聖人ではない。
もっとも、「聖人達」も「神が見ている」“God knows”と感じて努力をしたのだが。
ちょっとした疑問を、県土整備局へ尋ねた。道路企画管理課の方が説明してくれた。その後雑談。お話を聞いた。
「17年度からはじまった12土木事務所で総額10億円の調整費でかなり、効果的な事業執行が出来ている。東部県民局では、2カ年度で事業完成を予定していた、交差点改良のスイスイプランを1年度で完成させることが出来るなど、事業の効果的な執行に取り組めた。」
良かったと思う。知事の目玉事業である、機構改革と県民局設置は、私も期待してきた取り組みだ。効果があることを聞いて嬉しい。2年前の予算委員会で、紙の箱を潰して見せて、「これが機構改革の姿だ。」と主張した通りになった。あの当時は多くの議会関係が機構改革への疑問を表明されていた。たぶん私は少ない賛成派だっただろう。
そして次なる県民局。これも賛成が多かったとは言い切れない。「県民サイドへの予算と決定権の移動」こそ県民局の存在だ。そして、初代の5人の県民局長の努力でその意義が明らかにされた。先の、地方活性化特別委員会においても、多くの委員から県民局への取り組みへの質疑がなされたのは、その存在感だろう。【実は、岩井賢太郎委員長から、各委員へ、県民局長への政策提言などの質問をするよう伝えろ、との私への指示があったこともあるが。】
さて、県土整備道路企画管理課との雑談に戻る。
「17年度より以前は、土木部が農政部や林務部の予算が余ったからと言って、道路に回すことは遣りづらかったが、17年度からは縦割りの予算から、流動性のある予算に変わり緊急対応可能になった。以前は土木内でも草刈り/舗装/・・・と区切られていた。」
成る程、良かったです。さらに、お話を伺った。
「しかし、予算は厳しい。県民が困っている身近な事業。例えば、道路の凸凹、通行の支障になる草刈り、通学路の完全対策、等の対応予算が厳しい。県民からの要望は、そのような緊急対応だ。これに応えられない。緊急の事以外は、一年延ばせる。しかし道路新設どころか現状の維持管理に手が回らない。道路整備予算は削減されたが、道路維持管理予算は104%で増額できた。しかし、元々の予算が少なく絶対額は少ない。」
二人の方の話から、県民要望に応えられない悔しさを滲ませる県庁マンの正義感を共感できた。有り難うございます。私たちの為に感謝します。
どうだろう?県民局に5億円の公共事業調整費を配分したら?緊急対応が無ければ不要で持ち越せばいい。
「思わぬ進展があったら、一年で工事してしまう。」
「地主が急に売る気になった。」
「大雪で除雪が間に合わん。」
それぞれのパイが小さくなった以上、あっちの工事をのばして流用する工夫の余地も小さくなった。県民局長に5億円の「工夫の余地」を持たせる事も、必要だ。吾妻の県民局長も委員会で発言していた。
「お金があれば、色々な事に取り組める。」
予算編成庁議に県民局長も参加すると言う。当然だ。県民局長は《地域担当副知事》として処遇するべきだ。県民が、長靴で訪問して、思いを伝えることでの出来る地域県庁づくりこそ、小寺県政の県民局構想でないか。
自分がとても小さく感じる事がある。俺の人生って空回りの連続。目的に向かって進んでいるのか、遠ざかっているのか。それすら、判らない事がある。
こんな時は、自分のミッションをもう一度確認しよう。スピードを落として、ゆっくり歩く勇気もいる。
社会にとって、家族にとって、仲間にとって、龍のするべき役割をもう一度、読み直そう。
(議員給料-政治活動)÷実働時間=800円
私が、特別に政治活動に費用を掛けている事ではない。私が、特別に政治活動時間を掛けている事ではない。どの議員も、土日も夜も関係なく、地域の人々と県政を結ぶ活動を行っていると思う。「選挙民の世話焼きは、ただの選挙活動だ。」との意見もあるかも知れない。でも、私は「田舎の政治家の正義感、使命感」の現れと確信する。敷地の一角に事務所を建て、安給料かもしれないがスタッフを雇って、ガソリン代や電話代・・・。経済的に報われる仕事ではない。絶対にそうだ。好きだからやれる仕事だ。選挙と活動で数千万の借り入れがある。私はこの労力を、ビジネスに投入すれば、経済的には今よりは豊かでしょう。
友人から、市長の退職金についての問い合わせがあった。調べてみれば、うらやましい限りだ。私は老後の備えの議員年金さえ廃止しようと活動している。ところが、公務員は、そして市町村長や知事副知事などの特別職は破格の優遇をされている。
特別職退職金の計算式
月額×在職月数×在職年数×0.8係数=退職金
群馬県知事133万円 係数0.8
副知事 108万円 係数0.5
出納長 94万円 係数0.4
企業管理者 94万円 係数0.4
病院管理者 94万円 係数0.4
常勤監査委員45万円 係数0.4
教育長 94万円、係数0.4
したがって知事の場合
133万円×12月×4年×0.8=5000万円です。県職員が退職して教育長や副知事等の特別職になった場合、職員の退職金とは別に特別職の退職時に特別職の退職金は支給されます。
市町村の場合も算定式はほぼ同じです。係数が0.6の市が多いですが、高崎は0.5 藤岡、安中、富岡は0.4 町村では0.52です。前橋の場合 市長給与90万円×12×4×0.6になります。この給与は10%カットしていても、基本給で計算されます。90%カットしても、退職金で充分な収入でしょう。
4期満了時の小寺知事は2億円の退職金を貰えます。
P.S. 議員は退職金制度はありません。3期12年間掛け金を支払うことで議員共済年金が65才から支給されます
草津の冬、子供たちは胸までの雪をかき分けて歩く。ランドセルをそりにして坂道をすべり降りる。雪だらけになって、帰った家でストーブを囲んで母がいる。
今日の雪は静かに舞う。気がつけば、もう一面の白だ。こんな日は、家で、子供達のおどけた話を聞きながらココアを飲みたいものだ。牛乳でなく、お湯で溶いたココア。これが、粉っぽくって私は好きです。
さて今日は終業式。子供たちはもう家に帰っただろうか。ルーカスは、小屋から顔を出して、簡単な挨拶をしただけで小屋の奥へ入ってしまっただろうか。
私はこれから、草津、嬬恋へ出かける。そして明日は、高崎方面。大晦日まで、活動。そして来年の元旦は恒例の新年街頭演説を行う。ただし今回は新らしい遊説車の納車が新年10日になってしまうので
元旦と2日の2日間だけで、吾妻新年街頭演説は終了。[例年は5日までかけて山奥の集落まで訪問したのだが]
こうして、歩いて、触れ合って、話しあった人々の声を県政に届けるのが私の使命のひとつだが。その声が県政に届いて叶えられているか?この疑問が私を草臥れさせる。自身の存在の希薄さに打ちのめされる。今日、県立小児病院の患者さんの父兄から、「保育士さんがいてくれたら。」との声を聞いた。この声を叶えるために私は議会にいるのではないか?
あっ。雪がやんだようだ。足跡が続いている。
一昨日、吹雪の中を歩いた。昨日の朝から、喉に痛み。それでも、高崎の友人宅へ。午後は、高校時代の同級生とあう。
今日起きれば、37.7度の発熱。咳が止まらない。やられた!インフルエンザの予防注射を2回打ったので、ただの風邪だろがキツイ。こんな時は、ノンビリ過ごそう。本も読みたいし、書類の整理もしたい。県政報告の新聞紙面作りもやってしまおう。【まだ何もしていない。】
幸いにして、年賀状は出さない決まりの家業でよかった。この10年。返礼以外に年賀状を出したことはない。モットもそれ以外の時期に、県政報告のハガキは年間1万通は出すが・・・。
しばらくぶりの同級生から、「龍、でぶったな~。」との一声。いつから、比べて太ったのだろう。177cm77kg、私はまあ丁度良いと思っているが。
10時起床。相変わらず誰もいない。寝過ぎで腰が痛い。どうにか平熱にさがった。喉も復活した。何もせずにクリスマスのご馳走を貰った反省から、少し掃除と洗濯の取り込み、食器洗いをした。
ピリッとしないが、薬を飲んで、新聞を開く。
ま~。『やっかいな猪。ご馳走に変身。吾妻郡内に精肉工場』
有り難いと感謝する。有害鳥獣による農林業被害さらには、人的な被害が山村の存続にとって、大きな脅威である。この「今ある危機」を解決するべく前任の吾妻県民局長の英断で起案された、この計画がいよいよ実現へ進み始めた。この記事を読んだ、吾妻の人々は皆期待感で一杯だろう。
有害鳥獣の農林業被害額1億6千万、さらに駆除対策費3000万円。実はこの他に、駆除への人的な労力がある。これを積算しないのが農林業の悪いところだが、多くの農家、林家が何日の作業して防除柵や電気柵を設置している。この費用は計算されていない。
とにかく、猪の肉が料理に使える事になれば、一石三鳥だ。有害鳥獣駆除、山村生活の保全、特産品つくり。色々な意味でまだ検討の余地は残るが、前進して欲しい。コーデックス委員会におけるゲームミートの食肉安全規定など、後任に県民局長を始め皆の力で前向きに解決していこう。まだ県庁にも、こういった、県民生活を守ろうという基本的な正義感があることを実感して嬉しい。
そうだ、私の妹、馨子から電話があった。
『小児医療センターに保育士さんをって院長先生へお願いしているの。どうも予算が無くて駄目みたい。先日、昆虫の森に行ったのね。沖縄の温室で悲しくなった。このお金があれば病気の子供達がみんなが喜ぶのにね。』
彼女の息子は小児ガンで生まれてから、入院を繰り返している。群馬県内に嫁いでいるが、その看護もあってユックリ話す時間がない。こうして、妹と電話で話す事は私への訴えだと感じる。
“兄も頑張ってみるから”と心で思った。
昨日の朝日新聞は、以下のように書いている。「避けたい不毛な対立」と見出しで「県議会の選挙区改革後の議会改革に注目している」。
喧嘩は対等の力関係においての対立を表現するのものである。「2元的代表制」とよばれる地方自治体のしくみは、議院内閣制よりも大統領制に近い。しかし、たとえばアメリカ大統領の権限とくらべてみても、自治体の首長の権限がはるかに強大である。
アメリカ合衆国大統領といえば選挙民の支持を背景に強いリーダーシップを発揮しているように思うが、実際のところ、大統領には法案提出権も予算提出権もない。公約を実行するために新しい法律を制定しようとしても、大統領にできるのは懇意の議員に法案提出を依頼することくらいで、そうして提出された法案が議会の修正で骨抜きにされることも少なくない。これに対して、自治体の首長は住民から直接選挙されたという強みに加え、議案提出権を駆使して政策決定をリードする立場にある。つまり、首長は大統領と首相の双方の強さを併せ持っているのである。
我々は、喧嘩をしているのではなく、知事の強大な権力の暴走を体を張って阻止しているのである。
我々が対等な能力を獲得するには
1 「条例案提出に代表される議員の政策立案能力の強化」
2 「住民代表の立場で知事の政策をチェックする能力の強化」
はもちろんだが、一番必要なことは
3 「住民への信頼の獲得」だ。
議会への信頼を回復するために、議員はまず単なる利益団体の代表としてではなく、広範な住民の代表として行動しなければならないだろう。党としての県民意見の広報・公聴能力の拡大も必要だ。知事が自分の県政運営への意見を群馬県の公式ホームページで発信するなら、議会もその議会HPや政党、そして議員個人のHPでその意見を発信し、多くの県民意見を集めるべきだ。残念だが、私はその努力を感じない。議会、党ともに広報委員会副委員長として、私は失格だ。辞職すべきだと思う。
さらに自己浄化能力を発信しなければならない。
例えば
政務調査・滞在費・海外調査の透明性を如何に高めるか?
議員年金改革を全国議長会へ提案する等、先見性を如何に発揮するか。
県連の運営資金の透明性などの取り組みを如何にアピールするか。
・・・・
我々が事実取り組んで入る、多くのことを発信する事だ。
私のネット・アンケートをクリック投票にした。「メールで投票下さい」では皆さんが面倒だと思った。
その中に、税金の支出対象として選択を尋ねる項目がある。
その選択肢の一つに「光ファイバー等の高速通信の基盤整備に行政が取り組むべきですか? 」との項目がある。5年間、その項目は変わらない。実は、この項目は色々な紆余曲折があった。2期目の選挙公約がBB環境の整備だった。ところがその後YAHOOはじめ多くの民間事業者の参入で、行政の守備範囲から外れたと感じてきた。最近、やはり、民間通信事業者の網からは、山間地は外れている事を実感するようになった。そして、その自分の考えの振れを第3者に教え欲しくて、この項目をアンケートに加えたと言う次第です。
今日も、訪問の友人と、「どうも光は来ないな。テレビのCMでは何処でも楽しめる様な感じで、余計悲しいね。」と話したばかり。そこで、期待の持てる情報を報告しておきたい。
総務省は2006年度、過疎や山村、離島などの条件不利地域で高速インターネット通信を可能にする基盤整備を重点的に行う「地域情報通信基盤整備推進交付金」を創設する。光ファイバーやケーブルテレビといったブロードバンド(高速大容量)通信の中から、どのサービスを地域に提供するかを選択し、どのような施設を整備するかは市町村の判断に委ね、地域の実情に応じた最適な基盤整備を促す。交付率は3分の1。来年度予算案に関係経費52億5700万円を計上した。
同交付金は、従来の新世代地域ケーブルテレビ施設整備事業と地域情報化総合支援事業がベース。このうちケーブルテレビ施設整備事業は、三位一体改革の補助金見直しで都市部向けは財源付きで地方に移管することが決まった。現行制度は、光回線やケーブルテレビ、ADSL(非対称デジタル加入者線)、無線システムなどのサービスの内容ごとに基盤整備に対する補助メニューがばらばら。特に地理的に条件が不利で企業の立地や人口が少ない地域では、民間任せだと採算面から整備が進まないことが予想される。
新設する交付金は、どのサービス基盤の整備をどのように進めるかは、地域の判断に応じて選択し、重点的に必要な予算を投入できるようにする。今後は、デジタルディバイド(情報格差)解消の観点から、過疎や離島、半島、山村、豪雪の各指定地域、沖縄県などに対象地域を重点化。予算も従来の2倍以上に増やし、政府が目指す10年度までにすべての家庭で高速ネットが可能となるブロードバンドゼロ地域の解消につなげる。
とのことです。
寒い日が続きます。今日で、山本龍事務所も終業。女性スタッフは、午後の新幹線で故郷へ帰郷するとのこと。
私は、これから、年賀状の印刷。子供達に分と、妻の親族・友人分、そして、私の選挙区外の友人・親戚。200枚を印刷する。選挙区への年賀状は公職選挙法で禁止されているので、この10年。答礼以外に出したことは無く、年末のあわただしさも、この分助かる。
今夜は、前橋の同志との懇談会。そして明日は議会の親睦会。元旦からの、新年街頭は今年は2日まで、新型選挙宣伝車が仕上がらず旧車で行うため、割愛した。「私も好きだな~。」と思う。新型宣伝車は今までのスピーカーよりさらにワット数を増力した。480Wにした。小渕優子候補のセットと同量だこのアンプシステムだけで100万円も掛かる。重量200キロのスピーカーと行灯看板を載せるためには、ショックアブソーバーも変更。全ての車両・装備で600万円。もったいないと思うこともある。ハンドマイクで十分かも知れない。トヨタ・プラッツが愛車の私には不釣合いな支出だ。
しかし、喉一本で政治活動を行う以上、これは切り詰められない最低装備であり、食事はコンビニのおにぎりで我慢しても、遊説車は節約できない。群馬県全域を街頭宣伝許可を貰ったが、残念ながら、正月二日間では吾妻8町村が回りきれないだろう。一回、県庁の前で、やってみたい。庁舎のコンクリートを揺らせるような音声波動を発信してみたい。
寒いと肩が固まる。今日はリラックスのマッサージに行くぞ。
一年が終わろうとしている。2005年は、色々ありました。議会と知事の対立が語られる場面が続発した。その火種の幾つかは、時によって変わった。
県民局設置/二人副知事制/指定管理者制度/海外研修/太田アカデミーへの助成金/議会改革/知事退職金・・・。そして年の暮れになって、次期県議選の定数と区割り問題が知事と議会の新たな対立の火種になった。
本当の知事と議会の考え方の差異があったのは、「市町村合併への県関与」だった。この問題の解決がなかった故に、多くの地域での市町村の混乱が発生した。前橋市から消防業務の引き上げを受けた、冨士見村の悲劇はその一つにすぎない。
私の視点で言えば、「水の特区の自然消滅」、「昆虫の森オープン」と「富岡製糸工場跡地の購入」も2005年のトピックスに加えたい。これは、知事の向かう方向性の「思いつき性と独断性を象徴」しているからだ。そして、これらが暗示する事は多くの県民が、「未来のノーベル賞・・・」とのスローガンによって切り捨てられたことだ。巨額の予算を自分の思いつきには投入する半面、社会を底辺から支える事には無関心だった。多くの困窮者が暮らす為の住宅政策・福祉政策として重要な県営住宅の新規着工ゼロの事実。命を守る治山や護岸工事はじめ工事費の大幅削減の事実。これらと対比すれば、知事の独善性は明らかだ。
さらに他県で発生した学童連れ去り殺人。そして大きな流れである、地方分権推進と三位一体という国から地方への押しつけのトレンドも2005年を通じての課題であった。
まるで、県民から直接吸い上げた要望を実現しているような、レトリックは使いながらも、その結果の知事の行動の多くからは、県民の生活を守ろうとする知事の意志を感じない。この知事の県政運営の手法によって際だったのは、「議会や市町村の政治プロセスの空洞化」だった。
そして私が指摘した知事の2重性もまた、この一年で極まった。その欺瞞の象徴が「議会定数削減議案を知事が提出」という行為だ。「合併によって市町村の議員数なども3割とか4割とか減らしておりますから、それに見合ったかたちで、どれくらいになるかは別として、県議会定数も平成の大合併があったということを前提に抜本的な見直しをすべきではないかと思っています。」、以上は知事自身の記者会見での発言だ。「合併は市町村が自主的に。県は関与しない。」と主張してきた本人が、合併を切り札に議会へ斬り掛かって来た構図だ。
そもそも、市町村が合併によって、議員数を削減したのは自身の判断であり、県の判断ではない。それによって合併効率を高めようと言う市町村の身を切る改革の現れだ。ならば、県議会、県知事とすれば、『今まさに協議されている28次地方制度審議会における道州制議論によって、都道府県の議員定数が大きく削減されること覚悟する。知事職も議会定数も削減されるかもしれないが、市町村が取り組んだ勇気を見習って我々も積極的に道州制に向けての推進議論を。」、との態度表明を出すべきだ。
ところが知事自身は、「道州制の提議が判らないのでコメントできない。」等という、発言をしている。「うるさい監視者は少ない方が良い。」との意志の現れで、許せない。「自分の思考の枠だけで判断する」知事の県政運営の凸凹感を象徴している言葉だ。
さあ、そろそろ止めよう。所詮、「権力者に奢るな」諫めても無駄。権力の転換を図る事で、権力者は自重するものであり、今まで、群馬県政に易姓革命的な指導者選定プロセスが起きなかったのが、自重圧力を発揮できなかった理由でしょう。易姓革命で言う「放伐-不義の天子を世論が裁いて武力で打倒する非常手段。」がこの群馬で起こる事を期待しています。
大晦日になった。明日から2006年。
「議会の復権」「庶民復権」を目指す「龍」の真価が問われる時だ。その恐怖を体一杯充満させて、午前0時を目指して秒針は廻っていく。
思えば、「まさかの当選」からはじまった議員としての10年だった。泡沫候補と言われ、笑われ、大きな権力に押しつぶされるような初挑戦。当選の知らせの中で、呆然とこれからの責任を如何に果たすか?戸惑っていた。自分はこの使命を果たせるのかとの自問の連続。
しかし今は違う。私にはやるべきことが判っている。地方政治が何をやらねばならないかを判っている。戸惑いなど無い。
明日は、私の人生最後の元旦遊説だ。明日で12回目。明日元旦と、明後日の二日間、私の思い出の散りばめたふる里に道を行く。
「あの道ばたで、遊説車の窓から、お握りを貰った。」
「山間のバス停で演説した。真っ暗な山から懐中電灯で合図された。」
「目の不自由な親子が両手を一杯振ってくれた田んぼの道。」
選挙をする人間なら、皆、感じた感動の詰まったふる里の道。
このふる里に育てられた龍は、何も変わらないで12年目を迎える。明日の元旦の遊説のため、遊説車の行灯に「謹賀新年」のシートを貼った。冷たい北風の中、脚立を持つ手がその凍った金属に張り付くようだ。自分でやる。車を洗い、マイクの調整をし、シートを貼る。
明日から始まる挑戦も自分で考え、自分の能力の全てで行う。自分の求める正義はどっちだ。

明日の遊説用に行灯に謹賀新年の幕を。手がかじかむ。